闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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すれ違い・3

 

 

殺し合おうなどと口にしてからすでに30分は経っているが、戦況は芳しく無い。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟の腕振り。液体である事を生かし、鞭のようにしならせて殴りかかってくるが速度自体は遅いので見てからでも避けられる。それで避けたからと安心してはいけない。避けた腕から無数の突起物が生えて、先端を尖らせて襲い掛かってくる。〝冥犬の牙〟を盾にすれば突起物は甲高い音を立てる。液体だから柔らかいと考えて防がなければ今頃は蜂の巣になっていただろう。反撃にと腕を両断する。しかし腕は形を崩して床に落ち、泉に移動して〝ティアマト・ガーディアン〟の腕に戻る。しかも〝ティアマト・ガーディアン〟のHPゲージは1ドットも減っていない。

 

 

人型を取っているが〝ティアマト・ガーディアン〟はあくまで液体、どんな形でもなる事が出来る。人型の行動だけしかしないと思い込めば手痛い反撃を食らうことになる。液体の身体にはダメージ判定は無いらしくいくら攻撃しても無駄、しかも回収されて元に戻るだけだ。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟の攻撃が想像の域を出ないものだから無傷だがこちらから〝ティアマト・ガーディアン〟にダメージを与える方法も無い。互角の展開になっているように見えるが、このままではいずれ集中力を切らせてこちらが負けるのは目に見えていた。

 

 

ダメージを与えられる可能性があるとすれば〝ティアマト・ガーディアン〟の額にある宝石なのだろうが位置が悪い。床からあの宝石がある場所までは凡そ5メートル、ジャンプすれば届く距離だがただ攻撃しても避けられるだろう。もし宝石を斬れたとしても流石に15本のHPゲージを一瞬でゼロに出来るとは思えない。そのまま足場が無い空中であの突起物に串刺しにされて終いだ。

 

 

腕の振り回しと腕から生える突起物を避けたり防いだりしながら〝ティアマト・ガーディアン〟の背後を取ってみるが腕がしまわれ、〝ティアマト・ガーディアン〟の背中から腕が生えてこちらに伸ばされる。〝ティアマト・ガーディアン〟には目も耳も鼻も無いのだが、独自のセンサーでも持っているのか正確に俺の位置を把握している。いかにして背後に回ろうとも、その瞬間に身体を変えて俺のことを追いかけてくる。

 

 

この時点で〝色絶ち〟や〝色合わせ〟などの気配や呼吸による技術は使えなくなった。

 

 

「それがどうしたっていう」

 

 

俺のことを掴んで握り潰そうとする〝ティアマト・ガーディアン〟の手を体勢を低くして躱し、斬り落とす。〝色絶ち〟や〝色合わせ〟は確かにここまで多用してきた技術だがそれだけが俺の強さでは無い。高々数ある手札の数枚が使えなくなっただけの話だ。他の手札で戦えばいいだけの話だ。

 

 

しかし、その他の手札にも〝ティアマト・ガーディアン〟に通用しそうな物が見当たらない。過去に一度爺さんがマグレでやってみせた飛ぶ斬撃でも使えれば良かったのだが俺はそれを出来ない。

 

 

「ーーーシノンがいれば」

 

 

シノンがいれば、俺が腕と突起物を処理している間に弓矢で額の宝石を貫く事が出来ただろう。

 

 

「ーーーユウキがいれば」

 

 

ユウキがいれば、2人で撹乱しながら額の宝石を斬り続ける事が出来ただろう。

 

 

そんなもしもを考えて、()()()()()()()()()()()。この場には俺1人しかおらず、もし2人と行動していたとしても守れなかった2人をこんなところに連れてくるわけにはいかない。

 

 

俺1人で、〝ティアマト・ガーディアン〟(こいつ)を斬らなければならない。そして2人をこの世界から解放しなくてはならない。

 

 

神風精神で一回特攻でもしてみるかと足に力を入れた途端、〝ティアマト・ガーディアン〟が動いた。身体を俺に向け、腕を泉の淵に着けて力んでいるような動きをする。何かあると警戒してーーー〝ティアマト・ガーディアン〟の背中から()()()()()()()()()()()

 

 

数えるのがバカらしくなってくる本数。あまりの多さに〝ティアマト・ガーディアン〟の背後が完全に遮られている。そしてその触手が鞭のようにしなりながら、槍のように真っ直ぐに、ハンマーのように固まりながら一斉に襲い掛かってきた。

 

 

腕だけでは対処出来ないと物量で押しにきたらしい。これは俺にとって好ましくないパターンであり、同時に好機でもあった。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟の身体は液体。無限にあるわけではなく有限しかない。あれだけの量を攻撃に使えば人型の体積は小さくなる。事実、〝ティアマト・ガーディアン〟の人型は2メートルまで縮んでいた。

 

 

斬るか(〝剣術:全方向〟)

 

 

怒涛の勢いで迫り来る触手を斬り、弾き、防ぎ、流し、〝ティアマト・ガーディアン〟の人型目掛けて最短距離を無傷で駆ける。黒いモヤで包まれた〝冥犬の牙〟はメンテナンスをしていないのに斬れ味どころか耐久値も落ちていない。なので多少無茶な使い方をしたところでパフォーマンスは一切変わらない。

 

 

触手の弾幕を掻い潜り、〝ティアマト・ガーディアン〟の人型の前に躍り出て、その勢いのまま跳躍して宝石を斬る。思っていたよりも硬かったが斬れないほどではない。振り抜いて宝石に深い太刀筋を入れれば〝ティアマト・ガーディアン〟のHPゲージの一つの半分が削れていた。やはりあの宝石が弱点のようだ。この調子で続ければと考え、

 

 

腹に、〝ティアマト・ガーディアン〟の胸から生えてきた円柱状に纏められた触手の一撃を食らってしまう。

 

 

腹部が抉れたと勘違いしてしまう程の衝撃を受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。幸いなのはここの壁が肉の壁だった事か。クッションのようになってある程度叩きつけられるダメージは抑えられた。しかし自分のHPはあの一撃でレッド手前のイエローまで削られてしまった。万が一の為に着込んでおいた鎖帷子の防御力のお陰か。

 

 

一撃をもらって追い詰められながら俺は〝ティアマト・ガーディアン〟の行動に感心していた。状態を見るに〝ティアマト・ガーディアン〟には五感が存在しない。そうなれば当然痛覚も存在しないことになり、いくらダメージを受けても痛みで動きを鈍らせる事が無いのだ。その上にHPは俺の十数倍はあるはず、まさに肉を切らせて骨を断つというやつだ。

 

 

それだけでは無い、触手が液体に戻り俺の身体に纏わりつく。液体が触れている部分が熱くなり、秒単位で1ドットに届くかどうかのスピードでHPが削られていく。どうやら継続ダメージまで発生させるらしい。嫌らしいと思いながらアイテムポーチからポーションを取り出して飲み干す。

 

 

そしてポーションを飲んでいた時に、〝冥犬の牙〟に纏わりついていたモヤが薄くなっていることに気がついた。ダメージを受けたからかと考えたがHPがグリーンになっても薄いまま。他に何があったといえば……俺が感心したくらいか。

 

 

試しに感心を無くしてみるがモヤは薄いまま。

 

 

「……殺意か?」

 

 

考えてみればこのモヤが出てきたのは俺が〝ホロウ・ウェーブ〟()に対して殺意を持った時からな気がする。試しに〝ティアマト・ガーディアン〟に〝ホロウ・ウェーブ〟()の姿を投影し、あの時のユウキとシノンの姿を思い出して殺意と怒気を湧き上がらせる。

 

 

するとモヤはそれまでで一番濃い色に変わって〝冥犬の牙〟を包んだ。俺の殺意と怒気がそのまま纏わりついているかのように、ギチギチと空気をーーーいや、()()()()()()()()()()()

 

 

「感情に呼応する何かか……まぁ何でもいいや」

 

 

使えるなら使う、それだけのことだ。手札が殆ど使えない現状ではこのよく分からない物に頼る他ない。未知数の力はどんなメリットがあるか不明のまま、つまりはデメリットも不明だ。このまま使い続ければ死ぬかもしれない。

 

 

「ーーー()()()

 

 

問題無い。この身はすでに醜く邪悪な畜生。人から外れかけて、獣に落ちかけているロクデナシ(〝求道獣〟)。負けるのは嫌だ勝ちたい、その為なら何でもしてやろうと、デメリットを一切無視して目の前に降りてきた力を迷う事なく掴み取る。

 

 

〝ティアマト・ガーディアン〟に〝ホロウ・ウェーブ〟()の姿を投影、あの時の2人の姿を思い出して……まだ足りないと判断する。ならば()()()()。己が内に酔い痴れ、外界を排除し、褒め称える(蔑み罵倒する)言霊がいる。

 

 

畜生たるこの身よ、飛翔する(堕ちる)様に天墜する(飛んで)高みを目指せ。それこそ、(〝求道獣〟)の末路に相応しい。

 

 

高鳴る心臓の音。

 

 

掻き乱される脳内。

 

 

昇華された殺意と赫怒が燃え盛り純化されて、暴れ狂うそれが別方向に向かぬ様に()()()()()()()()しーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー事象改竄開始(インカーネイト・スタート)

 

 

踏み込んではならない領域に、容易く足を踏み入れた。

 

 

 






身体が液体で、本体じゃ無いとダメージゼロ、しかも不定形だからどんな形にもなれて、さらにウェーブの手札の殆どが通用しないとかいう強者の風格を漂わせるボス。複数か、万全状態ならともかく単独で疲弊しているウェーブにはかなり辛い。

ならどうしようと、目の前にぶら下がった力に迷わず飛び付くウェーブ。この躊躇いの無さが壊れてる感出してるんだよな……

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