闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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創世の女神・17

 

 

ホロウプレイヤーたちは倒された。

 

 

〝アルゲート〟はモンスターの群れに襲われながらも攻略組とNPCたちの奮闘により健在。

 

 

あと残されているのはフロアボス〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟。創世神話に記された全ての命の母。その権能を危険視した産んだ者たちにより討ち取られた創世の女神が既存する全ての命を滅ぼし、再び自分の子で世界を埋め尽くす事を望んで蘇った。

 

 

山をも超える程の巨体、頭部には髪の様に生えた蛇が蠢き、下半身は蛇のそれ。身体のあちらこちらに龍を思わせる鱗が付いていて、無理やり分類するのならドラゴンタイプの亜人種では無いかと思われる。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目的は〝アルゲート〟。そこに何があるからというわけでは無い。ただそこにあったから、そこに殺すべき命があったから、それだけの理由で滅ぼそうとしている。産み出されるモンスター(子供)の数は無尽蔵。特別な条件など無く、産みたいと思った瞬間に新たなモンスターは産み出される。

 

 

無尽蔵に産み出されるモンスターが母親の指示に従い我先にと〝アルゲート〟に向かい、その後をゆっくりと〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が進む。これほどの巨体では〝アルゲート〟の城壁も無意味。たどり着いた瞬間に踏み潰されるのが目に見えている。

 

 

それを防がんと奮迅しているプレイヤーがいた。〝閃光〟のアスナ、〝手裏剣術〟のコタロー、〝絶剣〟のユウキ。アスナは二つ名の通りに閃光かと見間違うライトエフェクトを残しながらソードスキルを叩き込み、コタローは忍者の様な見た目通りに手裏剣や爆弾を使い、ユウキは届く範囲で脆そうな箇所に目掛けて斬りかかっていく。

 

 

それは一方的に攻撃している様に見えるだろう。事実、3人はずっと攻撃をしているし、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟からの反撃は無い。

 

 

しかし、それは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が3人の事を気に留めていないから。象が蟻に噛まれたとしても痛がる筈が無く、気にしないのと同じ理由。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟にとって3人はまさに蟻同然の存在なのだ。

 

 

「……全然効いている様子を見せませんね」

 

「実際効いて無いんじゃ無い?HP減ってる様には見えないし」

 

「ホント硬すぎじゃないかしら……!!」

 

 

休憩を取るために一旦離れて落ちた斬れ味を回復させるために砥石を取り出す。一方的に攻撃をしているが〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は全く気にしている様子を見せないし、それを裏付けるかのようにHPは未だに10本あるうちの1本目、それも1割も削れていない。

 

 

「最低限特殊攻撃の有無とか弱点見つけるかしたいよね」

 

「タゲを取られて無いんで攻撃されるのは難しいですけど弱点なら……」

 

「あの胸と頭にある宝石よね」

 

 

3人が見た先にあるのは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の胸と額に付いている紅い宝石。如何にもそれが弱点だと教えられていて逆に妖しいのだがそれ以外に弱点と思える場所が無いのも事実。

 

 

問題があるとすればどうやってそこまで行くのかという事。

 

 

胸と額に付いている以上、必然的に高い位置にある。山よりも高い〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の胸と額にだ。前のめりになってくれればまだ届くのだが、上半身は直立していてこのままでは届きそうに無い。

 

 

「コタローさん、お願い」

 

「よろしくお願いします」

 

「分かりました」

 

 

自分たちには無理だと判断し、ユウキとアスナはコタローに丸投げする。どう見ても無茶振りにしか思えないのだがコタローはあっさりとそれを承諾し、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の起伏を利用して登り始めた。SAO内に存在するスキルでは無くてリアルで培った技術による登攀。リアルで忍者の家系の出で、技術を修めたコタローだから出来る事だった。

 

 

時間にして5分ほどかけてコタローは肩の上まで辿り着く。下を見れば地面が遠く、生えている木が小さく見える。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の動きは激しく無いのでここまでは簡単に来られたが、宝石が弱点だとするのなら攻撃した瞬間に暴れ出すだろう。

 

 

それを覚悟して大きく深呼吸をして高鳴る心臓を抑え込み、爆弾で宝石を爆破する。動きが制限されない様に携帯していたのは小型の爆弾だけで威力は然程無い。だというのに〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は痛みにもがき苦しむ様に暴れ出した。上半身を揺さぶり、宝石を守る為なのか両手を胸まで持ってくる。

 

 

「おっと!?」

 

 

そうなればコタローからしてみれば堪ったものではない。今のコタローの足場は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体なのだ。暴れられれば当然揺れて姿勢を安定する事が出来ない。それどころかそのまま振り落とされてしまう可能性がある。

 

 

兎も角、弱点の判明という目的は達成した。あとはホロウたちと戦って遅れている主力たちが到着するまで耐えるだけだとコタローがその場から引こうとした時、

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目がコタローに向けられた。ここで初めて一プレイヤーに対してヘイトが稼がれた。

 

 

「不味い……!!」

 

 

その後に起こる最悪の展開を予想してしまい、コタローは半分飛び降りる様にしてその場から逃げ出す。来る時と同じ様に身体の起伏を利用しながら落下する様に全力疾走で。しかし、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の目はコタローを捉えた。頭から生えていた蛇が鎌首をもたげてコタローに襲い掛かる。手裏剣や爆弾をばら撒いて阻害するもののそれだけに集中しているわけにはいかない。

 

 

〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の身体の表面が盛り上がり、翼を携えたモンスターが産まれる。モンスターたちは母を傷付けた不届き者を食い殺さんと翼を広げ、コタローに向かってくる。それをコタローは腰に下げていた忍者刀で対処。向かってくるモンスターの首や翼をすれ違いざまに断ち切る。

 

 

登りには5分かけたが降りるのには30秒もかからなかっただろう。地面まで20メートルを切った辺りでコタローは足場を蹴って距離を取り、転がりながら着地する。

 

 

「宝石弱点でしたけどタゲを取られました!!攻撃されます!!」

 

「分かってるわ!!」

 

「ヘイカモーン!!」

 

 

タゲを取られてても彼女たちの顔には絶望は無かった。それよりもどんな攻撃をして来るのかを調べたかったからむしろ好都合だと喜んでいる節もある。何故なら今の3人の役割は威力偵察なのだから。

 

 

そして3人はすぐに知る事になるーーー理不尽という物を。

 

 

「……うわーお」

 

「やば……」

 

「て、撤退ーーーッ!!」

 

 

アスナの指示に迷う事なく従いその場から全力で逃げ出す。脇目も振らずに、反撃なんて微塵も考えないで。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は手を振り下ろしてきた。言葉にすればそれだけなのだが、視覚で捉えるとまるでそれは()()()()()()()様だったのだ。反撃なんて考えられない、全力で逃げ出すしかない。

 

 

そして振り下ろされた手が地面に到着、局地的な大地震が起こる。3人は何とか手の届かない範囲まで逃げられたが発生した衝撃波により行動不能(スタン)のバッドステータスが発生する。

 

 

痺れた様に動かない身体で〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の方を見れば頭部の蛇たちが蠢きこちらを見下ろしている。そして目が妖しく光り輝きーーー次の瞬間、3人がいる辺り一帯の空間が()()()。まるでそれは絨毯爆撃。一人一人を点で狙うのでは無くて周囲を纏めて攻撃すれば当たるという大雑把過ぎる攻撃。それ故に逃れる事が難しい。仮に行動不能(スタン)で無くても直撃していたであろう。

 

 

「イッァ……」

 

「2人とも、大丈夫……?」

 

「何とか……威力が低めだったから……」

 

 

確かにユウキの言った通りに威力は低かった。しかしそれでも3人のHPはあの爆撃でイエローまで削られている。身体を起こしながらポーションを飲み干し、HPを回復させる。

 

 

そして、目の前に()()()()()()()

 

 

「ッ!?飛んでーーーッ!!」

 

 

回復仕切っていない身体を無理矢理動かして迫って来た壁を飛んで躱す。それの正体は壁ではなくて尻尾だった。回避には成功したがその余波で木々は薙ぎ倒されて平原に変わる。

 

 

たった三度の攻撃で周囲の地形が変わってしまう。まるで天災と同じだ。

 

 

「反撃は無し!!防御もダメ!!回避絶対で!!」

 

「異議無し!!」

 

「ハイ!!」

 

 

アスナの指示に従わない理由は無い。弱点である宝石以外にはまともにダメージが通らない事は分かっている。防御したとしても質量が絶対的に違うので筋力極振りでも無い限りは押し潰される。よって取れる手段は回避一択。

 

 

手と尻尾、そして空間爆撃と凄まじいが幸いな事に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟はその巨体故に動作の一つ一つは遅い。手と尻尾は回避出来るし、空間爆撃も回避は難しいが覚悟さえしていれば耐えられないものでは無い。キリト、PoH、ウェーブがホロウを倒すまで回避に集中していれば持たせる事は出来るだろう。

 

 

攻撃を避けられることを焦れったく思ったのか〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は新たなモンスターを産み出し、3人に襲わせる。そしてモンスターごと辺り一帯を空間爆撃で薙ぎ払った。

 

 

「ぁーーーッ!!」

 

「アスナァッ!!」

 

「アスナさん!!」

 

 

ユウキとコタローは半ばモンスターに押し出される様にして何とか空間爆撃の範囲内から飛び出す事は出来たがアスナだけは取り残されてモロに食らってしまった。HPはレッドに突入している状態ですぐに回復させなければならない。しかしユウキとコタローの距離は遠い。〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟は動作が鈍いが、それを埋めるようにモンスターたちがアスナに向かっていく。

 

 

「くっ……!!」

 

 

回復が間に合いそうに無いタイミング。どうするか一瞬悩んでしまい、それが致命的な隙となる。狼のモンスターが突然に加速してアスナの喉笛を食い破らんと飛び掛った。

 

 

これにより回復は不可能、反撃しても後続のモンスターに圧殺される。回避したところで反撃と変わらない。故にアスナはここでゲームオーバー。SAOのルールに従い、アバターの死がそのままリアルの死に繋がる。聡明なアスナはそれらを一瞬で理解してしまう。

 

 

「ーーーキリト君……」

 

 

最後にキリトの名前が出て来たのはどうしてか、それはアスナにも理解出来なかった。だけどどうしても、何か行動するよりも彼の名前を呼びたかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして奇跡は起こる。

 

 

アスナの喉笛を食い破らんとしていた狼のモンスターが横合いから殴られて吹き飛ばされる。

 

後続のモンスターが()()()()()()によるソードスキルで斬り刻まれる。

 

 

回避不能な死を、決定付けられた未来はやって来ない。黒いコートを翻す、中性的な顔付きの少年によって遠ざけられた。

 

 

「ーーーゴメン、遅れた!!」

 

 

〝黒の剣士〟、アスナが名前を呟いたプレイヤーであるキリトが参上した。

 

 

 






デカイから動きは遅い、でもデカイから攻撃範囲は広い上に質量があるので防御不可能。弱点の宝石以外に攻撃してもダメージはほぼゼロ。HPマックスから一撃でイエローまで持っていく広範囲攻撃持ち。これは間違いなく強者の風格。

ヒロインの危機に颯爽と現れるヒーロー。これが普通の主人公とヒロインの光景なんだよな……(キチ波とユウキチとシノノンから目を逸らしつつ)


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