「最近、ウェーブの帰りが遅い気がする」
クリスマスに向けての準備をしていると、突然にユウキがそんな事を言い出した。
四十九層フロアボス攻略が完了した事で攻略組の活動は一時的に休止する事になっている。その間の活動は各々自由だと言われたので、私たち〝
「どうせ偽の〝ラフィンコフィン〟でもハンティングに行ってるんじゃないの?」
「それでも前は夜には帰ってたじゃん?最近は顔合わせてないんだけど?」
「……確かにそうね」
四十層辺りで〝ラフィンコフィン〟の活動が確認された時にもウェーブはハンティングをしていたが、その時は遅くても午後7時までには帰ってきて朝早くに出るというサイクルだった。しかし最近は帰ってきた痕跡だけ残して姿を見せていない。
「シュピーゲルは何か聞いてる?」
「全然。〝ラフィンコフィン〟ハンティングを頑張ってるくらいしか知らないな」
「ノーチラスは?」
「僕も知らないです。ユナは?」
「ごめん、私も知らない」
シュピーゲルに、四十層攻略後に入ってきたノーチラスとユナにも聞くが知らないと返された。まぁ、確かにウェーブがやっているであろう事を考えれば隠したくなるのもわかるが少しはこっちを安心させて欲しい。
ウェーブがやっているのは文字通りにハンティングなのだろう。つまり、〝ラフィンコフィン〟のメンバーを捕まえて黒鉄宮に送るのでは無くて殺す事。〝ラフィンコフィン〟のせいで受けた風評被害を考えればウェーブが怒ってそうすることなど簡単に想像が出来る。SAO内で、殺しという手段で受けた風評被害だから、ウェーブは殺しという手段を取っているのだろう。リアルでは陰口には陰口で、暴力には暴力でとハンムラビ法典に則った対応をしていたから。
まだ付き合いの浅いシュピーゲルたちは想像もつかないだろうが、リアルからの付き合いがあった私とユウキ、SAO攻略初期から交友があったアルゴとストレア辺りなら私と同じ考えに辿り着くだろう。
SAO内で死んだ人間はリアルでも死ぬ。その中でウェーブが〝ラフィンコフィン〟の誰かを殺せばそいつがリアルでも死ぬ事になるのだが、私たちはそれを何とも思わない。彼が殺したということはそうしなければいけないと考えたからだろう。被害に合う中層下層プレイヤーの為ではなく、似た名前で要らない悪評を付けられる私たちの為に。それを批判するだなんて私たちが出来るはずがない。私たちの為に、彼は手を血で汚しているのだから。
ウェーブのお祖父様とお義母様の教育により、彼は殺す事に対して精神的負担を感じなくなっている。だから私たちはいつもと変わらずに接してやれば良い。
かつて、私がそうされたように。
「そういえばキリトさんの様子もおかしいですよね?〝血盟騎士団〟のメンバーから聞いたんですけど最前線のフィールドで無茶苦茶なレベリングをしていたって言ってました」
「それってネームドボスハンティング?」
「ネームドボスハンティングと比べるとマトモなレベリングじゃないかな?」
「比較対象がおかしいだけですから」
「まぁ確かにおかしいわよね。昨日だってフロアボス攻略の時に1人でアタックさせてくれなんて言ってたし」
「気になってLAボーナス誰が取ったか調べてみたら四十層以降は全部キリトが取ってたよ」
確かに最近のキリトはおかしい。攻略の動きこそは邪魔をしていないが積極的にLAボーナスを狙いに行っている。ノーチラスの話が本当ならウェーブのネームドボスハンティング程じゃないが無茶苦茶なレベリングをやっている。様子が怪しいなとは前から思っていたが表面化してきたのは四十層辺りからだ。
「アルゴがいたら教えてくれたんだろうけどな……」
「クリスマスイベントで駆け回ってるから仕方ないわね」
アルゴはここ最近、拠点にしている宿屋に戻らずにストレアを連れて各階層を駆けずり回っている。その理由はとあるイベントでNPCからもたらされた情報だ。
クリスマスイベントで現れるボスが蘇生アイテムをドロップする。
SAO内には蘇生アイテムは存在しない。β版ではあったかもしれないのだが、製品版になってから蘇生アイテムの存在は確認されておらず、この情報で初めて蘇生アイテムの存在が確認されたのだ。死ねば終わりのデスゲームで蘇生アイテムがあると言われて反応しない者はいない。攻略組だけでなく、中層下層プレイヤーまでこの蘇生アイテムを求めている。だがイベントボスともなれば強さは最低でもフロアボスクラスだと考えられ、中層下層プレイヤーでは蘇生アイテムを得る為に犠牲者を出すかもしれないと二の足を踏んでいる。中には犠牲を出しても蘇生アイテムが欲しいと考えるプレイヤーも現れるかもしれないがそれは自己責任だ。
攻略組で蘇生アイテム確保に動いているのは〝血盟騎士団〟と〝ナイトオブナイツ〟の二つ。間違いなくどちらかのギルドが蘇生アイテムを手に入れるだろう。〝
「メッセージによれば今日辺り帰ってこれそうだってさ」
「なら温かい料理を用意しておかないといけないわね」
「ねぇシノン。今〝料理〟スキルの熟練度は?」
「先週でようやく900行ったわ」
「900!?」
「まだ私400台なのに……」
「大丈夫、僕が付き合うから」
「エーくん……」
「シュピーゲル、塩」
「あ、僕は爆弾で」
「シノンはともかくユウキはなんで爆発させようとするのさ」
「よく言うじゃん?リア充爆発しろって」
「やだ、この子怖い」
ノーチラスとユナがいちゃつき始め、私とシノンがそれにイラついて、シュピーゲルが諌めようとする。ふざけているように見えながらもクリスマスの準備の手を止めない。
何せ2年ぶりのクリスマスなのだ。去年は攻略が忙しくてする暇が無かったが、今年はクリスマスを祝う余裕がある。
「ふぅ……媚薬の調合が出来たわよ」
「頼んでたミニスカサンタの衣装が完成したってさ」
「おっと?2人ともウェーブさんを誘惑するつもりだな?」
「なんか恐ろしい事が聞こえた気がするけどただいまー!!」
ウェーブが帰ってきたので調合した媚薬をアイテムボックスにしまい、ユウキは服屋からのメッセージが出ていたウインドウを手刀で叩き割る。証拠は残っていない。バレることは無い。大丈夫、慌てなければクリスマスで……!!
「うぃーす」
そして帰って来たウェーブは、話題に上がっていたキリトを米俵のように肩に担いでいた。
「……波キリ?」
「ウェーブさん……!!あんたロリコンだけじゃなくて男の娘スキーに……!!」
「ユウキ、シュピーゲル、正座」
とりあえずいらないことを言ったユウキとシュピーゲルには合掌しておこう。
波キリとかいう誰得カップリング。ウェーブの属性に男の娘スキーとかいうパワーワードが追加されることはありません。
そしてさらりとユウキチとシノノンが媚薬とミニスカサンタコスを準備している……何か企んでいるな?