SAOがデスゲームと化し、一万人のプレイヤーが閉じ込められてから大凡一ヶ月が経った。アルゴの話によれば死亡したプレイヤーの数は約千五百人。想定よりも少ないのは、βテスターや開始前にwikiを熟読して情報を収集していた者たちの力により、アインクラッドの生き方をレクチャーされた結果だそうだ。
一ヶ月も経てば、大抵のプレイヤーがこれからの身の振り方を決めている。武器を手に取りゲームのクリアを目指す者、商人や生産職としてゲームクリアを目指す者のサポートに回る者。
そうして環境が整えられていく内に、アルゴは一冊の本を無料配布した。それはアインクラッド第一層の攻略本。効率の良い狩場や第一層で受けられるクエストの内容、オススメの武器やスキルにモンスターの習性などアインクラッドで生きる術を書き連ねた本だ。それによりプレイヤーたちは生きるための知識を得て、気をつければ戦えるのだと希望を抱く。
そうしてプレイヤーのレベルが上がり、第一層では上げにくくなった辺りで、1人のプレイヤーがアルゴの元を訪ねた。
ーーー第一層を攻略し、第二層へと行きたい。
アルゴはその提案によって発生するメリットとデメリットを考え、俺を呼んで話し合いをした上でとある情報を開示した。
それは、俺が開始から二週間の時点で調査したフロアボス〝イルファング・ザ・コボルドロード〟の情報だ。
アルゴがこの日までこの情報の開示を渋っていたのは、プレイヤーのレベルが足りないと判断したからだ。β版の頃では5、6レベルでゾンビアタックを繰り返してようやくクリア出来たという。なら最低でも10レベル、その上でレイドを組んで可能な限り危険性を排除することが条件だった。
つまりコボルドロードの情報が開示されたということは、その条件が満たされたという事でもある。
第一層を攻略し、第二層を目指す時がやって来たのだ。
〝トールバーナ〟の街が賑わっている。いつもならNPCが殆どで、プレイヤーの数など両手で数えられる程度の人数しか居なかったが今日に限ってどこを向いても視界のどこかにプレイヤーを表すカーソルが見える。
「今日はプレイヤーが沢山いるね?何かあるのかな?」
「……ユウキ、今日何があるのか忘れたの?アルゴが言っていたでしょう?今日ここの噴水広場で第一層攻略会議をするって」
「えっ……そうだっけ?」
「ウェーブ、グリグリ」
「ユウキィ……俺、忘れるなって言ったよなぁ?」
「あぁ!!痛い痛いィ!!」
ユウキのこめかみに握り拳を当ててグリグリとこねくり回す。ユウキが泣き叫ぶけど気にしない、だってこいつってば大切な会議の事を忘れてるのだから。昨日も寝る前に忘れるなって念を押しといたのに。
「でも攻略会議っているのかしら?正直な話、ウェーブ1人でボスを倒せるんでしょう?」
「あ〜……幾らかダメージ受けるかもしれないけど倒せるな」
別れ際にテンションが上がり過ぎて首を洗って待っていろと言ったが、俺の中でのコボルドロードに対する関心は薄い。
だって、あの時の偵察で問題なく殺せる相手だと格付けが済んでしまったから。
このまま迷宮区に向かって、そのままコボルドロードを殺して第二層を解放する事は出来なくは無い。それをアルゴも知っているが、それでは意味が無いのだ。
「俺1人であのわんちゃん殺してもあいつに任せればいいや〜みたいな空気が出来るだけで意味が無いんだよ。そのまま突っ走って、死ぬつもりは無いけど死ぬかもしれない。そうなったらきっとあいつが死んだからこのゲームはクリア出来ない〜って空気が出来上がっちまって終わりだ。俺の言いたいことが分かるか?ユウキ」
「痛い痛い!!1人だけじゃなくて集団で攻略する事に意味があるって事!?」
「及第点だが、概ねあってる」
ご褒美にこねくり回すのを辞めてやるとユウキが頭を抱えて涙目になりながら上目遣いで無言の抗議を繰り出してくる。やり過ぎたかと思い、撫でてやると上機嫌になった。チョロい。
ユウキは基本アホの子だが物事の要点を理解している。今日の会議の目的は
個人で成り立った集団は鋭く、そして脆い。複数人で成り立った集団は鈍く、だが頑丈なのだ。
ゲームクリアを目的として、折れることのない攻略に命を捧げられる集団の礎を築くこと、それが俺とアルゴともう1人の決めた今日の会議の本当の目的だ。
「まぁ、あいつがどのくらい役を演じられるか楽しみにしてるといいさ」
「悪どい顔してるわよ」
「俺ってこう、先頭に立って引っ張るよりも裏でなんやかんやコソコソしてる方が好きだからね。向いてるかどうかは知らんけど」
「う〜ん……ウェーブの顔からすると悪の組織の参謀に見えなくもないけど……」
「仕掛けは上々、あとは結果を御覧じろってね」
プレイヤーは育っている、情報も集めてある。なら油断や慢心、欲をかかない限りは問題なくコボルドロードは殺せるレベルになっているはずだ。誰かが死ぬような事態になれば手を出すが、それ以外は裏方で楽しませてもらうとしよう。
「ん?あれは……」
視界に映ったグリーンのカーソルのしたにいたのは女顔の少年、ホルンカの村で出会ったキリトだった。そしてその後ろにはフードを被った体格的には女性のプレイヤーがいる。さらにその後ろには〝隠蔽〟で姿を隠しているアルゴの姿も見えた。
「ちょっと先に行っててくれーーー〝
2人に先に向かうように指示を出して即座に〝隠蔽〟と〝気配遮断〟による隠密を実行し、キリトとフードのプレイヤーを無視し、2人をストーキングしているアルゴの背後に立つ。
「ア〜ルゴッ」
「ニャハッ!?」
〝鼠〟とか言われてるはずなのに何故かネコっぽい声を出してアルゴは飛び跳ね、振り返ってダブルピースしている俺のことを認識すると脛を蹴ってきた。
「〜ッ!!ナミっち!!脅かすなよナ!!」
「ハッハッハ、ストーキングしてる奴をストーキングして何が悪い」
「黒鉄宮に送るぞ?」
「すいませんでした」
アルゴの右手に現れたウインドウから本気っぷりが伺えたので迷わずに土下座する。割と打ち解けていると思ったがどうやらやり過ぎたようだ。
「で、何でキリトをストーキングしてるの?」
「む?キー坊と知り合いだったのカ?」
「一月ほど前にホルンカでね。隣のフードのプレイヤーは?武器は
「ナミっちといえどこの情報は簡単には売れないネ。何せ将来有望株だからナ」
「有望株、ねぇ……」
影から観察した限りではフードのプレイヤーかなり追い詰められているように見える。焦りと不安が滲み出ていて、キリトに連れられたからここに来ているのか苛ついているように見える。
「攻略に参加するのか?」
「キー坊が連れて来たって事はそのつもりじゃないのカ?」
「……もう少ししてから話すとするか」
余裕がない状況で話しかけても余裕のない対応しかされない事は過去の経験から明らか。だから少し時間を置く事にする。何せSAO に参加している数少ない女性プレイヤーだ。ユウキとシノンの話し相手になって貰えれば助かる。異性である俺よりも同性の彼女の方が何かと話しやすいだろうし。
「んじゃ、オレっちは行くヨ。攻略会議頑張ってナ」
「あいよ、朗報待ってろよ」
人混みに紛れるようにして姿を消したアルゴを見届けてから、俺は先に行った2人への手土産も兼ねて屋台で幾らか食べ物を買って攻略会議が行われる噴水広場に向かう事にするのだった。
原作よりもSAO の難易度が上がった事によりβテスターと情報を集めていたビギナーの手により死者が減ったようです。原作よりも優しい世界。
実はウェーブだけでも取り巻きとコボルドロードは殺せる。でもそれだと意味がないのでやらない。互いに競いながら切磋琢磨する方が強くなるとアルゴとウェーブは考えてるから。実際、一つの集団に任せるよりも複数の集団に競わせた方が良いっていう。
それにしてもアルゴの元を訪れたプレイヤー……一体何ベルはんなんや……