ぶつかり合う片手剣と両手剣。交差するウェーブと〝ホロウ・ストレア〟の視線。細切れになったホロウ4人分の肉片で足を取られぬように足元に注意し、それでいて相手を警戒する事を怠らない。
再びぶつかり合う。ウェーブは右腕と一体化した〝冥犬の牙〟を、〝ホロウ・ストレア〟は与えられた〝インヴァリア〟を。質量で言えば片手剣である〝冥犬の牙〟が両手剣である〝インヴァリア〟に劣っている。それに加えて一体化しているとは言えウェーブは片手で振るい、〝ホロウ・ストレア〟は両手で振るう。性別による肉体の差が無いゲーム内である以上、打ち負けるのはウェーブに違いない。
しかし、
2人の間にある物は〝
「……なんで邪魔をする?俺なんて居なくなった方が良いだろうに」
ウェーブの口から溢れたのは純粋な疑問。ウェーブと〝ホロウ・ストレア〟の関係は敵としか言えない。彼女がウェーブに対していかに特別な感情を持とうとも、最後には殺し合うのがカーディナルによって定められた結末。〝ホロウ・ストレア〟の立場からすれば自分が居ない方が利益になるはずなのにと、
「そんなの決まってるじゃないーーー」
〝インヴァリア〟を握る手に力を込めてウェーブに斬りかかる。〝
「ーーー貴方を、救う為よ!!」
〝インヴァリア〟の重量に加えて〝ホロウ・ストレア〟の筋力値を最大限に活かした全身全霊の振り下ろし。空を切り裂き、大地を叩き割る一撃は防御不可能。
「ーーー誰が頼んだぁ!!そんな事をッ!!」
それをウェーブは容易く弾き返す。そう、〝
「頼むよ放っておいてくれよ……!!
そこから始まるウェーブの反撃。それまでのウェーブの技量を投げ捨てたような斬撃はどれもが単調で防ぐのは容易い。しかし〝
ウェーブの心中にあるのは後悔と自責。自分が彼女たちを守ると決めたのに〝ホロウ・ウェーブ〟に襲われてしまった。その結果、2人は怯えて悲しむ事になった。
故に己に価値は無い。己が立てた誓いも守れぬ畜生に何の価値がある。自分という希望を持たせたせいで彼女たちを泣かせてしまった。それならば、自分なんて存在しない方が良い。
己が悪い己が悪い。自分さえ居なければという自己否定。それが今のウェーブの原動力。自分を絞め殺すように、自分を傷付けながら、彼は闇の底へと堕ちて行く。
「……そんな事、言わないで」
ウェーブに吹き飛ばされながら立ち上がった〝ホロウ・ストレア〟の顔にあるのは悲しみだった。
〝ホロウ・ストレア〟はAIでありながらウェーブに恋をしている。それはウェーブに想いを告げて、断られたとしても変わらない。愛する者が堕ちる姿など見たくないと、〝要〟であった〝ティアマト・ガーディアン〟が倒されたという建前を持ち出しながらも最悪カーディナルに消されても構わない覚悟でこの場に居るのだ。
「貴方、すっごく辛そうだよ。今にも泣き出しそう。そんな姿、私は見たくないの……だからーーー」
想いは尽きぬ、この心は変わらず。故に〝
「ーーーだから、救うって決めたのよ!!」
「ーーー必要無いと言っているだろうがぁッ!!」
それに同調するようにウェーブの闇も深みを増す。己に価値など無い。だから無価値な自分を求めないでくれという自己否定により、際限無く闇は深まる。死に果てろ死に果てろ、全て塵になれ。無価値なこの身と同じようにと〝
そしてついに終わりは訪れる。数十合のぶつかり合いの末に〝インヴァリア〟が音を立てて砕けた。そもそもここまで持った方が奇跡なのだ。抵抗は出来ても拮抗は許されない、善戦は出来ても辛勝出来ない決定的な位階差があるというのに、〝ホロウ・ストレア〟はここまで単騎で持ち堪えた。
ゆっくりと振り上げられる〝冥犬の牙〟。陽光に当てられて反射する〝インヴァリア〟の破片。誰がどう見ても勝者はウェーブで、敗者は〝ホロウ・ストレア〟にしか見えない。
しかし、この場で勝者の様に笑うのは〝ホロウ・ストレア〟の方だった。
「何故笑う、何が可笑しい?」
「笑いもするわよ。だって、私の役目は時間稼ぎなんだもの」
〝
だからこその時間稼ぎ。
至らないなどとは考えていない。自分よりも深く、そして長く彼の事を愛している彼女たちならば至れて当然だと考えていた。
ウェーブもそれに気がついた様だがもう遅い。彼女たちと想いを同じにする〝ホロウ・ストレア〟はもう分かってしまった。
ユウキとシノンの2人が、
「「ーーー
それは宣言だった。坂を転がる様に闇へと堕ちていく愛しい人を救い出すという、絶対の誓い。
「身に纏うは黒きボロ切れ、手にするは魂狩りの大鎌。一度振るえば生者の命を刈り取ろうぞ。
死を恐れるなかれ。死とは汝の友であり、いつしか迎えるものである。死を拒む事など許されぬ」
それは死への憧憬。
「あぁしかし、この気持ちは何なのだ。奏でられるは嘆きの琴、歌われるのは
だがそれは1人では意味が無い。愛しい貴方と歩むからこそ受け入れられるのだ。だから1人で行かないでと、彼女は愛しい彼へ呼びかける。
「アケロンの河に投げ入れられ、この身は冥府に辿り着く。魔術を操り冥狼を従え、放浪の亡霊を導く私は冥府の女神。傷付き疲れた魂魄を、無明の闇に静めましょう。
滅び去れ、破滅の巨人よ。冥府の炎に焼かれるがいい。祈れ、人の子よ。汝らに祝福を与えよう。
三叉路に立ち、十字路に現れ、道を明かりで照らしましょう。旅人よ、どうか幸あらん事を」
それは力への憧憬。
「嘆きの琴が、
だがそれは1人では意味が無い。守りたい者が居たからこそ、彼女は力を求めたのだ。自分に安心を与えてくれ、力への渇望を忘れさせてくれた愛しい彼を救う為に、彼女は再び力を渇望する。
「「ーーーしかして貴方に無明の闇は似合わない。愛しき人よ、明るき世界へ帰るのだ」」
そうだ、貴方に闇なんて似合わない。1人勝手に悩んで苦しんで、その果てに闇に堕ちるだなんて許さない。闇に堕ちるというのなら引っ張り上げてやる。駄々を捏ねるなら殴ってやる。無価値だと自己否定するのなら、愛して価値を与えるからーーーどうか戻って来て。
「愛する伴侶の手を引きながら、冥府を登れよ吟遊詩人。我が刈り取るその日まで、死を受け入れる為に、良き生を歩むのだ」
ユウキの全身から鮮やかな紫色の光が輝く。死を想いながらも、愛しい人と生きる事を決めた少女の祈りがここに顕現する。
「帰りなさい、優しき人よ。貴方の帰りを待つ者のところへ。私は、貴方を愛している」
シノンの全身から鮮やかな真紅の光が輝く。愛しい人を守る為に、救う為に力を求めた少女の祈りがここに顕現する。
「「
「ーーー
「ーーー
久し振りに三人称での描写。一人称も良いけどたまの三人称も悪く無い。
詠唱を考えるのって凄い疲れる。こんなのを毎回の様にポンポン考えてる某会社を崇拝します。
自分の方が良いのを考えられるぞ!!という益荒男がいればメッセージ下さい。