闘争こそ、我が日常也て   作:鎌鼬

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ニューワールド

 

 

「ーーーバグの発生は無し。ありがとう、君の協力感謝するよ」

 

「感謝の言葉よりも感謝の品を寄越せーや」

 

 

目の前に立つ白衣姿の老け顔の青年ーーー茅場晶彦の言葉を一刀両断して、催促するように手を出す。それに対して茅場は呆気にとられたような顔をして、呆れたように肩を竦めた。

 

 

「まったく、君は急ぎ過ぎていると言われないかい?」

 

「そりゃあ急ぐに決まってるだろうが。後三時間程でサービス開始なんだぞ?ここから我が家までの時間を考えると少しでも早く帰りたいと思うのは普通だと思うんだが」

 

「確かにそれもそうだな……これが約束の物だ」

 

 

そう言った茅場から差し出されたのはSF映画に出てきそうな近未来的なフォルムをしたヘルメットのような物ーーーナーヴギアとナーヴギア専用のゲームソフトが三つずつ。それを箱から出して本物かどうかを確認し、予め持ってきていた大き目のバッグの中に全て納める。

 

 

「ナーヴギアの一つは君が使っていたものだ。SAOのデータはこちらでバックアップを取って初期化してあるがアバターのデータは残してある。これで君も一プレイヤーとして楽しむことが出来る」

 

「確かに、しっかりと受け取ったぜ。金の方はいつも通りに口座によろしくな」

 

「まったく君も無茶を言ってくれる。手伝う条件にナーヴギアとSAOを要求するとは」

 

「それでも構わないと言ったのはそっちだろうが。まぁ、少し無茶を言ったかな的な感じはしたけど後悔は無かったし」

 

「少しはしてくれよ……だが君の協力でSAOが完成したことは事実だ。ありがとう、君のおかげで私の夢見た世界は完成した」

 

「ん……俺も経験出来ないことを経験出来て楽しかった。SAOの続編を出そうって言うのならまた誘ってくれや。いつでも動作確認の実験台(モルモット)になるぜ」

 

そう言ってバッグを背負い、研究室から出る。最後に見た茅場の瞳に、決心した様なものを感じ取りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

 

 

茅場の研究室からバイクを吹かして30分ほど、住宅地にある〝(さざなみ)〟と書かれた表札の家の玄関を開ける。

 

 

「ーーーおかえりー!!」

 

 

すると眼前が唐突に暗くなり、頭部をガッシリと固定されて胴体に足を巻き付けられて張り付かれた。感じ取れる体重と飛びついてきた時の声から誰がこれをしているか理解して上半身を仰け反らせてから思いっきり前と振る。

 

 

「ヒギィ」

 

「はぁ……元気なのは大変結構だが少し落ち着けや木綿季(ゆうき)。慌てんでも時間はあるし、実物は確保してあるんだからよぉ」

 

「だって〜!!不知火(しらぬい)だって知ってるでしょ!?ボクが今日という日をどれだけ楽しみにしていたのかを!!」

 

「知ってる。心底ウゼェと思うくらいに聞かされてたから」

 

「酷いこと言われた気がするけど気にしない!!さぁ早くSAOを!!プリーズプリーズ!!」

 

「待て待て、ステイステイ。詩乃(しの)はどうしてる?」

 

 

歯を剥き出しにして襲いかねない黒髪を伸ばした少女ーーー紺野木綿季を犬の様に宥めながらSAOを茅場から強請ってきた理由のもう1人のことを尋ねる。

 

 

「えっと、詩乃なら買い物してくるって。もうそろそろ帰って来るんじゃないかな?」

 

「ーーーちょっと、玄関で何してるの?」

 

「噂をすればだな」

 

 

少し不機嫌そうな声を聞いて振り返ればそこにいたのは木綿季と同じ黒髪だがショートで眼鏡をかけた少女ーーー朝田詩乃が立っていた。

 

 

「悪い、帰っていきなり木綿季に飛びつかれて退く暇が無かった」

 

「不知火!?」

 

「はぁ……木綿季、貴女が楽しみにしてたのは分かっているけどもう少し落ち着いてちょうだい。不知火だって仕事帰りで疲れてるんだから」

 

「ここに味方はいないの……」

 

 

何処かからるーるーとか聞こえてきそうな雰囲気を出しながら木綿季は壁に体育座りで向かい合う。しばらくすれば元に戻るのは分かりきっているのでそのまま放置し、詩乃が手に持っていた買い物袋を受け取って代わりにナーヴギアとSAOのソフトが入ったバッグを渡す。

 

 

「ナーヴギアは新品のを2人で使ってくれ。事前の準備に関しては説明書入りだから分かると思うけど分からなかったら聞いてくれ」

 

「準備に関してはネットで調べてあるから大丈夫だと思うわ。あと、お風呂が用意してあるから入ってきたら?どうせ向こうじゃシャワーで済ませてたんでしょう?それに冷蔵庫に昨日の残りが入ってるから食べて良いわよ」

 

「オカン……」

 

「誰がオカンよ」

 

「詩乃はボクたちのお母さんだった……?」

 

「木綿季、貴女今晩の夕飯のオカズ一つ無しね」

 

 

木綿季の悲鳴を聴きながら冷蔵庫に詩乃が買ってきた物を入れ、風呂に入る。

 

 

苗字から分かると思うが2人とは血の繋がりは無い。

 

 

木綿季は母の親友の娘で、医療問題によって一家全員がHIVに感染。偶々骨髄バンクに登録していた俺と木綿季の骨髄が一致した為に木綿季だけは奇跡的に完治したが木綿季の両親と姉は未だに闘病生活を続けている。このままだと木綿季は施設に入れられるか、面識の無い親戚に預けられることになるのを不憫に思った母親が引き取ることにしたのだ。

 

 

まぁ、母は職業柄海外を飛び回っているのでほとんど面倒は俺が見ているが。

 

 

詩乃は爺さんの友人の孫娘で、父親は交通事故で死亡。母親はそれが原因で精神を病んでしまい、さらに詩乃が小学生の時に起きた強盗事件に巻き込まれたことで心に深い傷を負った。それは詩乃も同じで、正当防衛として扱われたとは言っても母親を守る為に強盗犯を殺してしまったのだ。詩乃の祖父母はどうにかしたかったらしいのだが彼らの気質や性格では強く当たる事しか出来ず、爺さんに相談した結果比較的年が近い俺と関わらせる事で少しずつでも立ち直らせようという結論に至った。

 

 

良い話の様に聞こえるが資金的な援助はあれど実際は俺に丸投げである。

 

 

だがそんな環境下で育ったので血の繋がりは無いと言っても俺たちは下手な家族よりも家族をしていた。社会人な為に昼間は家を空けているが帰ればおかえりと出迎えてくれるし、休日になればショッピングや遊園地などに出掛けたりもしている。

 

 

そんな2人の為に、そして前々からナーヴギアに興味があったので茅場に誘われたSAOの開発に協力して、茅場からSAOを人数分融通してもらったのだ。一番楽しみにしていたのは木綿季で、詩乃は表面上は興味なさげにしていたが密かにパソコンでβ版のSAOの評価を探していた事は知っている。

 

 

そのことを言ったら顔を真っ赤にして逃げ出され、夕飯が沢庵と白米だけにされたのだが。

 

 

「……よし、これで良いんだっけ?」

 

「えぇ、これで事前の準備は終わったわ。あとはサービス開始まで待つだけよ」

 

「あと30分か。人生で一番長い30分になりそう……!!」

 

「少し落ち着きなさい」

 

 

詩乃にチョップされて頭を押さえながら涙目になっている木綿季と、落ち着けと言いながらチラチラと時計を確認している詩乃を見て思わず可笑しくなってクスリと笑ってしまう。

 

 

あぁ、茅場に無理を言って用意してもらって本当に良かった。

 

 

「用意は出来たみたいだな?」

 

「バッチリだよ!!」

 

「これでサービス開始されたらアバターを作ってログインすれば良いのね?」

 

「あぁ。前情報から知ってると思うけどSAOってのは()()()()()()()()()()()()()。その気になれば性別とか反転させて好き勝手な身長でプレイすることが出来るけどそうしたらリアルとの誤差で違和感が生じるからオススメしない。まぁ数センチなら良いけど10センチ以上差を付けようと思ったら違和感とか覚悟しておいた方が良いぞ」

 

「流石、開発に携わっただけの事はあるわね」

 

「携わったって言ってもアバターの動作の確認やらで半ば実験台(モルモット)だったけどな」

 

 

興奮しまくっている木綿季がほとんど暴れてくる様な感じで戯れついてくるのでそれをいなしつつ、詩乃からの質問をネタバレしない程度で答えながら時間を潰してるとサービス開始まで5分前となった。

 

 

家族同然に過ごしてきたとは言っても2人と同じ部屋で始めるのには社会的に問題があると思って自分の部屋に戻ってナーヴギアを装着、ベッドに横たわり体を冷やさない様にタオルケットをかけてサービス開始まで待つ。

 

 

「ーーーリンク・スタート」

 

 

時間になった瞬間に音声システムによってナーヴギアを起動させる。閉じていた視界がグレーからプリズム的な輝きに変わり、自分の意識がどんどん潜行していくのを感じる。

 

 

体感的には分単位だが実際には数秒ほど潜行して辿り着いた先は中世のヨーロッパ的な雰囲気を醸し出している石造りの部屋。正面には扉が、右手側の壁には大きな姿見があり、そこにはプレートがかけられていてここでアバターを作る様に指示されている。

 

 

姿見で現在の姿を確認してみれば、それは茅場の元でSAOの動作確認の為に作ったアバターと同じ姿だった。体格はリアルを基準としたもので身長は178センチ、肉付きは肥えていないが細すぎる訳でも無いいわゆる細マッチョな肉体。気怠げで、眉間にシワが寄っているので悪印象を与える目付き。髪はリアルの黒色とは違ってアッシュグレーにして肩甲骨辺りまで伸ばして紐で束ねている。

 

 

「ん、変わりないな」

 

 

リアルとの齟齬を確かめるように手を握ったり開いたりし、屈伸を何度か跳躍を何度か繰り返して確かめる。齟齬の修正を粗方終え、問題なしと判断して正面にあった扉を開きSAOの世界ーーーアインクラッドへと踏み込んでいった。

 

 

 






ユウキチ生存、シノノンメンタル強化という優しい世界。

リアル重視したSAOという修羅道チックな世界。


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