闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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ファーストボス・5

 

 

「あーーー」

 

 

飛び込んで来た斧を認識した誰かがそう呟いた。間抜けな声で笑いを誘うが、これはまったくの予想外だろう。何せ誰もが扉を開けばその奥でボスが待ち受けていると考えていたはずだから。いきなり斧が飛んで来るなんて考えられる奴は一体何人居るのだろうか。

 

 

そしてこのままでは先頭に立って扉を開いたディアベルが、そしてその後ろにいる数人が巻き込まれて死ぬ。そうなればボスに勝てないという認識が出来てしまい、ボス攻略など夢のまた夢となってしまう。

 

 

開幕から訪れた絶体絶命の危機に反応出来たのは4人だけだった。

 

 

「フッーーー」

 

 

1人はヒースクリフ。即座にディアベルの前に立ち、左手に掲げた盾で斧を受け止める。だがそれは良くても一瞬だけ時間を稼いだに過ぎない。そもそもの質量が違いすぎるから一瞬だけ拮抗して、そのまま斧に両断されるだろう。

 

 

だが、一瞬だけでも時間を稼げたのなら間に合う。

 

 

「ーーー合わせろぉ!!」

 

「ーーーうん!!」

 

「ーーーえぇ!!」

 

 

ヒースクリフが斧を受け止めて稼いだ一瞬の時間のうちに俺とユウキとシノンが人垣を飛び越えて最前へと躍り出る。そして咄嗟にタイミングを合わせて横から斧を〝アニールブレード〟で全力で殴り抜いた。

 

 

殴るという使い方をしたせいで切れ味が大幅に落ちてしまったがそれを代償として斧を真横に吹き飛ばす事に成功。運動エネルギーをなくして落ちる斧とポーションを取り出してHPを回復しようとしているヒースクリフを認識してから改めてボス部屋の奥へと目を向ける。

 

 

そこにいたのは何かを投擲した様な態勢の〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の姿。顔の横にある複数の体力ゲージと側に控える八匹の番兵(センチネル)の姿は偵察の時に見た時と同じ。

 

 

違うのはコボルドロードの風貌だった。目を血走らせて息を荒げるコボルドロードには尻尾が無く、首にはぐるりと一周する様な傷跡が着いている。

 

 

そしてコボルドロードから向けられる怒気と殺意から、このコボルドロードが偵察の時に戦ったコボルドロードなのだと知る。

 

 

「やっべ」

 

 

完全に俺のせいだ。偵察の時に戦ったせいでコボルドロードに余計な学習をさせてしまった。その上に全ヘイトが俺だけに集中している。後ろには未だにあの一瞬で何が起きたのか理解しきっていないレイドの連中。兎に角、今必要なのは時間だ。

 

 

「ディアベル、俺とヒースクリフがコボルドロードを引き付けるから立て直しを。ユウキとシノンは番兵(センチネル)を頼む」

 

 

返事は聞かない、聞くまでもない。2人は黙って頷くだけだし、ディアベルだってこのままではいけないと理解しているだろうから。

 

 

そしてコボルドロードが吼えた。怒気と殺意を孕んだ咆哮がボス部屋に響き渡り身体を叩く。身も竦む様な怒気と殺意ーーーそれが()()()()()()()()

 

 

あれがデータの塊だと?ふざけるな。あれは間違いなくこの世界で生きている。この世界で生きて、敵を殺そうと全力だ。

 

 

「格下だと侮って悪かったな。お前は、俺の敵だ」

 

 

我も人、彼も人、故に対等。コボルドロードは人ではないのだが、この世界で生きているという点で言えば間違いなく俺たちは対等だった。

 

 

駆け出す。コボルドロードも番兵(センチネル)を置き去りにし、腰に下げていた刀を抜いて駆け出していた。リーチの差は歴然。俺の〝アニールブレード〟が届くよりも早くにコボルドロードの刀が俺に届く。

 

 

「ーーー〝色合わせ〟」

 

 

息を殺して自分を極限まで薄める〝色絶ち(気配遮断)〟とは真逆の、呼吸を相手に合わせる事で強引に此方しか認識出来ない様にする気配集中とも言える技法によりコボルドロードの視線を俺だけに、俺だけしか認識出来ない様にさせる。元から俺しか認識していなかったかもしれないが後ろにヘイトが行っても困る。

 

 

コボルドロードのリーチに入った瞬間に刀が振るわれる。コボルドロードの体格から予想出来る筋力から〝アニールブレード〟での防御は不可能と判断し、()()()()()()。地面スレスレまで身体を倒す事で背中の上を刀が勢い良く通り過ぎる。

 

 

〝色重ね〟、〝色絶ち〟、〝隠蔽〟(任せた)

 

「承知した」

 

 

気配譲渡と呼べる技法により集めたヘイトを全てヒースクリフに譲り渡し、〝色絶ち〟と〝隠蔽〟にて気配遮断を実行。今のコボルドロードはヒースクリフにだけ注意が向けられていて、さっきまで怒気と殺意を向けていた俺のことを見向きもしない。

 

 

ぶつかり合う刀といなす盾の音を聞きながらコボルドロードの股を潜り抜けて背後に回り込み、人間のアキレス腱に当たる部位を切り裂く。ダメージを発生させたことで気配遮断が剥がれてコボルドロードに認識されるが問題ない。

 

 

俺を認識して手を止めたコボルドロードの横合いからキリトとアスナが突進系のソードスキルを放つ。

 

 

認識外からの一撃を受けてコボルドロードは仰け反り、たたらを踏む。そうなれば必然的に頭の位置が低くなるので跳躍し、斬り上げによる斬首を叩き込む。それによりクリティカルが発生してコボルドロードのHPのバーの一つが半分にまで一気に削れる。斧を叩いたことで切れ味が落ちた事と、コボルドロードが斬首を警戒して首に力を込めていたことが原因の様だ。

 

 

 

前回ならば傷口を押さえて悶絶していたであろうコボルドロードだが、その予想を上回って歯を食いしばり、倒れながらであるが盾を持ったまま左手で殴りかかってくる。それを上半身を捻りながら〝アニールブレード〟を下から上へと叩きつける。俺とコボルドロードでは質量が違いすぎるので弾き飛ばす事なんて出来ないが、逆に弾き飛ばされる事は出来る。コボルドロードの拳と〝アニールブレード〟がぶつかった結果、〝アニールブレード〟が止まり、俺の身体が空中で動いて拳を回避する事に成功。勢いを失った左腕を蹴って下へと降り、ヒースクリフと入れ替わろうとしたところで、

 

 

 

「ーーーAからC班前へ!!タンクをやろうとしていたのなら仲間を守ってみせろぉ!!」

 

「「「「ーーーオォォォォォォォ!!!」」」」

 

 

重装備で全身を固めたプレイヤーたち、速度を犠牲にして防御に特化させたタンク職と呼ばれるプレイヤーたちがヒースクリフと立ち位置を入れ替え、コボルドロードの前に立った。

 

 

どうやらあのやり取りの間にディアベルがプレイヤーたちの立て直しに成功した様だ。もう少しかかると思ったがどうもディアベルのカリスマを侮っていたらしい。タンク職たちだけでなくアタッカーたちと、番兵(センチネル)担当のプレイヤーたちも立ち直ってそれぞれの役割を果たそうと動いている。

 

 

HPを確認したら直撃した訳でもないのに2割近く削れていたのでポーションを取り出して飲む。味覚エンジンで薬特有の苦味と青臭さを感じるが……それも今の俺にとっては精神を高揚させる物になる。

 

 

誰もが命を賭けて、命を奪おうとしている。武器を取って、叫びながら負けてたまるかと、死んでたまるかと、勝つのは自分たちだと誓っている。

 

 

どうしようもなく、()()()()()()()()()()()()

 

 

 






コボルドロード=サンによるアンブッシュ。ウェーブという戦犯のせいでコボルドロード=サンを学習させた結果です。プレイヤーが成長するのにボスクラスのモンスターが成長しないわけないだろうがぁ!!という事。

そして始まるボス攻略。誰もが殺し合いに飛び込んでいくのを見てウェーブはニッコリ。きっとヒースクリフもニッコリ。


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