俺は雪ノ下さんと別れた後、まだ1人で店に残っていた。
「こんなときでもお代はちゃんと置いて行くのな…」
俺は誰にでもなく、苦笑しながら呟いた。きっと、この状況下でも笑える余裕が欲しかったのだろう。けれど無理して作った笑いは乾き切っていて、後悔の念が滲んでいた。
本当にあの言葉でよかったのだろうか。もしかしたら何かいい方法があったのではないか。雪ノ下さんがお見合いせずに、雪ノ下が海外に編入せずに済む方法が。
だめだ、仮定の話をしても意味がない。現状俺はその問題の解決を放棄したのだから。もう取り戻すことはできない。
それに今は夏休みだ。学校のある日と違ってそう簡単に雪ノ下に会える訳ではない。
もう手遅れだ。一介の高校生でしかない俺に介入できる問題ではない。おまけに相手はかの大企業の夫人だ。普通の家庭を相手にするよりももっと複雑で、困難な問題。こんなのはきっと赤チャートにすら載ってないような難問だ。分が悪すぎる。
それに、俺みたいなちっぽけな存在がなんでもできるだなんて自信過剰だ。
今回は…俺に何かできるような問題ではなかった、それが今回、俺が辿り着いた1つの解だ。
《陽乃side》
比企谷くんに気付かされた。
私はどうするべきかを。今までは不仲だったけれど、それでも唯一の姉妹。
それに、仲が悪かったというだけで、私は雪乃ちゃんが嫌いなわけではない。
私なんかができるのは、その雪乃ちゃんが望まぬ形で比企谷くんたちとお別れしてしまうのを防ぎ、代わりに自分が結婚することくらいだ。
私は雪乃ちゃんのためなら誰と結婚させられようが構わない。そういうつもりでいたけど…
やっぱり、私も結婚するなら面白い彼がよかったかなぁ、なんて無理なことを考える。
はぁ。それじゃ、お母さんに私が結婚する意思があるって伝えてこなきゃ。
《雪乃side》
「雪乃、少し話があるから来なさい。」
私は「はい」とだけ返事してお母さんのところに向かう。お母さんとは、この前の海外編入の話に反対してから冷戦状態。
当たり前だろう、何せ私は今までお母さんの話に反対せずに、姉の後ろだけを追いかけてきただけで、お母さんにとっては、ただの扱い易い娘だったのだから。
だからきっと、もう既に私の編入先は決まっていて、私1人ではどうもできない状況になっているのだろう。どの道こうなるなら最初から自分の意思で行くことを決意しておけばよかった。
そう思いながら部屋に着いた私に飛んできた言葉は、私の予想を大きく外れるものだった。
「姉さんが私の代わりに結婚するから海外に行かなくていい⁉︎」
どういうこと?私は海外に行かなければならないのではないの?
ひょっとして姉さん…
「いいえ、私は海外に行くわ。だから姉さんには結婚しなくてもいい、そう伝えてください。」
そう一言言い残して部屋を出た。
けれど、本当はどうすればいいかわからない。お母さん相手ならば、誰かに助けを求めることはほぼ不可能だから。あの人に勝てる人なんて…
そう思ったとき、目が腐ってて捻くれ者で、けれど誰よりも優しい彼の姿が脳裏に浮かんだ。
「連絡先とは一応交換しておくものなのね…」
つい最近にやっと追加された彼の連絡先。
慣れない手つきで書いては消し、書いては消しを繰り返してやっとのこと、文面を完成させた。
ーーーーーーーーー
『相談にのってもらいたいことがあるの。手が空いたら電話をかけてください。雪乃』
珍しい。雪ノ下からこんなメールが届いた。あいつが相談か。あんなやつでもわからないことってあるんだな。やっぱり人間だもんな。まぁそれが俺に分かるかなんて言われても可能性はほぼ皆無だがな。
『もしもし、比企谷くん?かけてくれたのね。』
「雪ノ下が俺なんかに相談なんて珍しいじゃねえか。なんだ、明日は傘でも降るのか?」
『真面目な相談だから、真剣に聞いてくれるのと助かるのだけれど。』
「あ、そうか。すまん。でも、俺も助言できるかなんてわからんぞ?」
『ええ、それでも構わないわ。聞いてくれるかしら?』
雪ノ下にしては随分と低い要求だった。こいつもあのことで悩んでいるのだろうか。
『まず、話というのはあなたもわかっていると思うけれど、私の海外編入のことよ。私が編入することは姉さんあたりから聞いてるでしょ?』
「あぁ。続けてくれ。」
『そこから先の話が少し複雑で、お母さんの命で私が海外編入することになって、それを止めようとした姉さんが私の代わりに結婚を決意、私はそれを止めるために海外編入を決意。詳細を端折るとこんな感じよ。』
⁉︎ 雪ノ下さんが〜のところは多分そうだろうと予想はついていたが、まさか雪ノ下自身が雪ノ下さんのために海外編入を決意だなんて。どういう風の吹きまわしなんだこれは。
「つまりあれか、一周回って戻った感じか。」
『端的に表現するならば、それが適切ね。』
『けれど、やっぱり私のために姉さんが結婚するのはおかしいわ。結婚は少なくとも女性にとっては大きな問題だわ。それを妹の海外編入なんかで潰すだなんて、寝覚めが悪すぎるのよ。』
まぁそうだろうな。自分のせいで姉が好きでもない人と結婚させられるだなんて、罪悪感で死にたくなるわな。
「でも、そう思うならそれを行動で示せるのは雪ノ下しかいないと思わないか?俺がどうこうできる問題じゃないし、ましてや俺にはどうすればいいかもわからん。」
「その問題の答えを俺が出したとしたら、それは雪ノ下の回答にはならないだろ。」
ーーーーーーーーー
彼に言われて気が付いた。
今までずっと自分で答えを出してきた。けれどいつしか、自分と違う方法で答えを出す人に頼ってしまっていた。
彼に
『依存』
していた。
「そうよね。ありがとう。お陰で自分が今どうしたいか、何をすべきかが分かった気がするわ。」
『そうか。何がヒントになったのかはわからんが、よかったな。』
「それじゃあ、また。」
そう言って電話を切った。
私は…
『闘える』