「さて、今日はねがいのどうくつに行こうか」
彼の言葉に、彼女は首を傾げる。彼女は彼と様々なダンジョンを巡ってきたが、今彼が口に出したダンジョンの名前は聞いた事が無かったからだ。
「今回の目的はズバリ、君の成長だよ、リフル」
彼女の首は更に傾げられる。どうやら言葉の意味が理解出来ないようだ。
「ほら、君は僕と一緒に色んなダンジョンに行ったでしょう?でも、君はそろそろ君だけで探検してみるべきだ。いつまでも僕におんぶに抱っこじゃ、君は絶対に育たない」
彼女は少し悲しそうに目を伏せる。そんな彼女に、彼は苦笑しながら彼女の頭を撫でる。
「何も君に痛い目に遭って欲しいって思ってる訳じゃない、だけど生きている以上、僕たちは痛みと向き合わなきゃ。それに、このダンジョンを選んだのには理由がある。それはこのダンジョンは“知識”としての経験を活かせる場所なんだ。僕のような天下無敵の絶対の強さなんて必要無い。知識さえあれば、どんな子でさえこのダンジョンを攻略出来る……とはいえ、最下層までっていうのは難しい話だ、とりあえず……半分まで行ってみようか?」
▼▽▼
「いやぁ、リフルさんのお陰でここまで順調に来れましたよ」
「まだまだ先は長いんです、油断禁物ですよ」
あの時はどこまで行けたか、それは覚えていないけど、現在私達はねがいのどうくつの半分まで到達していた。厄介な敵も増えて、ますます緊張が高まる。
「……そもそも、スターの実を使ってどんな料理を作るつもりで?」
「スターパフェです!」
「……スターパフェ?」
「ええ、モモンの実を使って作ったモモンアイスと、カイスの実を使ってカイスクリームを作って、マゴの実を削って振り掛けた所にスターの実とおうごんのりんごを切ったものを添えるつもりです」
「……スターの実は酸味のあるきのみですし、その甘そうなパフェにはいいアクセントにはなりそうですね」
しかし、スターの実にはたまに辛味が強いものがあるのだけど、ペロッパフはそこんところをちゃんと把握しているのだろうか?
「私は食べ物が大好きですからね!大好きな食べ物を更に大好きな物にする、私はそれがたまらなく好きなんです」
「だからこそ、その為の努力は惜しまないと?」
「ええ、その通りです!」
そう考えると、ビートと似たような思考だ。ビートもまたコレクターとして珍しい物を集める為に努力は惜しまないタイプだ。ビートがそうこ★スッキリでも行って、みずのいしを見かけたとしたら、どうにかしておうごんのりんごを手に入れようとしてただろう。まあ、私が偶然手に入れたからその心配は無いのだけど。
▼▽▼
彼女は危機に陥っていた。彼女の性格というか、彼女の悪い癖とも言えるのだが、落ちているアイテムを集めよう集めようとしているうちに、食料が底を尽きてしまった。手元にあるのは不思議な玉や鉄のハリなど腹を満たせないもの。
「………………」
だんだんと彼女はこのダンジョンに自分を送り込んだ彼に対して苛立ち始めた。
いつだってそうだ、彼は自分勝手で自由奔放だ。そのせいで自分はこんな思いをしなきゃならない、と。
正直、必要なアイテムと不要なアイテムを見極めて、しっかり取捨選択しておけば、恐らくそんな思いをしなくても良かったのだが。つまるところ、やつあたりである。
「……………!」
彼女は目の前にりんごが落ちているのに気付いた。すぐさま駆け寄って、拾い上げてみるとベタついている。このままでは食べれない、彼女は持っているアイテムでベタつきを落とすせんたくのたまを探し始めた(洗濯したからって、ベタついていたりんごは食べたくないが)
無かった、あんだけ拾って集めたのに、肝心な物が無かった。彼女は怒りのあまり、襲いかかってきたポッポの翼に蔓を巻き付け地面に叩きつけた。
「……………」
怒りで空腹は紛れない。当初の目標の半分すら辿り着いていない。無論、そんな彼女の怒りと窮地を彼は知らないはずがないのだが……。しかし、彼は最初に言った通り『彼女の成長』を考えているのなら、ここで手を貸すような真似はしない……。
「……ここかな」
否、彼は甘かった。直接的に手を貸す事はしないものの、彼女の通り道にりんごを置いている(しかも、沢山)程なくして、彼女はその大量のりんごを見つけ、腹を満たした事で機嫌は治ったのだが。
「……やっぱり集めちゃうよなぁ……リフルったら目に入ったもの全部拾おうとするし。特性ものひろいじゃああるまいし……」
彼女の成長を願いながらも、彼はどうしても彼女に非情にはなれなかった。しかし、そんな彼の想いは彼女には伝わる事は無いが。
「……この先にモンスターハウスがあるな……頭数減らしておくか」
▼▽▼
「リフルさん!モンスターハウスです!どうしましょう!?」
「……まずは落ち着いて様子を見ましょう。こいつらは私達が動かない限り、様子見状態ですから」
ダンジョンの半分は到達しただろうか、そんな頃に私達はモンスターハウスに遭遇した。流石に多勢に無勢、レベルが下がっていつもの技を繰り出せない以上、より慎重に動かなくてはならない。
「アイテムは何があります?」
「えっと、使えそうなのは……しゅんそくだまくらいでしょうか……?」
「結構、私の背中に乗ってください」
「え?あ、ああ、はい」
ペロッパフを自分の背中に乗せて、しゅんそくだまを掲げる。
「超特急で……逃げ切る!!」
「逃げ…って、ひゃあああああぁぁぁぁぁ!?!?!?」
例えレベルが下がっても、私ツタージャ種特有のすばしっこさは変わらない。しゅんそくだまで更に倍増だ。
モンスターハウスを振り切って、しゅんそくだまの効果が切れるまで走り続ける。背中のペロッパフが途中から静かになったけど、気にしない方向で行くことにする。
程なくして、しゅんそくだまの効果が切れる。その場に急停止すると背中のペロッパフは変な声をあげた。
「…………オェ」
「酔いました?」
「そ、そりゃあ……酔いましたよ……あんな速さ……初めてです……」
少々グロッキーなペロッパフを背中から下ろし、その場で少々休憩を取ることにした。しゅんそくだまを使った事で意外と早く進めたし、まあ良いだろう。
「それにしてもリフルさんって……色んな死線を越えてきたって感じですよね……」
「……無理に喋らなくていいんですよ」
「喋ってたほうが気が紛れます。それで、ビートさんと色んなダンジョンを巡ってたからその強さがついたんですか?」
「…………いえ、恐らく違うと思いますね」
「恐らく?また随分と曖昧ですね」
「ええ、私はビートと出会う前には1匹で行動してたんですけど、それよりも前には私が師匠と仰ぐ存在がいたんです。その師匠は随分破天荒で、でも本当は優しくて……そんな師匠と一緒に旅をしてたからこんな強さがついたんだと思います。……その時の記憶はどうも曖昧なんですけどね」
話し終えて、ふとペロッパフの方を向くと、先程まで気分の悪そうな顔だったペロッパフがなんだか微笑ましいものを見るように私を見ていた。
「リフルさんの師匠さんって、リフルさんにそっくりなんですね。正しく言うなら、師匠さんにリフルさんがそっくり、ですかね」
「……何を馬鹿な事を、そんな事はないですよ」
「破天荒っていうのは、さっきの高速移動とか当てはまりますし、偶然出会った私にここまで付き合ってくれるなんて優しいですよ、リフルさんは」
「そんな殊勝な心はしてませんよ、私は。私はただこの後の事に関して、少々策を講じているだけです」
「策?」
「……さ、休憩もお終いです。もうそろそろラストですよ、さっさと向かいましょう」
▼▽▼
彼女は彼のサポートを受けながら(しかし、彼女はそれに一切気付いていないけれど)当初の目標であったダンジョンの半分どころか、最奥部まで到着していた。彼女がダンジョンの半分がどれくらいかわからなかった為に、とりあえず進みまくった結果である。
「……………」
最奥部と気付いた彼女は、若干無駄な事をしたと思いつつ、あなぬけのたまで帰還しようとした。しかし、その時。
「グオオオオオォォォォォ!!!!!!!」
彼女の掲げたあなぬけのたまは、何者かの火炎放射に焼かれてしまった。
いきなりの襲撃でも、彼女は一切驚かず、黒焦げとなったあなぬけのたまをかえんほうしゃが放たれた方に投げつけた。
「おっと、危ねえなあ」
暗がりから現れたサザンドラはニヤニヤと彼女を見つめる。
「折角願いが叶うと言われるダンジョンに苦労して1番奥まで来たのによぉ、変な木の実以外なーにもありゃしねえ」
実際には、ジラーチがいたのだが、ほしのどうくつの方のジラーチが生まれたと同時に、フッと消えてしまった、と彼は語る。
「『誰にも負けない強さで、俺が世界を支配する!』っていう願いがな」
「………………ひょっとしてばか?」
彼女は喋れない訳ではない。元々は喋れなかったらしいが、今は彼の尽力で喋れるようになった。しかし、喋れるようになったというのに彼女は喋ろうとはしなかった。それはただ単に彼に対する反抗という理由なのだが。
それ故に、彼じゃない相手なら喋る。彼以外は自分の言いたい事を理解できないという事を彼女は理解しているから。
「…………ふん、言っておけ、どうせテメェはここでくたばるんだよ」
「くたばる?えっと、たたかう?」
「戦うんじゃねえ……テメェは蹂躙されるんだよ!!」
サザンドラの渾身の火炎放射が彼女に襲い掛かる。無論、単調な攻撃に彼女は対応出来ない訳がない。
「かえんほうしゃしか、できない?」
「んな訳ねえだろ!りゅうのはどう!!」
りゅうのはどうも彼女は軽々避ける。
「あなたがいうつよさは、あたればつよいんだろうけど……あたらなければ、どうということはないです」
「うるせぇぇぇぇ!!」
声の衝撃が彼女を吹き飛ばす。サザンドラのハイパーボイスだ。直線上に放たれるかえんほうしゃやりゅうのはどうはともかく、ハイパーボイスのような全体的に伝わる攻撃は避けようとも避けれない。
攻撃を当てて、ニヤリと笑うサザンドラ。しかし、何者かの死線を感じる。
「君は、越えてはいけない線を越えた。最早、後戻りなんてさせやしない」
吹き飛ばした彼女がいたはずの場所に、サザンドラは別のポケモンが佇んでいるのに気付いた。
「誰だ、テメェ……!なっ、なんだ……!?」
サザンドラは自分の身体の異変に気付く。自らの身体が凍ってきているのだ。
「氷に微睡め、サザンドラ」
自らの身体に火炎放射を放とうとするも、口すらもすぐに凍りつき、それは叶わなかった。
「僕の大事な子に、傷をつけるな」
氷像と化したサザンドラを冷たい目で見つめる彼には、彼女に対する親愛と、その彼女に仇なす存在に対する冷酷さが窺えた。