神様転生の神を掘り下げる作品って、中々ないですよね。
神様が適当でも面白い作品は面白いとはいえ、勿体ないと思うのは自分だけでしょうか。
まあ、需要も怪しいしなあ。そもそも魅力がないと難しいし。
そこは、学校であった。
小学校であり、中学校であり。高校であり、大学であった。
ひょっとすると、保育園ですらあるのかもしれない。
そこの玄関に、男が立っていた。
黒髪黒眼で、やや高い背と痩せ気味の体を持った男だった。
遠目から見れば容姿は良いのだが、近づいてみれば男の異常が良く分かるだろう。
頭も手も、傷だらけだった。
それが、彼の容姿を残念にしていた。
男は、土足のまま、玄関に足を踏み入れ、内部を歩き始めた。
講義室や保健室が、体育館や音楽サークル棟が、実験室や運動場がそこにあった。
当然のように、人は一人もいなかった。
そして、男の目当ての場所にたどり着いた。
そこは、職員室だった。
なぜ、ここを目指していたのか。男にも分からなかったが、ここを目指さなければならない気がしたのだ。
男は部屋の冊子を開けた。
中に入ると、一般担任の席の一角に人影があった。
紫ローブの少女がノートパソコンを前にして座っていたのだ。
「誰」
男の声に反応して、少女は振り返る。
「貴女のような存在は知らない。貴女がそこに座っているのはおかしいだろう」
ファンタジー小説に出てくる幽鬼のような少女が、見つめている。男はことに萎縮していた。
しかし、頑張って細々と、声をあげていた。
「そうだろう。こうして君と会うのは、初めてのことだからな。君と私は完全に初対面だ」
少女が丁寧に、ゆっくりと語る。
「自己紹介をしようか。私はフレデリカ。フレデリカ・マーキュリー」
「フレデリカ・マーキュリー?」
男は少女のうさん臭さに、思わず聞き返した。
「私の名前が気になるか。だが便宜上、名前は必要だろう」
男は納得した。その名前が本名、という訳でもないのだろう。
「そうだな。自分は、桐敷淳」
「そう。
相手が名乗ったからには、自分も名乗らねばならない。
そう思って、男は名を名乗った。
少女は、男の名を聞くと、何度か頷いた。
名前を吟味しているのだろうか?
「さて。どうして君はここにいるのだろう。どうして私はここにいるのだろうか」
それはある意味当然の問いかけであった。
しかし、男はその問いの答えを持っていなかった。
問いの答えは、この少女だけが知っている。
「ここは君の心の世界。君の思考が思い浮かべる夢なのだ」
「ここが夢?」
ここが夢だと知ると、男は動転した。
すると、男は突然血を吐き、体がひしゃげ始めた。
着ていた服は血にまみれ、体をくねらせていく。
「君の想像通り。現実の君は、交通事故に遭い、意識不明の重体な訳だが」
少女は倒れた男に、そっと近寄った。
「私の声が聞こえるかな。落ち着いて。深呼吸だ」
男の吐く息は荒く、とても冷静にはなれない様子だ。
夢の中でありながら、激痛に悩まされているのかもしれない。
すると、少女はその青白い手で、男の手をとった。
「私の温かみを感じるのだ。そうして、想像するといい。傷が無い自分の姿を」
しばらく男は悶えていたが、しばらくたつと、その傷が消え始め、元の姿に戻っていった。
ここは夢の世界、意識・無意識が現実になる場所。
健全な姿を思いさえすれば、自身はいくらでも元通りになれるのだ。
そうして、男は立ち上がり、少女に礼をした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
少女はうっすら微笑んだ。
「さて。どうして君の夢に私が現れた、ということだが。私は祝福を挙げに来たのだ」
祝福、という言葉に、男は困惑する。
「おめでとう。君は自分自身に、神を見出したのだ」
男は、目の前の少女の言っていることが、理解できないでいた。
「感じるのだよ。傷ついたその身と心に、君の中に、神の胎動を」
男は、心身の極端な損傷により、身体の感覚が研ぎ澄まされ、どこにでもいるけど普段感じることの無い存在、つまり神なるものを感じたのであった。
しかし、男はそれを自覚していなかった。
「いやあ、めでたい。
少女は、男が理解していないのを構わず、淡々としていた。
そして、そのローブの中から食器とチーズケーキを取りだし、お茶の準備を始めていた。
「貴女は、一体、何なんなのだろう」
男はそう溢す。
「私か? 私は人間だよ。心の中に現れるような存在ではあるがね」
そういって、少女はお茶の準備を続ける。
机にはもう一つの椅子が一人でに寄せられた。
その間に少女はコーヒーをカップに注いでいた。
「そう言う所がどうしても、貴女のことを人間だと思えなくて。まるで、貴女は、そう」
「神と? まあ、私を見てそう言う人は多いな」
少女は思わず苦笑する。
「生きてもいるし、死んでもいる。概念の存在であり、人の心の中に人として現れる。それが私たちという人間だ」
いわば、彼女はキリストや仏陀に近い存在なのだ。
既に死んだような身であるが、概念として生き続けている。
それが彼女たちであった。
「だが。神は常に、我々の心に。技の中に
そうして、少女は胸に手を当てる。
少女は言っているのだ、神は人の心に宿るのだと。
少女は男をしばらく見ていたのだが。
納得していないのを見て、姿勢を改めた。
「納得するのは時間がかかりそうだ。じゃあ、私の身の話でもしようか」
そこで、コーヒーを啜る。
「私の過去話をしよう。楽に聞いてくれ。そのコーヒーとチーズケーキは美味しいよ」
少女はそうやって、男に座ってお茶をするように勧めた。
男はそれに従い、コーヒーをすすり始めた。
「私は、君とは違う時空世界の、アメリカで生まれ育った」
少女はそうやって、語り始める。
「アメリカがある、といっても、君らの世界とは決定的に違う所があった。それは、私の世界の人間は、宗教に負けていたのだ」
「宗教に?」
「そうだ。数多にして新古問わず、宗教が世界各国に跋扈蹂躙していたのだ」
ある国は宗教によって堕落し支配され、ある国は宗教によって紛争の最中にあった。
「アメリカの正義は地に堕ち。開拓者たちのアメリカンドリームはその信仰を失っていた」
そうした中で少女のアメリカは、あまりに無力な存在であったのだった。
「だが、アメリカ人は、諦めていなかった。あるアメリカ人は考えた。アメリカの敵に対抗できる、アメリカ人による神を作ろうと。アメリカンドリームを再現しようと」
少女のアメリカはもはや、世界最強の国家ではなかった。
それでも、かつての栄光を取り戻そうと、奮起した人たちがいたのだ。
そうして頼った存在が、神であった。
「そうして、Dr.マンハッタン計画が。“神は実在した、しかも彼はアメリカ人だ大作戦”が始まった」
宗教に対抗するには宗教が一番であろう。
そうした考えのもと、彼らは彼らの古き信仰対象であった、アメリカンドリームの一つ、
「計画の目的は簡単だ。神を科学により作り出そう、という訳だ。遺伝子工学やら心理学等を駆使し、人間から神と呼べるような存在を作ろうという話だよ。そうした神をもって、アメリカを立て直そうとしたのだ」
アメリカは科学によって発展してきた国家だ。
科学をもってすれば、完全なる神を作れるのだと、彼らは信じていた。
人間を遺伝子やらなんやらするので、倫理的にはアウトだったが、彼らにそうしたことは関係なかった。
それだけ、少女のアメリカは、切羽詰っていたし、他に頼るものもなかったのだった。
「無理だろう」
「まあ、そう思うだろうな」
男が思うに人間は、不完全な生き物である。
それがどうやって、完全なる神に至ろうというのだ?
理想的な人間を作ろうとしたって、それは“ぼくが考えた理想的な処女”みたいなもので、実在するに耐えないのではなかろうか。
そう訝しんだ。
「とはいえ、アメリカを救う程度のスーパーマンで良かったのだ。その程度なら、理論上は出来ると分かっていた。人間が想像できることは、全て実現可能であるということが、私の世界では証明されていたのだから」
少なくとも見込みはあったのだ。
衰退したアメリカとはいえ、そうした科学力を、少女のアメリカは保持していたのだった。
「ここでの最大の問題は、アメリカを立て直す神を想像することが、世界平和よりは楽だとはいえ、難解であったということだ。どういった神であれば、アメリカを救うことができるのか。我々の議論は常にそこにあった」
現実の問題は、おおよそが単純なものではなく、複雑怪奇な問題であった。
例えば、宗教団体を滅ぼそうとしても、どうやって彼らを滅ぼせばいいのだろうか。
いくら、無人機で爆弾をばら撒こうと、核ミサイルをぶつけようと、彼らは撲滅できなかったのだった。
「私はその長い計画の中で、作り出された一人だった。私を作ったコンセプトは、神を作り出す人間を作れないか、というものだった。つまり、アメリカを救う神を想像できる人間を作ろう、という訳だった」
アメリカを救う神ってどんな姿をして、どう作ればいいのか分からない?
一気にそれを達成しようとするから駄目なのだ。
こういうときは、段階を踏んで実行しないと。
なら、それを思いつく人間なら、俺たちでも作れるんじゃね?
これも相当な無茶であり、実現には時間がかかったが。ともかく、彼女はそうして作られた。
「私は生まれた時から学問に興味を持ち。学問を学び、学問を追求し。そうした上で、いくつかの試験体を作り上げた」
少女は学問を基に、人体実験を繰り返した。
実戦投入を交えながら、そうして着々と、研究成果を積み重ねていった。
「結論から言うと一人。本当に神と呼べてしまうような存在が、出来てしまったのだ。彼女の名前はグウェン。名前の通り、とても白い身体をもった子だった」
グウェンと言うと、”白”を意味する言葉で、女性の名前として用いられる言葉である。
「女性?」
「ああ。女性だ。あの子は地母神と月の女神、そしてそれらを数学の概念で、人間として制御しようとした人間だった。“全ての母にして奴隷“。それがあの子のコンセプトだった」
その子は一つの思いつきから作られたのだ。
既存の方法では上手くいかない。何かブレイクスルーが必要だという思いから。
そんな中、ふと少女は思いついたのだった。
自分のように女性なら、未知なる可能性があるのでは、と。
既存の
のであれば、
各神話がこぞって征服しようと試みた地母神の絶対性、月の持つ神秘性、数学の汎用性。
一応、機械仕掛けの神を目指してはいるが、何れか一つが良い方向に発現できれば、と思っていたのだが。
今後の研究に少しは役立てばいいなー程度の認識であったのだが。
「あの子は明らかに人間を超えていた。あの子は思いを、何でも現実に変える力を持っていた。本来、人間なら大なり小なり、誰しもが持っている力の、飛び切り強力なものだった」
人間は現実を変える力を持っている。
腹が減れば、食べ物を探し、腹を満たすだろう。
氷河期が来れば、適当な発明品を作り、しのごうとするだろう。
これが、人間の持つ力だ。
その神は想像できることならば、文字通りなんでもできたのだ。
無から火の玉を作ってアメリカの敵にぶつけたり、テレポートしてベトナムからマンハッタンまで移動することができた。
その力はまさに、人を超えていたのであった。
「実に、興味深い研究結果だったが。未だに私はあの子を研究しているのだが。うん。あー。実戦投入はするべきではなかったな」
関係者たちは自分たちの神の姿に、非常に喜んだ。
これまで作ってきたヒーローたちとは違う、本物のスーパーヒーローが出来たのだと(厳密にはスーパーヒロインだが)。
そうして、早速実戦に、アメリカの戦いに用いてみようという話になった。
「あの子は研究資料として、今後の発展に用いるべきだった。あの子という神が与える危険性というものを、我々は過小評価していた」
スーパーヒーローが実現したらどうなのだろう。
みんながそれを崇めて持て囃すのだろうか?
最初はそうなるのだろう。
最終的にどうなるのか、分かり切っていた。
少なくとも知の巨人である少女だけは、分かっていたのだ。
「私は理解していたのだが。私以外の人間は勘違いしていた。そう思うには、あの子は素朴で、従順すぎた。それ故に、あの子の持つ狂気に気づいていたのは私だけだった」
少女は理解していた。
どうあがこうが、どんなに都合の良い神を作ろうとしても、神は我々の手に負えない存在であるのだと。
少女だけは、とあるアメリカンブラックジョークコミックを見て理解していたのだった。
その姿には、哀愁が滲んでいた。
そうして少し冷めたコーヒーを啜った。
「ここで、冗談みたいな話があるのだが。あの子が神と崇められて、アメリカを救えと懇願されたとき、あの子は何をしたと思う?」
少女は頭を傾げて見せた。
男はそこで考える。
「アメリカ以外を滅ぼしたとか?」
「その通りだ」
男の答えに、少女は満足そうに頷いた。
「しかし、あの子はそれだけで満足しなかった。アメリカに滅ぼされた敵を見て、あの子は非常に苦しんだ」
突然になるが、神とは一体なんだろう。
普通は、超自然的な存在を人間の認識に落とし込んだもの、と定義するのが正しいのであろう。
人間の認識を持って言うならば、その神は優しすぎたのだった。
「あの子は暴走した。世界の全ての人を救わんと。全ての人間を滅ぼしたのだ」
男はその冗談に、少しだけ笑って見せた。
「あの子はその身をもってビッグクランチとビッグバンを起した。そうして世界は平和になったのさ」
人間が皆死んで、全ての問題が解決したのだった。
確かに世界に平和は訪れ、人は死によって救われたのであろう。
だが、その救いに、何の意味があるのだろうか?
「死による全ての救済も。万人が納得できる訳ではないのだがな」
少女のアメリカにしては、アメリカ以外を不幸にして、アメリカを幸福にしようとしただけであった。
別に全世界の救済なんぞ、望んでいなかったのだ。
しかし、少女の作った神は、そう思わなかったのだろう。
「あの子はすべての人類を救おうとした、言わば、魔王だったのだろうな。まさか、勇者を作ろうとして魔王を作ることになろうとは、ね」
そんな作品はあるだろう。
一つの方法を持って、全ての人類を救おうとする魔王が登場する作品が。
とある魔法先生の漫画だったり、ニンジャ漫画だったり。
技法は異なれど、少女の作った神の姿は、まさにその魔王と一致していた。
「貴女は何故、生きている?」
そこで男は、当然の疑問を口にした。
死によりすべてが救われた世界から来たのに、なぜ、貴女は生きているのだと。
「私は死んでいる。だが、生きてもいる。私はあの子に導かれたのだよ」
簡単に言うと、彼女は神によって、存在を引き上げられた。
そうして、彼女は人間でありながら生きることもなく、死ぬこともない存在となった。
「そうして私は、概念としてのみ存在することになった。あの子と同じ、悠久の時を暮さねばならないのさ」
男は少女の一連の話を聞いて、こう思った。
「貴女はやっぱり神だろう」
そうとしか思えなかった。
神を作る技術、それはまさに神の御業ではなかろうか。
「確かに。私の技に神は宿っている。だが、私が真に神と呼べる存在は、あの子だけなのだよ」
人には素晴らしい力があるのだろう。
だが、それでも神には程遠いのだ。
「簡単に言ってしまえば、神はいくらでも作れる。だが、人間はどこまで行っても不完全な生き物だ。例えどんなに昇華されようとね」
まあ、私がもう一度作る予定は永遠に未定だが、と小さく呟いた。
「貴女はその神を崇める信仰者であると?」
男は不審に思い、少女を見つめる。
「その通り。あの子を崇める弟子の一人、といっていいだろう」
「まさか世界は、その神によって作られたとでも?」
男は挑発するが、少女は靡かない。
「だとしたら、君はどう思うのだろう」
少し、男は戸惑いを見せたが、やがて質問する。
「その神は、何を思っている?」
少女はふー、と息を吹く。
ため息でもなく、ただ、宣言するように。
「決まっているだろう。世界を作るものは常に孤独であるのだ。それ故に世界を作ろうとするのだよ」
そうして、男と少女は話を深めていった。
楽しい時間は続く。
しかし、終わりは唐突に訪れることになることを、男はまだ知らない。