リフル曰く、時の歯車はそう簡単にそこらへんにあるわけでは無い。時を司る時の歯車が、俺達がすぐ見つけられる場所にあるはずがない。それ故、リフルは中々探検隊でも行かない場所だったり、謎が多い場所に向かう事に決めたのだ。
シャンプーの妙な顔の広さで俺達は時の歯車の在り処であろう2つの場所に見当をつけた。
「とりあえず、この事はシャンプーに黙っておきましょう。互いの実力を認め合って仲間にはなりましたが、しかし日が浅いですし、そう簡単には説得出来ないでしょう」
「…だが、騙しているようで気後れするな」
「デメリットの事を考えると仕方ない事です」
そして、シャンプーに気付かれぬよう、俺達は時折別行動という形で俺とリフルのどちらかが、単体で散策に向かう事にした。
今日、俺は名前無きダンジョンで単体向かう事になった。そのダンジョンは、どんなに潜っても戻ってしまうというただでさえ不思議なダンジョンだというのに、不思議過ぎるダンジョンだ。そういう謎が多い場所に時の歯車があるらしい。無論、絶対に存在するとは言い切れないが。
そういう事で、リフルはシャンプーと依頼遂行、俺は鍛錬という名目で別行動を取る事になった。なったのだが…
「探検、探検〜」
その摩訶不思議なダンジョンに向かう同行者、プクリンことフェアリン(名付け親は当然リフル)がご機嫌そうに先導を取る。
リフル達が依頼を受けにプクリンギルドに行った時の事だ。ペラップことペップー(当たり前のようにリフル)は頭を痛そうにしながら俺にとある依頼を頼んできたのだ。
「親方を…探検に連れていって欲しい」
「…えっと、どういう事だ?」
「親方様が、探検をしたいというのだ。しかし、親方様は親方様の立場というものがある。それ故、私は最初拒否したのだが…そうすると親方様がこう言うのだ…『真面目に働くぞ』と…」
「それは脅しなのか…?」
「ああ、少なくとも親方様の真面目は脅しなのだ。…親方様をそこらへんの探検隊に任せる事はしたくは無いし、扱えるとも思えない。私はお前達を評価しているのだ。勿論、報酬は支払う、頼まれてくれるか…?」
まあ随分と高く評価してくれているな、とは思った。俺も名高いあのプクリンギルドの親方と探検が出来るのは、これとない大チャンスだ。二つ返事で引き受けたのは良かったのだが。
「それで、僕達はどこに向かっているの?」
意気揚々と先陣を切っていたのによくいけしゃあしゃあと言える親方の精神にはもう目を見張るものがある。
「…最奥部に辿り着けないと言われるダンジョンですよ」
「何それ!すっごく楽しそう!」
早くもテンションの差というものに心が折れそうになっている俺とそれを気にも留めない親方。異色過ぎるし、異例過ぎる。
程なくしてそのダンジョンの入り口に着いた。入り口から入っていくと、そこには2つの分かれ道があった。右か、左か。とりあえず、適当な方を行って、違ってたらもう片方に行ってみようと思う。
「行きましょう」
「うん、探検探検〜」
まるで妖精のような親方だが、実力はきっと凄いものだろうと俺は思ったが、その希望はいとも容易く砕かれたのだ。
いや、そう表現すると語弊を生むだろう。正しく言うなら、親方の強さは桁外れだ。襲い掛かる敵々を簡単に屠り、敵の攻撃を喰らってもなんともない。
それほど強いのだが、問題はそれ以外だ。
「あっ!アイテムが沢山あるよ!」
「…どう考えてもモンスターハウスでしょう…って、おい…止まれ、おい!!」
飛んでモンスターハウスに入る親方。
「わーい、おもしろーい!」
「…………いい加減行きません?」
泥まみれではしゃぐ親方。
その他、ダンジョンを遊び場だと思っている親方による自由奔放な立ち振る舞い。そりゃあ、ペップーが言う通り生半可な探検隊じゃ相手が務まらない訳だ。高い評価を得た俺でさえ心はもう何度も折られている。
似たような雰囲気を持つシャンプーや、冷静沈着に策を講じるリフルなら相手が務まったのだろうが、俺には無理だ。出来ることならあなぬけのたまを使ってさっさと帰りたい。
そんな事が出来るはずもないので、俺は致し方なく親方に振り回される。弄ばれながらも進んで行った筈だったが、俺たちは入り口に戻ってきてしまった。
「噂通りって訳か…」
ならばもう片方の方…と思った俺だが、ふと疑問に思った。俺が行ってない道が正解なら、噂になるはずもない。俺だけじゃなく、2つの道があったらどの探検隊も虱潰しにどちらも行ってみるだろう。
つまるところ、どちらに行ったとしても恐らくここに戻ってくると予測出来る。だが、ここ以外に分かれ道は無い。
「ふーむ?」
「ねえねえ、ボクお腹空いた」
「…セカイイチでも食べたら如何です?」
ペップーに貰ったセカイイチの1つを親方に投げ渡すと、親方は嬉しそうにセカイイチを頭の上で回し始めた。食べるんじゃねえのかよ。
「ルン、ルン、セカイイチ〜」
「はしゃぐと落としますよ…」
俺の忠告を聞かず、親方は上機嫌でセカイイチを回し続ける。すると、予想通り、セカイイチを落とし、セカイイチは地面を転がる。
「ああっ!ボクのセカイイチ!」
親方はセカイイチを追っかけ、壁の中に消えていった。
「…えっ!?」
俺は親方が消えていった壁に近付き、そっと壁に触れてみた。すると、俺の前足は壁の中に吸い込まれていった。
意を決して、壁に向かって俺は歩いてみると、俺の身体は壁にぶつかる事なく、すり抜けていった。
「…成る程な」
右の道でもなく、左の道でもない。壁だと思っていた真ん中の道こそが正解の道だったという訳だ。通りで、どちらに行こうが元の場所に戻ってしまう訳だ。
親方のお陰で謎は解けたが、その親方はセカイイチを追っかけて何処かに消えてしまった。ただ、恐らくこの道が正解ならば、行き止まり、つまり最奥部があるはずだ。行き着く先は最終的にはそこだから、まあまずは1番奥を目指して行こう。
しかし親方がいなくなってわかったが、ここの敵は案外強い。勿論、今の俺の実力なら問題は無いんだが、それらの攻撃を軽く耐え、1発でうち沈める親方の実力…これで本当に性格面に問題が無ければ完璧なんだがな。
「所々に罠が見えるな…」
十中八九、親方の遊んだ後だろう。後を追いかける身である俺はその罠を踏む事は無いから、助かるっちゃ助かるが…。あんだけ罠を踏んでおいて親方は大丈夫なんだろうか。
そうこうしているうちに、どうやら1番奥に到着したようだ。そして、そこには…
「…時の、歯車…」
キザキの森で見つけた神秘的な時の歯車。やはり、リフルの仮説は正しかった。まあ見つけたからって取ったりするつもりは無いんだがな。
さあ親方と合流して帰ろう、そう思った俺は踵を返す。すると、先程まで俺が立っていた場所に影が襲いかかった。
「…グルル」
「………何者だ」
影は次第に大きくなり、1匹のポケモンに代わる。そのポケモンの名前は、確かギラティナ。ギラティナは紅き双眸で俺を睨みつけている。思わず震え上がってしまいそうなプレッシャーだが、生憎俺はプレッシャーには強い。
「オ前ハ…秘密ヲ知ッタ…生キテハ、帰サヌ」
ギラティナはそう言うと影へと溶け込んでいった。恐らく、シャドーダイブだろう。影に隠れられてはなす術が無い。
しかし、影への対処法はある。火炎放射、応用編。
「炎天!」
火炎放射のパワーを放出せず、腹の中に溜め込むイメージで、それを球状にして、一気に解き放つ。断っておくが、これは攻撃技では無い。だが、炎タイプ技のダメージがあがる、日差しの強い状態…それよりも非常に効果のある光を放つ。
光に照らさた地面に、蠢く影が出現する。どうやらシャドーダイブは影へと潜むというより、自身が影になるようだ。しかしこれで相手の居場所が丸わかりだ。攻撃してくる場所がわかるならば、避けやすい。
飛び出してきたギラティナのシャドーダイブを悠々と避け、隙だらけの腹に火炎放射を放つ。
「グオオッッ!!」
「効くか?そりゃあそうだろうな。この光が俺に力を与えてくれている」
俺のオリジナル技、炎天には炎タイプの威力を倍増し、確認した中では草タイプ、水タイプ、氷タイプの威力を激減させる効果を持つ。完全なる補助技だ。
リフルやシャンプーからは私達の前では絶対に使うなと釘を押されているが、今は別行動中だし構わないだろう。
火炎放射を喰らったギラティナは体制を立て直し、俺にではなく、炎天の光球に向かって爪を伸ばした。光球の効果を恐ろしいと感じたのだろう、多少のリスクを負ってでも破壊する目的だろう。
だが、言わせてもらおう。
「お生憎様御愁傷様、だ」
ギラティナの爪で切り裂かれた光球は、破裂し、無差別に熱線が放たれる。火炎放射のパワーを凝縮して生み出したものだ。無理に壊そうとすれば、そのパワーは辺りに放たれる。
無論、狙って相手にダメージを与える事は難しいが、ギラティナの身体の大きさもあって結構なダメージを与えられたようだ。まあ、俺も避けきれなかったから効果今ひとつとはいえダメージを負ったがな。
「ぐっ…くっくっくっ…これでわかっただろ。お前は俺に攻撃出来ない」
「黙レ…!」
ここで攻撃を止めるような奴だったら最初から話を聞いている。ギラティナは直接攻撃をやめて、シャドーボールを放ってきた。スピードも然程無い、避けるのは容易い。
しかし、炎天が壊されてしまったのは少し痛いな。あれを放つ為に火炎放射のPPを沢山消費するんだ。2発3発と続けて打てる技では無い。
「まあ、俺にはアイテムの力ってのがあるんだけどな」
ふらふらのタネを隙を付いてギラティナの口の中に放り込む。突然、口の中にタネを放り込まれたギラティナは吐き出そうとしたが、もう遅かった。ふらふらの効果が出たのか、シャドーボールをあらぬ方向に放ち始める。そして駄目押しにばくれつのタネを投げつける。
「グオオオオオオッッ!!」
雄叫びを上げてギラティナはその場に倒れる。…いくらなんでも弱過ぎじゃないのか?
「グオオ…う、ううっ…」
倒れたギラティナの姿がぐにょぐにょになったかと思うと、そのポケモンは真の姿に戻った。
「…成る程、へんしんか」
普段より潰れているメタモン、こいつはギラティナに変身して俺を倒そうとしたのだろうが、残念だが強さが伴っていなかったな。
「ぜ、絶対に…逃さないんだから…」
「…なあ、お前はどうしてそう俺を目の敵にするんだ?別に俺は時の歯車を取ろうとなんて思っていないんだが」
「嘘を、つくな…!」
メタモンの迫力に一瞬気圧されるが、しかし俺は見ず知らずの奴に嘘吐き呼ばわりされて頭に来ないポケモンでは無い。
「…お前、立場がわかってて言ってるのか?」
「お前は…昔、ここに来て、僕に襲いかかってきた…」
「…………………!」
一体どういう事だ?俺は元々人間だ。昔、と言われても俺には記憶が無いし、人間の状態で襲ったとは考えられない。
「…ニャビーの俺がか?」
「…そうだよ」
「だったら残念だが同種族別ポケモンだ。俺はそんな戦闘狂では無いし、詳しくは言えないがアリバイと呼べるものがある」
「…信じられると思うのか?」
「信じられないとは思うが、とりあえず俺は何もせずに帰る事は確約しよう」
これ以上何を言っても無駄だろう。
「待って〜〜〜!!僕のセカイイチィ〜〜〜!!」
俺とメタモンの間でギスギスした雰囲気が流れてた間に、セカイイチを追っかけて親方が割り込んできた。
「親方…?」
「プクリンさん!?」
俺とメタモンは顔を見合わす。
「…親方、まさかここに来たことがあります?」
「…プクリンさん、まさかこのポケモンと知り合いですか?」
「んー?僕とビートは友達だよぉ〜、勿論君もね〜!」
親方の反応でわかった。親方はここに来たことがある。親方の性格もあるし、メタモンも信用して帰らせたのだろう。そして恐らく狙ってやったのではないが、すり抜ける壁のギミックも前に解いていたのだろう。
やはり、親方は恐ろしい才能だ。その才能を打ち消す程の問題な性格さえ無ければ…性格さえ無ければ…!!
「…えっと…どうやら、僕の勘違いだったみたいですね…」
「…いや、俺は記憶を失っているだけだから、もしかしたらという可能性もある」
「それでも、プクリンさんが認めた貴方なら信頼出来ます。先程までのご無礼、お許し下さい」
「どうしたのー?君達もともだちともだち〜!」
親方のお陰でこの場はどうにか納まった。そういう点では親方の性格は評価出来る所があるが。
最奥部にも到着した事だし、その後俺達はトレジャータウンに戻った。ペップーの依頼も完遂したし、リフルの予想の裏付けも出来たし、自身の過去を思い直す機会を得られた。今回の探検はなかなかの収穫だったな。