森が鳴き、雨が地面を叩く。風が吹き、葉っぱが騒めく。耳障りな音楽を鳴らすキザキのもりで、俺達は静かに時間を過ごしていた。
ジュプトルは俺の差し出したオレンの実などには目もくれず、俺の瞳を射抜くようにずっと見つめていた。ジュプトルの瞳には、迷いが見て取れた。
「………安心してくれ、お前がどんな事情があろうと、俺達は並大抵の事情じゃあ驚かない」
「………………………………わかった、話そう」
決意したようにジュプトルは俺が差し出したオレンの実を受け取り、一口齧った後に続けた。
「信じられないと思うが、俺は未来から来た」
「へぇ、そうですか」
「………あまり驚かないんだな」
「まあ、突拍子の無い話はとうに経験済みですからね」
話に加わったリフルはチラリと俺の方を見た。確かに、未来から来たという話も、元々人間だという話も突拍子もなく、信じ難い話だよな。
ジュプトルは少し不思議そうな顔をしたが、話を続けた。
「…俺達のいた未来の世界は滅びてしまっているんだ」
「滅びている…?」
リフルの表情が曇る。まるで、知っていたかのように。
「未来の世界では、日が昇らず、風も吹かず、昼も無く、夜も無い。まさに、時が止まった世界だ」
「時が…止まる」
リフルも同じ事を考えついたようで、俺達は時の歯車に目を向ける。
「時の歯車が全ての場所で、取られてしまったのか?」
ジュプトルは静かに首を振る。違うとは思ったさ、ジュプトルが時の歯車を取ろうとした意味が繋がらないからな。
「遠くない未来、時限の塔が崩壊する。その影響で、各地の時が止まっていくんだ…」
「時が止まるって…時の歯車は…!?」
「時の歯車を統べる大元の時限の塔が崩壊してしまうんだ」
「時の歯車もそれに伴って、崩壊する…」
「それ故に、未来世界の時は止まってしまう」
にわかには信じ難い話だ。
「それでどうして時の歯車を集めているんだ?」
「崩壊しつつある時限の塔に時の歯車をおさめると、その崩壊は食い止められるんだ」
「しかし、時の歯車を取ってしまったらそこら一帯の時は止まってしまいますよね?」
「ああ、確かに止まる。だが、時限の塔に時の歯車をおさめれば、時もまた動き出す。一時的なものだ」
リフルは顔を顰めて考え込む。無理もない、正直ジュプトルの話を聞こうといった俺もあまりにも荒唐無稽な話だ。
「だが、その話が創り話だったとしたら、考え得る事はジュプトルは世界を時の停止に追い込もうとしている…という事になるが…」
「それは、無いと思いますね」
未だジュプトルの事を信じ切れていないリフルだったが、そこだけはすぐさま否定した。
「ジュピタと私は刃を交えて」
「ジュピタって俺の事か…?」
リフルは勝手にアダ名を付ける事がある。プクリンのギルドのペラップをペップーと呼んだりしてるし。
「絶対に負けられないって意志を感じました、まあ私が勝ちましたけど」
ジュピタの顔が引き攣る。いつもながらリフルは痛い所を突く。
「彼には、狂気的な感じもしませんし、そこらへんは信じてもいいと思います」
「そうだな。…だが、ジュピタはそれが成功した後はどうするんだ?未来世界に帰る方法はあるのか?」
「…いえ、恐らく帰る方法は無いでしょうね」
「…ああ、そうだ」
「どうしてだ?未来からこの時間軸に来た時のように、帰れないのか?」
「目的が目的だからですよ。彼の目的は、未来世界の時の停止を喰い止める事。つまり、目的が達成された暁には未来世界はどうなります?」
「そりゃあ勿論、時の動く未来世界だろうな」
「しかし彼は時の動かない未来世界から来たんですよ?」
時の動かない未来世界(Aとする)からジュピタ(A)はこの世界(a)にやって来た。この世界(a)はこのままだとこの世界(a)は未来世界(A)と同じになってしまう。それを喰い止める為に、時の歯車を集めて時限の塔におさめる事で、世界(b)が出来、未来世界(B)が出来る。未来世界(A)の世界の者であるジュピタは未来世界(B)に帰る事が出来ない。こういう事だろうか?
「所謂、タイムパラドックスって奴ですよ。時の歯車をおさめて、時の動く未来世界になるこの世界に、時の動かない未来世界のポケモンは居られない…つまり、消える事になりますね」
「…その通りだ。だが、お前は少し知り過ぎじゃないか…?」
「師匠が良いポケモンだったので」
その師匠って、前に話したあのポケモンの事だろうか?
「…いや、受け流していたが…時の歯車をおさめるとジュピタは消えるのか?」
「…ああ」
「だが、他の未来世界の者達の事はどうなんだ?」
「…確かに、俺の考えに反対する者もいる。だが、俺はやらなければいけないんだ…」
「…半数以上会ったことのないポケモン達にお前は未来を託すのか?」
「………ぐっ…!」
ジュピタの顔が苦痛に歪む。
「…別に私は、貴方がやりたければやれば良いと思うんですけどね」
そんなジュピタの顔を掴んで、リフルはジュピタと顔を合わせる。
「例え貴方が消えようとも、ここで出会った貴方との記憶は消えませんし、貴方の意志は消えたりしません。大切なのは、貴方が今ここにいる時に、生きている時に何を出来たかではありませんか?」
「……………………………」
「これから訪れる未来に、貴方達の意志が礎となっている事を、私やビートは忘れはしませんよ」
リフルの言葉に先程とは打って変わってジュピタの表情に決意が灯る。
「…それでジュピタはこの後も時の歯車を探しては、取っていくんだな?」
「ああ、それしか手はないからな」
「未来世界の者じゃない私達は力にはなれそうにないですけど、忠告だけはしておきます」
時の歯車を取る事が危険視されてるこの世界でこの世界に暮らす俺達(俺は少し微妙だが)が、ジュピタの時の歯車集めに協力してはこの先生活しにくいからな…
「…なんだ?」
「貴方、不意打ちに弱過ぎです。どんな時でも不意を打たれても冷静であるべきですよ、私みたいにね」
リフルはちょっと誇らしげに忠告をする。ジュピタはそれに苦笑しながらも大きく頷いた。
「ああ、お前達のようなポケモンに会えて良かった」
「俺たちも出来る限りの協力はしてみよう。とりあえず、餞別だ」
俺はジュピタにひかりの玉を手渡す。もしかしたら何か使えるかもしれないからな、決して自分が有用に使えそうにないから厄介払いした訳ではない。
「…それじゃあ、取るぞ」
「はい、私達は何も見てません」
ジュピタがそう言って時の歯車を取る。すると…
「離れておけ、巻き込まれないとは限らない」
言うが早く、ジュピタは時の歯車を抱えて走り出す。そして俺達は別の方向へと走り去っていく。
後ろを振り向くと、森は鳴き止み、雨は地面を叩かず、風は吹かず、葉っぱは騒めかない。そんな光景が広がっていた。ジュピタの言う事を信用はしたが、しかし、この光景を見ると少し後悔しないと言ったら嘘になる。
「“Jacta alea est”…とうに賽は投げられたんです、後悔する暇なんてありませんよ」
「………ああ、そうだな」
ジュピタの姿はとっくに消えていた。
▼▽▼
住処に戻った時には雨は止んでいた。身体には疲れが鉛のように纏わり付き、俺は泥のように寝床についた。
しかし、身体は休息を求めているはずなのに、俺の頭は寝ようとはしなかった。それもそのはずだ、今日の出来事が突飛的で、非現実的な出来事で俺は考え事が止められなかった。
リフルの方を見ると、すでに寝ている筈のリフルの姿が無かった。それで外に出てみると、いつも日光浴している場所でリフルは月光浴をしていた。
俺はリフルの隣にそっと座った。
「…眠れないんですか?」
「…リフルもだろ?」
リフルは小さく頷く。そして、雨上がりの星々が輝く夜空を見上げる。
「もし、世界の時が停止していれば…この景色を見れなくなるんですよね」
「…どころか、リフルの毎日の日課の日光浴すらも出来なくなるな」
「色んなダンジョンに行って、ビートと一緒に様々な景色を見ることも、叶わなくなるんですよね」
「…………そうだな」
「それでも…私は彼の言う事を信じ切れない。自分でああ言っておきながら、私は彼を信じれないんです…」
俺が元々人間である事を信じてくれたのも、その事実が真であれ偽であれ、実害が何もないからで、この場合は…偽であるととんでもない事だからな。
「実は彼が未来世界からやってきて、この世界の時を停止させ…そしてまた未来になって過去に戻って、その世界の時を停止させる…そんな仮説が浮かんできては消えないんです…!」
リフルの身体が震えている。そんなリフルを俺は抱きしめる。
「…ジュピタが信じ切れないなら…俺を信じてくれないか?」
「ビートを、ですか…?」
「ああ…俺はあいつを信じる事にした。騙されていたなら、それは俺が悪い。そう思う事にした。そんな俺を…信じてくれないか…?」
「………ビートはこの世界のポケモンじゃないかもしれないじゃないですか…」
本当にリフルは痛いところを突く。だが、俺の言葉は無意味じゃ無かったようで、リフルの身体の震えはおさまっていた。
「…でも、私もビートなら信じれます。ビートとなら、どんな結末でも乗り越えられます」
リフルの見せた笑顔は、今まで見せたどんな笑顔よりも可愛く、そして純粋なものだった。
(原作)
主人公達の遠征→主人公達が帰還→大雨→ジュプトルが時の歯車を盗む
(これ)
主人公達の遠征→大雨→ビート達の冒険→ジュプトルが時の歯車を盗む→主人公達の帰還→大雨
…うーむ