「おい、目覚めから何やってるんだよ」
「目を覚まして男の顔がドアップであったら目潰しするだろ?俺は悪くない」
「目がッ!!目がぁぁぁぁッ!!」
キリトを起こさせたシュピーゲルが目を抑えながらのたうち回っている。シュピーゲルがキリトを起こすために近づいた瞬間にキリトが目を覚まし、躊躇い無しに目潰しを叩き込んだのだ。圏内であるためにダメージこそ発生していないが痛覚はあるのでシュピーゲルは目潰しされた痛みで転げ回っているわけだ。
「男から押し倒されてるだけだろうが。処女か?処女なのか?」
「お前は俺を男として見ないつもりだな?良し分かった、表に出ろよ」
笑顔で額に青筋を浮かべるという器用な事をやっているキリトが外を指差すが、その時にキリトの顔スレスレを矢が通り過ぎて行った。そしてその矢はのたうち回っていたシュピーゲルの頭に突き刺さる。
「料理が冷めるから喧嘩するなら終わってからにしてくれないかしら?」
「アッハイ」
「おうシノン、シュピーゲルにトドメ刺した事について一言」
「そこにいたのが悪い」
それだけ言ってシノンは去っていった。キリトもそれに着いて行き、頭に矢が刺さったシュピーゲルに合掌してから俺も2人の跡を追う事にした。
「はぁ……何か久しぶりにまともな飯食った気がする」
「まぁ温かいってだけで飯はかなり美味くなるからな」
クリスマスの準備がしたいからと部屋から追い出された俺とキリトは酒場に来ていた。キリトは頼んだ果実酒をチビチビと飲み、俺は蒸留酒を飲みながらアルゴが集めたクリスマスイベントの情報を纏めている。本当なら食後にアルゴと一緒にまとめる予定だったのだが飯を食って腹が膨れた事で限界を迎えたらしく、集めて来た情報を俺に手渡すとそのまま倒れて眠ったのだ。幸いにアルゴの手伝いで何度か情報の纏めをした事があるので俺1人でもどうにかなる。
アルゴが集めた情報によるとイベントボスの名前は〝背教者ニコラス〟。タイプは人型、サイズは見上げる程と書いてあるので恐らく中型から大型くらい。頭陀袋と斧を持っていて、〝背教者ニコラス〟の鐘の音は新たな背教者を呼び寄せるとある。取り巻きか、新しい〝背教者ニコラス〟を召喚するのだろう。強さ的には四十九層のフロアボスと変わらないとあるが、聞いた話によれば四十九層のフロアボスは特殊な強さのボスだったので参考にはならないだろう。だが〝ナイトオブナイツ〟と〝血盟騎士団〟なら問題無く処理出来ると思われる。
「……なぁ、ウェーブ」
「どうした?酔って男でも誘いたくなったのか?」
「殺すぞ……クリスマスイベントの情報を売ってくれないか?」
キリトの一言で情報を纏めていた手を止める。投影していたウインドウ越しにキリトを見れば、その目は危うく光り輝き、何かを決心していた。
「……目的は蘇生アイテムか?誰を生き返らせるつもりだ?」
「……半年前、俺が面倒を見ていたギルドのプレイヤーだ」
そしてキリトはポツリポツリと話し始めた。半年前に攻略組を目指すと奮闘していたギルドをキリトがアドバイザーを務めていて、ダブルトラップでモンスターに襲われて死亡したと。自分がもっと強かったらそのギルドは壊滅しなくても、誰かを生き残る事ができたのではないかと。ギルドのリーダーとメンバーの1人が死に間際に言っていた言葉を知るために蘇生アイテムを求めていると。
それを聞いてようやくキリトが危険度外視のレベリングを続けている理由が、俺にひたすら〝
要するにキリトは罰を受けたがっているのだ。客観的に見れば誰が悪いという訳ではないがキリトは自分が悪いと思い込んでいる。だから自分を罰して欲しいと死ぬかもしれないレベリングをしたり、死んだそのギルドのプレイヤーを生き返らせようとしているのだろう。
それに関して俺からは何も言えない。キリトの思いは勘違いも甚だしいところだが、キリト本人がそうだと思い込んでしまっているからキリト本人にとってはそれが真実なのだ。そう自己完結してしまっているので近い立場であるとはいえ俺が何を言ったところでキリトは変わらないし、聞く耳を持たないだろう。
「誰と行くつもりだ?」
「1人で行く。俺が1人でやらなきゃ意味が無いんだ……」
「そうか……」
キリトは自己完結してしまっていて、外から何を言っても変わることは無い。故に変わるのなら中から変わらなければならない。そう判断して、俺はクリスマスイベントについての情報を簡潔に纏めた羊皮紙をキリトに渡した。
本当なら俺はキリトを止めなければならなかったのだろう。キリトよりも長生きしている人間として、キリトがやっていることの無意味さを説かねばならなかったのだろう。
だけど俺はそれをしない。これはキリトが乗り越えるべき問題なのだから、俺はそれを後押しするだけだ。良識ある人間の判断では無いと罵倒されるだろうが俺は自他共に認めるキチガイなのだ、良識ある人間の判断を求められても困る。
「イベントボスと出現場所にイベント開始の予想時間が纏めてある。遅くても明日の昼には公開される情報だ。値引きしておいてやるよ」
「金取るのかよ」
「タダで情報渡すとアルゴに怒られるからな。何、ここの飲み代を出してくれたらそれで良いから」
「……ウェーブ、ありがとう」
「どういたしまして」
残っていた果実酒を飲み干すとキリトはコルをテーブルの上に置いて、羊皮紙を片手に酒場から出て行った。予想されているイベント開始は24日から25日の48時間。今日が22日なのでそう多く時間は残されていない。レベリングしに行ったか、宿屋で休息を取るつもりだろう。
俺はキリトがこの問題を乗り越えて立ち直ることを期待している。だが、そのためには他のプレイヤーという障害が立ち塞がっている。蘇生アイテムという価値の付けようの無いアイテムを求めて多くのプレイヤーがやって来るのは目に見えている。キリトがこの問題を乗り越えるためには他のプレイヤーが邪魔になる。
「さて、やれるだけやってみるかね」
キリトに土下座をされて、〝
残っていた蒸留酒を一気に飲み干し、ウインドウを操作を始めた。
シュピーゲルの扱いが雑?ラフコフじゃあこれが普通だから問題無い。
ここにきてキリトがようやくウェーブに暴露する。それを聞いたウェーブは止めないでむしろ背中を押すことを選択。キチガイの中では比較的常識人枠とはいえ、キチガイには変わりないのだ。つまりキリトが死んだらウェーブのせいってことになる。