懐かしい夢を見た。
私が生まれて間も無く、鳥ポケモンに連れ去られ、そしてこの場所に落とされ、あのポケモンと出会った時の話だ。
落とされた場所はまだ未踏の地であった温泉だった。その為無事だったのだが、そのせいか今もあまり水は好かない(草タイプなのに)
温泉に落とされた私はただ温泉に浸かりながら、空を眺めながらボーッとしていた。何をすればいいか、そんな事幼心でわかる訳あるまい。
雲の動きを眺めて数時間。いい加減、身体もふやけそうだったので、温泉から出て、何の当てもなく歩き出した。その時はポカポカとしたいい天気で本当に良かったと思う。
歩き続けると、1つの村に着いた。決して裕福では無いが活気のある良い村だった。お腹の空いた私は、畑に生えてあるオレンの実を見つめながらも、それを食べるという事はしなかった。
しかし、ここ数時間何も食べずに動いている私に限界が訪れたようで、私はその場にへたり込んでしまう。キューっと言うような腹の音にただどうしようもない感覚が限りなく嫌だった。
「そこのお嬢さん、どうしたのかな?」
動かない事でカロリーの消費を抑えようと幼いながらも考えついた私に、誰かが話しかけたのだ。もう随分昔の話で、私はそのポケモンがどんなポケモンだったかは靄がかかったように思い出せない。
「………」
「…成る程、お腹が空いているんだね?」
その時の私は言葉を完璧に理解出来ていなかったから、そのポケモンの言葉にただ反応して向いただけで、何を言っているのかはさっぱりだった。しかし、それでもそのポケモンは私が空腹で動けない事を理解し、大きなリンゴを差し出したのだ。
私にくれたものだ、そう理解した私は大きなリンゴを齧る。空きっ腹にも刺激を与える事のない丁度良い食糧だった。
「君はどこから来たのかな?」
リンゴを食べ終えた私に、笑顔で話しかけるそのポケモン、純粋に私の事を心配してくれていた。だけども、私はそのポケモンの言っている事は分からない。
「埒があかないなぁ」
少し困ったような顔でそのポケモンは私の頭を撫でた。暖かい手で、落ち着いた私は糸が切れたように意識を失った…
▼▽▼
「おそようだな、リフル」
目を覚ますと私の枕元でこちらを見下ろすビートがいた。
「おそようって…まだ朝じゃないですか」
「リフルにしては、だな」
夜明けと共に目を覚ます私にとってはとうに日が昇っている今の時間に起きるのは確かにおそようとも言えるかもしれないけれど。
「それで、今日はどうするんだ?お尋ね者でも捕まえに行くか?」
朝には似つかわしくないテンションでビートはこちらを見つめる。
「…いえ、今日は無理ですよ」
先日、パッチールのカフェで聞いた話だけども、プクリンのギルドは本日遠征に向かうらしい。プクリンのギルドではちょくちょく遠征に向かって行くのは知っていたが、今回はどうやらギルドのメンバー全員で行くらしい。
前回や前々回などは、遠征のメンバーに選ばれなかったその他の者はトレジャータウンのガルーラに愚痴っていたりと、中々の沈み具合だったが、今回は全員という異例の自体で留守番するメンバーもいない為に、遠征中はプクリンのギルドは出入り不可となっている。
その為、トレジャータウン周辺を拠点とする者は依頼を受けるのが少々面倒になる。だから、今日は依頼を受ける事は出来ないのだ。
その事実を知ったビートは、まるで遠征のメンバーに選ばれなかった者並みに沈み込んでしまった。目を覚ましている内はダンジョンに行こうダンジョンに行きたいと言うビートには、酷な現実だろうけど。
「…じゃあ、新しいダンジョン行きます?」
「本当か!?」
まぁ目を輝かせてはしゃいじゃって本当に…。
「いつしか、この世界の3大タブーについて話した事がありますよね?」
「ああ、1つはポケモン殺しだったな」
「今日は残りの2つの内、もう1つをお話ししましょう。さ、キザキのもりにいきますよ」
アイテムの詰まったポーチを肩に掛け、私達はキザキのもりへと向かう。
外に出ると、天気は生憎大雨だった。
▼▽▼
「よいしょっと…」
ヘルガーが消えたのを確認し、俺はホッと一息をついた。
「炎技を無効化してきた時はヒヤリときたな…」
「雨が降っているとはいえ、ヘルガーは炎悪タイプですし、私はあまり戦いたくない相手なんで、もらいびを発動させないで下さいよ」
リフルからの非難の顔を受け流しながら俺達は再び進み始める。敵も一筋縄ではいかなくて、大変だが手応えがあるとやはり楽しいな。
しかし、雨が降っていると炎タイプの技の威力が低下してしまうとは…また1つ勉強になったな。
「そういえば…」
「…なにか?」
「セカイイチを取りに行った時、食恐棒に絡まれたんだが」
「食糧恐喝泥棒の略称ですか?…続けて下さい」
「その時、ドラピオンって奴が、変なリボンを持ってたせいでちょっと窮地に陥った訳なんだが…あれってなんだ?」
「………………………」
リフルは俺の言葉の意味を解析しようと少し押し黙った。
「………スコルピのリボンですね。スコルピ、ドラピオンが持った時のみ、近くから攻撃した相手を影踏む状態にする効果がある道具です。…それを聞きたい訳じゃないんですよね?」
リフルの言葉に俺はコクリと頷く。それは聞いた。
「専用装備というやつですよ。手に入りにくいし、手に入っても自分には無意味な物という可能性もあります」
「俺の専用装備もあるのか?」
「さあ?少なくとも、私も私の専用装備なんて聞いた事無いですし、無いポケモンもいるんじゃないですか?」
不意打ちしてきた相手に大ダメージを返すとか、状態異常になると攻撃力が滅茶苦茶上昇する、とかあったら嬉しいんだが…
「閑話休題です、目的地に着きましたよ」
リフルは俺の方に振り返り、とある方向に指をさした。リフルの指差す先には、幻想的な歯車と不思議な紋様が宙に浮かんでいた。
「………………あれは…?」
「あれは、時の歯車と呼ばれる物です」
「時の…歯車…」
「ここら一帯の時を守る歯車…それ故、この歯車を取ってしまうと…」
「ここら一帯の時が止まると」
リフルは大きく頷く。
「だから、どんなに悪いポケモンでもこの時の歯車は取りません」
「そして、この歯車を取る事が3大タブーの内の1つだという訳だな?」
「はい、そうです」
リフルはそう言うと、俺を近くの茂みに押し込んだ。突然の事で何が何だかわからなかった俺は、リフルのされるがままだったが、正気に戻った俺は茂みから飛び出そうとした。
「…駄目です」
それをリフルは俺を再び押し込み、リフルも茂みに潜り込んだ。
「誰かが近付いてきてます。やましい事は何も無いですけど、一応隠れておきましょう」
耳を澄ませると、確かに何者かがこちらに近付く音が聞こえる。リフルの意図がわかった俺は、茂みの中で息を潜めていた。
少し経つと、ジュプトルが姿を現した。そのジュプトルは時の歯車を見つけると、口角を上げて、嬉しそうな顔を浮かべた。
「これが…時の歯車…」
そう言うとジュプトルは驚くべき行動を取ったのだ。
「これで、1つ…!」
時の歯車に手をかけ、時の歯車を取ろうとしたのだ。しかし、その瞬間にジュプトルの手をエナジーボールが弾く。
「………貴方、何をするつもりですか?」
いつの間に飛び出していたリフルはジュプトルと対峙していた。奇襲に少々ダメージを負ったジュプトルだったが、リフルを見ると戦う構えを取った。
「…ふん、やはり簡単には取れないか」
「時の歯車は時を統べる重要な物、例え何者だろうと、取らせはしません!」
リフルはジュプトルとの間合いを詰め、素早い手刀を繰り出した。ジュプトルはリフルの手刀を受け止め、そのまま投げ飛ばす。投げ飛ばされたリフルは空中で体制を整え、大量のエナジーボールを宙に浮かばせる。
「
リフルが緑の流星群と言った技は、エナジーボールを大量に発現させ、そして全てのエナジーボールを相手に叩き込む技…なのだろうか。…型に嵌っていた俺の技じゃ、思いつかなかった事だし、リフルの戦いを見るのも初めてだ。茂みの中で俺は観戦しておこう。…多少、疑問があるしな。
エナジーボールがジュプトルに着弾する、直前。ジュプトルは全てのエナジーボールをリーフブレードで叩き斬ってしまった。リフルの強さは未知数だが、ジュプトルもリフルと同様…どころかそれ以上という可能性もある。
あらぬ方向に飛んでいったエナジーボールが、木々を倒し、葉を散らす。葉っぱがジュプトルの姿を隠し、次の瞬間にはジュプトルの姿が消えていた。リフルは一瞬、時の歯車の方を見る。確かに、ジュプトルの狙いは時の歯車、今の隙に盗むのかもしれない。そう思ったリフルや俺を嘲笑うかのように、穴の中から出てきたジュプトルがリフルに電光石火を決める。ジュプトルの勝利は明白…
しかし、リフルの幾重にも重なる策略にはジュプトルは勝てなかった。リフルが時の歯車を見た瞬間、最も警戒が薄くなるであろう自分の真後ろにばくれつのタネを放り投げていたのだ。
「グハッ!」
「ばくれつのタネ、見えなかったんですか?…ああ、穴に潜ってましたもんね」
爆発をモロに喰らったジュプトル、ダメージはなかなかのものだ。しかし、足元は若干ふらつきながらも、ジュプトルは戦う意志を失っていない。
「俺は…ここでやられる訳にはいかないんだ…」
「そうですか、ですがお生憎様御愁傷様です」
ジュプトルにエナジーボールを放り投げ、ダメージを喰らっていたジュプトルはそれで地面に伏してしまう。それに対し、リフルはトドメと言わんばかりに尻尾を叩きつけようとする。
それを俺は受け止めた。リフルだけではなく、倒れたジュプトルも、俺の登場に驚いている。
「何をしているんですか!そいつは時の歯車を取ろうとした重罪ポケモンです!!タダじゃ、済ませられません!」
「ああ、だからだ。だからこそ、おかしく感じないか?」
いつになく焦った表情のリフルとは対照に、俺は冷静に話を進めていく。
「取ってしまえば、周辺一帯の時が止まってしまう時の歯車。だから誰も取ろうとはしない…そこまで危険な物だと、わかっているはずだ。それなのに取ろうとした…ということは、何かあるのかもしれないぞ」
「ですが…どんな理由があろうと、時の歯車は…」
「リフルの言い分だってわかるさ。だが、こいつにだって言い分はあるはずだろ」
俺はジュプトルにオレンの実を差し出す。
「だから、教えてくれないか?お前はどうして時の歯車を取ろうとした?」