「ふぅ……」
24日になってから一時間後。息を吐き出しながら、両手を無くしHPをゼロにして倒れるサンタ姿の〝背教者ニコラス〟を見下す。その隣には〝背教者ニコラス〟が呼び出したサンタ姿のトナカイが二匹倒れていて、こちらも〝背教者ニコラス〟と同じようにHPがゼロになっている。
〝背教者ニコラス〟は結果だけ言えば強敵だった。〝ザ・フェニックス〟と違いHPはイベントボス用なのか十本バーが用意されていて高攻撃力、その上自分の体制も考えずに振り回すように頭陀袋と斧を滅茶苦茶に振り回してくるので面倒な敵ではあった。
だけど、ウェーブよりも遥かに弱い。ただHPが多いだけ、攻撃力が高いだけのボスなんて彼の足元にも及ばない。HPが半分になった時に鐘を取り出して新たな背教者を呼ぼうとしたのでわざと見逃した。その結果、一対三になったけど、それでも勝ちを確信出来る程度のものでしか無かった。
LAボーナス、MVPボーナスを流し読みし、ドロップアイテムの項目に目を通す。そして目的のアイテムを見つけた。〝還魂の聖晶石〟、見たことも聞いたこともないアイテム。これが蘇生アイテムだと一目見て確信出来た。
ウインドウを操作して実体化させた〝還魂の聖晶石〟は卵よりも大きな、そして七色に輝く美しい宝石。これで生き返らせる事が出来ると逸る気持ちを抑えながら、震える手でアイテムの使い方を表示してくれるヘルプを操作する。
【このアイテムをポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して〝蘇生:プレイヤー名〟と発生することで、対象プレイヤーが死亡してからアバターが完全に消滅するまでの間ならば、対象プレイヤーを蘇生させることが出来ます】
「はーーー」
説明文を読んで思わず乾いた笑いが出てしまった。アバターが完全に消滅するまで。それが〝還魂の聖晶石〟の使用リミット。SAO内ではモンスターが死んでも五分程死体は残り、プレイヤーも同じ時間死体を残してポリゴンになって消滅する。
つまり、過去に死んだプレイヤーは生き返らないと言っていた。
〝還魂の聖晶石〟を雪の上に叩きつけて、何度も踏みつけた。何度も、何度も踏みつけるが〝還魂の聖晶石〟は割れるどころかヒビの入る気配すら見せない。そして叫んだ。サチを、ケイタを、〝月夜の黒猫団〟の誰も生き返らせることが出来ないという事実を認めたくなかって、涙が出ないのに泣き叫んでいた。
何分、何十分そうしていたか分からない。だけどもうここにいる意味は無いと〝還魂の聖晶石〟を拾い上げてこの場から立ち去る事にした。
ワープした先では、百を超えるプレイヤーたちが地面に倒れて呻いていた。誰もがHPはグリーンだが手足をへし折られていて身動きが取れなくなっている。明らかに動けないように手足を折られるだけで、加減されているとわかる。
その中心ではウェーブがプレイヤーを積み上げて作った山の上で酒を飲みながら座り、そんなウェーブに寄り添うようにミニスカサンタ姿のユウキとシノンとストレアが眠っている。更にその周りにはクラインを始めとした〝風林火山〟のプレイヤーたちが死に体で転がっていた。誰ものカーソルはオレンジ……つまり、〝
「よう、どうだった?」
「……駄目だったよ」
アイテムボックスから入手した〝還魂の聖晶石〟三つをすべて取り出してウェーブに投げ渡す。俺には不要な物だがウェーブに取ってこれから必要になるかもしれない。これまでのお礼には充分だろう。
「いつか、あんたが言った通りだったな」
あれは蘇生アイテムの噂が出始めた頃か。ウェーブは蘇生アイテムの話を聞いてそんな都合の良いアイテムは無いと断言していた。そもそも死んだプレイヤーを生き返らせたとしても、リアルの身体が死んでいるかもしれない。ゲーム内だけで生き返っても、それは生き返ったと言えるのかと言っていた。やるならば何か条件付きの蘇生では無いかと予想していたが、言っていた通りに時間制限付きだった。
ウェーブは俺を見て何か言いたそうにして何も言わなかった。
クラインは俺を見て何か言いたそうにしていたが息絶え絶えで何も言えなかった。
それを見て居た堪れなくなって、俺は逃げる様にその場から離れた。
どこをどう歩いたのか分からないが、気がついたら四十九層の借りていた宿屋にいて朝になっていた。季節が冬な為か、朝になっているのに僅かに明るいだけ。
蘇生アイテムで〝月夜の黒猫団〟を生き返らせるという目的を失った俺は呆然としていた。このままでは攻略組にいても迷惑になるだろう。それならばいっそ自殺でもしてしまおうかと考えたが、ウェーブが言っていた俺のことを思ってくれている奴らがいると言う言葉を思い出して躊躇ってしまった。
何もやる気が起きないからと呆然としていると、時計の針が7時を指して時報を鳴らす。そして時報に紛れるように聞き慣れないアラームが耳に届いた。視界の端にウインドウを開くことを催促するマーカーが点滅しており、俺は機械的に指を振る。
光っているのはアイテムボックス中の〝月夜の黒猫団〟のギルドメンバー共通タブ。〝月夜の黒猫団〟が壊滅してから手を付けていない共通タブの中に、無かったはずの〝録音結晶〟が現れていたのだ。
それを取り出し、明滅するクリスタルに触れる。
『あーあー、テステス、マイクのテスト中……良し、大丈夫だな』
そこから聞こえてきたのはケイタの声だった。
『ねぇケイタ、本当に2人だけで良かったの?』
『全員で話してたら時間オーバーするからな』
そして、サチの声も聞こえてきた。
『えっと……キリトへ。これを聞いているってことは私たちは死んでると思います。なんで分かるのかって?だって、これは〝月夜の黒猫団〟のみんなが死んでしまった時の為にって残していたクリスタルだからです』
『これを残した理由についてだけど……多分、俺たちは長くは生きられないと思ったから。別にキリトのアドバイスが悪いとか、俺たちが弱いとか、そう言うのじゃなくてだな……キリトと戦って気がついたんだよ。この世界で生きていく為には力があるだけじゃ駄目だって、生きてやるって気持ちが無くっちゃ駄目だって』
『だって、キリトってば簡単に倒せるはずのモンスターなのに真剣に、全力で挑んでいたから。油断も慢心もしないで殺してでも生きてやるって感じて……ああ、これが攻略組と私たちの違いかって気がついちゃったんだ』
『俺たちはデスゲームなんて嘘だって考えて生きてた。でも、キリトたちはデスゲームが本当だって考えてた生きてた。最初にキリトに会った時に俺たちは攻略組は無理だって言われてムッとなったけど、キリトを見てそれは正しかったんだと思ったよ』
『だから、いつ死んでも良いようにメッセージを残す事にしたんだ。多分、ちっぽけなミスして死んでるんじゃないかなぁって思ったり。で、キリトの事だからそれは自分のせいだって責めて責めて、自分が許せないって思ってるんじゃないか?』
『ふふっ……そうね、1人が好きだって言ってる癖に責任感のあるキリトだからそう考えてると思うわ。だから、私たちが言ってあげる』
『キリト、お前は悪くない。当然俺たちも悪くない。ただ、間が悪かっただけだ』
『だから自分のことを責めるのは止めて』
『ちなみにこれをクリスマスにセットした理由は、クリスマスパーティーで酒を飲みながらこれを聞いて笑い話にするつもりだったからだ。その時の俺たちこんなことを考えてたのかよ〜って、笑い話にしたかったんだ』
『死んじゃったら笑い話にならないと思うんだけど……』
『……あ〜無し無し!!これってリセット出来るのかな?』
『確かリセット出来なかったと思うけど……』
『……うん、このまま進めよう!!まぁ、俺たちが何が言いたいのかって言うとだな……ありがとう、キリト。俺たちと一緒に居てくれて。お前に出会えたから、俺たちはその事に気がつくことが出来たんだ』
『私が怖がって水路に逃げちゃった事、覚えてる?あの時、追いかけて来たキリトに向かって凄い失礼なことを聞いちゃったよね?普通なら答えられないような、差し当たりの無い答えになりそうな質問。でも、キリトはそんな質問を真剣に考えて答えてくれたね。考えがまとまらなかったのかメチャクチャな言い方だったけど、凄く嬉しかったです。ありがとう、キリト』
『……まだ録音出来てるの?凄いなコレ』
『どうしよう……』
『そうだ、折角だから歌でも歌うか?クリスマスソングでもパァっとさ』
『えっ!?わ、私〝赤鼻のトナカイ〟くらいしか知らないんだけど……!?』
『それで良いじゃん!!思いっきりアレンジ効かせてさ!!って言っても俺も歌詞覚えてるのそれくらいしか無いんだよな……』
落ち込むケイタの声から数秒して、他のメンバーたちの声も聞こえて来た。そして〝月夜の黒猫団〟による〝赤鼻のトナカイ〟が始まる。途中でケイタが言っていた通りにそれぞれが思い思いにアレンジを効かせているせいで、ほとんど原曲が残っていなかった。音程はグチャグチャで、歌詞を間違えてしまい慌てて歌い直したりと、〝赤鼻のトナカイ〟は名前だけになっていた。
でも、それでも、〝記録結晶〟の中の彼らは楽しそうに歌っていた。
『メリークリスマス。ありがとう、キリト。俺たちと戦ってくれて』
『私たちが死んでも生きて、このゲームを終わらせてね』
そこで、〝記録結晶〟の録音は終わっていた。
蘇生アイテムのドロップが三つに増えました。なお、生き返らせたいプレイヤーは蘇生出来ない。
中層ギルド連合VS色物キチガイ集団。勝者色物キチガイ集団。勝てるわけがないんだよなぁ……
黒猫からキリトへのメリークリスマス。親身になってくれたキリトを怨んでるわけないんだよ。