浮遊しながら旋回をする岩を足場に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟と同じ目線の高度まで移動する。見た限りではフワフワと浮かんでいた岩だったが思いの外揺れなくて足場としては問題無い。
下にいるキリトに目を向けて、視線が合った事を確認して〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟を指差し、頭を指差し、首を斬るジェスチャーをする。五十層に来るまで長い間戦い続けた事で攻略組のプレイヤーが相手であればアイコンタクトも出来るし、簡単なジェスチャーをするだけで向こうも意図を察してくれる。
現にキリトは俺のジェスチャーの意味に気が付き、鞭の様に振るわれる〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の腕を掻い潜りながら頭の宝石を攻撃していた。
これで下は大丈夫だろう。〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟の出現に多少は混乱しているだろうが、弱点さえ分かればあいつらなら問題なく倒せる相手だから。
問題があるとすればこちらだろう。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の正面に立ち、殺意と怒りに満ちた視線を全身で受け止める。タゲは未だに俺に向けられているのは大丈夫なのだが、第二形態になった事で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟がどんな攻撃をしてくるのかが分からない。
考えられるのは前脚と尻尾を使った薙ぎ払い、走っての体当たりくらいか。さっき見せた跳躍を考えると小さくなった事で小回りが利きそうだ。スピードは速くはないが油断していれば踏み潰されてしまいだろう。
そう考えていたら〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が動き出す。予想していた通りに前脚での薙ぎ払い、人型の頃よりも速いがまだまだ遅い。見てから別の足場に跳んで避ける。さっきまでいた足場は薙ぎ払いで砕けたがそれでも足場として使うには充分なサイズだ。その上、粉々になった事で足場の数は増えている。
一度仕掛けてみるかと思ったところで〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の横っ面からユウキがやって来て宝石を斬りつけた。
「チィッ!!」
俺から仕掛けてどうなるかを調べたかったのにユウキが先走ったせいでそれは叶わなくなった。殺れる時に殺れと言ったのは俺だが今の段階では〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の情報が少なすぎるので様子見するのが良いというのに。
舌打ちしながら足場を飛び跳ね、タゲがユウキへと移って視線を向けた〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の宝石を斬りつけ、更に〝妖刀・不知火〟の切っ先を捩じ込む。
「GAーーー!?」
何度も斬られただろうが捩じ込まれるのは初めてだったらしく〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は身体を起こしながら前脚で顔を払うオーバーリアクションを見せてくれた。前脚が来る前に顔を蹴って避け、足場を飛び跳ねながらユウキと合流する。
「ユウキ、お願いだから焦らせないでくれよ。超焦ったぞ」
「情報が無いから攻撃して引き出そうとしたんだけど……」
「レベルの高い俺に任せとけよ。下手したら一撃死なんて事もあり得るんだぞ」
前脚や尻尾の薙ぎ払いは間違いなく一撃死だろうがまだ見てから避けられる。問題なのは初見での一撃死だ。俺なら直感でされる前に感じ取ることが出来るがユウキはそこまで至ってないので気が付かずに攻撃を続行、そのまま死ぬなんて事もあり得る。
そんな死に方されたら俺は絶対に自殺するか闇堕ちするだろう。どうして俺がやらなかったんだって。
「それに、もしもユウキが死んだらシノンの一人勝ちになるぞ?」
「あぁ……見える!!ボクのお墓の前で泣きながら高笑いしてるシノンの姿が……!!」
「……すっげえ簡単に予想が出来るんだけど」
ユウキが言ったことは容易にイメージする事が出来た。ユウキの死を悲しみながらも、俺の事を独り占めする事が出来て泣きながら高笑いするシノンの姿が。その後ろで闇堕ちしてる俺の姿が。
「つーわけで、今からは手を出すなよ?」
「全力で逃げてやる……!!シノンに一人勝ちなんてさせない……!!」
「やる気があるようで何より……来るぞ」
悶え終えた〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟のHPは6本目のイエローまで削られている。やはり弱点にしかまともなダメージが入らないからなのか弱点を攻撃されると大ダメージが発生するように設定されているらしい。
血走った眼で睨むのは俺、どうやらタゲは俺のままのようだ。
何が来るかと身構えーーー直感が過去最大級の警報を鳴らした瞬間にユウキを抱き抱えて全力で逃げた。
「え!?何!?」
「舌噛むから黙っとけ……!!」
何がされるのかは分からない、だけどあのままあそこにいたら間違いなく俺たちは死んでいた。
そしてさっきまで足場にしていた岩は砕けた。前脚を振り下ろし姿勢の〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟から攻撃方法は簡単に予想出来る。
問題なのは
振り上げから振り下ろしまでの時間は体感で2秒程。今までのものとは比べ物にならない程に速い。直感が働いた瞬間に躊躇わずに動いたから間に合った。もしも少しでも躊躇ったら今頃あの足場と一緒に粉々になっていただろう。
「何あれ!?速ッ!!」
「ブチ切れモードって奴だろうな!!全力で逃げるから振り落とされるなよ!!」
反撃なんてしている暇は無い。全力で逃げ続ける。右左と交互に繰り返される前脚の振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ。どれもこれもが直感が警報を鳴らすレベルで死を匂わせている。足場に一瞬だけ足を着けて、すぐに別の足場へ。それでいて逃げのルートが無くならない様に考えながら。
延々と攻撃して来るのならキリトたちが〝リトル・ティアマト・ガーディアン〟を片付けるまで逃げ続ける。何処かで落ち着いたらそれはそれで良し。兎に角、今は逃げなければならない。
「右、振り下ろし!!」
「おう!!」
「左、振り上げ!!」
「おう!!」
「ーーー両脚、挟みに来たぁ!?」
「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
前後から迫り来る脚を足に力を込め、筋肉が断裂する音を立てながらも全力で跳躍して躱す。皮一枚で通り過ぎる風の音と、脚と脚がぶつかり合う音が響いて冷や汗が溢れる。そして使えなくなった足を治す為に〝治癒結晶〟を使い、足を完治させて着地する。
今のは危なかった。少しでも足に込めてた力が足りなかったらユウキと一緒に脚で潰されていたところだった。
「ティアマトの様子は!?」
「落ち着いてる……かな?少なくともさっきまでみたいにブチ切れ状態じゃ無さそう」
ユウキに言われて〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の様子を見れば確かに息を荒くしているものの先程までよりも落ち着いている様に見える。一定ダメージで暴れ回り、時間経過で落ち着くらしい。
ともあれ、これであの脚でのラッシュは終わった。煩いくらいに脈打って休む事を求めている心臓に応えようと気を抜こうとして、
〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟と目があった。
〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目には妖しい光が灯っている。
直感が脚でのラッシュレベルでの警鐘を鳴らしている。
直感が、死の匂いを嗅ぎ取った。
「ーーー」
思考を挟まない反射のレベルでその場から離れる。
ユウキを出来るだけ遠くに投げる。
そして次の瞬間、これまでとは比べ物にならない程の空間爆撃が俺を襲った。
一定ダメージとともにブチ切れ、敏捷を上昇させてのタゲ取ったプレイヤーへの脚ラッシュ。確定一撃死がポンポン飛んで来るとても殺意に満ち溢れた攻撃。さらにブチ切れが終わって気を抜いた瞬間に追撃をするという素敵仕様。流石はハーフポイントのフロアボスですわ。