ゴンベの思わぬ一撃で沈んでしまったビート。残されたアウィスは息も絶え絶えに近寄ってくるゴンベに、ただ恐怖を抱く事しか出来なかった。
「(どどどどうすりゃいいんだ!?俺の目的はとっくに終えてる!ビートを引き連れて逃げるべきか!?だ、だけどビートが欲しがっていたおうごんのりんごが手に入らない……元々、そういう約束で同行してくれたんだ……こんな所で逃げ帰るなんて、そんな真似は……)」
ビートをチラリと一瞥し、体を震わせながらも、ゴンベの前に立ちはだかるアウィス。その目はゴンベを見据えながらも、どこか頼りない感じがある。
「(俺がやるしか……無いんだ!幸い、ゴンベの動きは遅いし、ビートが削ってくれたお陰で今にも倒れそうだ……確実に一発一発当てればいい話だ……!)」
覚悟を決めたアウィスは空中に岩を出現させる。げんしのちからという技だ。戦いが苦手なアウィスであろうとも、愚鈍に動くゴンベに対して、当てる事は容易だ。
しかし、それでも尚アウィスはげんしのちからを当てる事が出来なかった。それはその筈、当てようと力み、挙げ句目を瞑っている状態では、相手が愚鈍に動き、いや、止まっていたとしても、アウィスがげんしのちからを当てる事は叶わないだろう(下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、という事もあるかもしれないが)
「(だ、駄目だ……どうして俺は、攻撃が当てられないんだ……)」
絶望の表情でへたり込むアウィス。ゴンベはもう目前に迫っている。
しかし、ゴンベはアウィスを無視し、その横を通り過ぎた。もはや、脅威すらで無いと認識されたのだろう。それが、アウィスの消えかけてた心に火をつけた。
「む、無視するなあああぁぁぁぁ!!!!」
再びげんしのちからを出現されるアウィス。その双眸はちゃんとゴンベを貫いている。
「喰らええええぇぇぇぇ!!」
「………!!」
当たった。アウィスのげんしのちからはゴンベに当たり、ゴンベはその場に倒れた。再び動く事もない。
だけど、アウィスは攻撃を当てれた喜びより、締め付けられる心の痛みに苦しんでいた。そして、アウィスはとうとう気付いた。
「…………そっか、俺は……傷付けたくないんだ。自分も傷付きたくないし、誰にも傷付いて欲しくない。だから、こんな嫌な気持ちになるんだな……」
自分を奮い立たせ掴んだ勝利も、今のアウィスにとっては敗北そのものだ。
「……やっぱり、そういう事だったんだ」
アウィスは声のする方向に振り向いた。そこには顔だけを上げて寝ている状態のビートがいた。
「あ、そうだ!だ、大丈夫か!?ビート!!」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫……」
足をふらふらさせながらも、立ち上がるビート。そして心配そうに自分を見つめるアウィスに臨戦態勢を取った。
「君が、攻撃を繰り出せれば僕はゴンベの不意打ちを食らわなかったんだけどね」
「え……だ、だけどそれはもしかしての話だし……」
「君が攻撃を繰り出せれば、楽にゴンベを倒せてたのにね」
「な、なぁ……怒ってるのか……?」
「君の傷付けたくない気持ちは重々承知だし、僕にだってある。だけど、君の傷付けたくない気持ちのせいで僕は傷付いた」
「…………っ!」
「倒すべきゴンベを倒さず、仲間を窮地に追いやった。……アウィス、君の傷付けたくない気持ちは、仲間を傷付けてでも守りたいものなのかな?」
ビートの鋭い目線に、アウィスは思わず顔を逸らす。
「君の気持ちは残酷過ぎる。優しさを求めるあまり、行き着く先は破滅の道だ。そんな奴は、僕が叩き潰す」
「や、やめろよ……本気じゃ、ないんだろ……?」
懇願するようにアウィスはビートを見つめるが、ビートはアウィスの身体すれすれにかえんほうしゃを放つ。
「本気だよ、君という危ない芽は早いうちに刈り取るのがお約束だ」
「そ、そんなお約束聞いた事無い……!」
「嫌だって言うなら僕を倒すがいい、ゴンベとの戦いで絶賛不調の僕なら、君でも倒せるかもね」
「うっ…………だけど…………」
未だ躊躇をするアウィスに飛んできたかえんほうしゃが当たる。ダメージはあるものの、ビート自身が加減したらしく、そんなには痛くない。
「ウゥッ!」
「何度だって言う。君は、僕の敵だ。だから僕は君を倒すことになんら躊躇はしない」
「………………」
「決意を持たない者は、空を仰げない」
そして、数時間に及ぶ激闘(とは言っても、殆どがビートの攻撃だが)の末に、気力だけで立ち上がっていたビートが限界を迎え、一応はアウィスの勝利となった。
▼▽▼
アウィスはビートの目的であるおうごんのりんごを持って、ビートを背負って帰路についていた。アウィスの心情は、ゴンベを倒した時とは、また違った妙な敗北感に支配されていた。
「(……結局、ビートに俺は攻撃出来なかった。短い間とはいえ、一緒にダンジョンを巡った仲間に攻撃なんて出来ない……。だけど、ビートは俺を敵と断ずるや否や、なんの戸惑いもなく、俺に攻撃を仕掛けた……)」
そのビートは、今アウィスの背中で幸せそうに眠っている訳だが。
「(……ビートが気力を使い果たして倒れる寸前……)」
▼▽▼
「誰かの為に誰かを傷付けるってのは……それは仕方のない事なんだよ」
▼▽▼
「(……わかってるさ、そんな事。理解はしてても、俺には……やっぱり無理だ)」
結局、失意のまま、チューゴローパラダイスに帰ることになったのであった。
▼▽▼
「……な、なぁ……良いことあるって、な?」
落ち込んだまま帰還したアウィスは、その後ビートが目覚めるのを待ち、最終目標であるみずのいしのトレードに勇んで行った。
しかし、おうごんのりんごとみずのいしのトレードはとっくに成立していたらしい。その話を聞いたビートは、アウィスが自分の悩みを一旦置いておくほど、落ち込んでしまった。あんなに苦労してゲットしたおうごんのりんごが無駄になってしまったのであった。ちなみに、襲いかかったゴンベはどうやら空腹のあまり、との事だったらしい。
「……そりゃあ、僕にはみずのいしは不要かもしれないけど……こんなのあんまりだよ……」
アウィスの励ましも虚しく、ビートは座り込み、俯いている。
「骨折り損のくたびれ儲け……いや、儲けすらないよ……」
アウィスの目的は達成した為、別に放っておいても良いのだが、アウィスはここで別れるのは後味が悪いと思ったのか、ビートが元気を取り戻すまで付き合った。
「…………儲けが無いなら、自分で作るか」
項垂れた様子が一転、ビートはアウィスの手、というか翼を掴んだ。
「調査団入らない?」
「…………えっ?」
「僕は調査団のスカウトとして今、調査団に属しているんだ。残り空の調査団員をスカウトするだけになったんだけど、どうかな?」
「だ、だけど……俺は……弱いし、攻撃出来ないし……そもそも飛べない……」
そんなの知ったこっちゃない、そんな顔でビートはアウィスと顔を見合わせた。
「調査団に入れば、君を特訓する事だって出来るし、空の調査が必ずしも空を飛ぶ必要性は無いと思うし、まさに儲けだ。……失ったみずのいしには到底及ばないけど」
断ろうと思ったアウィスだが、ビートの手が翼を掴んで離さない。
「俺なんて、や、役に立たないぞ……」
「役に立つようにするからさ」
「俺より相応しいポケモンは沢山いるだろ……!?」
「いるかもしれないけど、僕にとっては君しかいないんだ」
「…………だけど……」
「………………だめ?」
恐らく演技だろうが、ビートが潤んだ瞳でアウィスに向かって首を傾げた。
「ああ、わかったよ!入るよ、入ればいいんだろ!?確かに、俺もこのままじゃ駄目だと思ってるからな!」
「うん、これからよろしく、アウィス」
してやられた、そんな気分になったアウィスだったが、しかしその裏で少し、喜びを感じていたのであった。