所変わってふぶきのしま。私は寒いのに弱いから、道中はなるべくビートに引っ付いて進んでいた。ダンチョーもジラーチも流石に寒いのか、先程よりは口数が少なくなっていた。
「ビートは炎タイプだからやっぱり寒くないですよね」
「そういう訳じゃないよ、多少なり寒さに耐性があるだけで……そもそも雪山に対して良い思い出がね……」
ビートが目を伏せがちに答える。……やはり、昔の出来事にはそう簡単に決別は出来ないだろう。心の底ではもしかしたら今の幸せな自分を許されるはずが無いと思っているのかもしれない。悪い事をしたのなら、贖罪をすべきだとなるのだろうが、それでも私はビートを悪者にはしたくない。
「やはり炎の島の火山にしておくべきでしたかね……」
「きっと暑くて同じように黙っちゃうよ」
私は暑いのも苦手だから、きっとどちらでも寡黙にはなりそうだが、道中私とビートの仲を散々茶化してきたダンチョーとジラーチの野次を聞かずに済むのは助かる。ビートを茶化しても、ビートはそれを恥ずかしがるような性格じゃないせいで無駄に私が茶化されるから。
「僕もビート君に引っ付こうかな……眠くなってきた……」
「奇遇ですね、私も眠くなってきました」
「………………」
ふらふらとビートに近寄ってきたダンチョーとジラーチの口の中に、出発前キャンディが作ったお手製激苦カゴの実サンドを放り込んだ。
「ゲフッ」
「ゴフッ」
あまりの苦さに彼らは奇妙な声を上げ、そのまま押し黙った。雪山での睡眠は死を意味する(特定のタイプは除く)
「……そういえば、他のメンバーはどうなってるだろう。アウィス、大丈夫かな……」
「ビートが特訓付けてるんでし、大丈夫でしょう」
ビートと出会った当時は、私は師匠にやられた事をビートにそのまま教えていたけど、この前特訓の様子を伺いに行ったら、アウィスが気の毒になるくらいは厳しかった。まぁ、ダンジョン内での油断は思わぬ失敗を引き起こすし、戦えず立ち竦むんじゃ、最悪の場合死ぬ事すら有り得る。愛情の裏返しというか、仕方ない事だとは思うけど。
『……える?』
「ん?何か言いました?」
「いや、僕は何も。ダンチョー達も……何も言ってないと思うよ」
ビートが顔を俯かせながら、惰性的に歩いているダンチョー達を一瞥し、そう答える。私もダンチョー達が言ったとは思えないし……
「……ペンネさん?」
『その声…リフ…ね?』
「……ちょっと聞き取りづらいね、どうかしたんですか、ペンネさん」
『貴方た…はふぶ…のしま…いるの?』
声は途切れ途切れだが、何となく意味は通じる。
「ええ、ダンチョー達と一緒にふぶきのしまに」
『詳し…せ…明している暇…無いの、早…山頂ま…来て!』
「どうやらペンネさんチームはとっくに山頂に到着したようだね」
ペンネさんはチークさんとキャンディの女の子チームだった筈。どうやら何かあったみたいだけど、彼女達が何者かにやられるっていうのは考えにくい。
「何があったか知りませんけど、急ぎましょう」
「ダンチョー達は?」
「捨て置きなさい」
ビートは苦笑いを浮かべ、ダンチョー達に向け漂う火球を放つ。暖取り用とビートは語っていたけど、最初からやれよと思ったのは内緒。
「よし、行こう」
超高速ダンジョン巡り、久しぶりに登場。
▼▽▼
ふぶきのしま山頂は、道中よりも更に寒く、吹雪で前が見えなかった。そんな中、ペンネさん達を探していると、私達はチークさんの姿を見つけた。
「チークさん!」
「その声は……ビートか」
声のする方向に向かうと、その場に立ち尽くすチークさんがいた。
「どうしたんですか、チークさん……って、その傷は!?」
「……大したことはない。少し、切れただけだ」
吹雪でよく見えなかったが、近寄ってみるとチークさんの腕からは血が滴り落ちていた。私はすぐさまバッグから救急セットを取り出し、応急処置を始めた。
「すまない、助かった」
「それで、ペンネさん達は……?」
ビートが不安そうな表情を浮かべる。チークさんが怪我をしていた以上、姿の見えないペンネさんやキャンディを心配するのは私も同じだ。
「そう離れていない場所にいるはずだ、私もあいつらも吹き飛ばされただけだからな」
「吹き飛ばされた……!?一体誰に!?」
「誰……か、その表現は少し間違っているかもしれない」
チークがそう言った所で、私達の耳にまるで黒板を爪で引っ掻くような不愉快な音が聞こえ、それが収まると、黄色い物体が飛んで来た。
「わわわ!……って、ダンチョー?」
飛んで来た物体は怪我したチークに当たりそうになったが、ビートがその前にはたき落とした。その物体をしっかり見てみると、頭にたんこぶ(恐らくこれはビートがはたき落とした際にできた傷)を作ったダンチョーだった。
「やれやれ……よくわからず歩いていたらよくわからない物を見つけましたよ」
「……お前も見たのか、あれを」
「ええ、そう言うということはクチートも?」
「ああ、ペンネ達も一緒にな。それでお前と同じく吹き飛ばされた所だ」
話があまり見えてこないが、どうやらチークさん達を吹き飛ばす程の何かがこの先にあるらしい。しかし、視界が不明瞭な今は迂闊に……そうか。
「ビート、あれを頼みます」
「……ああ、あれだね、わかった」
ビートは全身に力を込め、上空に大きな火球を放つ。すると、みるみると吹雪が止んで視界が晴れていく。
晴れた視界に映ったペンネさんとキャンディとジラーチ、そしてイーゼル達。彼らもペンネさんに呼ばれ、飛んで来たのだろう。
「団長!」
「無事で何よりです、デデンネ、ペロッパフ」
「おい、あれは何だ!?」
無事を確認する暇もなく、イーゼルは指をさし、声を上げる。イーゼルの指をさした方向へ視線を向けると……
「な、なんだありゃ……」
「あれは一体……?」
「………………」
氷のような見た目をした、禍々しい造型。私の知識の中でも、生きてきた中でも見たことのないその像……と言っていいのかわからない“何か”はただそこに佇んでいた。
「気を付けな、不用意に近付くと吹き飛ばされるよ」
「……団長、あれって……」
「ええ、間違いありません」
ジラーチは神妙な顔でダンチョーに振り向き、ダンチョーもコクリと頷く。
「あれは、氷蝕体と呼ばれるものでしょう。世界のポケモン達が抱える不満や疑心の塊」
「…………ッ!」
ビートの表情が強張る。何か思うところがあるのだろう。
「だけど、氷蝕体は霧の大陸で発生して、とあるポケモンが破壊した事で解決した筈なんだけど……」
「恐らく、残骸でしょう。破壊された際に、僅かに残った破片がふぶきのしままで辿り着き、ここで力を付けた……」
「……それだったら」
チークさんが臨戦態勢を取るのと同時に、全員が戦う構えをする。
「ここで破壊するしか、ないようだね」
「ええ、今回は塵1つ残さず」
「天才の出番だねぇ」
この世に存在すべきではない、この氷蝕体。
「ポケモンが相手じゃないなら……」
「弱気な事言うな、やるぞ」
「オイラも、力になるよ」
跡形も無く、葬り去るしかない。
「調査団として、見逃す訳にはいかないわ」
「見た目からして美味しくなさそうですねぇ」
放っておけば、更に力をつけるであろう。今ここで、決着を付けるしかない。
「……行きますよ、ビート」
「……ああ、覚悟は決めた」
油断は、しない。