アインクラッド。それはSAOの舞台である空飛ぶ島の名前である。どういった設定なのかは忘れたが、SAOは全百層あるアインクラッドを冒険し、最上階にいるボスを倒すことがゲームクリアの条件である。
きっとどこかに飛行石があることを信じている。
ゲーム開始と同時に来たのは始まりの街。ここはゲームを始めたなら問答無用で送られる街であり、第一層で拠点としての役割を果たす街であったはずだ。一層一層が半径十数キロ程の広さで固定されていて、拠点としての役割を果たす街は大体真ん中に設置されている。街の他にも村が点在しているが、物流の面では街の方が優れているのは語るまでも無いだろう。
耳を傾ければ喧騒が聞こえ、鼻を使えば何かの料理の匂いが感じられ、口から息を吸えば砂埃が入ってきて、肌に集中すれば太陽の熱が感じられる。五感で感じ取れるというこれまでのゲームとは異なる現象、茅場晶彦の発想と頭脳に脱帽せずにはいられなかった。
立ち止まる理由はないので大通りを目指すとそこには多くの人間が賑わっていた。客の引き寄せや道端で会談する者、冷やかしなのか出店の品揃えを見てそのまま素通りする人も見える。
そんな人混みはほとんどがNPCであるが、プレイヤーを表す逆三角形のカーソルが見えることから俺よりも先にログインをした者がいる様だ。アバターの作成を適当にしたのか、もしくはβ版のアバターそのままで入ってきたのかのどちらかだろう。
人混みを躱しながらフラスコの看板が立て掛けられている出店ーーーアイテム屋の店主であるNPCのおっちゃんに話しかける。
「ようおっちゃん、景気はどうだ?」
「ぼちぼちってところだな。これじゃあまたカカァに叱られちまうよ」
「そうかよ。あぁ、あとで知り合いと買いに来るから回復ポーションとアイテムポーチを取っといて貰える?」
「構わねえけど早くしてくれよ?損するのは勘弁してほしいからな」
それで構わないと返して、手を振ってアイテム屋を後にする。これでアイテムに関しては問題無い。武器や防具に関しては初期の物でも現段階で大丈夫だ。スタートボーナスとして貰っているアインクラッドの通貨であるコルで新しいのを買う事も出来るが、それはまだしなくても良いだろう。
あとは木綿季と詩乃のログインを待つくらいだが2人の事だしアバター作成にもう少し時間が掛かりそうだ。適当に出店を冷やかしながら合流場所である始まりの街の中心を目指すことにしよう。
第一層だけに限らず、各階層の拠点としての役割を果たす街の中心部には時計塔のような建造物が建っていて、その下が広場になっている。それを知っていた俺は予め2人にログインをしたらそこに来るようにと伝えていたのだ。
木綿季はユウキと、詩乃はシノンというネームで始めることにしたと聞いているので間違えることは無いだろう。そもそも俺のアバターが髪の色以外は全部リアルで作っているからこちらが気づかなくてもあちらが気づいてくれるだろうし。
ちなみに俺のネームはウェーブだ。漣からなみを英語にしただけの適当な名前だが存外気に入っている。
冷やかしながら時計塔の下についた時にはプレイヤーの数が多くなってきた。だがSAOのソフトの販売数を考えるとまだまだ少ない方だ。2人にレクチャーする内容を時計塔にもたれながら考えていると、
「あ、いたいた。おーい!!」
「聞いていたけど本当にリアルのまんまね」
聞き覚えのある声が喧騒の中から聞こえてきた。そちらを向けば紫の衣服の黒髪の少女と、黄緑の衣服の水色の髪の少女が見えた。どちらがどちらなのか何となく分かるが、そんなことよりも重大な事に気付いてしまった。
膨らみが、あるのだ。リアルだと真っ平らだった2人の胸部に。
目頭を押さえずにはいられなかった。木綿季と詩乃はまだ13歳と14歳だからこれからだろう。風呂上がりに2人でバストアップの運動をしている事は知っていたが、まさかアバターのバストを弄るとは思わなかった。
リアルに帰っても虚しくなるだけだと言えるはずがない。
「お待たせ!!」
「……なんで目を押さえているのよ」
「気にしないで……ふぅ、先にフレンド登録してしまうか。申請飛ばすから了承してくれ」
右手を下に払って無機質なプレートのようなものーーーウインドウ画面を出現させ、そこからフレンド申請を選択して押す。すると2人の目の前に同じようなプレートが現れて、2人は迷う事なくYESの項目を指で押した。俺のフレンドリストにユウキとシノンの名前が追加されたことを確認してウインドウ画面を閉じる。
「一応知ってると思うけどゲーム内じゃアバターのネームの方で呼び合うのがマナーだからウェーブって呼んでくれ」
「ウェーブ?波?」
「漣のなみから取ってるのね」
「分かりやすくて良いだろ?それじゃあフィールドに出発……する前に用意があるから付いてきてくれ」
2人に声をかけて目指すのは出店のアイテム屋。小走りに追いかけてきた2人が追いついたのを確認してからレクチャーを始める。
「このゲームは茅場とかいう変態に要らない口出しをした漣とかいうイケメンのせいでリアルを重視してる。満腹ゲージなんで物があってこのゲージがゼロになれば〝飢餓〟っていうバッドステータスが付いてステータスが低下するし、休憩なしで動き続ければ〝疲労〟っていうバッドステータスが付いてステータスが低下する。武器や防具には重量があって、自分の
「確かアイテムボックスに入れられる重量に限りがあるのよね?」
「そうだ。初期だと一律で総重量百キロまで、特定のクエストを解放する事で増やすことが出来るがそれがどんなクエストなのかまでは覚えてない。んで、
「え?アイテムボックスが戦闘中に開かないって……じゃあ戦闘中はどうやって回復したらいいの?」
「予め回復アイテムをアイテムボックスから出しておいてアイテムポーチに入れておくんだよ。アイテムポーチは見た目通りに物しか入らないけど代わりに中身は壊れないらしいから安心しとけ」
「武器が壊れた場合は?素手で戦うのかしら?」
「武器もアイテムボックスから出せなくなるから、基本的にメインとサブを予め出しておく必要がある。武器の変更は割と緩くて手放してから新しく手に取った武器が自動で装備されるんだ。一々武器の変更画面を開かなくても良いのは助かるよな」
「ほへぇ……本当にリアル重視なんだね」
「茅場とかいう変態と漣とかいうイケメンに感謝しないとな!!」
「自画自賛しないの」
シノンに呆れられたが自画自賛の一つでもしたくなる物だ。何せ思いつきとは言え、自分のアイデアが採用されているのだから。自分がこうしたかったからという願望があるのだが、SAOの人気に貢献出来ていると思うと誇らしい。
上機嫌に歩くユウキと興味深そうに街並みを見ながら歩くシノンの姿を見ていると茅場の誘いに乗ってSAOの開発を手伝って良かったと心底思うのだ。
茅場とかいう変態と漣とかいうイケメンによってSAOの仕様が変更されました。
・NPCが人間とほとんど変わらない反応を見せる
・飢餓や疲労などのバッドステータスが追加された
・アイテムボックスの重量制限
・戦闘中にアイテムボックスが開かない
・変更画面を開かなくても装備が変更出来る(予め武器を出してあれば)
ユウキチとシノノンの見た目はそれぞれマザーズ・ロザリオとGGOのアバター。そして2人のバストが豊かになっている優しい世界(SAO内)。
そして難易度が徐々に上がっている厳しい世界。