闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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エンドニューワールド

 

 

始まりの街から鐘の音が響き渡り、それと同時に体に青いエフェクトが纏わりつく。

 

 

「ふぇっ!?」

 

「何よこれ……!!」

 

 

青いエフェクトは俺だけではなくてユウキやシノンにも纏わりついていた。そして俺はこのエフェクトに見覚えがある。記憶が確かならばこれは転移結晶と呼ばれる転移専用アイテムを使った時に発生するエフェクトだったはずだ。

 

 

スタートボーナスで転移結晶は一つづつ配られていたが、誰も使っていない。ならこれは運営が強制的に転移させようとしているのだろうと納得し、一瞬の浮遊感ののちに始まりの街の広場にへと転移していた。

 

 

そこには俺たちだけでなく、広場を埋め尽くすほどの人が集まっていた。恐らくは俺たちと同じ様に強制的に転移させられたプレイヤーたちだろう。だが、そのプレイヤーたちが口にする単語がーーーログアウトができないという単語が耳に入る。

 

 

「まさか……」

 

 

背筋に走る悪寒、それは前から何か悪いことが起きる時に覚えるもの。それとログアウト出来ないという話からある考えに辿り着き、それを否定する為にウインドウを開いたがーーーログアウトの項目がいくら探しても見つからなかった。

 

 

「かやひこぉ!!」

 

「どうしたの!?」

 

「……ログアウトの項目が見つからん」

 

「嘘っ!?」

 

 

ユウキとシノンが慌ててウインドウを開くがその結果は俺と同じ。思わず俺が茅場の名前を叫んでしまったのだって許されるはずだ。

 

 

だが、背筋に走る悪寒はまだ続いている。そして不意に思い出しのは茅場がSAOの開発中に口にしていた一言ーーーあいつは、アインクラッドが実在すると断言していた。

 

 

ログアウト出来ない、茅場の発言、そして茅場の性格を考えればこれから先の展開など簡単に読めてしまう。

 

 

そして空の色が変わる。綺麗な朱色だった空は血を思わせる真紅へと変貌し、数字で構成されたデジタルな紋様が空を埋め尽くす。さらにデジタルな紋様がひび割れ、そこから流れ出してきた液体が人型を作った。それはローブを着込んだ巨人のアバター。

 

 

『ーーーようこそ、プレイヤー諸君。ソードアート・オンライン……私の世界へ』

 

 

巨人から放たれた声を聞き間違えるはずがない。それは数年の間、毎日のように顔を合わせ、今日も会った茅場晶彦の声だった。

 

 

『諸君らは今、ログアウトできないという事に不満を持ち、問いただしたい所であろう。故にここで答えを出そうーーー否。これは決してバグでもエラーでもない。このソードアート・オンラインの仕様であると。諸君らはログアウトというこの世界からの脱出方法を封じられ、囚われの身となったのだ』

 

 

やばい、背筋に走る悪寒がこれまで感じたことのないレベルになっている。俺はまだ表面上の冷静を保っていられるが他のプレイヤーたち、そしてユウキとシノンの顔には事態の把握が追いつかないのか困惑とあのアバターの言葉を理解しかけていることで怯えの色が浮かんでいる。

 

 

『故に、この世界のみが諸君らにとっての現実である。この世界での死は即ち現実の死に直結する。この世界で死亡するのと同時にナーヴギアを通じてマイクロウェーブ波を照射し、殺害を実行する。なおこの処理は外部から助け出そうとする働きかけがあった場合も作動するようになっている。もし、諸君らの横で急に消えたプレイヤーがいるのであれば、それは決してログアウトに成功したからではないーーーナーヴギアの切断によって死亡したからである』

 

 

それは決してありえない話ではなかった。茅場の手伝いをする当初にナーヴギアの説明を受けた時に、自壊を厭わなければそれくらいの出力を出せると言っていたのを覚えている。

 

 

『最後に、ここが諸君らにとっての現実である事を理解させるために小さな贈り物を送らせてもらった。それを確認すれば直ぐに理解するだろうーーーここが現実であると』

 

 

ウインドウを開いてアイテムボックスを確認する。アイテムボックス内にはフィールドでハントしたフレンジーボアや肉食モンスターの素材や肉が入っているはずだったが、その中で一つだけ身に覚えのないアイテムがいつの間にか入れられていた。

 

 

すぐに取り出すーーーそれは、片手に収まるような小さな手鏡だった。

 

 

「なんだよこれーーー」

 

 

手鏡を取り出すのと同時にそんな声が聞こえてきた。そこを向けばーーーいや、あちらこちらでプレイヤーが発光している。隣にいるユウキとシノンも発光していた。そして俺も発光し、目が眩んでしまう。

 

 

数秒後に視界が回復し、感覚的に身体に変化がない事を知る。そしてユウキとシノンに無事かを聞こうと振り向きーーーユウキとシノンの姿が、木綿季と詩乃の姿に変わっている事に気付いた。

 

 

まさかと思い辺りを見渡せば、そこにはゲーム内の作られた美形のアバターでは無く、リアルの様な醜美溢れる外見に変化したプレイヤーたちの姿があった。中には女物の格好をした男性や、男性物の格好をした女性、そして小学生頃の子供や、シワが深く刻まれた老人の姿まで見える。

 

 

おそらく、今のアイテムはリアルの姿をアバターに写すためのアイテムだろう。初期準備の段階でスキャニングだかなんだかで全身を触る項目があった。それを利用すればリアルの姿を記録することが出来る。

 

 

このままこの広場に残っていた場合に起こる出来事を軽く予想し、この場に残ることは得策では無いと判断する。茅場と思わしきアバターに背を向け、ユウキとシノンの首根っこを掴み、引きずりながら広場から立ち去ろうとする。幸いなことに2人からは抵抗は一切ない。

 

 

『ーーーこれはゲームではあっても、遊びではない』

 

「だろうよコンチクショウがぁ……!!」

 

 

歯軋りで誤魔化す様にアバターの言葉に言い返しながら、俺は2人を連れて広場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想通りか……」

 

 

広場から離れ、街の出入り口を兼ねている門が見えてきたところで足を止めて背後から聞こえている音に耳を傾ける。聞こえてくるのは罵声や怒声、絶叫に悲鳴。予想していた通りに今頃あの広場では茅場に向けての暴動が起こっているだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

アイテムポーチからタバコを取り出し、火を着ける。ここに来るまで為すがままにされていた2人は手を離した途端に崩れて顔を俯かせている。

 

 

「し、不知火ぃ……」

 

「どうしよう……」

 

「「胸がぁ……!!」」

 

「あぁ、そっちね。心配して損したよ」

 

 

リアルの姿になったと言うことは2人が弄っていた胸がリアルのサイズに戻ったと言うことだ。どうも2人は茅場の発言よりもそっちの方が悲しかったようでガチ泣きしている。

 

 

「ったく心配させてくれやがって……そもそもリアルに戻ったら虚しいと何故気付かない?」

 

「ゲームの中くらい夢見させてくれたって良いじゃないか!!」

 

「さよなら、美乳だった私……おかえり、微乳だった私……」

 

 

だがそんな2人の姿を見ていると、馬鹿らしくて全身から力が抜けていくのがわかる。どうもこんな事態に巻き込まれたせいで余分な力が入っていたようだ。

 

 

時間にして5分くらいか、リアルとの胸囲格差から立ち直った2人に話しかける。

 

 

「かやひこ殴る……茅場が言ってた事って本当なの?」

 

「あぁ、ナーヴギアで人を殺すことは出来るって茅場は言ってた。イメージ的にはレンジで脳みそチンだな。んでもって、仕事の関係だったとはいえ茅場晶彦を知っている俺から言わしてもらえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。プレイヤーたちからしたら巫山戯るなと言いたくなるだろうけど茅場からしたら大真面目なんだろうよ」

 

「かやひこ殺す……それで、これからどうするつもりかしら?」

 

「茅場が言ったことが本当なら、ゲームをクリアすればログアウト出来る。それを踏まえて取れる行動は二つだな……動くか、動かないか」

 

 

二つなどと言っているが、元より取れる行動などそれしかない。茅場の言葉を信じてゲームのクリアを目指してアインクラッドを冒険するか。それとも誰かがゲームをクリアするのを待つか、外部からの救援を待つか。

 

 

第三の選択肢もあることはあるのだが……それは論外でしか無いので省く。2人が思い付いたのなら兎も角、俺からは絶対に口にしない。

 

 

「動かないのならいいが、動くのなら早くした方がいい。同じ様に行動する奴らが増えることでレベリングが難しくなるだろうからな。幸いなことに最終確認で第一層を歩かされたからここ以外の村や街の場所は把握してる。今から出れば夜中になる前には一番近い村に辿り着けるはずだ」

 

「ーーー動くよ、ボクは」

 

「ーーー私もよ」

 

 

そして2人の選んだのは前者の選択肢。つまりゲームのクリアを目指すと言うものだった。

 

 

「こんなところでボクは死にたく無いし、死ぬつもりも無い。たとえ死ぬとしても全力で戦って、前のめりに倒れたい」

 

「天才茅場晶彦?知ったことじゃないわ。こんな世界で死んでたまるものですか。こんな世界に負けてたまるものですか」

 

 

躊躇うことなく吐き出されたのは決意表明とも言える啖呵。そしてその瞳には迷いは見えない。それはユウキとシノンの言葉では無く、紺野木綿季と朝田詩乃の決意だった。

 

 

「だよなぁ……」

 

 

やれやれとアピールするように頭を掻き、その姿が微笑ましくてつい顔が緩んでしまう。

 

 

難病に侵されていた木綿季。

 

 

心に傷を負った詩乃。

 

 

その2人がここまで強く育ったことが嬉しくて、そしてこんな状況でも諦めずに前を向いている姿が眩しくて……上手く言い表すことが出来ない。

 

 

「不知火はどうするのかしら?」

 

「俺?俺も動くよ。2人を預かってる身からしたら2人を守らなくちゃならないしーーー正直なところ、この状況が()()()()()()()()()()()()

 

 

それは畜生の感情だろう。まずマトモな感性ならこの状況を破綻したら、2人の様に打破してやろうと意気込むはずだ。

 

 

だけど俺は違う。この状況が楽しくて愉しくて堪らない。戦闘一族を自称する俺からしてみれば現代社会というのはどうしても息苦しかった。古武術の達人である爺さんと母から教育された俺は産まれる時代を間違えたと常々思っていた。

 

 

強くなりたい、強くなりたい。自分がどれだけ強いのかを周りに知らしめたい。

 

 

だが秩序でガチガチに固められた現代社会では武など糞の役に立たず、だがそれを理解しても強さを追い求めることは諦められずに、息苦しさを感じながら生きてきた。木綿季と詩乃との出会いである程度緩和されたが、その息苦しさは無くならなかった。

 

 

だがここでは違う。秩序は無く、強さがものを言う世界。後々秩序が作られるだろうが、それでも根幹にあるのは力だ。俺が望んでいた世界がここにある。

 

 

このシチュエーションに喜ばない訳がない。

 

 

そんな自分がどうしようも無い畜生だと理解している。

 

 

「あはは……変わらないね」

 

「まったく……不知火らしいわね」

 

 

そんな俺を見ても、2人の態度は変わらない。それどころか呆れるように肩を竦めている始末だ。

 

 

それもそうだろう、2人は俺の渇きを知っている。

 

 

その上で、それは俺らしいと認めてくれているのだから。

 

 

「さてっと」

 

 

フィールドへと繋がる門の前に立つ。さっきまでは呑気にモンスターを狩っていたが、この世界がデスゲームになった事で呑気になんて考えられなくなった。

 

 

ここから先、一歩でも外に出れば待ち受けるのは弱肉強食の世界。

 

 

「行くか」

 

「うん!!」

 

「えぇ」

 

 

そんや世界に、俺たちは躊躇うことなく一歩踏み出した。

 

 

 






・デスゲームが開始されました

・ユウキチとシノノンに優しくない世界になりました

・漣とかいうイケメンの本性が解禁されました


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