「うえぇ……」
「人の背中で変な音を立てるなよ」
予想していた通りに二日酔いになったユウキを背負いながら〝ウルバス〟の街を散策する。アルゴは食事を終えたら第二層の情報を集めてくると言って別れてしまった。仕方ないので酒場に戻り、顔を青くしながら死にそうだった2人を宿屋に運んだ。そして2人から武器を預かり、メンテナンスに出そうとしたがユウキが自分も付いて行くと言い出したのだ。
俺は無理だと言ったのだが傷物にされたと泣きわめくと脅されて従うしか無かった。
それを見ていたシノンは親の仇でも見るようにユウキを睨み、ユウキは勝ち誇ったようにダブルピースを決めていた。どちらも顔は真っ青なのだが。
極力揺らさぬようにゆっくりと、〝ウルバス〟の街並みを確かめるように歩く。βテスターならどこに何があるのか分かってるかもしれないが俺たちビギナーはそれを知らない。動作確認でアインクラッドは一通りを歩き回ったが流石に店の位置までは覚えきれなかったのだ。
「あ〜ちょっと待って……」
「吐くなよ?SAOにリバースする機能は無かった筈だけど今のお前見てるとシステム超えて吐き出しそうで怖い」
「ング……良し、大丈夫」
「待て、今何飲み込んだ?」
背中にいるユウキから聞こえてはいけない音が聞こえたので焦りながら周囲を見渡す。すると丁度中央広場に出ていて、休憩用の物らしきベンチが目に入った。
「一旦休憩するぞ」
「うぇい……」
「大丈夫かよ」
ユウキをベンチにおろし、その隣に座る。アイテムボックスを漁って何か無いかと探して見たら状態異常を回復するポーションが見つかった。
「これ飲んどけ。効くか分からないけど」
「うん……」
手渡されたポーションをユウキが一気に飲み干すと顔を顰めた。どうやら味は良くないらしい。良薬口に苦しと言うので効くことを祈るばかりだ。
「横になっとくか?」
「うん……」
ほとんど倒れるようにユウキは横になり、自然な流れで俺の膝の上に頭を乗せた。この位ならリアルで良くやっていたので焦ることでは無い。ただ周囲にいるプレイヤーの視線が痛いだけだ。
開き直ってロリコンだと認めても蔑むような視線は辛い。
「ったく……酷いなら休んどけって」
「シノンと話し合ったんだ……キチンと1人ずつ、お礼を言おうってね」
「お礼?」
「……ありがとう不知火、ボクの事を助けてくれて。貴方のお陰で、ボクはここで生きて戦っていられる」
……二日酔いが辛いのか、それとも思い出して涙腺が緩んだのか、ユウキの目は潤んでいた。それでも真っ直ぐに俺の事を見て、自分の言葉で今日までの感謝を告げた。
ユウキーーー紺野木綿季は医療問題によってHIVを発症し、俺の骨髄を使う事で完治した。もしも俺が居なかったら彼女は今でも徹底的に消毒された無菌室で何も出来ずに横たわるだけの生活を続けて居ただろう。そして、何もする事なく死んでいたに違いない。
そんなつもりなどさらさら無いのだが、そうだとするなら俺は木綿季にとっての命の恩人になる。いつ死んでしまうか分からないSAOに閉じ込められているから言いたいのだと分かるが……予期せぬタイミングで言われたから少しばかり驚いた。
「……俺は何もしてないよ。母さんに無理やり連れていかれて検査を受けて、その結果木綿季が助かるかもしれないって事が分かったからそうしただけだ。母さんが居たから木綿季は助かったんだよ」
「それでも不知火のお陰で助かった事に変わりないから。ありがとうって、貴方のお陰でボクは生きているんだって、改めて伝えたくなった」
「はぁ……子供が難しいこと考えやがって」
「むぅ、ボクもう子供じゃないよ!!生理だって来てるんだから!!」
「いつの時代の判断基準だよ……知ってる。誰が生理用品買ったんだと思ってるんだ?」
「不知火」
「店員の目がキツかったぜ……」
詩乃も木綿季も年頃の少女なので当たり前のように生理用品が必要になってくる。それを買いに行ったのは最年長である俺だった。男が生理用品買いに行くとかなんて羞恥プレイ?って思いながら買ってたな……今では詩乃が買いに行ってくれるが当時は辛かった。
「不知火ってばいつもボクたちのことを子供扱いするけど、ボクたちだってちゃんと成長してるんだからね!!」
「知ってるよ」
一番2人の間近にいる俺だから2人の成長は良く気づく。背が高くなったとか、食べるご飯の量が増えたとか、外見を少し気にしているとか。
気付いてるから一々胸のサイズが大きくなった事を報告するのはやめて欲しい。
そう、2人は少しずつ成長している。ゆっくりと子供なら大人の女性へと。2人が成人して、想いが変わらなかったらと誓っている俺だがいつの日か成人する前に欲に負けて、2人に手を出してしまうかもしれない。
まぁ出したとしても2人ならガッツポーズしそうで怖いのだが。
「んっと」
ユウキが勢い良く跳ね起きてそのまま立ち上がる。その場で跳んだり、肩を回したりして調子を確かめて、
「完!!全!!復!!かぁつ!!」
両手を突き上げて思いっきり叫んだ。どうやらポーションが効いたようで、二日酔いから回復したらしい。
「ま、そういう事だから」
そしてその場で反転し、腰に手を当てて俺を指差し、
「いつ死んでも良いように詩乃と一緒にガンガン誘惑するから!!」
そんな素敵な宣戦布告をしてくれた。
「……はぁ」
馬鹿らしくて阿保らしくて、それが木綿季らしくて
「馬鹿、そこは絶対に死なないって言うところだろうが」
苦笑しながら立ち上がり、ユウキの頭をクシャクシャと髪が乱れることも構わずに手荒く撫でる。
あぁそうだ、いつかそんな日が来るかもしれない。だがそれは
だから、その日が来るまで絶対に2人を守る。
素敵な宣戦布告をしてくれたお礼に、内心で密かに誓った。
「ーーーさて、一通りは見て回ったな」
「ーーーむぐむぐ……ング、そーだね」
〝ウルバス〟の街を見て回って昼過ぎ、屋台で買った牛串をユウキと一緒に齧りながら頭の中で使いそうな施設を纏める。第二層では迷宮区手前の村である〝タラン〟の方が品揃えは良いとアルゴは言っていたのだが、〝タラン〟には途中にいるフィールドボスを倒さなければ行く事ができないのだ。フィールドボスが倒されるまでの間は〝ウルバス〟の方が主軸になるので把握しておいても損は無い。他のプレイヤーもそう考えているのか〝ウルバス〟を歩き回っていた。
その中で頭を押さえていたり、顔が青かったりしていたのはきっと攻略メンバーに違いない。
「これで鍛冶屋に行ってメンテナンス頼むの?」
「そうだな……〝ウルバス〟に来るまでの間で素材も拾ったし、出来れば強化もしたいところだけど……ん?」
これからの行動についてユウキと話し合っていると、視界の端にある物が写った。それは1人のプレイヤーで、カーペットを敷いて金床と簡易炉と一緒に座っている。見るからに鍛冶屋の装い、しかもプレイヤーでだ。
現在のSAOでの鍛冶屋といえばNPCがメインになっている……というよりもNPCしか存在していないはずだった。第一線に立つのは戦闘職ばかりで、生産職に就いたとしてもそれで生計を立てられる程の熟練度にはなっていないのだから仕方がないと言える。そんな中で初めてと言えるプレイヤーの鍛冶屋だ。気にならない筈がない。俺の目線でユウキもプレイヤーの鍛冶屋に気づいたのか、袖を引っ張って行こうと促している。
「こんにちわ」
「ーーーこ、こんにちわ!!いらっしゃいませ!!」
「ガッチガチだな、もしかして初めてなのか?」
「は、はい……今まで〝始まりの街〟で鍛冶スキル上げてたんですけど第二層が解放されたと聞いて店を出してみようかなって……」
「って事はボクたちが一番?やったぁ!!」
「連れがすまんな」
「いえいえ、元気が良くて羨ましいです……それで、御用件は?お買い物ですか?それともメンテですか?」
「〝アニールブレード〟三本のメンテと、この〝アニールブレード〟の強化を頼みたい」
アイテムボックスから俺のとシノンの、そしてユウキが自分の〝アニールブレード〟を取り出してプレイヤーに渡す。強化するのは俺の〝アニールブレード〟だ。
「凄い……!!三本とも+6で試行二回残しですか!!それぞれ
それを聞いて俺はこのプレイヤーに感心した。〝アニールブレード〟の武器強化システムの内容はアイテム名を見れば分かるのだが、彼は剣そのものを見て、どんな風に使われているのかを看破したのだ。実際に俺がそう指示したからなのだが、武器は毎晩必ず自分の手で整備するように言っているのだ。
鍛冶屋だからという理由ではなく、このプレイヤーに少し興味が湧いた。
「強化の内容は?それと素材は持ち込みですか?」
「強化は
アイテムボックスから強化に必要な素材を取り出して手渡す。ついでに強化をする様子が見てみたいというところ一瞬だけ驚いたような顔をされた後、笑って許してくれた。
SAOの生産職はそこそこにリアルだ。完全に現実と同じようなやってしまえば剣一つ作るのにもかなりの時間がかかってしまうので多少簡略化されてしまっている。惜しいと思うがそうしなければゲームが回らないので仕方ないのだ。
「……では、始めます」
俺の〝アニールブレード〟を左手で持ち、右手で強化素材を炉にくべる。強化素材がくべられた事で炉が強く光り輝きーーーその時に反射的に彼の左手を掴んだ。
「ーーーえ?」
「ーーーは?」
「……おいおい、これはどういうつもりかな?」
左手を掴んだ俺の手は、
「あ、あぁ……」
「詳しい話、聞かせてもらおうか?」
顔を青くする鍛冶屋に向かって俺は酷く冷たい声でそう告げた。
ユウキチのヒロイン力アップ回。刮目せよ、これがユウキチのヒロイン力よ……!!
よく訓練された修羅が強化詐欺に引っかかるわけないだろうが!!初犯で看破してやりました。