救済の技法   作:倉木学人

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番外編その1、叢雲の休日。

今後の予定は、
・彼とフレデリカの出会い。
・外へ遊びに行く艦娘たちの話。
・叢雲が死にたがっているのがバレた時の話。
・もしもカウンセラーが艦娘になったら。
・もしも彼がチートだったら。
のいずれか3つの話を、気が向き次第投稿する予定です。

4/28 ルビが振れていなかったので修正。あと細かい表現を修正。


救済の技法[Bonus Tracks]
11.BERSERK -Forces-


 夢も希望もない世界で、ただ死ぬように生きている。

 男は、ただひたすらに孤独であった。

 

 男は、カミュの言う所の異邦人であった。

 現実にも、空想(ネット)にも居場所がなく、ただフラフラと、両方の隙間とも呼べる場所を行き来していたように思える。現実では図書室や家で、あるいは運動でひっそりと時間を過ごし、ネットではただひたすらに、傍観者に徹して他人を眺めていた。

 男は人との関係を取り損ね続けていた。

 

 だが、そうしていれば、いつか、誰かがきっと、助けてくれるのだと。

 何の根拠もなく信じようと頑張っていたのだった。

 

「―――――」

 

 希望が全くない、という訳ではなかったのだが。

 現実でも、空想(ネット)でも、そういう機会はあった。

 例えば学生時代なら、受験勉強だとか、部活動の大会だとか、ネットで好みの創作物を見つけただとか。男が活躍できそうな時は、そういう機会は往々にしてあった。

 

 だが、男が見つけた希望は、常に競争であった。誰もが希望を持ち、希望を追い求めていた。

 希望を追い求めているのは男だけでなく、そして彼らは往々にして男より狡猾であったり、男より先に準備をしているのであった

 結果、男の手に希望が手に入ることは決してなかった。

手に入るのは、“三年間辞めずに頑張った”とかいった僅かなコメントであったりして、慰め程度のお零れであった。

 

「――ちゃん」

 

 中二病とも言うべきか、男は自身の可能性というものを信じていたのだ。

 自分は変わっているのだから特別に違いないのだと、才能に満ち溢れているのだと、普通でないことができるのだと。

 

 だが、程なくして気づくのであった。

 そんなものはないのだと。

 そんなところだけ、男は普通であったのだ。

 

「―雲ちゃん」

 

 認めたくなかった。

 これだけ傷ついたのに、手に入るのが普通の幸せでしかないのだと。

 そんなものは欲しくなかった。

 

 美味しい食べ物?

 くだらないジョーク?

 どこにでもいるような友達?

 

 ああ、でも。

 それが幸せだと言えるのは、幸せだろう。

 でも、男はそんなものはいらないのだ。

 

 男が欲しかったのは―

 

「叢雲ちゃん」

 

 目を覚ますと、目の前には、垢抜けない黒髪の美少女がこちらを見つめていた。

 ルームメイトの吹雪だ。

 

「今日は、休日なんだけど」

「司令官が呼んでるよ。パソコンについて話がしたいって」

「あっそ」

 

 回らない頭を回し、言うべき言葉があったのを思い出す。

 

「おはよう、吹雪」

「おはよう、叢雲ちゃん」

 

 布団から上半身だけを起こし、首を回す。

 

「司令官には、準備するから時間がかかると言っておきなさい」

「準備?」

「化粧よ」

 

 吹雪としては、その言葉に困惑する。司令官が呼んでいるのだからさっさと行った方が良いと思うのだ。

 

「いいの?」

「このまま会うのはあり得ないわ」

 

 パソコンの話題となると、大したことではないだろう。

 叢雲は布団から起きて、箪笥からバスタオルやら替えの下着やらをとる。

 そうしてシャワーを浴びに向かった。

 

 そこで適当にシャワーを浴びる。

 ただし、髪にかけないように。髪にかけると乾かすのに時間がかかる。

 

 そこで、朝ごはんを食べたいと、ひとりごちる。

 せっかくの休日なのに、今日は気分が晴れない。

 提督に呼び出されるのは、まあいい。

 

 気に食わないのは、何か気持ちの悪い夢を見たことだ。

 しかも、それを覚えていないときた。

 

 もやもやが、晴れない。

 

 そうして身体を綺麗にすると、部屋に戻ってスキンケアを始める。

 まず、戦時下でも手に入る、素朴な化粧品を手に取った。スキンケアはレディの嗜みだ。

 

 叢雲は鏡の中の自分(叢雲)を見つめる。

 眉はへたりこみ、目にはハイライトが消えているようであった。

 覇気が無く、何かに怯えていて、まるで狼に追われた後の羊のようであった。

 とてもじゃないが、叢雲とは呼べる自信がなかった。

 

「違う。これは私ではない」

 

 出来るだけ理想の叢雲をイメージし、意識する。

 すると、多少マシになった。

 これで、若干キツイ感じの美少女に見えたら、いいのだが。

 

 そうして、化粧品を丁寧に塗っていった。

 

 

「遅かったな」

「アンタねえ。これでも急いだのよ」

 

 叢雲が司令室に着いたのは、ヒトマルマルマルの頃であった。

 因みに起きたのがマルキュウサンマルである。

 

「で、パソコンの件って何よ」

 

 尾崎提督は、書類仕事から手を放し、叢雲に向き合う。

 

「お前にな、パソコン教室をやってもらおう、と思ってる」

「パソコン、教室ね」

 

 それを聞くと叢雲は理解し、渋面を作る。

 叢雲にとって、あまり楽しい作業ではなさそうだ。

 そもそもが新人指導の類はあまり上手ではないと自覚していた。

 

 何故、自分がとは思う。

 とは言え、この鎮守府でパソコンが使える連中は少ない。

 横須賀の方であれば、違ったのであろうが

 

 尾崎提督はお偉いさんなので当然使える。

 艦娘では元工学部であった夕張がかなり、元生物学部だったらしい長月がそこそこ。白雪は事務仕事であれば完璧だろう。

 あとは自分くらいで、他の連中は趣味で扱う程度であった。

 

「で、誰に教えろと言うの?」

「こないだ室井の所から来た、青葉がいるだろ。アイツに教えてほしい」

 

 青葉か。彼女はどうも、艦娘として成り切れていない艦娘であった。

 自身の中にある青葉としての意識が辛いらしく、相当にいたたまれない姿を晒していたのを覚えている。

 横須賀での少しの間、自分と付き合いのあった艦娘ではあるが。

 

「アイツな。解体することにしたんでな」

「そう」

 

 解体される艦娘は、艤装を外し、普通の女の子になるのだ(元に戻れるとは言ってない)。

 

 そうした元艦娘たちのその後の人生が、よく問題とされるが、さて。

 

「まあ、それがいいと思うわ」

「で、身請けとして、ウチの鎮守府で面倒を見ることになったんだが。手に職を付けさせようと思ってな」

 

 面倒を見る、といっても、いつまでになるかは分からない。

 ただ、普通の生活ができれば、と、尾崎提督は考えている。

 

「ふーん。それでパソコンなのね」

「事務仕事に使うんで、ワードやエクセルを教えてやってくれ」

 

 深海棲艦が現れてから、パソコンは発展し辛くなった。

 パソコンの本場である、アメリカとの輸送ラインが途絶えてしまったからだ。

 

 とはいえ、パソコンは今でも要々で、古い機種が細々と用いられている。

 パソコンを教えるというのは、今でも通用するスキルだろう。

 

「青葉って、どの程度パソコンを使えるの?」

「そこまでは知らんな。艦娘になる前は写真屋でバイトしていたらしいから、ある程度はできるのじゃねえかね」

「そう」

 

 何とも頼りにならないことだこと。

 

「期限はいつまで?」

「自由にやってくれ。気長に待つわ」

「まったく。そういうのが一番困るのだけど」

 

 叢雲はため息をついた。

 

 とはいえ、頼まれたからにはしっかりやるつもりであった。

 

 

 司令室から出た叢雲は、遅めの朝食を取る。

 休日の艦娘の食事は、艦娘の自由に委ねられている。

 今日は鳳翔がサンドイッチを作っていたので、それのお零れを貰うことにする。

 

 美味しい。

 鳳翔の料理が食べることができるのは、叢雲が呉に来て一番嬉しかったことだ。

 

 早速準備に取り掛かりたい、とサンドイッチを食べながら考える。

 とはいえ、何をすればいいのか分からなかったので、パソコン初心者用の本を探しに行くとする。

 資料室にあったっけ。

 

 

 そうして向かった先が、資料室であった。

 資料室には、主に戦史関連の書籍、内部資料、ミリタリー雑誌、囲碁や将棋、麻雀の本、クロスワードやナンプレの本、後は何故かライトノベルがそろっていた。

 懐かしの名作映画や、プロジェクトXのDVD全巻などもあった。

 

 しかし、パソコンの書籍は一つもなかった。

 叢雲は内心、舌打ちをする。

 適当なのを買って、経費で落とさないとな。

 

 そこで、ある人物を見かけることになる。

 

「あら、山城じゃない」

 

 いつもの巫女服に、“若女将は小学生”なる本を手にしている。

 

「兄様?」

「アンタ。それ止めなさいって言ってるでしょ」

 

 実はこの二人、艦娘となった元の人物が実の兄弟であり、まあまあ珍しい例である。

 どうでもいいだろうが、彼女もパソコンは使えない艦娘である。

 

「だって、兄様は兄様だし」

「だってじゃないわよ。酸素魚雷をくらわせるわよ」

「兄様は変わってしまったわ」

 

 不幸だわ、と呟く山城。

 聞いちゃいねえ、と苛立つ叢雲。

 

「まあ、いいわ。ともかく人前では、それ、止めなさいよ。扶桑がうるさいのだから」

 

 叢雲はこめかみを抑える。

 自分も変わってしまったが、何より変わったのはこの妹なのだ。

 不幸不幸言う艦娘が、自分の実の妹だとは信じれなかった。

 

 振り返り、外に出て、外出の許可を貰おうと考えたのだが。

 

「兄様は。家に帰らないのかしら?」

 

 その言葉で、叢雲の足が止まる。

 

「ここが、私の家よ」

 

 そう言い残すと、叢雲は逃げるように資料室を去って行った。

 

 その後ろ姿を、山城はじっと見つめていた。

 兄様は、いつになったら自分たちと向き合ってくれるのだろうか。

 そう思ってた。

 

 

「どもぅ。お久しぶりです。元、青葉ですう」

「久しぶりね。青葉。ああ、今は何と呼べばいいのかしら」

「今は、というより元々、奈緒って名前だったので、そう呼んでください」

「そう。奈緒、ね。素敵な名前ね」

 

 鎮守府の娯楽室の片隅には、そこそこ新しいノートパソコンが置いてある。

 パソコンには、ワードやエクセルの他、サイレントハンターや鋼鉄の咆哮、提督の決断、太平洋の嵐などのゲームが入っている。

 勿論、ローグライクのゲームも誰かがこっそり入れてあったりする。

 

 ゲームに関しては、パソコン使用者がこれで増えればいいのにな、とのインストールした者の思いが込められている。

 現在、それが達成できているとは言い難いのだが。

 

 そのパソコンでパソコン教室をやろうというのだった。

 叢雲は、頬杖をついている。

 

「じゃあ、早速、パソコンをつけてみなさい」

 

 と、叢雲は言ったが。

 奈緒は動かない。

 

「あの、どうすればいいのでしょう」

「はあ?」

 

 叢雲は頬杖を戻して、奈緒の方を向く。

 

「何って、電源入れなさいよ」

「御免なさい。電源ってどこですか?」

「そこからなの?」

 

 リンゴのボタンを押せば、パソコンの電源はつくのだが。

 それを知らない人間に会うのは、随分久しぶりであった。

 

 とはいえ、無理もないだろう。

 スマホは扱えても、パソコンが扱えない人間は案外多いのである。

 

「御免なさい」

「謝らなくていいわよ。はぁ」

 

 今日は、本当に頭が痛い。

 

「てか、アンタ。学校の技術の時間で何していたのよ」

「え、と。青葉、じゃなくて、奈緒は、不登校で。技術の時間は出てなくて.

あと、ちょっと艦娘に成る前の記憶は結構曖昧で」

「ああ、そう。聞きづらいことを聞いたわね」

 

 場に気まずい空気が流れる。

 

「御免なさい」

「だから、謝るなって言ったでしょ」

 

 叢雲は頭をかき混ぜて、どうすればいいのか考える。

 とはいっても、こればかりはどうしようもないだろうが。

 

「いいわ。私が最初から教えてあげる」

「よろしく、お願いします」

 

 

 そうしたことがあって、今日も日が沈んだ。

 

「疲れた」

「お疲れ様。叢雲ちゃん」

 

 叢雲は、自室で横になって、iPodのヘッドホンから流れる音楽を聴いていた。

 曲は、グレン・グールドの“ゴールドベルク変奏曲”だ。

 

「大変だね」

「そう思うなら、吹雪もパソコン、習って教えなさいよ」

「また、叢雲ちゃんたちの負担が増えるだけじゃないかな」

 

 それを聞いて、叢雲はしかめ面を作る。

 

「それもそうね」

 

 吹雪は少女漫画の雑誌を読んでいる。

 

「何でこうも、この鎮守府の艦娘はパソコンを使えないのが多いのかしらね」

「んー。そうなのかな。他の鎮守府は違うの?」

「佐世保はどうか知らないけど。横須賀は多かったわね」

 

 叢雲は、横須賀のことを思い出す。

 あの鎮守府は秩序的な良い組織だった。

 

 まあ、今の組織は組織で楽しいのだが。

 パソコンを使える人間が少ないのが、不満なのだ。

 

「でもまあ、パソコンが、消えてなくなるのは、それはそれでいいかもね」

「そうなの? パソコンって便利なんだよね」

「それはそうだけど」

 

 自分は、パソコンを浴びるほどにしてきたと自覚はある。

 

「良い思い出、ないのよね」

 

 だが、楽しかったというかと言うと、そうでもない。

 そうした時間は、どうしても虚無に思えて仕方がなかったのだ。

 

「でも、ちょっと。寂しいかな」

 

 この世からパソコンが無くなる世界。

 そこには、自分が描いていた一種の理想郷があるはずだった。

 

 そこには、沈黙(サイレンス)が訪れるのだと。

 

「今、私は幸せなのかな」

 

 今ここは、望んでいた幸せなのだろうか。

 何故か、そうだと思えない自分がいる。

 

「叢雲ちゃんは幸せじゃないの?」

「どうかしら、ね。私には分からないわ」

「ふーん。そうなの」

 

 美味しい食べ物。

 性質の悪いジョーク。

 ここにしかいない友達。

 

 これが自身が描いていた理想であったのだろうか。

 

 グールドの素敵な音楽を流し聴きながら、叢雲は現実から離れて考えるのであった。


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