段々と更新ペースが遅くなってしまって申し訳ないです。しかし、後もう少しで完結しますので、しばらくお待ちください。
実は作中の日にち管理を失敗していたりしてなかったり。
「はあっ……はあっ……」
月明かりから照らされた道を逃げ続けた三人は、肩で息をしながらも衛宮邸へと辿り着くことができた。しかし、無事とは言い難く、アーチャーや創太、ジアナ、そしてセイバーまでも失ってしまった。
残った者で戦う事ができるのか。少なくとも、アサシンと戦う場合の勝算はない。
更には敵の全貌も、手がかりすらも分からない。
「何とか……逃げ切ったわね……」
「ああ。けど……」
多くを犠牲にしてしまった。否が応でも、士郎はそう思ってしまう。
「過ぎた事を気にしても仕方ないわ。アーチャー達は自ら身を張ったのよ。
とにかく、士郎は休みなさい。私は周りを警戒するわ。あいつがまた襲ってくるかもしれないから。」
あくまでも凛は、次を見据えた事を考える。それが、犠牲になった彼らの為であり、これ以上犠牲を出さない為の策であった。
しかし、彼女は無理もしている。身体的だけではなく、精神的にも。それは仕方ない。次々と仲間を失ってしまったのだ。
そして、士郎も凛の心の内を分かっていた。あんな歯を食いしばったような表情を見せられれば、嫌でも分かってしまう。
「遠坂こそ休んでろ。お前の方が疲れてるんじゃないか。」
だから、士郎は自分の身よりも、凛の心配をする。
「あんたの方が優先よ。」
しかし、凛は拒否する。それには理由があった。
士郎と凛、二人の疲労は同程度のものだ。けれども、凛よりも士郎の方が英霊と戦える力がある。つまり、彼は前線で戦う身。その前線が崩れてしまえば、たちまち後方である凛も倒されてしまう。
だから、士郎にはなるべく疲れを取ってほしかった。
「いいや。俺が見張りをやる。遠坂が休んでくれ。
襲撃されたとしても、俺ならまだなんとか戦える。」
だが、やはり衛宮士郎といったところか。他人の心配ばかりをしてしまう。
「だからこそよ。この戦いを勝つ為には、あんたがいなきゃ話にならないわ。敵が来て倒されたなんて事はあってはならないのよ。」
「でも、お前の力も必要だ。俺一人じゃ、正しい判断なんてできない。」
互いが互いを思うからこそ、二人はすれ違う。このままでは、どちらとも休息を取ることができない。かと思われたが、
「なら、私がやるわ。」
今の今まで、協力的な様子を見せなかったイリヤスフィールが見張りの番を名乗り出た。
「力の大部分はもうないけれど、疲れている士郎達よりは一晩見張ることぐらいできるわ。英霊相手に時間稼ぎは無理かもしれないけど、最悪の場合でも、使い魔を通してすぐに士郎達へ伝達できる。」
「確かに、アンタがやれば一番良いでしょうね。けど、前は協力しないって言ったのに、何故急に手の平を返したのかしら?」
こうは言ったが、凛は少し疑いながらも、その言葉は信用してもいいと思っていた。何故なら、寝込みを襲うなどという裏切りの行為は、今までもできる機会はあったが、それが実行されてはいないからだ。
更に、現状でそれを実行されても彼女にはメリットがないと、凛は予想している。
しかし、疑問はある。一体どういう心境で、何が彼女を変えたのか。理解できないことだらけだ。
「……私は
「意味が分からないんだけど。」
「それでも良いわ。とにかく、見張りは私がやる。その間に貴方達は休んで。」
そう言ったイリヤスフィールは髪の毛を二本抜き、魔力を込める。すると、髪の毛は自ら鳥となり、翼を広げる。
「寝る時は、この二体の使い魔を側に置いといて。
それじゃあ、私は外に出るわ。」
彼女はくるりと身を返し、障子を開け、外に出る。
「ほんと、よく分からないわね。」
「けど、助かるよ。あのままじゃ、言い合いになって終わってただろうし。
それとも、まだイリヤの事を疑ってるのか?」
「少しは……でも、信じられないっていうのも嘘になる。だって
凛は戸惑っているが、知る由も無いだろう。イリヤスフィールが創太とその叔父の会話を盗み聞きしていた事を。そして、その内容が彼女の何かを変えた事も。
「さて、私達はお言葉に甘えてさっさと寝ちゃいましょ。」
「その前に少し良いか。お前の令呪……どうなってる。」
士郎は凛が無意識に考えていないようにしていた事を、気づかせてしまう。
「それは……」
気まずそうにセイバーのマスターは……いや、
「セイバーは多分、もう……」
「いや、聞いた俺が悪かった。」
彼らを纏う空気が重くなる。
貴重な戦力を失ってしまったのはもちろんだが、立て続けに仲間を失った事が、彼らにとって非常に大きい精神的な痛手だった。
「もう休もう。今はそれが先決だ。」
「そう……しましょう。」
そうと決まってしまえば、それぞれの寝床に行くだけだ。もちろん、イリヤスフィールの使い魔を連れて。
「慎二はどうするの?」
「俺の部屋の隣に寝かせる。裸のままは……流石にまずいな。なんとかするか。」
士郎は慎二に肩を貸し、彼の体を支える。
「とにかく、俺がやるから、遠坂はそのまま寝室に行ってくれ。」
彼は凛と廊下で別れて、自分の部屋に入る。押し入れからは布団を二枚と服を取り出す。後は、慎二に服を着させ、寝かせる。そして自分も毛布の中に入って寝るだけだ。
部屋の電気を消し、寝る体勢になった士郎は目を閉じる。すると、彼は視覚に集中していた意識が体の内に向く。
「……変だな。」
だからか、違和感を感じてしまう。
といっても不調ではない。ましてや、固有結界という過度な力を扱ったからなどではなく、どちらかと言えば絶好調が続いている感覚だ。あれだけ実力以上の戦いをしたのにも関わらず、疲れという物を感じなかった。
もちろん、体には確実に疲労が蓄積されている。しかし、それでも以前よりも戦える力が彼にはあった。
理由としては、あれが原因なのだろうか。
「いや、考えているよりも寝たほうが良いな。」
士郎は思考を打ち切り、寝返りをうつ。
イリヤスフィールが見張りをやってくれると言っているのだ。その証拠に、目線の先には使い魔の鳥が彼を見守っている。
ならば、今は深い睡眠へと体を預けてしまおう。と思いながら、彼はイリヤスフィールに全幅の信頼を寄せ、目を閉じる。
ーー2月14日ーー
障子の隙間から差し込む朝日が、士郎の目を覚まさせようとする。彼はゆっくりと体を起こそうとして、気持ちの良い朝を迎えようとする。
「ん……朝——っ!」
しかし、一転して彼は気持ちを和らげてはいけないと直感する。いや、直感というよりも体の内から警報が鳴ったと言った方が正しいか。
極々僅かではあるが、何者かの殺気が感じ取れる。かなり上手く、というか普段の彼では、全く気付かないぐらい達人の域に達しているこの気配は、衛宮邸の敷地内に潜んでいる。
誰なのか、その疑問はすぐに解消される。昨夜のアサシンだ。こんな事をできるのは暗殺者以外の何者でもない。
では、一体何をするつもりなのだろうか。
もちろん誰かを殺すためだろう。では、その誰かは誰なのか。気配はまだ家の外で、そこにいるのは一人しかいない。
「まさか……!」
考えが至った瞬間、士郎は走り出す。その動きに一切の無駄など無かった。ドアがあろうと、障子があろうと、窓ガラスがあろうと、彼は突き破っていく。後のことなど、考えていられなかった。
そうして家の中を走り、外へ飛び出すと、真っ先にイリヤスフィールの姿を探す。
「シロ……」
彼女が彼を見つけたと同時に、その彼女は驚きと心配が混ざったような表情で士郎を見る。
「危ない!」
しかし、彼はイリヤスフィールの言葉を聞く前に、彼女を抱きかかえるように飛び込む。
だから、
「どうしたのよ、シロウ……っ!まさか、敵⁉︎」
敵に狙われたという状況を、彼女は短剣から察知する。
「多分、昨日のアサシンだ。」
「分かった。凛には使い魔を通じて伝えておくわ。」
敵の襲撃と分かった途端に、二人は背中合わせに戦闘態勢へと入る。
しかし、士郎はそれとは別に何かを感じていた。
昨夜の違和感と同じ、自身の内部にあるもの。けれども、それは彼を蝕んでなどおらず、むしろ助けとなっている。
内と外、両方の世界がはっきりと把握でき、全てのものが解析できるようになっていた。
「……そこ!」
だから、気配を消し切ったアサシンの姿を把握し、的確に剣を投影、射出する事ができた。
「っ……!」
屋根の上に立っていたアサシンは内心驚きながらも、それを難なく避ける。
「私の気配遮断が効かないか。よほどの者だな。」
「あいにく、今は気配に敏感なんでな。」
士郎はこうは言っているものの、実際にアサシンの気配を読み取ったわけではない。読み取ったのはその周りにある違和感だった。
瓦の微妙なズレや、空気の僅かな揺らぎ。アサシンが存在することによって周りに及ぼす影響を、感知したことによって場所を把握したのだ。
「これでは再び気配を消すことは不可能、ならば……」
何か来る!
そう士郎が判断した瞬間に、アサシンの体は横にずれ、次には姿を消してしまった。いや厳密に言えば、目にも止まらぬ速さで動いているのだ。
暗殺者の本領はその名の通り暗殺か、もしくは奇襲であり、真っ向勝負などは不得意である。例え敵が弱くとも、正面から叩くという事はしない。
士郎もそれは理解していた。
「ふっ!」
だから、気をつけるべきは横や背後からの攻撃であり、彼は横からのナイフ投擲にも反応し、それを即座に投影した干将で叩き落とす。
目では見えなくとも、
しかし、背中にはイリヤスフィールがいる。彼女がいくら魔術を扱えようとも、英霊の速さに反応はできない。現に先のナイフも彼女は反応できていなかった。
「シロウ、私は大丈夫だから。」
そんな言葉は気休めにもならない。あくまでもそれは彼女が自身に向けて言ったものであり、自分がしっかりしなければ足手まといになるという決起であった。
彼女は自分の髪を二本抜き、昨夜と同じ使い魔をそこから作り出す。英霊相手に通用するかも不安ではあるが、盾ぐらいにはなるはずだ。
「……来るぞ!」
士郎の警告通り、次の瞬間にはナイフがイリヤスフィールの使い魔二体に突き刺さっていた。
「っ……!」
その一緒の出来事に、彼女は反応できず、士郎だけが
「しまっ……!」
意識を背後に向けてしまったせいで一瞬出来た死角から、ナイフが飛び出る。
だが、対応はできる。そう判断した士郎は右手の莫耶で落とす。これでそのナイフが彼に傷つける事はないが、まだ敵の攻撃が終わった訳ではない。
「今度はそっちか!」
再び投擲されたナイフが狙っているのは、イリヤスフィールの首であった。士郎は左手の干渉でそれを防ぐも、両腕を同時に使い、次の行動へと即座に移せない状態になってしまう。
それを敵が見逃すはずがなかった。
「意外と早く隙が生まれたな。」
士郎の背中から、アサシンの声が聞こえる。つまり、それは詰みであった。
アサシンはナイフを持ち、士郎のうなじを狙い、突き刺そうとする。
イリヤスフィールは元より敵を把握できず、士郎は動けない。いつのまにかガンドの準備をしていた凛がいたものの、士郎を挟んだ立ち位置で、敵を撃ち抜く事は不可能だった。いや、アサシンがそうしたというべきか。
どちらにせよ手立てはなく、相手にトドメを刺されるだけになるはずだった。
「っ!」
けれどもそれは、どこからか飛んできた直剣により阻止され、アサシンはすぐさま距離を取る。
「随分と隙だらけですね?アサシン。」
その声は士郎達にとって聞き覚えのある物。しかし、彼らの記憶ではもっと穏やかで優しいはずであるのに、聞こえてきたそれは、冷たく、蔑むような声だった。
「貴様、死んだはずでは⁉︎」
「何を言っているのですか。私はすでに死んだ身よ。」
アサシンの視線にある先、塀の上に立つその人物は、黒い衣装を着ており、色素の抜けてしまった銀髪を揺らし、光のない金色の目を持ち、焼け焦げた跡のある旗を掲げたジャンヌ・ダルクであった。
「ジ、ジア……」
「その名で呼ばないでちょうだい。」
かつての偽名を士郎は口にしようとしたが、威圧するような声で止められてしまう。その場全てを震撼させるほどの威圧で。
「さて、色々と話をしたいところですけど、先に邪魔なゴミを掃除しましょうか。」
「私も舐められたものだ。いくらその魂が英霊であろうとも、人形の体では……」
「あら、お気遣いどうも。けれど、自分の身を心配した方が良いのではないかしら?」
ジアナの言葉に疑問を持つアサシンだったが、それが何を指しているかは即座に理解させられた。
自身の左腕、それが黒い炎によって燃えていたのだ。
「なっ!きさ……ぐがっ!」
「先ほどの剣にかすらなければ、そんな事にはならなかったでしょうね。」
冷酷に、見下すように、本来の彼女が持っていた慈悲など面影もなく、ただ言い放つ。
「く……!な、何故消えない!」
アサシンは炎に包まれた腕をもう片方の腕で掻き消そうとするも、それが消える気配は一向にない。
「当然でしょう?それは復讐の炎。私の心が生み出した憎悪を火種に燃え続ける。
つまり、相手に対する私の怒りや憎しみが強いほど、それは貴方を苦しめる。」
炎は蝕むように、アサシンの体を徐々に飲み込んでいく。その光景は士郎にとって見覚えのあるものだった。
昨夜のアレ、柳洞寺で見たあの影に似ていた。
「貴方の言う人形の体、彼らが私にくれたこの体を蔑視しなければ、さっさと殺してあげたわ。」
「っ……かあっ!」
苦し紛れに、アサシンは右腕に巻いた包帯をほどき、宝具を解放する。セイバーをも倒したあの奇妙な腕。
「
絶対防御不可であるはずのその腕はジャンヌの心臓を狙い、伸ばそうとするが、
「何?このちんけな手は。」
当然のように、彼女に掴まれる。
「なっ……!」
「やはり、気が変わったわ。今すぐ死ね。」
彼女が殺すと言った瞬間に、炎は肥大化する。朝であるというのに、黒が天まで包むというその光景は異様で、それを簡単に行う彼女は恐怖の存在であった。
やがて、アサシンの霊体が完全に燃え尽きた時、炎は消え、空はただの青空に戻る。
「掃除は終わりましたね。」
ジャンヌ・ダルクは敵の残骸が残されていないことを確認すると、士郎達へと振り向く。
「今度は話し合いといたしましょうか。」