第31話 食材を求めて
そこらへんを彷徨いていたビートが、未だスクラッチくじの削る場所に悩む私の所に戻ってきた。曰く、ある物の為にセカイツリーに行ってくるとの事らしい。何が欲しいかは聞いてないし、興味はなかったが、折角の休暇だからビートと2匹でゆっくり過ごしたかった、という気持ちはあった。
だからと言って、このスクラッチくじを疎かにする訳にはいかない。私はビートを送り出して、再びスクラッチ推理に没頭した。
1時間くらい経っただろう、ようやく私は決心し、スクラッチくじを削り始める。1つ、2つ、そして3つ。私の推理と直感は大当たりという結果になった。
意気揚々と、景品交換に行くと、店主はこんなに時間をかけるとは思わなかったといった表情で苦笑いしつつ、景品であるおうごんのりんごを渡してくれた。
おうごんのりんご、食材として最上級の物なのだが、正直私には無用の長物だ。りんご好きの者達には喉から手が出る程の逸品であっても、私は特にそうは思わない。その為、私はそうこ★スッキリという所謂物々交換が出来る店へと向かった。
そうこ★スッキリのシステムとして、自分の欲しいものを提示して、自分が差し出す物を預けておく預け主方法と、自分の今持っている物で交換出来るものがあるか探す探し主方法の2種類がある。基本的には、自分の欲しい物を探して、無かったら預けておく、が主流だろう。
私もとりあえずおうごんのりんごを求めている預け主を探してみると、みずのいしと引き換えにおうごんのりんごを求めている預け主がいた。
みずのいし自体も、私にとっては無用な物だ。というか、大体のポケモンには不必要な物だが、ビートは違う。ビートは珍しい物を集めたがるコレクター精神を持ち合わせており、きっとこのみずのいしも欲しがるに違いない。それを言うなら、おうごんのりんごも欲しがる可能性はあるが、恐らくみずのいしの方を優先的に欲しがるだろう。
まぁ、たまにはプレゼントを贈るっていうのも良いものだろう。私は早速、みずのいしを交換しようとした。すると、私は1匹のポケモンに呼び止められた。
「そこのツタージャさん!」
「私にはリフルという名前があります」
「ではリフルさん!」
わたあめポケモン、ペロッパフ。そのペロッパフは爛々した瞳で私を見つめていた。
「そのおうごんのりんご、みずのいしとトレードするつもりですか?」
「ええ、そのつもりです。先に言っておきますが、私が欲しいのではなく必要としているポケモンがいるからであって、私が使う訳ではありません」
「あ、いえ、そこはどうでもいいんですけど……」
ペロッパフは店のポケモンと一言二言会話を交わすと、店のポケモンからみずのいしを受け取った。
「……貴方が出品したものだったんですか?」
「はい、私には食べれないし、いらないです」
そう言って、ペロッパフは私にみずのいしを差し出した。おうごんのりんごと交換しようって事だろう。別に断る必要も無い、私はペロッパフからみずのいしを受け取り、おうごんのりんごを渡した。
「ありがとうございます!これで、美味しい料理が作れます」
「……へぇ、料理するんですか」
「ええ、まあ、はい。ノワキの実のマトマソース煮とか」
「それはまた辛そうな」
「ロメバンジーサラダとか」
「苦めのサラダなんですね」
「モモンカイスのケーキとか」
「甘めな味付けですね」
「…………リフルさんって料理好きですか?」
「まあ、嫌いでは無いです」
「でしたらお願いです!私とねがいのどうくつに行ってください!」
▼▽▼
ねがいのどうくつ。師匠の書曰く、ジラーチと初めて出会った場所らしい。ジラーチが初めて目覚めた場所が、ほしのどうくつで、師匠と出会った場所はねがいのどうくつ。
しかし、願いを叶えるというジラーチがいない以上、行く意味は無いと思うがどうやら違うらしい。ペロッパフによると、最下層までの道のりの何処かに、世にも珍しいきのみが生っている、との事。その珍しいきのみを手に入れたいらしいが、自分だけではねがいのどうくつを攻略する自信が無いようだ。
……師匠の書によると、難関ダンジョンの1つらしい。己の強さを再び見直すダンジョンとも書かれている。食の為ならどこまでも、というペロッパフの情熱には目を見張る物はあるけど……
「……ビートが帰ってくる間までに済みそうじゃありませんね……」
チューゴローのパラダイスにはメッセージ板があったため、帰ってきたビートが見てくれる事を信じて言付けしておいた。
そして、ねがいのどうくつ。入った瞬間、私が今まで積み上げてきた努力が一気に抜けていくような感覚がした。
「………っ!!」
「あ、やっぱり感じます?まさしく脱力感がありますよね」
「……この感じは一体?」
「私も初めて入った時は混乱したんですけどね。どうやら、このダンジョンは覚えていた技を忘れ、培ってきた経験が0に戻るダンジョンなんです。無論、ダンジョンを出れば元に戻りますけど。それ故に、正に自分の実力を示せる不思議のダンジョンとして、強者には人気なんですって」
きよらかなもりだったか、師匠の書に『最も自分の経験を活かし、最も自身の経験が活かせない場所』と記されていたけど、きよらかなもりがこのダンジョンと同じと考えると、なんとなく意味が伝わった気がする。
しかし、私が覚えてきた技が使えないとなると、少し困った事がある。私は自らの技を掛け合わせて放つ“合体技”が得意だけど、それが使えないとなると、戦略の幅が狭まる。アイテムは持ち込めるようだしアイテムフルコースは使えそうだけど、それでもやっぱり心許ない。
「そもそも……このダンジョンはどれくらいの長さがあるのでしょうか」
「あ、最長ダンジョンですよ、ここ」
私の独り言に反応したペロッパフ。最長ダンジョンとは、その名の通り最も長いダンジョンである。最長、とか言いながら最長ダンジョンはいくつかあるらしいけど、まさかここがその1つとは……。ただでさえ、こんな状態にさせられるというのに、ペロッパフが苦労する意味も分かる。
「……だとしても、どうして貴方は私を誘ったんですか?偶然とは言え、トレード成立した相手と探検に行くなんて……」
「料理好きだからです」
「それだけの理由で?私が足手まといになったらどうするんですか?」
「えっと……」
ペロッパフは少し頭を傾げた後、真剣な表情で私を見た。
「私にとっては、それだけの理由でも命をかけられるんです。私が命をかけて選んだパートナーが足手まといなんかになるはずありません」
「それはまた破天荒な理論ですね。……まぁ、嫌いじゃないですけどね」
「あんまり共感してくれないんですよね、そういうところではリフルさんとは同士です。あ、そういえば同士で思い出したんですけど……」
「はい?」
「みずのいしを欲してたって事は、リフルさんの仲間にみずのいしが必要な仲間がいるんですか?それともリフルさんがコレクターとしての趣味がお有りで?」
「正解はみずのいしを欲しているコレクターとしての趣味がある仲間……がいる、です」
「あ、じゃああのニャビーの?」
「見たんですか?」
「リフルさんがスクラッチくじにハマってたところから」
あれを見られていたのか、少し恥ずかしい。
「一緒にいたニャビーさんの他に仲間がいるかと思ったんですけど……あれ、それでしたらどうしてリフルさんがみずのいしを?ニャビーさんがコレクターとしての趣味があるなら、ニャビーさんが交換するべきでは?」
「……ただの偶然ですよ。私がおうごんのりんごを持っていて、ビートが……ニャビーの事ですよ。ビートがみずのいしを欲しがるだろうと思ったんで、私はただ交換しようと思っただけです」
「リフルさんってニャビーさん……ビートさんの事が好きなんですか?」
全くオブラートに包まない直球の質問に私は目を逸らす。するとペロッパフは面白そうにニヤニヤし始めた。
「プレゼントする仲なんですね、凄い羨ましいです」
「……やめましょう、この話題。あまりにも緊張感が無さすぎます」
そもそもここはいつ何処から敵が襲いかかってくるかわからない不思議のダンジョンなのだ。あまりにも場にあってない話題で、なんだか緊迫した感じはしないけど、それでも油断はしてはいけない。
頰をぺチリと叩いて、私は気合を入れる。ただでさえ、今は技を忘れている状態なのだ。限られた手段で戦うしかないのだから、気を抜いては勝てない。
「そもそも、このダンジョンは、敵を倒せるだけ倒しておいた方が後々楽なのでは?」
「一概にそうとは言えないですよね〜。アイテムは持ち込めるとはいえ、限りがありますし、ちまちま敵を倒してたらアイテムが底を尽きちゃいます。ただでさえ最長ダンジョンですし、序盤はアイテムの消費を控えた方がいいかもしれませんね」
「だからといってガンガン進めば敵が強くなっていくんでしょう?これは厄介ですね……」
現状では、今でもたまにビートとやってる超高速ダンジョン巡りも、この形式のダンジョンには向かない訳で(そもそもペロッパフがついてこれるかどうかも謎だし)
「……そもそも、なんだか懐かしい感じがするんですよね」
「懐かしい感じ?このダンジョンに来た事でもあるんですか?」
「このダンジョン……もそうですけど、なんとなくこの感覚が……」
漠然とした既視感が私の心中によぎる。この気持ちは一体なんだろうか……?