「……本当に良いのかな、ノーチラス君」
「はい、もう決めた事ですから」
「そうか……」
〝血盟騎士団〟の拠点の執務室で大型の机の上に何十枚も羊皮紙を重ねて、新たに勧誘するプレイヤーを検討していたヒースクリフ団長は僕の申し出に残念そうな顔をしながらもウインドウを操作した。そうする事で僕の視界に表示されていたギルドタグが消えて無くなる。
これで、僕は〝血盟騎士団〟から脱退した。
「FNCが緩和されたのだとしたら君にはウチにいて欲しかったのだがね。正直に言わせてもらうとパーティー一つを任せても良いと思えるくらいの将来性はあると思っていたのだが」
「ありがとうございます。それと、その言い方だとFNCが緩和されなかったらいらないと言っているように聞こえますけど?」
「ハッハッハ」
「ハッハッハ、じゃねぇよこの老け顔」
団長の反応に思わず口調が荒くなるが気持ちは分からないでもない。〝血盟騎士団〟は〝
「それで、この後はどうするつもりだね?」
「はい、ユナ……幼馴染と一緒に他のギルドに入るつもりです。昨日、良かったら入らないかと誘われていたので」
あのフィールドダンジョンで〝ラフィンコフィン〟に嵌められ、MPKを仕掛けられた時に改めてユナに抱いている感情を認識した。僕がユナを守ると。そうなると〝血盟騎士団〟ではダメだと思ったのだ。確かにここにいても強くなれるが、それあくまで集団としての強さ。僕が求めているのは、僕1人で彼女を守れるような個人としての強さだ。
「差し支えなければ、そのギルドの名前を教えてくれないか?」
「ウェーブさんの〝
〝
「……君が決めたならば、私からは何も言わない。餞別だ、受け取ってくれ」
座り直した団長はウインドウを操作し、机の上に出した皮袋を差し出して来た。中身を確認すれば、〝治癒結晶〟や〝転移結晶〟などの結晶系のアイテムが詰め込まれている。
「そして最後に一言だけ言わせてくれ……強く、生きてくれ」
「なんでそんな不安になる言葉をくれるんですか!?」
目に憐れみの色を浮かべる団長の顔を見て、〝
執務室から出て、出会ったアスナ副団長にも脱退と〝
でも、もう決めたことだ。僕は強くなる。強くなって、ユナを守る。そう決めたんだ。
「お待たせ」
「終わったの?」
「うん……でも団長と副団長から強く生きてくれって言われた」
「どういうことなの……」
拠点の入り口でフードを被って待っていたユナに団長と副団長から言われた言葉を言うとやはり彼女も困惑した様子になった。
「どうする?嫌なら僕だけが入るけど」
「ううん、私も行くよ。エーくん1人だけじゃ私が不安だから」
「くっ……!!あぁ可愛いなぁもう!!」
「え、エーくん……!!」
「爆ぜろよ」
「砕けろ」
僕の身を案じてくれるユナの姿が可愛くて、思わず抱き締めて頬擦りまでする。ユナもユナで恥ずかしいが嫌がってはいないのか、弱々しい抵抗しかしてこない。拠点の入り口で見張りをしていた〝血盟騎士団〟の団員が呪詛を唱えているが無視する。
あのMPKから逃れて街に帰ってこれた時、僕はユナに自分の気持ちを伝えた。これから先に何があるのか分からないし、これ以上自分の気持ちに嘘をつきたくなかったから。一昔前にあったドラマのように、転移門広場で僕の思いを告げると、ユナは恥ずかしそうに顔をうつむかせながら、首を縦に振って肯定してくれた。
つまり、僕らは付き合う事になった。
それを見ていたプレイヤーたちは拍手や指笛を吹いて囃し立てるように祝ってくれた。中には爆弾片手に突進して来たプレイヤーもいるが、それはウェーブさんが金的を叩き込むという対男性用の即死技で処理してくれていた。その中に〝風林火山〟のリーダーらしき人物の顔もあった気がする。
「もう、エーくんってば」
「ごめんごめん。もう面倒な建前全部捨てて正直に生きる事にしたから。つまりユナが可愛いのが悪い」
「〜〜〜ッ!!」
「もげろ」
「掘られろ、というか掘ってやろう」
「待て、流石にマジでヤろうとするなよ」
可愛い発言に照れているのか顔を真っ赤にしながら僕の胸を叩いてくるユナの姿にほっこりしながら、後ろから悍ましい会話が聞こえてくるのを全力でシャットダウンする。どういうわけか背後に……正確には尻に寒気を感じる。
「んじゃ、行こうか」
「もう……」
「俺のジャベリンを見てくれ、どう思う?」
「おう、その爪楊枝しまえよ」
ユナに背後で行われているであろう悍ましいやりとりを見せないように注意しながら、僕らは〝血盟騎士団〟の拠点を後にした。
「ここ、だよね?」
「そのはずだよ」
やって来たのは〝ジェイレウム〟にある酒場。ウェーブさんから〝
複数ある窓ガラスからは半裸になった男性プレイヤーたちが上半身を飛び出して干されている。偶々近くを通りかかった女性プレイヤーがその姿を見て、男性プレイヤーを黒鉄宮送りにするが、何故だかすぐに戻されて通路の片隅に積み上げられるという現象が起きていた。店の中からは控え目に言って大爆笑レベルの笑い声が聞こえてくる。
どうしよう、見なかった事にして帰りたい。
「一緒に行こう、エーくん……!!」
「うん……!!」
それでも入らないという選択肢はない。ユナの手を握って勇気付けてもらいながら、酒場の扉を開ける。中はアルコールの匂いが充満していて、プレイヤーもNPCも問わずに誰もが酔っ払っていた。ある者は両手に酒瓶を握って水の如く酒を飲みまくり、ある者は白眼をむいて口に酒瓶を詰め込まれて床に倒れている。〝風林火山〟のリーダーのクラインさんは何故か縛られて吊るされているし、〝ナイトオブナイツ〟のリーダーのディアベルさんは白眼をむいて鼻フックされた状態で酒樽に詰められていた。
外から見ても地獄絵図だったのに、中から見ても地獄絵図だった。
「お、来たな?」
「うにゅ〜?このひとらひがうぇぇふのいってひゃひとぉ?」
「腹パン!!」
「オボァ……」
店の奥でソファーに腰を下ろして、膝の上に〝射殺〟のシノンさんと〝鼠〟のアルゴさんを乗せたウェーブさんが飲み過ぎで呂律が回らなくなっている〝絶剣〟のユウキさんに腹パンしていた。腹部に強烈な一撃を貰ったことで、ユウキさんは女の子が出してはいけない声を出しながら白眼をむいて崩れ落ちる。それでも手に持っている酒瓶を手放していない。
床に転がるプレイヤーを踏み潰さないように蹴り飛ばしながらウェーブさんに近づく。近づいて分かったのだが、シノンさんとアルゴさんは満足そうな顔をして眠っていた。
「来たってことは入るってことで良いんだよな?」
「その前に聞かせてください。僕は、ユナを守れるほどに強くなれますか?」
「なれるかとか、なれないかとか、正直なところ関係無い。なりたいと思って望んだのだったらなるしか無いんだよ。俺がどう言ったところで、すべてはお前次第だ」
タバコの紫煙を吐き出しながら、ウェーブさんは初めて会った時みたいな事を言っていた。そう、ユナを守れるほど強くなるのも、ユナを守れないほど弱いままでいるのも、すべては僕次第なのだ。
ウェーブさんは、そう言っている。なら、僕が返す言葉も決まっている。
「「よろしくお願いします」」
決めたわけでも無いのに、ユナと一緒にウェーブさんに向かって頭を下げる。それをウェーブさんは満足気に見ていた。
「ようこそ、〝
「ウェルカム……!!ようこそ……!!地獄の一丁目へ……!!」
「そっちの子は女の子なの?だったらちょっとこっちに来て来て」
「え?あ、ちょ、エーくん……!!」
胸元が大きく開いた服装が特徴的な女性プレイヤーにユナが店の二階へ拐われてたが、僕は後ろから羽交い締めにされて酒瓶を口に突っ込まれたせいで追いかけることが出来なかった。
ここに来るの早まったかなぁと思ったが、数分後に始まったユナのファッションショーを見て何があってもついて行こうと決めた。
ノーチラス、ラフコフへと移籍。ヒスクリとアスナから強く生きろというありがたいお言葉をもらって、ユナと共にラフコフへ……
〝ジェイレウム〟の酒場が地獄絵図に成り果てるという事態。主犯はラフコフのリーダーらしい。
これで四十層は終わり。ユナ生存、ノーチラス悪堕ち無しという優しい世界。次はクリスマスイベントよ〜