救済の技法   作:倉木学人

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番外編その2、彼と少女との出会い。

神様転生の神を掘り下げる作品って、中々ないですよね。
神様が適当でも面白い作品は面白いとはいえ、勿体ないと思うのは自分だけでしょうか。

まあ、需要も怪しいしなあ。そもそも魅力がないと難しいし。



12.BERSERK -Forces- (GOD HAND MIX)

 そこは、学校であった。

 小学校であり、中学校であり。高校であり、大学であった。

 ひょっとすると、保育園ですらあるのかもしれない。

 

 そこの玄関に、男が立っていた。

 黒髪黒眼で、やや高い背と痩せ気味の体を持った男だった。

 

 遠目から見れば容姿は良いのだが、近づいてみれば男の異常が良く分かるだろう。

 頭も手も、傷だらけだった。

 それが、彼の容姿を残念にしていた。

 

 男は、土足のまま、玄関に足を踏み入れ、内部を歩き始めた。

 講義室や保健室が、体育館や音楽サークル棟が、実験室や運動場がそこにあった。

 当然のように、人は一人もいなかった。

 

 そして、男の目当ての場所にたどり着いた。

 そこは、職員室だった。

 なぜ、ここを目指していたのか。男にも分からなかったが、ここを目指さなければならない気がしたのだ。

 

 男は部屋の冊子を開けた。

 中に入ると、一般担任の席の一角に人影があった。

 紫ローブの少女がノートパソコンを前にして座っていたのだ。

 

「誰」

 

 男の声に反応して、少女は振り返る。

 

「貴女のような存在は知らない。貴女がそこに座っているのはおかしいだろう」

 

 ファンタジー小説に出てくる幽鬼のような少女が、見つめている。男はことに萎縮していた。

 しかし、頑張って細々と、声をあげていた。

 

「そうだろう。こうして君と会うのは、初めてのことだからな。君と私は完全に初対面だ」

 

 少女が丁寧に、ゆっくりと語る。

 

「自己紹介をしようか。私はフレデリカ。フレデリカ・マーキュリー」

「フレデリカ・マーキュリー?」

 

 男は少女のうさん臭さに、思わず聞き返した。

 

「私の名前が気になるか。だが便宜上、名前は必要だろう」

 

 男は納得した。その名前が本名、という訳でもないのだろう。

 

「そうだな。自分は、桐敷淳」

「そう。桐敷(きりしき)(すなお)、か」

 

 相手が名乗ったからには、自分も名乗らねばならない。

 そう思って、男は名を名乗った。

 

 少女は、男の名を聞くと、何度か頷いた。

 名前を吟味しているのだろうか?

 

「さて。どうして君はここにいるのだろう。どうして私はここにいるのだろうか」

 

 それはある意味当然の問いかけであった。

 

 しかし、男はその問いの答えを持っていなかった。

 問いの答えは、この少女だけが知っている。

 

「ここは君の心の世界。君の思考が思い浮かべる夢なのだ」

「ここが夢?」

 

 ここが夢だと知ると、男は動転した。

 

 すると、男は突然血を吐き、体がひしゃげ始めた。

 着ていた服は血にまみれ、体をくねらせていく。

 

「君の想像通り。現実の君は、交通事故に遭い、意識不明の重体な訳だが」

 

 少女は倒れた男に、そっと近寄った。

 

「私の声が聞こえるかな。落ち着いて。深呼吸だ」

 

 男の吐く息は荒く、とても冷静にはなれない様子だ。

 夢の中でありながら、激痛に悩まされているのかもしれない。

 

 すると、少女はその青白い手で、男の手をとった。

 

「私の温かみを感じるのだ。そうして、想像するといい。傷が無い自分の姿を」

 

 しばらく男は悶えていたが、しばらくたつと、その傷が消え始め、元の姿に戻っていった。

 

 ここは夢の世界、意識・無意識が現実になる場所。

 健全な姿を思いさえすれば、自身はいくらでも元通りになれるのだ。

 

 そうして、男は立ち上がり、少女に礼をした。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 少女はうっすら微笑んだ。

 

「さて。どうして君の夢に私が現れた、ということだが。私は祝福を挙げに来たのだ」

 

 祝福、という言葉に、男は困惑する。

 

「おめでとう。君は自分自身に、神を見出したのだ」

 

 男は、目の前の少女の言っていることが、理解できないでいた。

 

「感じるのだよ。傷ついたその身と心に、君の中に、神の胎動を」

 

 男は、心身の極端な損傷により、身体の感覚が研ぎ澄まされ、どこにでもいるけど普段感じることの無い存在、つまり神なるものを感じたのであった。

 しかし、男はそれを自覚していなかった。

 

「いやあ、めでたい。生まれ変わって(お誕生日)おめでとうのパーティでも開こうじゃないか。丁度良いケーキとコーヒーがあるんだ」

 

 少女は、男が理解していないのを構わず、淡々としていた。

 

 そして、そのローブの中から食器とチーズケーキを取りだし、お茶の準備を始めていた。

 

「貴女は、一体、何なんなのだろう」

 

 男はそう溢す。

 

「私か? 私は人間だよ。心の中に現れるような存在ではあるがね」

 

 そういって、少女はお茶の準備を続ける。

 

 机にはもう一つの椅子が一人でに寄せられた。

 その間に少女はコーヒーをカップに注いでいた。

 

「そう言う所がどうしても、貴女のことを人間だと思えなくて。まるで、貴女は、そう」

「神と? まあ、私を見てそう言う人は多いな」

 

 少女は思わず苦笑する。

 

「生きてもいるし、死んでもいる。概念の存在であり、人の心の中に人として現れる。それが私たちという人間だ」

 

 いわば、彼女はキリストや仏陀に近い存在なのだ。

 既に死んだような身であるが、概念として生き続けている。

 それが彼女たちであった。

 

「だが。神は常に、我々の心に。技の中に御業(みわざ)として宿るのだ」

 

 そうして、少女は胸に手を当てる。

 少女は言っているのだ、神は人の心に宿るのだと。

 

 少女は男をしばらく見ていたのだが。

 納得していないのを見て、姿勢を改めた。

 

「納得するのは時間がかかりそうだ。じゃあ、私の身の話でもしようか」

 

 そこで、コーヒーを啜る。

 

「私の過去話をしよう。楽に聞いてくれ。そのコーヒーとチーズケーキは美味しいよ」

 

 少女はそうやって、男に座ってお茶をするように勧めた。

 

 男はそれに従い、コーヒーをすすり始めた。

 

「私は、君とは違う時空世界の、アメリカで生まれ育った」

 

 少女はそうやって、語り始める。

 

「アメリカがある、といっても、君らの世界とは決定的に違う所があった。それは、私の世界の人間は、宗教に負けていたのだ」

「宗教に?」

「そうだ。数多にして新古問わず、宗教が世界各国に跋扈蹂躙していたのだ」

 

 ある国は宗教によって堕落し支配され、ある国は宗教によって紛争の最中にあった。

 

「アメリカの正義は地に堕ち。開拓者たちのアメリカンドリームはその信仰を失っていた」

 

 そうした中で少女のアメリカは、あまりに無力な存在であったのだった。

 

「だが、アメリカ人は、諦めていなかった。あるアメリカ人は考えた。アメリカの敵に対抗できる、アメリカ人による神を作ろうと。アメリカンドリームを再現しようと」

 

 少女のアメリカはもはや、世界最強の国家ではなかった。

 それでも、かつての栄光を取り戻そうと、奮起した人たちがいたのだ。

 

 そうして頼った存在が、神であった。

 

「そうして、Dr.マンハッタン計画が。“神は実在した、しかも彼はアメリカ人だ大作戦”が始まった」

 

 宗教に対抗するには宗教が一番であろう。

 そうした考えのもと、彼らは彼らの古き信仰対象であった、アメリカンドリームの一つ、(スーパーマン)を現実に作り出そうとした。

 

「計画の目的は簡単だ。神を科学により作り出そう、という訳だ。遺伝子工学やら心理学等を駆使し、人間から神と呼べるような存在を作ろうという話だよ。そうした神をもって、アメリカを立て直そうとしたのだ」

 

 アメリカは科学によって発展してきた国家だ。

 科学をもってすれば、完全なる神を作れるのだと、彼らは信じていた。

 

 人間を遺伝子やらなんやらするので、倫理的にはアウトだったが、彼らにそうしたことは関係なかった。

 それだけ、少女のアメリカは、切羽詰っていたし、他に頼るものもなかったのだった。

 

「無理だろう」

「まあ、そう思うだろうな」

 

 男が思うに人間は、不完全な生き物である。

 それがどうやって、完全なる神に至ろうというのだ?

 

 理想的な人間を作ろうとしたって、それは“ぼくが考えた理想的な処女”みたいなもので、実在するに耐えないのではなかろうか。

 そう訝しんだ。

 

「とはいえ、アメリカを救う程度のスーパーマンで良かったのだ。その程度なら、理論上は出来ると分かっていた。人間が想像できることは、全て実現可能であるということが、私の世界では証明されていたのだから」

 

 少なくとも見込みはあったのだ。

 衰退したアメリカとはいえ、そうした科学力を、少女のアメリカは保持していたのだった。

 

「ここでの最大の問題は、アメリカを立て直す神を想像することが、世界平和よりは楽だとはいえ、難解であったということだ。どういった神であれば、アメリカを救うことができるのか。我々の議論は常にそこにあった」

 

 現実の問題は、おおよそが単純なものではなく、複雑怪奇な問題であった。

 

 例えば、宗教団体を滅ぼそうとしても、どうやって彼らを滅ぼせばいいのだろうか。

 いくら、無人機で爆弾をばら撒こうと、核ミサイルをぶつけようと、彼らは撲滅できなかったのだった。

 

「私はその長い計画の中で、作り出された一人だった。私を作ったコンセプトは、神を作り出す人間を作れないか、というものだった。つまり、アメリカを救う神を想像できる人間を作ろう、という訳だった」

 

 アメリカを救う神ってどんな姿をして、どう作ればいいのか分からない?

 一気にそれを達成しようとするから駄目なのだ。

 こういうときは、段階を踏んで実行しないと。

 なら、それを思いつく人間なら、俺たちでも作れるんじゃね?

 

 これも相当な無茶であり、実現には時間がかかったが。ともかく、彼女はそうして作られた。

 

「私は生まれた時から学問に興味を持ち。学問を学び、学問を追求し。そうした上で、いくつかの試験体を作り上げた」

 

 少女は学問を基に、人体実験を繰り返した。

 実戦投入を交えながら、そうして着々と、研究成果を積み重ねていった。

 

「結論から言うと一人。本当に神と呼べてしまうような存在が、出来てしまったのだ。彼女の名前はグウェン。名前の通り、とても白い身体をもった子だった」

 

 グウェンと言うと、”白”を意味する言葉で、女性の名前として用いられる言葉である。

 

「女性?」

「ああ。女性だ。あの子は地母神と月の女神、そしてそれらを数学の概念で、人間として制御しようとした人間だった。“全ての母にして奴隷“。それがあの子のコンセプトだった」

 

 その子は一つの思いつきから作られたのだ。

 既存の方法では上手くいかない。何かブレイクスルーが必要だという思いから。

 

 そんな中、ふと少女は思いついたのだった。

 自分のように女性なら、未知なる可能性があるのでは、と。

 

 既存のスーパーマン(理想的な男)は、散々試してきた後だった。

 のであれば、スーパーヒロイン(理想的な女)を試してみてはどうだろうか、と。

 

 各神話がこぞって征服しようと試みた地母神の絶対性、月の持つ神秘性、数学の汎用性。

 一応、機械仕掛けの神を目指してはいるが、何れか一つが良い方向に発現できれば、と思っていたのだが。

 今後の研究に少しは役立てばいいなー程度の認識であったのだが。

 

「あの子は明らかに人間を超えていた。あの子は思いを、何でも現実に変える力を持っていた。本来、人間なら大なり小なり、誰しもが持っている力の、飛び切り強力なものだった」

 

 人間は現実を変える力を持っている。

 腹が減れば、食べ物を探し、腹を満たすだろう。

 氷河期が来れば、適当な発明品を作り、しのごうとするだろう。

 これが、人間の持つ力だ。

 

 その神は想像できることならば、文字通りなんでもできたのだ。

 無から火の玉を作ってアメリカの敵にぶつけたり、テレポートしてベトナムからマンハッタンまで移動することができた。

 その力はまさに、人を超えていたのであった。

 

「実に、興味深い研究結果だったが。未だに私はあの子を研究しているのだが。うん。あー。実戦投入はするべきではなかったな」

 

 関係者たちは自分たちの神の姿に、非常に喜んだ。

 これまで作ってきたヒーローたちとは違う、本物のスーパーヒーローが出来たのだと(厳密にはスーパーヒロインだが)。

 そうして、早速実戦に、アメリカの戦いに用いてみようという話になった。

 

「あの子は研究資料として、今後の発展に用いるべきだった。あの子という神が与える危険性というものを、我々は過小評価していた」

 

 スーパーヒーローが実現したらどうなのだろう。

 みんながそれを崇めて持て囃すのだろうか?

 最初はそうなるのだろう。

 

 最終的にどうなるのか、分かり切っていた。

 少なくとも知の巨人である少女だけは、分かっていたのだ。

 

「私は理解していたのだが。私以外の人間は勘違いしていた。そう思うには、あの子は素朴で、従順すぎた。それ故に、あの子の持つ狂気に気づいていたのは私だけだった」

 

 少女は理解していた。

 どうあがこうが、どんなに都合の良い神を作ろうとしても、神は我々の手に負えない存在であるのだと。

 少女だけは、とあるアメリカンブラックジョークコミックを見て理解していたのだった。

 

 その姿には、哀愁が滲んでいた。

 そうして少し冷めたコーヒーを啜った。

 

「ここで、冗談みたいな話があるのだが。あの子が神と崇められて、アメリカを救えと懇願されたとき、あの子は何をしたと思う?」

 

 少女は頭を傾げて見せた。

 男はそこで考える。

 

「アメリカ以外を滅ぼしたとか?」

「その通りだ」

 

 男の答えに、少女は満足そうに頷いた。

 

「しかし、あの子はそれだけで満足しなかった。アメリカに滅ぼされた敵を見て、あの子は非常に苦しんだ」

 

 突然になるが、神とは一体なんだろう。

 普通は、超自然的な存在を人間の認識に落とし込んだもの、と定義するのが正しいのであろう。

 

 人間の認識を持って言うならば、その神は優しすぎたのだった。

 

「あの子は暴走した。世界の全ての人を救わんと。全ての人間を滅ぼしたのだ」

 

 男はその冗談に、少しだけ笑って見せた。

 

「あの子はその身をもってビッグクランチとビッグバンを起した。そうして世界は平和になったのさ」

 

 人間が皆死んで、全ての問題が解決したのだった。

 確かに世界に平和は訪れ、人は死によって救われたのであろう。

 

 だが、その救いに、何の意味があるのだろうか?

 

「死による全ての救済も。万人が納得できる訳ではないのだがな」

 

 少女のアメリカにしては、アメリカ以外を不幸にして、アメリカを幸福にしようとしただけであった。

 別に全世界の救済なんぞ、望んでいなかったのだ。

 

 しかし、少女の作った神は、そう思わなかったのだろう。

 

「あの子はすべての人類を救おうとした、言わば、魔王だったのだろうな。まさか、勇者を作ろうとして魔王を作ることになろうとは、ね」

 

 そんな作品はあるだろう。

 一つの方法を持って、全ての人類を救おうとする魔王が登場する作品が。

 とある魔法先生の漫画だったり、ニンジャ漫画だったり。

 

 技法は異なれど、少女の作った神の姿は、まさにその魔王と一致していた。

 

「貴女は何故、生きている?」

 

 そこで男は、当然の疑問を口にした。

 死によりすべてが救われた世界から来たのに、なぜ、貴女は生きているのだと。

 

「私は死んでいる。だが、生きてもいる。私はあの子に導かれたのだよ」

 

 簡単に言うと、彼女は神によって、存在を引き上げられた。

 そうして、彼女は人間でありながら生きることもなく、死ぬこともない存在となった。

 

「そうして私は、概念としてのみ存在することになった。あの子と同じ、悠久の時を暮さねばならないのさ」

 

 男は少女の一連の話を聞いて、こう思った。

 

「貴女はやっぱり神だろう」

 

 そうとしか思えなかった。

 神を作る技術、それはまさに神の御業ではなかろうか。

 

「確かに。私の技に神は宿っている。だが、私が真に神と呼べる存在は、あの子だけなのだよ」

 

 人には素晴らしい力があるのだろう。

 だが、それでも神には程遠いのだ。

 

「簡単に言ってしまえば、神はいくらでも作れる。だが、人間はどこまで行っても不完全な生き物だ。例えどんなに昇華されようとね」

 

 まあ、私がもう一度作る予定は永遠に未定だが、と小さく呟いた。

 

「貴女はその神を崇める信仰者であると?」

 

 男は不審に思い、少女を見つめる。

 

「その通り。あの子を崇める弟子の一人、といっていいだろう」

「まさか世界は、その神によって作られたとでも?」

 

 男は挑発するが、少女は靡かない。

 

「だとしたら、君はどう思うのだろう」

 

 少し、男は戸惑いを見せたが、やがて質問する。

 

「その神は、何を思っている?」

 

 少女はふー、と息を吹く。

 ため息でもなく、ただ、宣言するように。

 

「決まっているだろう。世界を作るものは常に孤独であるのだ。それ故に世界を作ろうとするのだよ」

 

 そうして、男と少女は話を深めていった。

 

 楽しい時間は続く。

 しかし、終わりは唐突に訪れることになることを、男はまだ知らない。


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