ポケモン不思議のダンジョン 空の外伝   作:チッキ

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Chapter1 ある森の中で
第1話 2匹の出会いと紡がれる物語


 爽やかな木の匂い、森のせせらぎ、身体を包むフカフカの毛布、ずっとこのままでいたいという気持ちもありながらも、俺はうっすらと瞳を開けた。ボヤけた視界から入ってくる情報を整理しながら、俺は今日一日の予定をたてる。それが俺のいつもの寝起きだった。

 しかし、今日に限ってそれを許さなかった。俺の視界に映る部屋の内装は、俺が見た事の無い場所だったからだ。身体に取り巻く眠気は一瞬で吹き飛び、俺は立ち上がって周りを見渡した。

 寝ぼけ眼の空見だったらよかったものの、どうやら俺は本当に知らない場所にいるみたいだった。

 

「俺は、一体…」

 

 何故こんな状況になっているかを、俺は自分の記憶を整理してみようと思った所に、突然声をかけられた。

 

「目が覚めたんですか?」

 

 思わず声のする方に振り向くと、俺は再び驚かされた。

 

「森の中に倒れていたので、とりあえず私の家まで連れてきましたけど」

 

 今まさに採ってきたのであろう新鮮な木の実の入ったカゴを置いて、ツタージャは俺に話しかける。

 

「でも、こんな不思議のダンジョンでも無い場所で倒れるって何かあったんですか?」

「ポケモンが…喋ってる…?」

 

 俺は思わず口に出した。その言葉にツタージャは首を傾げる。

 

「ポケモンが喋ってる…?普通じゃないんですか、貴方もポケモンなのに」

 

 今日だけで俺は何度も驚かされた。ツタージャの口から出た驚愕の真実に俺は自分の身体を見た。

 

「………何だか、危なさそうなポケモンですね」

「いや、違う!俺は人間なんだ、今はポケモンの姿になっているけども…!」

「じゃあ何ですか、貴方は元々人間だったけれどニャビーになってしまったと?絵空事も甚だしいですよ」

 

 そう、火猫ポケモンことニャビーに俺はなっていたのであった。

 

▼▽▼

 

「…まあ、貴方が人間であるというのが嘘だったとしても、そう嘘をつく理由が無いですもんね…とりあえずは信じておきます」

 

 ツタージャのリフルという子はどうにも疑り深い性格があるらしく、俺が元々人間であるという事を信じさせるのに非常に時間がかかった。

 

「貴方が倒れていたのも、人間の世界からこちらの世界に来る時に何かあって意識を失ってたんでしょうね」

 

 客観的に聞くと、やっぱり信じ難い話だと思った。そう考えると、リフルって子は疑り深いけれど悪い子では無いと感じる。

 

「それで、人間の時の記憶はあるんですか?」

 

 そう言われて俺は自分の記憶を探ってみる。しかし、ズキリと頭が痛むだけで俺は何も思い出せなかった。

 

「………………………」

「どうやら思い出せないみたいですね」

 

 期待はしていなかった、と言わんばかりに首を振って、彼女は俺に何かを投げつけてきた。四足歩行であるニャビーの身体では上手く受け止められないと思ったものの、意外にも前足でキャッチすることが出来た。

 

「オレンの実です。甘酸っぱくて美味しいですよ」

 

 リフルは自分の分のオレンの実を齧る。それを見て俺もオレンの実を齧ると、甘酸っぱさに多少苦味も混じっている味が口の中に広がる。美味しい。

 オレンの実を食べ終え、腹を満たした後、リフルは俺の顔を見つめて言った。

 

「さて、これから貴方、どうするんですか?」

 

 確かに、今の俺には記憶も無いし知識も無いし、頼れる者なんて全くいない。所謂詰みという状態だ。

 

「俺は…記憶を探したい。自分がどうしてポケモンになってしまったのかも、きっとその記憶にあるはずだから」

「当てはあるんですか?」

 

 うっ、と俺は言葉がつまる。そんな様子の俺を見て、リフルは溜息をついた。

 

「記憶も今はどうでもいいですし、頼れる者なんてゆっくり作っていけばいいんですよ、まずは知識が大切だと私は思いますよ」

「そう…だな」

「人間の世界がどうだったかわかりませんが、まずはこの世界の常識について知るべきです」

 

 そう言うとリフルは立ち上がり、俺について来るように促す。

 

「とりあえず、この場合は何はともあれ行動してみるのが得策です」

 

▼▽▼

 

 リフルの住処を出て、森の中を少し歩くと、突然森の雰囲気が変わったような気がした。なんだか、身体中がピリピリするような感じ。

 

「ここは“オレンのもり”と呼ばれる不思議のダンジョンです」

「不思議のダンジョン…?」

「ええ、この世界には不思議のダンジョンと呼ばれる場所が沢山あります。その不思議のダンジョンは入るたびに地形を変え、落ちているアイテムも変わっていくという摩訶不思議な場所です」

 

 だから、不思議のダンジョンと呼ばれていると…

 

「それと…不思議のダンジョンには敵ポケモンが出てきます。倒しても倒しても湧き続けるんで、進行の邪魔になる相手だけを倒すようにしましょう」

「へぇ、変わった場所だな」

 

 感心しつつ、リフルの後ろをついていると、突如俺の脇腹当たりに衝撃が走った。

 

「そうそう、ここはそこまで強くありませんけど、気を抜いてるとそんな風にやられてしまいますよ」

 

 ケムッソの体当たりをモロに喰らい、一瞬視界が歪み、崩れ落ちそうになる。しかし、気力で踏ん張り、ケムッソに対して火を放った。火の粉はケムッソに当たり、ケムッソの身体が吹き飛ぶ。そして地面に墜落した後、身体が透明になっていき、ついには消えていった。

 

「…今のは?」

「不思議のダンジョンだけに出てくるポケモン、その名も不思議のポケモンの研究はイマイチ進んでいないので詳しくはわかりませんが…私達とは違って、倒されるとあのように消滅するのです。と言っても倒す事に気を病むことは無いですけどね、不思議のポケモンと私達、普通のポケモンは性質自体が違いますから」

「つまり、別の生き物と言うことか?」

「遠かれ近かれって所ですかね、不思議のポケモンの中にも、戦いの中で友情を見出し、新しい仲間になるって事もありますし。貴方はともあれ、不思議のダンジョン生まれのポケモンだっていますから」

 

 なんとなく理解したが、それでもまだ不可解な所がある。

 

「じゃあ俺達が倒されたら?」

「私達ポケモンには、瀕死という状態があります。その状態になると、動けずただ助けを待つだけです。基本的に、不思議のポケモン達の攻撃は皆、瀕死状態に追い込むだけです。復活のタネさえあれば、復活のタネがあるだけ瀕死状態から回復出来ますが。しかし…」

 

 リフルの顔色が曇る。

 

「…私達普通のポケモンが戦うと、瀕死状態ではなく死亡状態になる事があります」

「つまり、死ぬって事だな」

「はい、死亡したポケモンは復活のタネでも絶対に生き返りません。老衰や病気による死亡もありますが、故意的に相手を死亡状態へと追いやった場合は、悪いポケモン達を取り締まる保安官にお尋ね者として追われる事になります」

「お尋ね者、犯罪者か」

「その他にも泥棒や詐欺などで追われる者もいますけどね、このポケモンの世界では三大タブーの内の1つです」

「残り2つは?」

「多分ピンと来ないでしょうから、機会があればで」

 

 なんてことない様子でリフルは角から飛び出てきたキャタピーの体当たりを避け、尻尾を叩きつける。キャタピーはその一撃でやられてしまった所から、中々の強者と感じた。

 

「知識も大切だろうけど…やっぱり強さは持ってなきゃ行けないか?」

「質問ばかりですね貴方。まあいいですけど、答えはYesと言えますけど、Noとも言えます。持つべきものは正しい強さです。…と言っても、貴方は大丈夫だと思いますよ。普通、いきなりポケモンの姿になったらその身体の使い方が上手くいかないはずです。私も、人間になったらきっと上手く動けませんよ」

 

 確かに俺は一心不乱だったとは言え、火の粉が放てたし、正直四足歩行である今の姿もあまり違和感を覚えない。まるで昔からこの姿だったかのように。…そう考えると、俺は人間の時はきっと器用な人間だったんだろうと推測出来る。

 

「…なんとなく理解した」

「理解していただいたところで、私から質問しますね。貴方は私を見た時に、“ポケモンが喋っている”と言っていましたが、これは貴方がいた世界ではポケモンが存在していたという事でしょうか?」

 

 自分の発言を思い出して、リフルの言葉に頭を悩ませる。確かに、俺のいた世界にポケモンが存在していたという事実があるからこそ、俺がそう発言したはずだ。

 加えて、ポケモンは人の言葉を喋る事は無いという事と、種類は違うもののニャビーの俺とツタージャのリフルが話している事からポケモン同士は話が出来ると予測がつく。

 

「俺のいた世界では、様々の種類のポケモンという種族と人間という種族があった、としか今はどうも…」

「そこらへんも曖昧なんですね。しかし、私の知識では“人間”という存在はお伽話での話でしか聞いたことが無いんですよ」

 

 お伽話っていうのは昔話みたいなものだから、この世界に人間は過去に存在していた可能性がある。と、いう事は…

 

「過去から来たという可能性も否めない、と」

「未来という可能性もありますよ、この先、再び人間が現れるかもしれませんし。どちらにせよ、貴方はこの空間の住民では無い、或いはこの時間の住民では無いという事がわかりますね」

「それなら俺がどんな奴だったかを確かめる方法はこの世界には無いな。ならばどうしてこの世界に来たのかという疑問と元の世界に戻る方法を探るべきだな」

 

 リフルは中々頭が切れるからトントン拍子に話が進む。自身の記憶が無く、不安になるはずの自分がリフルと一緒にいると安心出来る。

 しかし、リフルにもリフルの都合がある。俺は俺の為にまずは身体でも鍛えて、いや、まずは住処を探すべきか…?

 

「1番奥まで着きましたよ」

 

 物思いに耽っているとリフルから声がかかり、リフルの方へ向くと沢山のオレンの実があった。

 

「ここにはオレンの実が沢山あります、昨日の大雨のような日もありますし、食糧も2匹分1週間程備蓄しておきたいので」

「…2匹分、1週間…?」

 

 リフルはオレンを拾う手を止めて、何を言っているんだと言いたげな顔で振り向いた。

 

「当たり前でしょう、昨日のような大雨だと外に出れませんし、そういう日に備えて食糧は貯めておくべきでしょう?」

「い、いや、そこでは無くて…つまり、俺はリフルの家で暮らす、と?」

「1匹じゃ寂しいですし、それに貴方にはちょっと不謹慎かもしれないですけど、面白そうですしね」

 

 笑みを浮かべたリフルに困惑しながらも、俺はリフルの提案を受け入れる事にした。

 今、ここに俺とリフルの物語が始まるのだった。

 


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