なくならないもの   作:mn_ver2

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キス島が攻略できません。
建造しても、ドロップしても、かぶり艦だらけ。
陸奥×2、飛龍×2、山城×3、隼鷹×2、龍驤×2
……うっ、資源が。
燃料足りない症候群で常に200前後。
あと第六駆逐隊はなんとか全員改に。
霧島さえ来たら第四艦隊が解放されて遠征も捗るんだけどなぁ……。


死神の嗤い

 男は床を這いながら執務室に入った。

 その跡はべっとりと血が線を引いている。

 執務室であるその部屋に天井はなく、壁は破壊され、下に広がる絶望を見せつけてくる。

 止まない砲撃。悲鳴。叫び。

 

「どうして……こうなった……」

 

 鎮守府正面海域は何も問題なかったはずだ。それなのに、なぜ。

 奇襲を受け、こちらは完全に後手にまわってしまった。必死の防衛戦を繰り広げているが……艦娘たちはほぼ全員やられた。毎日を共に過ごして来た艦娘たちが、だ。それは男の人生の中で、間違いなく最も絶望を感じた時であったろう。ここを落とされるのは時間の問題……それもすぐだろう。

 せめて、と。

 奇跡的に偶然机の上に置かれていたカメラが目に入る。

 限界の力を振り絞って腕を伸ばし、ペンやら置物などを払い落としながらなんとかそれの掛けひもを掴んだ。

 

「う、ぐ……ぉぉおお!!」

 

 もはや男の命は風前の灯火。それすらも力に変えて為すべきことを為す。まさに提督の鏡である。

 敵の大将をカメラに捉え、シャッターをきる。確認などどうでもいい。これを誰かに送らなければ。

 敵の一部がこちらに気づき、顔を上げた。

 

「はは……ここまでか」

 

 そう言いながらもカメラをゆっくりと接続し、宛先を確認せずにアップロードする。

 アップロード先は、最悪なことに、悪評で有名な『死神』提督だった。しかし、男はその提督の本質をよく理解していた。そしてその『疫病神』もだ。ふたりとも他の提督たちからは忌み嫌われる存在……。

 だが、男はこのふたりに全てをかけることにした。

 彼がこの戦争に本気で向き合おうとしている数少ない提督のひとりでもあるからだ。そしてその『死神』の指導により、『疫病神』はあまりにその見た目にそぐわぬほどの力を手に入れた。

 これは期待してもいいはずだ。

 鬼の砲がこちらを向く。その表情はどこまでも冷たく、淡々としていた。

 やれることは全てやった。

 小さく口角を上げる。

 

 ーーいいだろう。お前の砲弾が俺の身体にめり込むまでこの眼、開いておいてやろう。そして、『死神』と『疫病神』に存在を知られたことを後悔するんだな。

 

「ふっ……あと、は任せたぞ……『死神』」

 

 鬼の砲が深紅の火を吹き、執務室を根こそぎ吹っ飛ばした。

 

 この日、五本の指に入るほど有力だったとある鎮守府は、たった一体の###とその取り巻きによって、僅か数時間で、完全に壊滅させられた。

 

 ◆

 

「お前ら! 大丈夫……か?」

 

 陸奥の言う通り、提督は大淀と共にすぐに出撃ドックに飛び込んで来た。

 だが、金剛たちの姿を見ると、その言葉がしだいに覇気をなくしていった。

 

「なんでお前らが……」

 

「私がここに行こうって言ったんです……」

 

「比叡……」

 

 提督ははだけた制服を整えると、中に入って来た。

 

「見られてしまったからにはもう誤魔化せない、か」

 

「提督、それはどういうことなの?」

 

 金剛が尋ねる。

 なにしろ、金剛たちの知らないところでこうして赤城たちが出撃し、さらには傷ついてしまったのだ。おいそれと見過ごすわけにはいかなかった。

 

「……はあ、話すしかないか。あとで執務室に来い。そこで話そう。赤城、長門、陸奥、お前たちもだ。高速修復材を使うから大丈夫だよな?」

 

「はい。それなら問題ないです」

 

 赤城が返事する。

 金剛にとって、提督が言った高速修復材なるものがどんなものかわからなかったが、名前の通りはやく傷を修復する薬か何かだろうと推測した。

 提督が出撃ドックを出る。

 

「では私たちは入渠しようか。待たせたら悪いからな」

 

 煤けた服を気にする様子のない長門にはもう少し恥じらいを感じてほしいものだ。

 艤装を完全に解除し、整備机の上に置く。

 

「ねえ長門、入渠……だっけ? するんだったらそれ、私たちが片付けておいてあげるよ」

 

「気持ちはありがたいが……断る。これは私の艤装だからな。自分でしたいのだよ」

 

 金剛の善意があっさり拒絶される。別にそれに怒りを覚えることはないが、まさに軍人――と表現すればいいのだろうか――のような心構えだった。

 そのこだわりはやはり金剛にはわからない。しかし、赤城も陸奥も同じようだったから、なんだか金剛だけ一歩引いた世界にいるみたいだ。

 

「ごめんね」

 

「気にすることはない。その心遣い、感謝するぞ」

 

「どういたしまして」

 

「うむ。提督に少し遅れると伝えてくれ」

 

 快く返事をして、金剛たちは出撃ドックを後にした。

 戦争とは忌むべきことであり、してはいけないことだ。そう書物で耳ではなく目に蛸ができるほど金剛は目にしてきた。

 しかし、金剛たちのしていることはその戦争だ。ではこれは忌むべきことなのか? と疑問に思う。これはおそらく違う。少なくともこちらに非はなく、一方的な向こう側からの侵略から始まった戦争だと聞く。

 ならばこれは正当なものであるはずだ。きっとその考えは正しいのだろう。それでも金剛にはどうしても、この鎮守府に残る残らないの判断の材料にしたい疑問があるのだ。

 それは、なぜ戦うか。だ。

 今の金剛には自覚はないが、その身体には軍艦の魂が宿っている。そうであることは確かだが、それと同時に女の子でもあるのだ。なのにどうして傷ついてでも戦えるのかがわからなかった。

 深海棲艦との戦いによって人々が救われているのは事実である。

 人々を守るためだけなのか? それだけなら金剛は腰を上げられないような気がする。立派な目的だ。それを否定しようものなら非難の嵐に晒されるのは明白なことである。

 最後に後ろに振り向いて長門たちを一瞥した金剛は、執務室に向かうのだった。

 

「気にしなくていいわ、と言うのは無意味ね」

 

 加賀がぼそりと呟く。

 

「まあ、ね」

 

 金剛がそれに反応する。

 車椅子移動もいつの間にか慣れてしまった。初めは少なからず羞恥を感じていたが、今ではそれはない。が、明日には卒業するつもりだ。筋肉痛が治ればだが。

 

「お姉様……」

 

「うん。なんとなくわかってるよ」

 

 心配そうな霧島を金剛がなだめる。

 言わなくてもわかっている。提督の話そうとしていることは、おそらく金剛に深く関わりのあること。

 

「榛名は……聞かない方がいいと思います……」

 

 それは、きっと金剛を傷つけることになるから。

 何も言わないが、きっと比叡も気にしているはずだ。しかし、それでも金剛は聞きたい……いや、むしろ聞くべきだと思った。

 

「ううん、私は聞きたいな。きっとそれで、もっと『戦い』を知ることができるから」

 

「正直止めたいところなのですが……そんな眼をされると止めようがありませんね」

 

 霧島に指摘されて初めて自分の眼に力がこもっていたことに気づいた。

 

「えっ? ああ、ごめんね」

 

「いえいえ」

 

「これが終わったら、今度こそ教えてもらうね、比叡」

 

「はい! もちろんです!」

 

 グラウンドの端を横切り、提督のいる本棟まではもうすぐだ。

 暖かい日差しがぽかぽかと感じ、これから重い話を聞きに行く金剛たちとは正反対だ。

 

「あれ? 金剛さんじゃん」

 

 ベンチに座っていたのは大井と北上だ。

 ふたりがレズだというのは前から知っている。というより、大井からの一方的な愛情なのだが。

 素晴らしい百合の花を咲かせていたようだが、北上は金剛たちに気づくとピンク色の会話を止め、こちらに手を振った。

 

「北上と大井だね? うん、ちゃんと覚えてるよ。こんにちは」

 

「覚えててくれて嬉しいなぁ。こんにちは」

 

「ちょっと、私の北上さんを誑かさないでくれる? ……って言いたいところだけど、今日だけ許してあげるわ」

 

「え、いいの? ありがとう」

 

「心配性だなぁ大井っちは。私は大井っちのこと好きだし、金剛さんのことも好きだよ」

 

「北上さん……!」

 

 大井が北上の手を握り取り、目を輝かせる。その眩しさはもう神々しさの域にまで達していて……。

 これはまたシスコンとは違うアブナイ香りだ。

 

「ところで金剛さんはどこに行くの? もし暇だったら一緒にどこか行かない?」

 

 北上の提案はとても嬉しいものだったが、提督の大事な話があるから、苦虫を噛んで断ることにした。

 

「ごめんね。ちょっと今から執務室に行かなくちゃいけないんだ。だからその後でもいい?」

 

「ふーん。なら仕方ないね。じゃあここで大井っちと話でもして待ってるよ」

 

「本当にごめんね」

 

「ううん、大丈夫だよ。その間に大井っちと話すのも楽しいからね」

 

 そう言って北上は握られていた手を握り返す。当の大井はというと、頬を薄く朱色に染めている。

 シスコンとかレズとか、全くそういうものに明るくない加賀は、まさにその二大勢力に挟まれている状態であり、なんだかむず痒かった。

 加賀の赤城への思いはそういった愛情ではない。大きなカテゴリーで括ってしまえは愛情ではあるのだが……違うのだ。

 比叡たちも大井も、ひとりの女を好きという気持ちに嘘偽りはない。加賀とて金剛のことは好きだ。変な意味ではない。ただ、そのベクトルが違うのだ。

 人の生き方は様々だ。そこには口を出さないでおこう。加賀はそう思うのだった。

 

「それじゃあまた後で〜」

 

「うん。またね」

 

「さよなら金剛さん。ところで北上さん……」

 

 などとさっそく大井が話題を投げかける。

 比叡たちはそんな様子を見て、ある意味大井を尊敬した。

 北上は少し鈍い系だが、それに臆さず果敢に絡んで行くその熱い愛情!

 

「私たちも見習わなければいけませんね」

 

「気合いを入れれば……!」

 

「3人で寄ってたかっても逆にむさ苦しい気が……」

 

 各々金剛へのアプローチを考えるが、やはりどれだけシミュレーションしてもこれというものは思い浮かばない。

 艦隊の頭脳、霧島。頑張れ。

 

「そろそろ着くね」

 

「えっ? あ、はい! そうですね」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんでもありません!」

 

 急にかけられた金剛の声にびっくりしたようで、ハンドグリップを握る手がびくり、と震えた。

 

「緊張するわね」

 

「意外です。加賀さんも緊張するなんて」

 

「ええ。といっても、これは武者震いとかではないけど」

 

「大丈夫、皆緊張してますから!」

 

「それは私を慰めようとして言っているのかしら」

 

 的外れな榛名の言葉に加賀は薄く微笑む。

 

「でも……少しは緊張がほぐれたわ。ありがとう」

 

「はい!」

 

 エレベーターを上り、執務室の階へ。

 霧島がドアをノックする。

 

「ん、入っていいぞ」

 

 中にいる提督に促されて霧島たちは中に入る。

 提督は窓際に立って外を眺めていた。広がる青い海を。

 

「赤城さんたちは少し遅れるとのことです」

 

「そうか。ところで霧島」

 

「はい?」

 

「今の俺、なんか提督っぽいだろ?」

 

「は?」

 

「いやこうやって外を眺めてるこの感じっていうか」

 

「言われれば……まあ、そうですね」

 

「ここで臭いセリフのひとつやふたつ言えれば完璧だと思ったんだが……思い浮かばなくてな」

 

「『……やはり海は綺麗だな』とか言ったら結構いいんじゃないかな?」

 

「おお、金剛! それいいな! いつかその言葉使わせてもらうぞ!」

 

 これから大事な話をするというのに、このゆるさはなんだろうか。そんなことを訊いてくる提督も提督で少々カッコ悪い。

 

「……前置きはこんなもんでいいか。本題前の談笑だよ。最初から重かったら俺もいろいろとキツイからな」

 

「カッコ悪いですよ、提督」

 

 榛名が突っ込む。

 

「安心しろ。俺自身のお墨付きだ」

 

「なんですかそれ」

 

 榛名がぷっ、と吹き出す。

 その時、ドアをノックする音。

 赤城たちが来たのだろう。

 

「ん、入っていいぞ」

 

 赤城たちが入ってくる。

 ずいぶんと急ぎできたのがわかる。3人ともまだ髪が乾ききっておらず、少し濡れている。

 

「そんなに急がなくてもよかったのにな。ほら、髪まだ乾いてないぞ?」

 

 提督に指を指されて初めて気付く。

 

「そんなことはどうでもいい。はやく話してくれないか」

 

 長門がいつにも増して覇気迫ってくる。

 

「そうなのか? 特に陸奥とか気にしそうだけどな。ま、いいか。そこのソファーに座ってくれ」

 

 金剛たちはソファーに座る。ソファー自体は大きく、さらに数個あるから全員座れる。

 

「さて、いきなりぶっこみで話すか。簡単に言えば、金剛らが遭遇したあいつの偵察に行った」

 

「あの深海棲艦ですか⁉︎」

 

 霧島が声を荒げる。

 

「そうだ。名称もあるからついでに覚えておいてほしい」

 

「名称? なんですか?」

 

 金剛にはやはり記憶になかった。まず、深海棲艦がどんな姿、形をしているのかも知らないのだ。

 思い出そうとしても、そもそも断片すら忘れてしまっている。だから、頭のどこかに引っかかることも、ない。

 

「『蜘蛛』と呼ぶことにした。一応これで大本営に通してあるし、いずれ正式に決まるだろう。そうだよな? 大淀」

 

「はい」

 

「蜘蛛……?」

 

 口にしてみるも、金剛にはやはり何もわからない。

 

「賢い頭脳。そして超広範囲にわたる蜘蛛の糸。一度足を取られると抜け出すのは至難の技だ」

 

 提督が机に肘をつき、手を組み合わせてその上に顎を乗せる。

 

「実際、赤城たちは蜘蛛に遊ばれていたからな」

 

 提督がそう言うと、長門が悔しそうに顔を顰めた。

 金剛はそんな長門を見て、その蜘蛛という名の深海棲艦の恐ろしさを感じ取った。

 

「きっと私たちは逃げられた、というより、逃してもらえた、の方が正しいからな」

 

「それはいったいどういうことでしょうか?」

 

 榛名がもどかしさを振り払って長門に尋ねる。

 

「私たちは挟み撃ちにされたんだ。だが、逃げ道が初めから作られていて……そこからまんまと逃げおおせたというわけだ」

 

 長門が握りこぶしをつくり、わなわなと震えていた。それほど屈辱的な戦いだったのだろう。

 陸奥も長門のそんな様子を見るが、何も声をかけられずにいた。

 

「赤城。しばらく前、あそこの鎮守府が落ちたの、知ってるだろ?」

 

 いきなり他の鎮守府の話題を切り出されて驚きながらも返事を返した。

 

「はい。ですが、それが何か……?」

 

「あれは蜘蛛の仕業だ」

 

「え……?」

 

 知られていなかった真実がまさか提督の口から明かされると誰が予期できただろうか。

 

  「なぜそれを知っているのですか?」

 

「向こうの提督が教えてくれたからな」

 

「でも向こうの提督は……」

 

「死んだとも」

 

 そう言うと提督は椅子を引いて机の棚を引くと、一枚の写真を取り出した。

 そして、それを赤城に渡す。

 

「これが蜘蛛だ」

 

 赤城を囲み、皆がその写真に見入る。

 手を震わせながら撮ったのだろう、少しぶれている。しかし、敵の姿はちゃんと映されていた。

 陸上を歩く蜘蛛。そしてその周りに姫と鬼。

 

「これが深海棲艦……」

 

 ここで初めて金剛は間接的にだが、深海棲艦を初めて目にすることになった。

 どう見ても人型……強引に言ってしまえば、艦娘に似ていた。

 

「俺はあの人を尊敬するよ。自分が死ぬ直前まで提督だったんだ。俺とは全然違うな……」

 

 どこか意味深な発言だったが、金剛はそれを追及すると、重い話に進みそうだったから聞き流すことにした。

 

「とまあ、蜘蛛は姫とか鬼とかそういったものとは違う次元の敵になるだろう」

 

「倒す方法は?」

 

 真剣な表情で加賀が尋ねる。

 

「今のところはない。蜘蛛には守りがいつもついているからな」

 

「ならその守りを倒せば?」

 

「そうしたいのは山々なんだがな。その守りが姫、鬼だからな。しかも、受けた傷を蜘蛛が回復させる。なんて無理ゲーだ」

 

「そんな……」

 

 加賀の落胆する声。

 敵ながらなんて理想的な戦術だ。

 金剛たちに動揺が走り、無理ではないのかと心の中で弱音を吐いてしまう。

 

「……なら、回復させる時間も与えずに沈めることができれば、蜘蛛を攻撃できる。そうですよね?」

 

 比叡が珍しく頭を使う。

 

「そうだ。でも、姫鬼を一気に倒すには、それこそ最大火力をもってしないといけない。言ってしまえば大和型とかだ」

 

「でも、大和型は……」

 

「ああ、いない。だから現時点でこの鎮守府の力では蜘蛛を倒すことはできない」

 

「そんな……それじゃあ私たちに力がないって言っているようなものじゃ……!」

 

 事実上の戦力外通告に比叡が激昂しかけた。しかし、それを腕を金剛が抑えた。

 

「比叡」

 

「お姉、様……」

 

 提督は比叡を無下にするつもりで言ったわけではない。

 それを金剛は比叡にわかってほしかった。

 

「実は、大和型がいなくてもそれに同等……いや、それ以上に強くなる方法があるんだが……」

 

「あるのか⁉︎ 教えてくれ!!」

 

 ソファーから身体を乗り出して長門が声を大にした。

 しかし、提督はかぶりを振る。

 

「……絶対にそれをやらせるつもりはない」

 

「な、なぜ⁉︎」

 

「ーー必ず死ぬからだ」

 

「なにを言って……」

 

 るんだ、と言おうとした、血が頭に上りかけた長門の口がそこで動きを止めた。

 提督を怖く感じたのだ。

 まるで、身体を透視され、心臓の動きを見られ、いつでも握り潰せるぞと脅されたかのような、恐ろしく、そして冷たい恐怖が長門に絡みついたのだ。

 

「そ、それでも私は……」

 

 引くまいと凄む長門だが、それは提督によってあっけなく否定されてしまった。

 

「やめておけ。中途半端な覚悟であっても、そうでなくても無理だ」

 

「なら、提督は今まででそれをしたことは……」

 

「ある」

 

「……その艦娘は」

 

「死んでない」

 

「提督、それならなぜ死ぬなんてことを言うのですか?」

 

 ここで赤城が口を挟んできた。

 過去に提督が実践して生きているのに、それをなぜ。

 

「あいつは死んだよ。いろんな意味で。だから乗り越えられた」

 

「ではその艦娘は今どこに?」

 

「さあな。どこかの鎮守府にいるだろう」

 

「心配しないんですか?」

 

「ああ、もちろんだ。……あいつは絶対にやられないからな」

 

 遠い目をしながら後半部分をぼそりと呟く。

 

「なら、これから私たちはどうするのかしら?」

 

 ここまでだんまりを続けていた陸奥が口を開く。

 

「とりあえずはお前らの戦力の底上げ。あとは大和型の建造だな」

 

「資源は大丈夫かしら?」

 

「うっ、頭が……」

 

「あらあら」

 

 つい先ほどの赤城たちの入渠で結構な資源を持っていかれたから、全力で建造に走ることはできない。

 

「……しばらくは遠征大会だな」

 

 できるだけ、蜘蛛の糸から遠く離れた場所でなければならない。しかし、もしかすると蜘蛛はそれすらも先読みして立ち回っているかもしれない。

 はっきり言うと、これは提督と蜘蛛の頭脳戦と化してきている。裏の読み合い。

 

「これで話は終わりだ。金剛、何か思い出したか?」

 

「ううん、何も」

 

「そうか。金剛」

 

「?」

 

「……怖いと思ったか?」

 

 金剛は赤城の持つ写真を見る。

 他の鎮守府が落ちた、なんて他人事のように感じてしまうが、だからといって、ここの鎮守府が攻撃されないとは限らない。

 鎮守府が落ちれば、その地域一帯が無防備になり、深海棲艦の格好の的になる。

 つまりは、戦わない道を選んだとしても、死ぬ可能性はありえるということだ。

 

「……うん」

 

「それはいいことだ。俺たちはそんな敵と戦っていることを覚えておいてくれ」

 

「わかった」

 

「よし、じゃあこれで話は終わりだ。金剛、4日後に聞かせてもらうからな」

 

 金剛は黙って頷く。

 

「ん、解散。あ、そうだ大淀。あとで飯行かないか。喋りすぎて疲れた」

 

「なんですかそれ。……まあいいですけど」

 

 提督の切り替えの早さはきっと全人類の中で上位に入ることだろう。

 そんなことを考えながら長門たちは執務室を出ていった。

 

「……提督」

 

「ん?」

 

「手紙です」

 

「はいよ」

 

 大淀から手紙を受け取り、封を開けて中を読む。

 すると、提督はなぜか額に手を当てて豪快に笑い出した。

 

「ふふふふ。はははは!!」

 

「ど、どうしたんですか⁉︎」

 

「ははは!! あいつ、マジかよ!」

 

 やがて笑いが止まり、笑い疲れた腹を抑えた。

 

「いやぁ、ごめんごめん。ついな」

 

「そうですか。ちなみになんと……?」

 

「他の鎮守府から艦娘がひとり左遷されてくるんだよ。来るのは大体5、6日後くらい」

 

「左遷⁉︎」

 

 大淀が驚く。

 

「まさか、このタイミングで来るとはな。これは可能性が出てきたぞ……」

 

「可能性……?」

 

 提督は面白おかしくて仕方がなかった。

 果たしてこれが運命……神の啓示か。

 絶対そうだ。そうに違いない。さぞかしあいつも喜ぶことだろう。

 獰猛なほどに口角を上げて提督は嗤う。

 

「『蜘蛛を殺す』可能性だよ」

 

 ぞわり、と大淀はその時だけ提督を恐ろしく感じた。

 

 ◆

 

 蜘蛛は踊る。

 蜘蛛は歌う。

 

「ーー♪ ーーーー♪」

 

 今日の聴衆はいつもより少し多い。

 それが何より蜘蛛にとって嬉しかった。

 踊りに磨きがかかり、声に美しさが宿る。

 月の映える夜。その月光に照らされる彼女はまさに美の化身。

 

「あア、今日はツキが綺れいネ」

 

 うっとりと、頬を染めながら呟いた。




オリジナル敵ぶっこみました、はい。
至らない点があればビシバシバンバン指摘よろしくです。

評価をくださったぽりっしゃさん、ありがとうございます!

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