「おっはよ〜、リ〜フ〜ル〜」
私は真っ白な空間にいた。そして私の前には靄のかかったポケモンが手を振っていた。
「…まあ、貴方なら生き返っても不思議じゃないですけど」
「んー?あー、まああながち間違えじゃないかな…」
「ともあれ、なんか靄がかかってるんで霧払いして下さい」
「え?まさか僕の姿が見えてない?んー、僕としては普通に君の夢の中に現れているつもりなんだけどな」
「あ、ここ私の夢の中なんですね」
そうだよ、と答えた彼は私のよく知っているポケモン、ニャビーへと姿を変えた。ニャビーの彼は意地悪い顔で私を見つめる。
「…どうしてニャビーなんですか。少なくとも貴方はニャビーじゃなかったですよね」
「僕も僕の姿を見せてあげたいんだけど…君の記憶の姿で出てくるから…」
「成る程、貴方の姿をしっかり覚えてないから…それでどうしてニャビーなんですか」
「それは君と話しやすい姿だからね」
そうは言っているが、彼の顔を見てそんな思惑じゃないのは容易に想像出来る。
「…くっくっくっ、まあほら?君ってビート君の事が好きでしょ?」
「…そんな事はないです」
「隠さなくて良いって。君を育てた僕だ、君の事はなんでもわかるよ」
「気持ち悪いです」
「ひどいなぁ」
特に傷付いた様子も無く、彼は笑みを浮かべたままだった。
「…それで、貴方が私の夢の中に、というより懐かしい夢を見せたのも貴方でしょうけど、その意図はなんですか?」
「単純な話だよ、君に関する真相を伝えようとね」
「…私には驚かれる真相なんてありませんが」
「ビート君にはあるけどって?まあ、確かに彼の真相は驚くべき事だけどさ。でも君も何故か僕の姿を覚えていなかったり、疑問に感じている事はあるでしょう?」
「まあ…無いって訳ではありませんけど」
しかし、そんな疑問はビートの事に関する事と比べたら鴻毛の如く、だ。
「私はビートの真相を何よりも知りたいんです。私は、二の次で良い」
「そっか…」
ビート…いえ、彼は少し悲しそうな顔をしたが、再びニコリと笑うと私の頭を撫でた。
「じゃあ全てが終わったら、この大陸から海を渡ってワイワイタウンに行ってほしい。そこで君の真相が分かるはずだ」
「…遺言として受け取っておきます」
満足そうに笑うと、彼はそのまま消えていった。そして、私の視界も徐々に歪んでいった。
▽▼▽
「ねえねえリフルさんにビートさん、知ってます?」
3匹で朝食(作ったのはリフルだ)で食べている時、突然シャンプーが言った。
「…何がだ?」
「ほら、時の歯車が各地で盗まれているって話あるじゃないですか?」
その時の歯車を盗んでいる者を、お尋ね者を収監、管理しているジバコイル保安官とその部下が血眼で探しているというのは聞いたことがある。ジュピタだがな。俺は知ってるがな。
「それで、ヨノワールさんがジュプトルを捕まえる作戦があるんですって!」
食べていたオレンの実を落としかけた。リフルも興味無さげにしていたが、食事をする手を止めてシャンプーの方を向いた。
「…なんでジュプトルが出てくるんですか?」
「そりゃあ時の歯車を盗んだポケモンだからですよ。というより、なんでお二方知らないんですか」
俺は毎日の様にご飯を食べて、ダンジョンに向かう日々を過ごしている。無論、依頼を鍛錬と同時にこなす事もあるが、トレジャータウンには滅多に行かない。リンゴのような探検の必需品もリフルが買ってきてくれるし、俺は技マシンを見にいく程度だ。
それ故、俺がトレジャータウンの情報に疎いのはまあ仕方ないとも言える事なのだが、リフルはどうして知らないんだろうか。
「…クジ引きです」
「…え?」
「………クジ引き、好きなんです」
一瞬リフルの言う事がわからなかったが、ふと俺は思い出した。あのパッチール、リフル命名によるとドールの店に、ソーナンスとソーナノがやっているお店があるらしい。クジを使ってクジ引きが出来るらしいが、まさかそれだろうか?
「トレジャータウンの買い物を済ませたら、いつもクジ引きしてるんです」
「…買い物よりも、クジ引きの方がメインだと?」
「まあ、ソーナノさんとソーナンスさんってお喋りって訳じゃないですからねぇ。店主からの情報は手に入らないのは当たり前ですよね」
そう考えると、やはり俺達の仲間にシャンプーがいてくれてよかった。俺達の弱点が情報に疎いという事がわかった。
「まあ、ともあれ。それで、そのヨノワールさんがどうしたんです?」
「いやぁ、実はですねぇ…トレジャータウンの皆さんはこう言っているんです。『時の歯車の守護者であるユクシーアグノムエムリットは時の歯車を封印しようとしている』って」
「…そりゃあ妥当だろうな」
時の歯車が狙われているんだ。それも考え付く事だ。
「いえ、その時の歯車のある場所がすいしょうのどうくつって所なんですけどね…1度、ジュプトルが時の歯車を盗もうと現れたんですって」
「………へぇ」
「しかし!ユクシーさんエムリットさんの情報を元にアグノムさんの見事な機転で時の歯車の強奪を阻止した訳です!残念ながら、ジュプトルは逃してしまいましたが…だけども、先程の情報があればジュプトルは再び現れる筈です!」
「…それで、すいしょうのどうくつでヨノワールがジュピ…ジュプトルを捕獲するって手立てですか?」
「はい!だからプクリンギルドの弟子達はその情報を流しているんですよ!」
「お前、プクリンギルドの弟子じゃねえよな?なんでそこまで知ってるんだ?」
「ふっふっふっ…」
シャンプーはニヤリと笑うとドロリとその身体が溶け、水たまりが出来た。
「僕は水に同化する事が出来るんです!即ち、どんな場所でも潜り込める事が出来るんです!という事は前言いましたよね!」
「興味無いから忘れていたな」
「そんなぁ…」
「そういえば、シャンプーと初めて会った時も溶けていましたね」
その情報の速さと多さはその能力のお陰なのだろう。度々だが、仲間になってくれてよかったな。
「事情は分かりましたが…それで?」
「見に行きましょうよ!ヨノワールさんの戦いを間近で見れるんですよ!」
目を爛々と輝かせてシャンプーは言う。
「…普通なら、ジュプトルを捕まえる為にポケモンの数は多い方が良いですが、ジュプトルは警戒するだろうからヨノワールさんだけが捕獲するという事になってるんですよ」
「随分…ヨノワールはジュピ、トルの事に詳しいんだな」
「そりゃそうですよ!ヨノワールはジュプトルを追って、未来の世界から来たのですから!」
今度こそ本当に俺はオレンの実を落とす。リフルも顔をしかめ、食べていたご飯を床に置いた。
「まあ、正直信じられない話ですよねぇ〜」
シャンプーは俺達の反応を信じられないといった反応だと思ったのだろうが、俺達はやはりそうだったか、と心の中で思った。
ジュピタを信じるのなら、ヨノワールはクロ。ジュピタを連れ戻そうとしている振りをしながら、未来世界の時の停止を求めている。ヨノワールの事を信じるのなら、ジュピタを完全なる善意で連れ戻そうとしている。
しかし、俺はとうにジュピタを信じる事にしている。もしジュピタが時の停止を目論んでいたとしても、その時は騙されていた俺が悪かったって事だ。
「だからヨノワールさんはジュプトルを捕まえるのに躍起になってるんですよ〜」
「…そりゃそうだろうよ」
「はい?何か言いました〜?」
「…いや、何も。それで、リフルはどうする?」
聞くまでもなかった。リフルの方に振り向いた時、リフルはとっくに探検の準備を終えていた。
「じゃあ、行きましょうか」
▼▽▼
「…それでリフル」
「…どうしました?」
先陣を意気揚々と突っ走るシャンプーの後ろで、俺はリフルに話しかけた。
「…俺はジュピタがのこのことやってくるような単純な奴じゃないと思うんだが…もし、やってきたら俺達はどうすれば良いんだ?」
「いえ、恐らくですが来ると思いますよ」
「どうしてだ?」
「勿論、ジュピタも罠かも知れないという可能性は考慮しているでしょう。だけどやって来ます。いえ、やって来なざるを得ない」
「罠だとわかっているなら普通は行かないだろう?」
「普通でしたらね。しかし、ジュピタの目的を考えて、そして今回のヨノワールの作戦を考えるとジュピタの来なざるを得ない理由がわかるはずですよ」
ジュピタの目的、それは時の歯車を集め、未来世界の時の停止を防ぐ事。
そしてヨノワールの作戦、それはすいしょうのどうくつの時の歯車を封印するという噂を立て、すいしょうのどうくつに誘き出されたジュピタをヨノワールが捕まえる、そういう作戦だ。
「いいですか?ヨノワールの立場から考えるとどちらにしてもメリットがあるんです」
「…ジュピタが来れば、捕まえられるし、来なければ時の歯車を守れる…そうか」
「裏を返せば、ジュピタは行かなければ時の歯車を取れないんです。その噂が嘘でも真実でも、どちらにせよ行かなくては時の歯車を取る事が出来ません」
「だから、行くしかないと…」
「今回の作戦を立てたヨノワールも中々の策士ですよね。『レガリアの
…ちょっと待て、今なんか変なことを言わなかったか…?
「ビートは『レガリアの
「シャンプーは…あ、いや、いい。それで、ほぼ来るの可能性が高いのはわかったが、それでどうすればいい?」
「…まあ、ヨノワールの戦闘力がどれくらいかはわかりませんが、確かにそこは考慮しないといけませんね。…ちなみにシャンプーは『レガリアの
「答えないでいいって」
「まあ、何はともあれ“何もしなくていい”です。例えジュピタが追い詰められ、捕まりそうになってもです」
「…きっとリフルの事だし、色々考えているんだろうが、少し薄情じゃないか?」
「いいですか?この先、4つの可能性があります」
両手の指を一つずつ折りたたみ、4の数字を表すリフル。
「1、私達が助けず、ジュピタが捕まらない未来。これがジュピタと私達にとっては1番最高の未来です。言わずもがな、私達がジュピタと協力関係にあると知られずに済みます。2、私達が助けず、ジュピタが捕まる未来。これはジュピタにとってはよろしくないですが、協力関係がバレていない以上、私達が自由に動ける。…さて、残りの2つはわかりますね?」
「…3が俺達が助け、ジュピタが捕まらない未来。4が俺達が助け、ジュピタが捕まる未来。どちらにせよ、俺達のジュピタとの協力関係がバレ、4に至っては非常にマズい事になる。………だから助ける必要は無いと?」
「ええ、私だって薄情だというのは重々承知です。承知です、が…ジュピタは自分が望んでこの世界に来たのです。ですから、本来私達が介入する必要は無いんですよ」
諭すようにリフルは言うが、しかしそれでも俺は腑に落ちない。だが、それを考えている内に、すいしょうのどうくつの1番奥に辿り着いた。
「あそこが隠れる場所に良さそうですよ!隠れて待ち伏せしましょう!」
随分と密着する形だが、俺達はヨノワールが来るのを息を潜めて待った。程なくして、ヨノワールは単体で現れた。
「…来ましたね!」
「………シャンプー、ステイ」
今にも飛び出しそうな勢いのシャンプーをリフルが押さえつける。こんな所でバレてしまっては元も子もない。
ヨノワールは時の歯車を眺め、トレジャータウンで見せていた優しげな笑顔とは違った、邪悪な笑みを浮かべた。
「クックックッ…これで、やっと始末出来る…」
「…なんか、怖い雰囲気ですねぇ」
ヨノワールの本性を知らないシャンプーは呑気な事を言っているが、あのヨノワール、あれが本性か?
「…来ましたよ」
リフルは辺りを見渡し、警戒しているジュピタを指す。当のジュピタは時の歯車の前に立つヨノワールを見つけ、大きく目を見開いた。
「あれが悪党ジュプトルですね…!」
「……………………」
「よく来たな、ジュプトル」
「…やはり、罠だったか」
「ああ、そうだ。しかしお前は来なざるを得ないと思っていたよ。未来世界の時の停止を食い止める為にはこの時の歯車が必要だからな!」
ヨノワールは時の歯車を背後に大きく笑う。そんなヨノワールの様子を見て、シャンプーは震え出した。
「…えっ?」
「この世界の奴らは単純だな、ジュプトルよ。私がお前をこの世界の時の停止を目論んでいると言ったらすぐさま協力してくれたよ」
俺達としてはシャンプーに説明する手間が省けるから、楽っちゃ楽だが、シャンプーは口を噤んだままヨノワールの言葉に耳を傾けている。
「お前が、救いたいと思っている者達は揃いも揃って馬鹿なのだよ!」
「ふざ…けるなっ!」
怒りの余り、ジュピタはヨノワールに飛び掛かる。しかしヨノワールは冷静にそれを眺めながら、不思議の玉を取り出した。
「あれは…しばりの玉です!」
リフルの言う通り、玉が光ったと思うとジュピタの動きが止まった。表情は怒りに染まりながら、プルプルと震えている。
「単純なのはお前もだな…クックックッ…」
ヨノワールが冷凍パンチをジュピタに放ち、弱点ということもあってか、ジュピタは1発で沈む。
俺は今でも飛び出していきそうな勢いだったが、リフルが尻尾を強く握ってくるためにそれが出来ない。己の無力さに俺は歯を食いしばる。
「…帰りましょう、シャンプー、ビート」
あなぬけの玉を取り出したリフルの言う事に従って、俺達は帰路についた。
▼▽▼
家で俺達は顔を合わせながらも、押し黙っていた。そんな沈黙を破ったのは、やはりと言うかリフルだった。
「…黙っていても仕方ありませんし、シャンプーにも真実を伝えます」
ジュピタと出会った事。そして思った事、今までしてきた事を全てシャンプーに話した。シャンプーはいつにない暗い表情で口を開いた。
「…正直、リフルさん達が隠してた事はなんとなく知っていました。だけど、僕はヨノワールを信じたかったんです」
「……………………」
「ジュプトルさんが悪くて、ヨノワールが良い。周りもそう言って、僕もそうであると信じてました。…だけど、今日の出来事で確信しました」
少し俯いて、顔を上げたシャンプー。その瞳に決意の意思を感じた。
「…僕は、自分の信じたいものだけを信じます。それは、ジュプトルさんのこの世界の時を守りたいという確固たる意志と、貴方達を」