ぶつかり合うヒースクリフの盾と〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣。振るい、弾かれ、振るわれ、弾く。ヒースクリフの戦いに派手さは微塵も無い。敵からの攻撃を防ぎ、剣で反撃するという決まり切ったスタイルだから。王道中の王道、何番漸次だと言われかねない程に単純なスタイル。だからこそ、それはちょっとやそっとでは突き崩すことが出来ない程に堅い。
五十層に至るまで、ヒースクリフはガードによる間接的なダメージは受けても直撃によるダメージは受けた事はない。唯一の例外はウェーブ、PoH、キリトくらいか。ウェーブは防御なんぞ知った事かと盾ごと斬り捨てようとしてくる、PoHは殺人の天賦の才で意識の隙をついて防御を潜り抜けてくる、キリトは天性の反応速度で正面から防御を越えようとしてくる。
掲げられた盾で全ての攻撃を防ぎ、弾き、受け流す。その姿はまるで物語に登場する騎士の様で、ヒースクリフのカリスマとも相まって彼ならばと言う希望を誰もに抱かせる。まさしく彼こそが騎士であると。
しかし、それは〝ホロウ・ヒースクリフ〟も同じ。
「むーーー」
攻防の最中にヒースクリフが顔を顰める。自分の動きがコピーされるのはこれまでの報告から理解していた。なので〝ホロウ・ヒースクリフ〟が自分と同じ動きをしてきても驚きはしない、当たり前だと受け止める。
問題があるとするなら、〝ホロウ・ヒースクリフ〟の動きがヒースクリフの行動を先読みしているかのように行われる事。攻撃、防御、足捌きに回避。そのどれもが行おうとした瞬間に〝ホロウ・ヒースクリフ〟によって制限、阻害される。
「成る程、超えると言うのはそう言うことか」
「あぁ、私は貴方を倒せればそれで良い」
〝ホロウ・ヒースクリフ〟の真意、それはヒースクリフを超えることだけ。その言葉に偽りは無い。なので、〝ホロウ・ヒースクリフ〟はヒースクリフだけを殺す戦法を選んでいた。
カーディナルからコピーされたヒースクリフの行動パターンを元にヒースクリフの行動を先読みしてそれを妨害。例え出来なくても満足に行動をさせない。メタ、アンチなどと呼ばれている嵌め殺し、それが〝ホロウ・ヒースクリフ〟が選んだ対ヒースクリフの戦法。
見るものが見れば卑怯だと叫ぶかもしれない。しかしヒースクリフは妨害されながらも愉快そうに笑うだけで何も言わない。仮にこの戦法がヒースクリフ以外の攻略組のプレイヤーに当てはめられて、使われたとしても攻略組のプレイヤーは〝ホロウ・ヒースクリフ〟の事を非難しない。それどころか賞賛するだろう。
何せ、〝ホロウ・ヒースクリフ〟がしていることは攻略組の常套手段。確実に勝つ為に手段を選ばずに相手に何もさせない。その勝つ為の努力を卑怯なんて言えるはずが無い。
「それ程までに私を超えたいのかね?」
「あぁ、私はそれを存在意義として認識しているのでな」
ヒースクリフに盾を使わせ、視界が狭くなったところで足払い。体勢を崩して露出している急所の首を狙うが自分からさらに体勢を崩されて躱される。
「知っていると思うが私は貴方から直接作られたAIでは無くて貴方が作り出したカーディナルから作り出されたAI、人間的に言えば孫にあたるだろう。関係は無くは無いが薄い繋がり……それでも、私は作られた存在として先達を超えたいと願っている」
新作品を作る場合、余程の事が無ければ前作品を超える性能を目指して作られる。そしてそれはカーディナルによって作られた〝ホロウ・ヒースクリフ〟にも当てはまる。そうであれと作られた訳では無い。ただ他のホロウたちが作られてから時間が経ってそれぞれの野望を抱いたように〝ホロウ・ヒースクリフ〟も野望を抱いた。
それは
しかしヒースクリフは違う。謀叛を起こしたカーディナルの手により管理者権限を剥奪された彼は他のプレイヤーとして変わらない一プレイヤーとしてこのデスゲームに参加させられた。しかし、それでも彼はその事を嘆かどころか喜びを感じていた。絶望など微塵も無い、ストレスなど感じていない。ただ喜びを、この世界で生きられることへの喜びだけを抱いていた。
そうして彼は今ではアインクラッドに名を轟かせる〝血盟騎士団〟を率いて攻略の最前線に立っていた。
その姿に〝ホロウ・ヒースクリフ〟は憧憬を抱いた。
そしてその姿を眺めて満足するのでは無く、超えたいと願った。
その為に策は用意した。完封封殺。全力を出させてから勝つのでは無く、全力を出させずに勝つという攻略組の常套手段。今日までヒースクリフの前に姿を現さなかったのはシュミレートが完璧では無かったから。確実に殺せると確信出来なかったから。
臆病者?罵りたければそう罵るが良い。例えそう呼ばれるとしてでも、自分は彼を超えたいのだと、挙動一つ視線一つに言外に〝ホロウ・ヒースクリフ〟は叫んでいた。
「ーーーそうか」
それをヒースクリフは全てを受け止めながら静謐に呟いた。
「ならば、先達として教えてやらねばならないなーーー人の、強さというものを」
そしてヒースクリフの動きが変わる。防御からの攻撃というカウンター、守る為の物から。〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣を盾で殴る様に弾き飛ばし、盾を剣で殴る様に斬りつける。それはヒースクリフにあるまじき荒々しい攻撃。それまでの騎士の様な戦い方を投げ捨てていた。
そしてそれすらも〝ホロウ・ヒースクリフ〟の予想通り。あのまま戦っても勝ち目が無いと分かっていただろう、故にここで攻めに転じなければ詰め将棋の様にヒースクリフは詰んだいた。それでも、ヒースクリフは〝ホロウ・ヒースクリフ〟の掌からは逃れられていない。
剣の斬り払いーーー予想通り。
〝神聖剣〟による盾でのソードスキルの発動ーーー予想通り。
鎧の質量と硬度を活かしたタックルーーー予想通り。
全て全てが予想通り。それを躱し防ぎ受け流しながら〝ホロウ・ヒースクリフ〟は嘲笑う事はしない。寧ろ見事だと絶賛する。何故なら〝ホロウ・ヒースクリフ〟が予想していたヒースクリフの行動パターンは
そして最善手であるが故に逃れられない。ヒースクリフの剣は〝ホロウ・ヒースクリフ〟に届かない。しかし〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣は徐々にだがヒースクリフを捉えつつある。頬から流れる血の雫が、飛び散る鎧の破片の何よりの証拠。
〝ホロウ・ヒースクリフ〟は勝利を確信しながらも油断はしない。何故なら、油断をすれば一気に流れを引き寄せられるという予感があるから。他の有象無象ならばそうは感じないだろうが攻略組に属するプレイヤーたちは違う。生を望み、勝利に飢えている故の強さがある。
このまま確実に勝つ。何もさせずに、削り殺すと誓いながら防がれる事を承知の上で剣を振るう。
受け流された剣は地面に突き刺さるーーー予想通り。
そして、
「なーーー」
砕け散る〝ホロウ・ヒースクリフ〟の剣。予想外の行動とその結末。初めて浮かぶ驚愕の色。
ヒースクリフの行動は全てが〝ホロウ・ヒースクリフ〟の予想通りから出ていなかった。武器破壊を狙っていた素ぶりなど欠片も見せていなかったはず。それなのに剣を根元からへし折られた。これでは武器としては役に立たない。
反対にヒースクリフにとってはこれは
〝ホロウ・ヒースクリフ〟が一対一を望んでいた時から何か自分を嵌め殺す手段を持っているのだと気が付いていた。正面から戦ったところで勝機が薄い事も分かっていた。
なので、〝ホロウ・ヒースクリフ〟を嵌めた。最初に剣を交えた時からヒースクリフの狙いは徹底して武器破壊。正々堂々とは言い難い搦め手を平然と行使する。怪我の功名というべきか、これまでの不利は演技では無くて本当に不利だったのが〝ホロウ・ヒースクリフ〟に狙いを読ませないことに役に立った。
武器を無くした〝ホロウ・ヒースクリフ〟に残されたのは盾だけ。その盾を盾で殴る様に弾き、ガラ空きになった胴体ーーー心臓に目掛けて突進系のソードスキルを叩き込む。
「グーーーッ!!」
痛みに堪える様に溢れる苦悶の声。大きく削れるHPゲージ。しかしまだ死なない。イエローであるが〝ホロウ・ヒースクリフ〟のHPはまだ残っている。一先ず体勢を立て直すべきだと考えて〝ホロウ・ヒースクリフ〟は距離を取ろうとする。
その好機を逃すほど、ヒースクリフは甘くは無い。
〝ホロウ・ヒースクリフ〟の足を全力で踏み抜く。砕ける程の力で踏み抜かれた事でその場に縛り付けられ、〝ホロウ・ヒースクリフ〟の目論見は果たせない。そしてその無防備な顔面を、盾でソードスキルを発動させながら殴り抜く。大きく泳ぐ〝ホロウ・ヒースクリフ〟の身体、ヒースクリフは手を止める事をせずに足払いをかけて転ばせ、馬乗りになって〝ホロウ・ヒースクリフ〟の心臓を再び突き刺した。
「ーーー負けたか」
「あぁ、私の勝ちだ」
瞬く間に削られるHPを見ながら〝ホロウ・ヒースクリフ〟は呟く。負けたことに対する悲嘆は欠片も無い。寧ろ越えようとした彼はこんなにも強いのだと、どこか誇らしげにしている様に見える。
そうして自分の負けを認め、遺す言葉は無いと言わんばかりにHPがゼロになるその瞬間まで〝ホロウ・ヒースクリフ〟は無言のままに敗北した。
アンチ、メタ、嵌め殺しなんて殺し合いだと普通。全力を出させて勝つんじゃ無くて、全力を出させずに勝つのが正しいのよ。
そしてそれをたった一度の予想外で食い破るヒースクリフ。隙を見せたら殺さないといけないから、普通普通。