闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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ディーヴァアンドナイト・6

 

 

「まったく、どうしてノーくんってば逃げようとしたの?」

 

「……ごめん」

 

「ごめん、じゃなくて理由を聞いているのだけど?」

 

 

〝ジェイレウム〟の転移門広場で僕はリアルで幼馴染のユナーーー重村悠那(しげむらゆうな)に叱られて正座をしている。

 

 

朝食後に副団長から四十層のフロアボス攻略戦が終わるまで、〝血盟騎士団〟の一軍パーティーから外されると告げられた。理由はわかっている。僕が〝ルースレス・ワーダーチーフ〟戦の時に動けなくなったから。

 

 

それまではなんとも無かったのに〝ルースレス・ワーダーチーフ〟と戦って、怒りに滾らせている黄色く輝く目を見て、僕の身体は石化してしまったかのように動けなかった。副団長の指示が聞こえていて、動けと頭が命令しても足が、手が、それどころか目さえもまったく動かなくなってしまった。

 

 

あの時は〝黒の剣士〟のキリトが居たから何事も無かったのだが、もしもまた動けなくなれば次は誰かが死ぬかもしれない。攻略組に参加している以上、誰も死ぬ覚悟はしている。それは僕も同じだが、だからと言って誰かを殺すかもしれない要因を攻略に参加させるのは避けたいだろう。

 

 

副団長はそれを告げる時にどこか辛そうな顔をしていた。あの人は優しい人だ。〝攻略の鬼〟だと中層下層プレイヤーからは呼ばれて、その呼び名に似合う程に攻略へ熱意を注いでいるが、攻略組のプレイヤーたちは副団長の本質を分かっている。僕もそうだ。きっと僕のことを考えて、考えて、その決断を下したのだろう。

 

 

だから、その優しさが辛くて、優しさを向けられる自分がみっともなくて、僕は逃げる様にして〝血盟騎士団〟の拠点から飛び出した。ユニフォームを脱いでアイテムボックスの中にしまっていたレザーアーマーに着替えて、ここではないどこかに逃げたかった。

 

 

引きこもる為に借りていた〝ジェイレウム〟の安宿の荷物を引き取って、他の街に向かおうとしたところでユナに捕まった。突然のユナの登場に驚き、固まってしまった僕にユナはニッコリと微笑み、

 

 

腹パンしてきた。

 

 

圏内なのでダメージは発生しないが痛みはある。リアルよりも半分になっているはずなのに内臓が掻き乱される様な腹パンに悶絶してしまい、ユナに捕まってこの転移門広場まで引き摺られて正座させられた。

 

 

ユナは笑っているが幼馴染なので分かる、あれは笑ってるけど怒っている。確かにフレンドメッセージは無視したが腹パンされるとは思わなかった。ユナとはリアルで自宅が近所、さらに幼稚園、小学校、中学校まで一緒で、ユナが女子校に進学したために高校は別々になってしまった。中学校までのユナは怒っても腹パンする様な性格では無かったのに……いったい女子校で何があった。

 

 

「エーくん、女子校っていうのはね、男の子が思っている様な世界じゃないんだよ」

 

「なんで考えてることが分かったんだよ。あとエーくんは止めてって言ったよね?」

 

「幼馴染、舐めないでよね?」

 

 

後沢鋭二(のちざわえいじ)という本名から考えられたあだ名は僕とユナとの繋がりを感じさせてくれるが街では誰が聞いているのか分からないので言わない様に言っている。だが油断するとすぐに溢してしまうので度々注意いなくてはいけない。

 

 

幼馴染を主張しながら胸を張るユナの姿は微笑ましいものなのだが、ここで僕はなんで転移門広場まで引き摺られたのか疑問に思った。説教するだけなら安宿で足りるはずなのにユナはわざわざここまで僕を連れてきたのだ。何か理由があるとしか考えられない。

 

 

その理由を尋ねようとしたところで、転移門広場に鐘の音が響いた。それは正午の12時を知らせる鐘で、主街区の近くならば外にいても聞こえる程の音量だ。

 

 

「ーーーよう、連れてきてくれたみたいだな」

 

「あ、こんにちわ」

 

 

正午の鐘の音と共に1人の男性が現れ、彼に向かってユナは挨拶をしながら頭を下げた。その姿を見て、頭の中が白くなる。

 

 

気怠げに見えて眉間にシワが寄った鋭い目付き。肩甲骨まで伸ばされて適当に縛られた黒髪。背中にはメイン武器の刀が背負われ、腰にはサブ武器の片手剣が下げられている。動きやすさを重視しているのか金属の防具の類は一切着けずに黒のシャツの上から真紅のコートを羽織ったその姿を、僕は知っている。

 

 

攻略組参加ギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟のリーダーにしてSAO内で4人しか見つかっていないユニークスキル保持者。

 

 

ウェーブ。僕が攻略組を目指す切っ掛けとなったプレイヤーが、僕が憧れているプレイヤーがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、飯はまだだろ?ここは俺が奢ってやるから好きなもんを頼むといい。ここの店主はガングロで強面だが飯は美味いんだ」

 

「叩き出すぞこのロリコン野郎……!!」

 

 

ユナと、ユナが連れてきたレザーアーマー姿のノーチラスを連れて三十層でエギルが出していた店に入った。〝エギル商会〟の会長としてアインクラッドの物流をほぼ掌握しているエギルだが、リアルが恋しいのか時折自腹を出して作った喫茶店を開いている。

 

 

飯が美味ければ気持ちが緩む。気持ちが緩めば口が軽くなる。ほぼ初対面な俺たちだから、こうした手段で打ち解けあおうと考えたのだが……

 

 

「……」

 

「ノーくん、貧乏ゆすりは良くないよ?」

 

 

ノーチラスが凄いソワソワしている。チラチラと俺の方を見て、すぐに目を逸らしている。なんというか……敵意は感じない。尻がムズムズしないので同性愛者の可能性もない。あるとすれば……憧れか?憧れている奴が目の前に現れた的な反応か?憧れられる奴な要素は一つもないと思うんだが……

 

 

「〝血盟騎士団〟のノーチラスで良かったよな?」

 

「は、ハイ!!今日の朝に副団長から一軍パーティーから外されましたノーチラスです!!」

 

「エーくんが壊れた……!!」

 

「テンパってるなぁ、てかやっぱり外されたのか」

 

 

テンパって余計なことを口にしているノーチラスだが、予想していた通りに〝血盟騎士団〟の一軍からは外されたらしい。実力はあれどFNCで戦えないノーチラスを一軍に留めておく理由は無い。〝血盟騎士団〟からの除籍も考えたのだが、流石にヒースクリフもそこまで短慮では無い。

 

だが〝血盟騎士団〟は少数精鋭ギルドだ。生産職ならばともかく、ノーチラスのようなトラブルを抱えた存在をギルドに残しておかずに除籍する可能性もあり得なくは無い。アスナが俺に相談してきた理由はそれもあるだろう。

 

 

「ま、何はともかく先に飯だ。話は食ってからにしようか」

 

 

どちらにしてもテンパってるノーチラスを落ち着かせる時間は必要だ。カウンター越しにグラスを磨いていたエギルを呼び出して料理を注文する事にする。

 

 






ユナ、怒りの腹パン。流石にメッセージが無視され続けたらキレます。女子校に進学して鍛えられたのです。

ノーチラス、まさかのウェーブファン。現在のノーチラスの心境は大ファンだったアイドルが自分に会いに来てくれたファンとおんなじ。

そしてウェーブ、大天使エギルにロリコンと罵倒されても聞き流せる程に悟りを開く。


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