ポケモン不思議のダンジョン 空の外伝   作:チッキ

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Chapter7 ビート
第18話 僕と俺の処世術


 波のさざめき、潮の香り。うっすらと目を開けると、それは綺麗な青い空が広がっていた。

 

「上手く…いきましたか」

 

 地面に激突する直前、私は大陸渡しを発動し、その輪を潜ってこの海の浅い所に繋げた。ジラーチは“輪を出現させる場所は固定する”と言っていたが、私はそれをAの大陸からBの大陸に行く際だけだと推測した。つまり、Bの大陸からAの大陸に戻る際は再び違う場所から輪を出現させ、Aの大陸の行く時と別の場所に出現させられる、そう考えた訳だった。

 ほぼ無謀に近い賭けだったけれども、私は賭けに勝つ事が出来た。無論、これ以上ビートにダメージを負わせない為に、彼を守る動作をしたせいで、私もここで気を失ったらしい。正直、海にそのまま流される事がなくて良かった。

 

「…あれは、ラプラス…いえ、そんな事よりビートは…!?」

 

 水平線に消えていくラプラスを眺めていると、ふと、私はビートが近くにいない事に気付いた。まさか、海に流されてしまったのか。私は最悪の状況を振り払い、辺りを見渡す。

 ビートは岩の後ろに隠れていた。私より、とっくに早く目覚めたらしくただじっと海を眺めている。ビートの無事に安堵し、私はビートに話しかけようとすると、ビートは突如、奇怪な行動を取り出した。

 岩の方に振り向くと、未だ傷付いたままの身体を顧みず、頭を思いっきり岩に叩きつけたのだ。

 

「ビート!?」

 

 その行動に私は思わず、飛び出してビートを抑える。だけど、ビートは私に止められようと、頭を岩に打ち付ける行動をやめなかった。

 ビートの頭からは血が流れている。痛々しい様子のビートに私は耐えれる事が出来なかった。

 

「や、やめてくださいビート!何をしているんですか!そんな事をして、なんの意味があるんですか!これ以上、自分の身体を傷付けないで下さい!!」

 

 私の涙の訴えにビートはようやく頭を打ち付けるのをやめ、私の方に振り向いた。だけど、私はいつもと違うビートの瞳に恐怖を抱いた。

 この世の全ての色を混ぜ合わせたかのような混濁の瞳には、希望やら活力やらそういうものを一切感じなかった。

 

「………僕は、君にそう言われる筋合いなんてないよ」

「…………………ビート?」

 

 哀しげな表情を浮かべるビート。いつもと様子が違うのは一目瞭然だ。

 

「………僕は、僕は君を裏切っていたんだ」

「…え?…それはどういう事ですか…?」

「………僕は何よりも、裏切りが嫌いだった。吐き気がするし、何よりも深い悲しみに囚われる」

 

 段々ビートの表情が悲痛なものへと変わっていく。

 

「僕は…それなのに…!君を裏切っていたんだよ…!何よりも、裏切りが嫌いだった僕が!!」

「だから!何が、どういう事ですか!?」

 

 ビートのヒートアップ具合に私も冷静さを失う。

 

「僕は人間なんかじゃない!この世界で生まれて、この世界で生きていた、ただのニャビーなんだよ…!」

「……………えっ?」

 

 ビートと初めて出会った時、ビートは自分を人間だと言っていた。しかし、そうではなかった。

 冷静さを失っていた事もあって、私の脳内はパンクしていた。

 

「…聞いてくれるかな、僕の生き方を」

 

▼▽▼

 

 自分がどの大陸だか、何処の生まれだか、それはハッキリと覚えてはいないけど、僕が生まれた場所は常に雪が降り積もる村で、僕にとっては涼しい場所だった。

 僕が物心ついた時から、親はとっくに亡くなっていて、僕はこの村唯一の炎タイプだった。寒さの厳しいこの場所で、炎タイプである僕はとても珍重されていた。

 

「すまんが…暖炉の火が消えてしまったんじゃ…」

「わかりました、今から向かいますね」

「これから料理するんだけど、あんたも一緒にどうだい!?」

「それ、僕を火種にしたいだけですよね。別にいいですけど」

 

 僕としては自身の力を発揮するだけで、村のポケモンから頼られ、感謝される。そんな生活が、僕にとっての普通だった。

 ある日、その日は特に寒く、村の皆で村の集会所で過ごす事にしたのだ。そうすれば、僕がいちいち皆の場所で火種を作る必要は無い。僕としても、それは有難いことだった。

 だけど、それが僕を僕じゃなくす要因になった。皆でご飯を食べ、談笑し、眠くなってきたから眠る。皆が暖かく、寝れた筈だった。

 次の日、目覚めた時に、僕は困惑した。

 

「……………………え?」

 

 集会所が燃えている。目の前が真っ赤に染まっている。煙がもうもうと立ち上がり、視界が開けない。

 

「……そ、そうだ…皆は…!?」

 

 僕自身が炎タイプ故、火に囲まれていても問題は無かったけれど、他の皆は別だ。最悪の考えを振り払い、僕は走り出した。

 炎で燃えて、崩れていく建物を駆け巡り、皆を探した。落下物に身体をぶつけ、ボロボロになりながらも僕は建物が崩れる最後の瞬間まで皆を探した。

 ガラガラガラ、と大きな音を立てて崩れ去る建物を、僕はなんとも言えない心情で見つめていた。もしかしたら、まだ中に取り残されていたポケモンがいるかもしれない、そう思うと僕は非常に辛くなった。

 村の集会所とは別の、村の皆で良く集まる場所に行ってみると、あの火事で生き残った皆が不安な表情で話し合っていた。

 僕は安堵し、皆に駆け寄ろうとした時、突然顔に拳が飛んできた。

 

「グハッ!!」

「…あんたさ、なんの理由があってあんな事をしたんだい?」

 

 皆からは“マザー”と呼ばれ、朗らかな優しいガルーラのおばさん。そんなおばさんが僕に敵意を向けている。何の事だか、全くわからない僕は、ただ素っ頓狂な表情でおばさんを見ることしか出来なかった。

 そして気付いた。いつもおばさんの腹のポケットの中にいた子供がいない事。そして、おばさんと同じ様に僕に対して良くない感情を向けている皆の目線。

 

「あんたが…あの集会所を燃やしたんだろう…!」

「……!ち、違う!僕はそんな事はしてない!」

「あんた以外誰がやるっていうのさ!この村に炎タイプはあんただけしかいないんだよ!」

「僕が炎タイプという事と今回の火事は関係無いよ…!集会所を燃やす事だって、暖炉の火を使えば誰だって出来るよ…!」

 

 僕はそう思っていた。だけど、まず僕と皆、常識すら違っていた。

 

「炎タイプ以外が火を操れる訳ないだろう!」

「そうだそうだ!」

「下手な言い訳をするな!!」

 

 炎に全く触れず、いつも僕頼りにしてきたこの村の皆は、炎というものがどんな性質で、どんなものなのか、全くわかっていなかったのだ。

 

「ち、違う…僕は…そんな事してない…!」

「いいから、ウチの子を返してよ!このポケモン殺し!」

「お前さえいなければ、俺達は大切な奴を失わなくてすんだんだ!!」

 

 いつも一緒に遊んでいた友達も、火種を提供する代わりに料理を振舞ってもらったあのポケモンも、長話にいつも付き合っていたあのポケモンも、全員が全員。僕を信じてくれなかった。

 この村に蔓延る歪んだ常識が、僕が育んだ皆の情をかき消した。

 

▽▼▽

 

 そこからは、僕はただ逃げた。村に居場所があるはずがなく、一面銀世界の雪山を絶望の中彷徨っていた。脳裏に、皆との思い出が浮かんでは消えていく。

 精神的にとっくに駄目になっていた僕は、身体的に駄目になるのも早かった。寒い寒い雪山の中、雪のベッドに僕は倒れこむ。冷たくも、丁度いい。

 

「(もう…寝てしまおうかな…)」

 

 何もかもが、どうでも良くなってきた。目を瞑り、僕はそのまま死ぬ事を望んだ。

 

『悪感情の塊、みーツケタ!』

「……………?」

 

 しかし、突然僕の身体は宙に浮かぶ。不思議に思い、目を開けると、そこには形容し難い形の黒い物体と、3匹のオーベムがいた。

 

『君は、信じテイタ仲間に裏切られテ、酷く傷付いテイルね?』

「…………」

 

 その黒い物体が、僕の心境をズバリ読み当てて、驚かなかったと言うと嘘になるが、それより誰だこいつは、という気持ちの方が優っていた。

 

『しかも、彼らの勝手な常識の所為デ、君は冤罪を被せられタ。元々は、彼らの火の不始末のせいなんだよ?』

「…………!」

 

 その真実をどうして知っているのか、そんな事はどうでもよかった。それより、その真実に対して、僕は彼らに対して怒りの感情が沸々と沸き上がる。

 

『彼らに復讐しタイカい?彼らを壊す力が欲しいかい?それなら、ボクと一緒に来るトイイ』

「……あ、貴方は…貴方の名前は…?」

『ボク?名前なんて無いんダケド…そうダネ、悪感情の塊(ダーク・マター)ダカラ、マターとデモ呼んデヨ』

 

▼▽▼

 

 僕がビートという名前でリフルと過ごす前に、僕は記憶喪失になっている。単純な話、彼らに対する憎悪を残し、僕の中に残っていた良心をオーベムが消しただけだけども。

 その時は、僕…いや、俺はレガリアと名乗っていた。マターから、“復讐する力”を受け取って、己自身も鍛えて、まずは彼らに対して復讐を決行した。

 雪山にあるに関わらず、紅蓮の炎に包まれる村、至る所から上がる悲鳴。俺はそれを見て、ただ邪悪な笑みを浮かべているだけだった。

 あの集会所の火事とは比べ物にならないくらいの火事が村を襲い、それでも生き残った奴らは、俺自身が始末をした。1匹残らず、命乞いを許さず、償いを受け入れず、ただ虐殺を繰り返した。

 事力尽きた奴らが伏せる紅雪の中に全身が血に染まった俺1匹。俺はマターと出会った事に感謝をした。

 

「この復讐を足がけに、俺は世界を壊す」

 

 もはや壊れてしまった俺に歯止めは効かなかった。至る所を巡り、破壊と暴虐の限りを尽くした。それが、俺自身の幸福だと信じて疑わなかった。

 それでも、俺自身の悪行が広まらなかったのには理由があった。マターの妄信的信者、オーベムの力だ。オーベムはマターに対して忠誠を誓っているが、そのマターが力を認めた俺に対しても随分と協力的になってくれた。それ故、俺は動きやすかった。ただ、俗世間から隔離された場所で行った場合は例外だったけれど。それがメタモンが俺を知っていた理由だろう。

 悪の栄えた試し無し、と言えば聞こえが良い。だけど、実際は悪が広まる事が無かったのかもしれない。

 そしてある時、いつものように悪逆非道を繰り返していると、マターからの呼び出しがかかった。

 

『いやぁ、君の働きは見事ダヨ、頼リになる』

「ええ、貴方に貰ったこの力で、俺はこの世界を絶望に落とします」

『うんうん、それもいいんダケドさ、チョット、頼マれテクレない?』

「……?俺の力になれる事なら、なんでも」

『うん、じゃあボクのシモベタチ、頼ンダヨ』

 

 マターがそういうと、俺の周りをオーベム達が取り囲む。

 

「今カラ、オ前ノ記憶ヲ消シテ、新シイ記憶ヲ植エ付ケル」

「なんたってそんな事を…?」

「マター様ハ、ポケモンノ絶望ノ感情ヲ力トシテイル」

「ああ、そう言っていたな」

「今ノオ前カラハ、絶望デハナク、希望ヲ感ジル、トノコトダ」

「……成る程、俺が復讐に対して希望を見出してしまったからか。それで、それを一旦リセットする為か?」

「半分正シイ。記憶ヲ消スカラ意味ハ無イガ、伝エテオコウ。オ前ハ、元々ハ人間ダッタ、トイウ設定デ記憶ヲ消ス」

「………………」

「自身ガ、人間ダッタトイウ事ヲ信ジテクレル者ハキットイナイ」

「そこから、絶望が生まれるって訳か」

「ソウイウコトダ」

「それなら話が早い!早速やってくれ!マター様の力になれるなら、俺は記憶を何度でも失ってやるさ!」

 

 


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