「なんで……!?」
分からない、理解不能だった。錯乱しているのかと思いたかったが彼らの顔は嬉々としていて何処からどう見ても正気だった。しかも切られて倒れた彼らのHPゲージの下には麻痺を表すアイコンが点灯している。
麻痺毒を塗った武器、つまりはPKプレイヤーの常套手段だ。
それを理解したが離れ過ぎている上にトーメンターがやって来てどうも出来ない。トーメンターを可能な限り早く倒し、彼らの元に向かった時にはすでに6人はアイテムポーチを彼らから剥ぎ取って広間の出口に向かっているところだった。
「使って!!」
アイテムポーチから状態異常から回復出来る〝解除ポーション〟を取り出し、彼らの目の前に放る。本当なら飲ませてやりたいところだがトーメンターが新たに湧いてやってくるのでそうする暇が無い。
奴らが広間から出るのと同時に鉄格子が再び降りて閉じ込められる。そして、鉄格子越しからこちらを見てニヤニヤと笑っていた。
「MPKか!?」
「御名答!!」
奴らの目的が何かを理解すると、曲刀使いが笑いながら〝隠蔽〟で隠されていたギルドタグをーーー
「最近〝
「前に誘き寄せた奴らはあっさりくたばっちまったからな、長生きしてくれよ?」
「俺は10分に賭けるぜ!!」
「俺は15分!!」
「30分だ!!」
「大穴で1時間いってみようか!!」
ゲラゲラと耳障りな笑い声が聞こえてくる。人の生き死にを賭けの対象にしている奴らを見ていると怒りが湧いてくる……が、それと同時に恐怖も湧いてくる。自分ももしかしたらあぁなっていたかもしれないと。
僕にはユナという守りたいと思う存在が、ウェーブさんという憧れる存在がいた。もしもいなかったら、道を踏み外して奴らのようになっていた可能性もある。
「う、しろ……!!」
〝解除ポーション〟を飲もうとしていたユナが苦しげに訴えてきた。後ろと言われて思い当たる存在は一つしかない。振り返るのと同時に盾を構え、強い衝撃に僕は吹き飛ばされた。
「カハッ……!!」
壁まで吹き飛ばされて叩きつけられる。背中に強い衝撃を受けたせいで息が出来なくなる。HPはガード出来たおかげでグリーンだが、あと数ドット削られればイエローになるだろう。
僕を殴ったのは片目を潰された〝フィーラル・ワーダーチーフ〟だった。鉄仮面越しでも分かるほどに怒りを燃やし、目を奪った僕に報復しようとしている。両手斧を回収せずに素手で殴ってきた辺り、本気でキレていることが分かる。
「あーーー」
〝解除ポーション〟を飲んだとはいえ、回復まではラグがある。そこにやってきた〝フィーラル・ワーダーチーフ〟と、HPが半分近く削られたという状況を理解した瞬間に、身体が動かなくなった。手足からは熱が逃げて感覚が無くなる。石化したかのように微動だにしないというのに、心臓の音だけが煩いくらいに聞こえてくる。
動け、動け、死にたくない、動け、死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないーーー
燃やしていた闘志が死の恐怖に塗り潰される。〝風林火山〟のメンバーが、〝血盟騎士団〟の仲間が、そしてユナが死んでしまうというのに身体が動かない。
〝フィーラル・ワーダーチーフ〟は動けない僕を見て満足気に鼻を鳴らし、ユナたちを一瞥した。そして地面に突き刺された両手斧を回収する。
〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の意図が分かってしまった。あいつは、動けない僕の目の前でユナたちを殺そうとしている。〝解除ポーション〟の効果が出るより早く、トーメンターがみんなの手足に武器を突き立てているのがその証拠だ。
「あーーーあぁーーー」
死ぬ。このままでは彼らが、ユナが死んでしまう。守ると誓ったのに、現実世界に戻すと約束したのに。
この状況をどうにか出来るのは僕だけしかいない。それなのに身体は動かない。
「エー、くん……」
手足に武器を突き立てられね痛いはずなのに、ユナは僕を向いて小さく口を動かした。
逃げて、生きてと、自分が殺されるというのに僕のことを案じていた。
「あーーー」
ギチリと、何かが軋む音が聞こえた。
「ああーーー」
手足は冷たく、感覚が無い。火を入れろ、熱を燃やせ。燃やせる物が無いだと?ならば
認めよう、確かに死ぬことは怖い。死にたく無いと思っている。剣を捨てて、鎧を脱いで、ゲームがクリアされるまで圏内に引きこもっていたい。
だけど、悲しむ彼女を見たく無かったから。怯える彼女を見たく無かったから。その恐怖に蓋をして、攻略組に参加した。
だって、僕は彼女のことが好きだから。惚れた人のそんな顔を見たく無かったから。
「あああーーー」
心臓の音が煩くなる。囃し立てている奴らの声など聞こえない。聞こえるのは心臓の音と、徐々に大きくなる軋む音だけ。
死にたくない死にたくない。戦うのが怖い、死ぬことが怖い。だけど、あぁ。それよりもーーー彼女を、ユナを
「アァァァァァァァァァァァァァァァァーーー!!!」
身体が燃えるように熱くなり、動かなかった四肢が熱を取り戻す。その場から跳ね起きて、全てのセオリーを無視して〝威嚇〟を発動しながら両手斧を振り上げている〝フィーラル・ワーダーチーフ〟に目掛けて突進する。
タイミング的に間に合わなかったはずだった。だが〝威嚇〟によってヘイトがこちらに向けられたことで一瞬だけ間が出来る。そして、その一瞬だけあれば十分に間に合う。
「〝
トーメンターの真ん中に飛び込んで範囲ソードスキルを叩き込む。殺すかどうかでは無くてただその場から退かすことだけに集中していたから殺せたかは分からない。そしてソードスキルの動作が終わる前に、無理やり盾で片手剣を殴ってソードスキルを強制的にキャンセルし、
「〝
跳躍しながら突進系ソードスキルを発動させ、ユナから僕にダーゲットを変えた〝フィーラル・ワーダーチーフ〟の顔面に叩き込む。当たったのは鉄仮面だが、頭が揺れたのかたたらを踏みながら後退する。
「ーーー来いよ、僕が相手だ」
身体が燃えているのではと錯覚してしまうほどの熱量はそのまま、顔を抑える〝フィーラル・ワーダーチーフ〟と、ユナを殺そうとした下手人と対峙する。
「彼女を、ユナを、絶対に殺させない……!!」
手足に武器を突き立てられて動けないユナの前に立ち、〝フィーラル・ワーダーチーフ〟と新たに湧いてくるトーメンターたちに向かって吠えた。
「ーーー良い啖呵だぁ。一皮剥けたみたいだなぁ、ノーチラス」
その時、広間の出口から声が聞こえた。続く短い悲鳴に透き通った金属音。そして〝フィーラル・ワーダーチーフ〟とトーメンターたちに向かって、
声を聞かなくても、誰がこれをしたのか分かる。
「〝
〝フィーラル・ワーダーチーフ〟とトーメンターたちの意識が闖入者に引かれ、僕らのことを認識しなくなる。
「あぁ、それとだ……良くやったな」
すれ違いざまに、彼は僕の頭を撫でて前に出た。右手に刀を持ち、空いていた左手で腰に下げていた片手剣を引き抜く。靡く真紅のコートの背中には、
「ウェーブ、さん……!!」
攻略ギルド〝
助けを求めていたのは偽ラフコフ。中層じゃあ〝
ノーチラス、トラウマ克服。惚れた女の子が死にそうなら覚醒の一つや二つしてみせるのが男の子ってやつよ。
そして美味しいところを掻っ攫っていくウェーブ。別に狙っていた訳ではなく、ただ偽ラフコフの情報があって追いかけてたら出くわしたってだけ。
ボス戦?ウェーブが斬首して、ノーチラスたちがトーメンター殲滅して終わりだよ。