「ーーーグルルル……」
犬をモチーフとし、錆びた剣や石の塊を持った獣人系のモンスター〝コボルド〟が三匹周囲を警戒する様に匂いを嗅ぎながら奥の暗がりから現れる。彼らの目の前にはフレンジーボアからドロップした〝フレンジーボアの肉〟が置かれていて、その匂いに釣られて現れた。
獣人系とはいえ人よりも獣の割合が多いのだろう。さっきから視覚や聴覚では無く嗅覚で周囲を探っていることがその証拠だ。それを見て背後にいる2人に指を二本立てて、2人だけでコボルドの相手をする様にハンドサインで指示を出す。
2人の頷く気配を感じて、コボルドたちの観察を続ける。そしてコボルドが安心して〝フレンジーボアの肉〟に齧りついた瞬間、2人は動き出した。
〝隠蔽〟のスキルを使っているのでそれ以上の知覚感覚か〝索敵〟、〝看破〟のスキルでも持っていなければ今の2人はシステム的に見つかる事はない。そしてコボルドの知覚範囲である10メートルまで踏み込んだ時にコボルドたちは2人に気づいて顔を上げ、
三匹の内二匹がユウキとシノンが持つ〝アニールブレード〟によって首を刎ねられて即死した。リアルの2人ならこんな事は出来ないがSAOのステータスによる恩恵と刀剣類の正しい使い方を指導した事によりそれを実現させる。
奇襲、そして仲間が殺られたことを知ったコボルドは威嚇するでも襲ってくるでも無く、
溜息を吐きながら背中に背負っていた槍を手に取り、逃げるコボルドに向かって投擲する。リアルで培った技術とSAOのステータスによる恩恵により、投げた槍は逃げるコボルドに容易く追いついてコボルドの足に命中、痛みによってスピードが鈍った事で2人に追いつかれ、片手剣のソードスキル〝スラント〟を当てられてHPを無くして死んだ。
「お疲れさん、悪くは無いけど気ぃ抜いたな」
「逃げるなんて予想してないよ〜」
「ゲームなら戦いなさいよ」
「戦犯がいるとしたら茅場とかいうクソ野郎だな。リアル重視で作ったのはあいつだし。そもそもリアル重視だって事を理解してたら逃げるかもしれないって予想出来ないか?」
「む〜」
「ファッキューかやひこ」
投げた槍を回収している間、2人は文句を言いながらも〝索敵〟で周囲の警戒をしている。MPKの後から耳にタコができるほどに言っているから当然の事だと思いながら槍の耐久値と切れ味を確認、問題ないと判断して背中に背負う。
「さて、帰り道でまたモンスターが湧いてるんだ。出会ったら一匹残らず狩り尽くして経験値とアイテムを美味しくいただくとしよう」
「ヒャッハー!!」
「落ち着きなさいよ」
剣を振り回しながらはしゃぐユウキに注意するシノンを見ながら第一層の迷宮区の
SAOがデスゲームとなって二週間が経った。それだけ経てばキリトの様に茅場の言葉を信じてクリアを目指すプレイヤーだけで無く、外部からの助けが来ないと悟ったプレイヤーたちも動き出す事になる。
初めの一週間で500人が死亡した。内訳では1割が茅場の言葉を信じずに自殺、9割が圏内から外に出てモンスターに殺されたとの事。それを聞いてもそうかとしか思わない。
SAOの初回生産数は一万本、それとは別にβテスターたち1000人にソフトが渡されて計11000本。全員がログインしたとは考えにくく、1割が何かの事情でログインしていなかったと考えて約一万人がSAOに囚われていると考えられる。一万分の五百、たったの一週間でそれだけが死んだ。
そして二週間経った現在では新たに200人が死んだらしい。
そんな現状でも、圏外で武器を振っているプレイヤーをチラホラ目にすることが出来る。ファッキューかやひことかくたばれ運営とか叫んで戦っているのを見る限り、この理不尽な現状に立ち向かっている様だ。
先頭に立って走る者がいればそれに続く者が現れる。続く事が怖いと思っても何かの役に立ちたいと考える者も現れる。
そうやって少しずつであるが、プレイヤーたちはゲームクリアを目指して立ち上がっていく。
迷宮区から脱出し、最寄りの街の〝トールバーナ〟に辿り着く。ユウキとシノンに宿を任せて、俺は一人で酒場に入る。中は賑わっているがここにいるのは一人を除いてNPCだけだ。死ねば終わりのこの世界で流石にたった二週間でここまで来ようと考える者はほとんどいない様だ。
そんな中で例外に当たるプレイヤー、この酒場唯一のプレイヤーである茶色のボロローブを着た小柄な女のいるテーブルに断り一つ無しに同席する。
「やぁナミっち、元気そうだナ」
「おう元気元気、今回のキャンプでレベルが15になったぜ」
「頭おかしいヨ……なんで開始から二週間でそんなレベルになってるのサ」
「ホルンカの森で実付きのリトルペネントを探して実を割る、集まってきたやつを殺す、それだけで大分違ってくるぞ」
「あぁ、そうか、狂人だったナ」
「解せぬ……あ、すんませーん、ガッツリ系のとエール下さーい」
ウェイトレスからはーいという返事が返ってきて改めて対面している女に目をやる。金髪に金眼、そして特徴的なのは頬を走る六本三対の鼠のヒゲの様なペイント。彼女はSAOで情報屋を営んでいる元β版のテスターの一人アルゴ。頬のペイントから〝鼠〟とも言われてるそうな。
「で、頼んでいた物ハ?」
「取ってある」
アイテムポーチから羊皮紙を取り出してアルゴに渡す。その羊皮紙には俺たちが歩いた迷宮区のマップが描かれている。とは言っても全てが描かれているというわけでは無く歩いた所だけで穴だらけだが、それを見てアルゴは呆れた様な、満足した様な顔になっていた。
「やれやれ……まさかもう
「頼んだのはそっちだろうが」
「片手間で出来る限りってオレっち言ったよネ?」
「上層の方が経験値が入るから自然とな」
「付き合わされたシーちゃんとユーちゃん哀れナ……」
そこでウェイトレスがパンとスープとサラダ、それとステーキが乗せられたトレイとエール入りのジョッキを持ってきた。礼を言ってそれを受け取り、エールを一気に飲み干す。
SAO内でも酔うことは出来る。とは言っても所詮はリアルでの再現に過ぎないので完全にとは行かない。だがここでは酔うという行為が大切なのだ。酔って気分を高揚させ、迷宮区でのストレスを緩和させる。ストレスで精神を擦り減らし続ければ最後には摩耗して精神を病んでしまう。なので食事やエールとタバコの様な嗜好品でストレスを緩和し、精神を休ませてやらなければならない。
「まぁそれは置いといてダ、これが約束の報酬ダ」
「毎度あり」
アルゴが渡してきたのはコルが詰められた皮袋。情報屋を営んでいるだけあってアルゴは情報に値段をつける。第一層から第二層に上がる為に倒さなければならないボスの居場所の情報など、アルゴからしたらいくら金を積んででも得たい情報だろう。事実、皮袋の中身は4000コルという現段階ではかなり多い金額を払ってきた。
「んで、その情報の公表は?」
「
「やっぱりね」
ボス部屋までのマッピングという破格の情報を手にしたアルゴだが、その情報を今は公開しないと言う。それはそうだ、まだゲーム開始から二週間しか経っていないのだ。ボス部屋の情報を公開しても準備が整っていない、そんな状況で情報を出したところで余計な死者が増えるだけだ。
「そうだナ……あと二週間くらいしてプレイヤーのレベルが上がったら公開することにするヨ」
「それが良いな。ユウキとシノンにも言っとくよ」
「そうしてくレ……そうダナミっち、空いてる日はあるカ?」
「明日は一日オフに充てるつもりだから明後日からなら空いてるぞ。やらにゃならんことはユウキとシノンへの指導……あと〝アニールブレード〟を強化することぐらいだからな」
「だったラ、一つ頼みがあるんダ」
「内容次第だな」
いつもなら飄々とした顔のアルゴだがこの頼みに関しては躊躇があるらしく、二、三度大きく深呼吸をしてようやく口にしてくれた。
「ーーー第一層のボス〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の偵察に付き合って欲しイ」
「ーーー良いぜ。報酬の話をしようか」
妖怪首置いてけを量産している奴がいるらしい。けどリアル重視で即死が狙えるのなら積極的に狙うべきだと思うの。
主人公、二週間で第一層のボス部屋まで辿り着く。頭おかしいなぁこいつ!!
アルゴ登場。お姉さんぶってるところが可愛いと思います。主人公は現段階ではかなりの上客です。
ヒースクリフ?……あぁ、あいつはいい奴だったよ……