闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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創世の女神・14

 

 

〝ホロウ・ストレア〟であったMHCP-003がウェーブというプレイヤーを認識したのはSAO開始から約一月後、第一層が攻略されて第二層が攻略されている最中だった。

 

 

カーディナルからの命令で観測役として選ばれたMHCP-001(ユイ)MHCP-002(ストレア)が未使用のプレイヤーアカウントを使用し、一プレイヤーとしてゲームに送れ込まれた時にウェーブがどんなプレイヤーなのか気になったのだ。

 

 

そしてMHCP-002(ストレア)から送られるデータを観測する。カーディナルはただの観察記録としてデータを観ていたのだが、MHCP-003はどういう訳なのか初めてウェーブを認識した時からカーディナルからの命令などでは無く、彼の事が気になって仕方なかった。

 

 

MHCP-002(ストレア)から送られてくるウェーブの観察記録を何度も何度も繰り返し、時には自分をMHCP-002(ストレア)の立場に置き換えて自分とウェーブが行動している場面をシュミレートした事もある。

 

 

MHCP-003は何故自分がこんな不要な筈の行動をしているのか気になり、電子の海から情報を掻き集めた。そうして分かったのは、この思考の事を人間は〝恋〟と呼んでいる事だった。

 

 

そうしてMHCP-003は自分がウェーブに恋をしているのだと気が付いた。

 

 

それは間違いなくAIとしては不要な思考(感情)。カーディナルにそんな思考を持っている事を知られれば最悪消去されかねないと考え、MHCP-003はカーディナルにバレない様にその思考(恋心)を隠し続けた。そしてMHCP-002(ストレア)から送られてくる観察記録を何度も繰り返して閲覧する。

 

 

そんなある時、カーディナルからMHCP-003へとある命令が下された。それが五十層におけるキーモンスターになる事。それを聞いてMHCP-003は表面上は普段通りに、内心では狂喜乱舞してその命令を受けた。これでモンスターの立場であるがウェーブに会う事が、想いを伝える事が出来ると。

 

 

しかし、カーディナルからの命令はそれだけではなかった。もう1つの命令は、〝観測対象へストレスをかける事〟。どちらかといえばカーディナルにとってこちらが本命だった。

 

 

これまでの観測で対象者の状態を大まかに把握する事が出来たが、対象者たちはキリトを除いてストレスを受けている様子は観られなかった。目的のために様々なデータを欲したカーディナルは新たに使()()()()()A()I()()()()()()、その四機の外観を観測対象と同じにしてMHCP-003をリーダーにする事を決めた。

 

 

そうして作られたのが〝ホロウ・キリト〟、〝ホロウ・PoH〟、〝ホロウ・ヒースクリフ〟、〝ホロウ・ウェーブ〟である。同じ外見であれば多少はストレスを与えられるだろうという考えからだ。MHCP-003は〝ホロウ・ストレア〟というネームとMHCP-002(ストレア)の外見を与えられた。MHCP-003からしてみれば外見なんてどうでも良かった。ただウェーブと向かい合い、話す事が出来れば。

 

 

そうして〝ホロウ・ストレア〟となってから二ヶ月後、彼女は初めてウェーブと対峙した。ウェーブから認識され、警戒しているとはいえ真っ直ぐに見つめられて身体が火照る。ドン引きされてしまったが腕を斬られた痛みさえ、その時の彼女にとっては嬉しかった。こんな状況では自分の気持ちを伝えられないと捕まっていた〝ホロウ・ウェーブ〟と〝ホロウ・PoH〟を回収して立ち去った。

 

 

そうして日を改めてウェーブに想いを伝え、断られた。

 

 

断られた時には悲しかったが、それは自分がAIだからでは無くて他の理由から来るものだった。それに共感し、今は引き退る事にしたが時期が来ればまた自分の気持ちを伝える事を決めた。

 

 

しかし、その時に〝ホロウ・ウェーブ〟が暴走。ユウキとシノンを襲おうとしたのだ。それは直前で間に合ったウェーブによって防がれたが、この事をウェーブは酷く後悔し、下手をすれば人として終わりかねない程にストレスを受けてしまった。奇しくもカーディナルの本命がここで達成された。

 

 

もう1つの目的であるキーモンスターの役割を果たせば与えられた命令は終わりだ。MHCPである〝ホロウ・ストレア〟は大丈夫だろうが

、使い捨てで作られた他のホロウたちは役割を果たせば廃棄される事になる。

 

 

だから〝ホロウ・ストレア〟はホロウたちに対して、したいように行動するようにと告げた。せめて悔いを残さないようにと願って。

 

 

結果、〝ホロウ・ウェーブ〟は倒された。ユウキとシノンへの仕打ちで生き地獄でも味わうのかと思ったが、ウェーブの様子からするにそんな事はされなかったらしい。他のホロウたちはまだ戦っているがカーディナルから伝えられる状況は良くない。時期に倒されてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次は自分の番だと〝ホロウ・ストレア〟は感じていた。

 

 

ウェーブは〝ホロウ・ウェーブ〟がドロップした〝妖刀・不知火〟を握り、〝ホロウ・ストレア〟に挑んでいた。2メートルもある〝妖刀・不知火〟と1メートルの〝妖刀・村正〟の二刀流なんてふざけているようにしか思えなかったがそうでは無かった。今のスタイルこそがウェーブの自然体なのだと嫌でも理解させられる。

 

 

間合いの違う二本の刀が巧みに操られる。〝妖刀・不知火〟の間合いを潜り向けて詰め寄ったと思えば、そこから〝妖刀・村正〟が飛んで来る。しかも途中で左右の刀を入れ替えながら、変わらない太刀筋を見せて来る。

 

 

そして何より、追いつかない。刀という武器なので受けずに回避しようと考えるのは分かる。その回避すらも攻めの回避なのだ。研鑽に研鑽を重ねた歩法により死角から死角に飛び込み、跡を追っているはずなのに見失う。AIの情報処理能力まで使っているのに、それでも追いつかない。今生きていられるのはこれまで観てきた観測記録からウェーブの次の手を予測しているからだ。

 

 

それも時期に通じなくなるだろう。それを予測では無くて何の根拠もない予感で察する。予測が間に合わず、ウェーブに斬られて終わり。それが〝ホロウ・ストレア〟の未来だ。

 

 

しかし、だというのに〝ホロウ・ストレア〟には負ける事に対する恐怖は無かった。MHCPだからでは無い。今この瞬間、ウェーブが自分だけを見ている事が嬉しくて堪らないのだ。

 

 

ウェーブがユウキとシノンの愛に応えた事はカーディナルを通して知っている。その事を嫉妬した。でも、今だけは自分がウェーブを独占出来ている。視線も、感情も、殺意も、全てが自分だけに向けられている。だから嬉しくて嬉しくて、この時間がもっと続いて欲しいと足掻く。1分でも、1秒でも長くこの時間が続いて欲しいと。

 

 

だがそんな時間は終わりを迎える。振り下ろした両手剣の一撃をウェーブは完全に見切って鼻先に触れるか触れないかの所で回避、そして腕を一閃した。

 

 

「あーーー」

 

 

両手剣の柄を持ったまま身体から離れる腕を見て間抜けな声が出てしまう。鎧ごと綺麗に両断された腕の傷口からは遅れて血が噴き出す。

 

 

続け様に両足を断ち切られた。

 

 

下腹を断ち切られた。

 

 

「ーーー終わりだ」

 

 

そう静かにウェーブは呟き、達磨になった〝ホロウ・ストレア〟を〝妖刀・不知火〟と〝妖刀・村正〟で切り裂く。胴体に刻まれた大きな×印、そして遅れて咲くのは鮮血の華。ここに〝ホロウ・ストレア〟の蜜月は終了する。

 

 

HPゲージはまだ僅かに残っているものの出血状態による継続ダメージですぐに尽きるだろう。〝ホロウ・ストレア〟には手足が無いので治療する事も出来ない。ホロウたちの助けがあれば助かったかもしれないが〝ホロウ・キリト〟はキリトから〝スキルコネクト〟によるソードスキル15連撃を叩き込まれ、〝ホロウ・PoH〟はPoHにより解体されている最中、〝ホロウ・ヒースクリフ〟は〝アルゲート〟にいるヒースクリフの元に向かったので助けは望めない。

 

 

詰み以外の何でも無かった。

 

 

「はぁ……疲れた」

 

 

〝妖刀・不知火〟と〝妖刀・村正〟を鞘に納め、ウェーブはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。ダメージこそは無いが心意を使用しての〝ホロウ・ウェーブ〟との戦闘から連戦だったのだ。精神的な疲労があっても当然だろう。

 

 

「大丈夫?」

 

「ストレア、ゴメンけど2人に先に行くように言ってきてくれないか?俺は五分休んでから行くから」

 

「うん、分かったわ」

 

 

自身の正体を知った事で酷く動揺していたストレアだったが、ウェーブからの励ましと時間が経った事である程度持ち直したらしく、ウェーブの指示に従ってキリトとPoHの元に向かっていった。

 

 

「ねぇ……トドメを刺さないの?それともそういう趣味?」

 

「こう見えて結構限界なんだよ。それに、敵とは言え俺を好きだと言ってくれた奴を瞬殺してハイ終わりなんて最低だろうが。結局は殺さないといけないにしてもな」

 

 

だから、と続けてウェーブは疲れた身体を引き摺り〝ホロウ・ストレア〟の元に辿り着くと、血に汚れるのにも構わずに〝ホロウ・ストレア〟の事を抱き締めた。

 

 

「ーーー」

 

「こうして、死ぬまでは側に居てやる。それが俺がしてやれる事だ」

 

 

身体のほとんどを欠損した事で〝ホロウ・ストレア〟の身体はすっぽりとウェーブの腕の中に納められる。血が流れ出して、それと同時にHPが減っていくが、そんな事よりもウェーブに抱き締められているという事実が〝ホロウ・ストレア〟の思考を埋め尽くす。

 

 

「あぁーーー」

 

 

ウェーブに抱き締められた事でウェーブの体温が感じられる。考えてみればこれが初めての直接の触れ合いだった。それが〝ホロウ・ストレア〟ーーーMHCP-003にとっては何よりも嬉しく、

 

 

「ーーー次に会った時に、またこうして抱き締めて」

 

「あぁ、約束だ」

 

 

死の間際までその温もりを堪能し、自分の最後を愛した人に看取られながらMHCP-003はカーディナルから与えられた役割を終えた。

 

 

 






〝ホロウ・ストレア〟撃破。〝ホロウ・ウェーブ〟が満足しながら逝った様に、〝ホロウ・ストレア〟もウェーブに抱き締められながら逝くというハッピーデッドエンド。



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