第43話 ときはたり
ラッチーが言うには、ディアルガ以外にも時を渡らせる事の出来るポケモンがいるという。その名もセレビィ、時渡りポケモン。どうやら、そのセレビィとやらはきよらかなもりというダンジョンにいるらしい。
しかし、私はそのダンジョンへ向かう前に、自分の元々の住処に来ていた。
「ねぇ、僕が言うのもなんだけどさ……本当にいいの?然るべき場所に預けるとか駄目なの?クチートとか喜んで読み耽りそうなんだけど……」
「これは単なるケジメです。思えば、事あるごとに師匠が遺した著作を頼ってばかりでしたし」
膨大な数の師匠の著作を1冊1冊燃やしていく。確かに歴史的価値はあるのだろうけど、それでも私は1度決めた以上、後戻りは出来ないのだ。若干ジラーチが勿体なさそうな顔で燃えていく本を見ているが、煽ったのはそちらであろう。
それに、正直言うと全ての著作を読み解いたから私には不要になった、とも言えるのだけど。
「まあ、後腐れなく向かうべきだよね。きよらかなもりは最難関ダンジョンの1つだしね」
「最難関……」
それならば断然だ。今回ばかりは自分本来の力でダンジョン攻略していこう。
▼▽▼
きよらかなもりに入った途端、覚えのある脱力感があった。そう、ねがいのどうくつの時とまるっきり一緒だ。最難関ダンジョンと言われ、そうであろう事は推測出来たが、やはりこの仕様は少し抵抗がある。
「リフル、今の内に言っておくけど……アイテムに頼るのも無理だからね」
「はい?自らの経験が0になる以上、アイテムを駆使して知識で戦うべきでは?」
「そういう訳じゃなくてね、ほら、バッグの中見てごらん」
ラッチーにそう言われた私は疑問を抱きつつ、バッグの中に目を通した。すると、私があらゆるシチュエーションを想定をして、その状況に最適なアイテム使いを出来るように組んだアイテムセットが全て無くなっていたのだ。
「これは完全に言い忘れてたんだけど……このきよらかなもりは経験が0になるだけじゃなくて、アイテムすら持ち込めなくて……そして最長ダンジョンでもあるんだ。だからこそ、あいつも2度と御免だと言ってたし……それなのにこんな所に住んでるセレビィは本当に勘弁して欲しいよ……」
ラッチーの言葉は恐らく本当だろう。もっと早く言ってくれれば、心構えが出来たものの……ただ過ぎた事を怒っても仕方ない。
だが、状況は芳しくない。シュミレートした内容はほぼ全て役に立たなくなった。だけども、この感じは、どことなく昔の自分を思い出す。
「ところでさ、ビート君は連れて来なくて良かったの?彼なら絶対協力してくれると思うけど」
「でしょうね、だからこそ今回は甘えません。経験もアイテムも0のこの状況になって私は、喜びを抑えきれないのですから。誰だって、初めはこんな感じですからね」
「まぁ、知識は残ってるけどね。ただ、確かにリフルの言う通りこのダンジョンは初心を思い出させる場所なんだろうね」
襲いかかってきたマタツボミにつるのムチを当てる。しかし、マタツボミはその一撃では倒れず、同じように私につるのムチで攻撃を仕掛けた。
「ラッチーがいなければ、もっと楽しめたのかもしれないですけど」
「ひどいなぁ」
ラッチーが横からねんりきを仕掛け、マタツボミは倒れる。取るに足らない相手でも、ここでは思わぬ強敵になる。それは、ねがいのどうくつでも同じだったけど、ここではアイテム頼りにする事も出来ない。
「……ますます燃えますね」
「リフルって、なんだかんだ言うけど変だよね」
▼▽▼
調査団の自室で、ビートは身体を地面に投げ出し、完全に拗ねていた。
「……なぁ、今日……特訓しねえのか?」
「するよ、僕の私情で君の特訓を怠らせる訳にはいかない、けど……」
先程からずっとこの調子だ。リフルはちゃんときよらかなもりに行く際にビートに一声かけていた。そうしなければ、ビートがついてくる可能性を危惧して。
「リフルの考えもわかるし、今回はそれを尊重したけど……」
「ま、まぁ、リフルの言い方がきつかったのは事実だけど……」
「はああああぁぁぁぁ〜〜〜〜……悲しい」
傷心気味のビートに、アーケンはただ戸惑うばかりだ。そんな中、そこへクチートが現れた。
「なんだ、まだ拗ねているのか」
「拗ね……てますね」
「お前の気持ちはわからんでもないがな」
クチートがビートの前に座る。
「私も、若い時はあいつに苦労させられたよ」
「……あいつ?」
「あいつはいつだって自分勝手で、私の気持ちに気付いてくれない。その癖に、私を捕らえて離さない」
突然の乙女モードのクチートにビート達は唖然とし、ビートは冷静になって佇まいを直した。
「想いがぶつかる事もあるし、すれ違う事もあるだろう。だが、お前とリフルは互いに思いやっている。お前達はまだ子供なんだ、つまらない事で関係が拗れたらこの先嫌だろう?」
「……なんだか、久しぶりに子供扱いされた気がする。でも、確かにそうですね。帰ってきたリフルを笑顔で迎えたいと思います」
「それは良い、お前達の仲の良さは見ている周りも笑顔にしてくれる」
去っていくクチートを見送り、ビートは立ち上がる。
「よし、ウジウジしていてもしょうがないし、特訓しよっか。今日はきよらかなもりで」
「お前諦めてねえな!?」
▼▽▼
随分奥へと進んだ気がする。それでも、まだまだ先は長い。
「今の私達では防御力を下げる技ですら怖いですね」
「特性も厄介だ、特にいかく」
先程、いかくで攻撃力を下げられた上に、しっぽをふるで防御力を下げられた事によって思わぬ長期戦を強いられたケンタロスを省みて、この先もそんな敵が現れると考えると少し気後れする。
「アイテムもぼちぼち集まってきたけど、油断しないようにね」
「いざという時はあなぬけのたまで帰ります」
勿論、それは本当の本当に追い込まれた時の手段だけど。
雑談も程々にして、私達は再び歩き始める。
「……ところで、ラッチーはセレビィとどんな関係があるんですか?」
「関係って言っても、同じ幻のポケモン同士少しだけ親交があった感じだよ。別段仲良かった訳じゃないし、向こうも会ったら『あー、お前かー』くらいの認識だと思う」
「そうですか、自分で言ってましたけど、ラッチーって友達いないんですね」
私の歯に衣着せぬ物言いにラッチーは目に見えて落ち込んだ。
「そもそも、伝説や幻のポケモンっていう存在は普通にそこらへんにいるようじゃ大変でしょ?」
「でもラッチーは調査団のメンバーじゃないですか、どうしてですか」
「君達の願い事を叶えた後に団長が来て、“調査団のメンバーになって欲しい”って願いを叶えただけだよ」
律儀にそんな願いを叶える必要は無いと思うけど、その時のラッチーはきっと何か変えようと思ったのかもしれない。
「僕はね、自分の願いは叶えられないんだ。なのに、皆僕に願いを叶えさせようとするくせに僕の願いは聞いちゃくれないのさ」
「………………」
「僕の願いは単純に“友達が欲しい”だよ。僕の力目的じゃなくて、純粋に僕の事を見てくれる純粋な友達。……そうなると、相手は幻や伝説といったポケモンじゃなきゃ釣り合わないって訳。……だと思ってたんだけどね?」
「師匠が何かしたんですか?」
「あいつは、どんな壁も乗り越えて色んなポケモンと親しかった。誰もがあいつの力になりたいって思っていた、僕を含めてね」
「……まあ、そんな凄い相手に対して喧嘩を一方的に売ってるのがラッチーで、そいつの力を頼らず生きようと決めたのが私ですけどね」
「そう、そこなんだよね。あいつの欠点って。誰しもが力になりたいって思われてる裏に、あいつは誰しもの力になっていた。あいつ自身は“命の炎”という言葉を理由に色々してたけど……いかんせん甘過ぎる」
私の記憶では色々と弄ばれた思い出があるのだが、それでも今五体満足でここにいる理由はきっと裏で師匠がやってたのかもしれない。
「だからこそ、あいつは君を手放したんだろうね。自分が近くにいては君は駄目だと。……その癖に書を残したり他にも色々したり、やっぱり甘い所だらけだったけど」
「……結局この時間軸で私はビートという大切な存在に出会いましたけど、私は彼に甘くしぱなっしです。彼の罪を黙ってるのも、きっと私の甘えでしょうし」
「いいんだよ、彼がやった事は最早誰にも裁けないし。そもそも、君達の場合は互いに厳しくそして甘くしてるんだから。あいつはただ単に甘いだけだった。君はビート君という存在に出会えるように仕向けた事だけはあいつに感謝しなきゃね」
「月にでも感謝しておきます」
真剣な様であまり真剣ではない話を交えつつ、私達は奥へと進んでいった。モンスターハウス、罠、強敵といった苦難に立ち向かいながら、長い長い時間をかけて私達はついにきよらかなもりの1番奥へと到着した。
そして、そこにはラッチーの言っていたセレビィらしきポケモンが倒れていたのだ。