なくならないもの   作:mn_ver2

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三隈10人のレベリング頑張ります(白目)


厄病神の講義

ひとつ涼しい顔で部屋に入ると、江本はやれやれとやや大げさに額の汗を拭うふりをした。

だが、それにわざわざツッコミを入れる余裕は提督にはなかった。さきほどの動画のせいでどう反応すればいいかわからなかったからだ。

 

「その顔は、観た、のですね」

 

提督の脇に置かれたノートパソコンをちらりと横目で見、江本は呟いた。

 

「……ああ。とりあえずは、お疲れ様。よくあいつらを守ってくれた」

 

「ええ。私も完全にOFFモードで楽しもうと思っていたんですがね。やっぱりスリル満点のドライブの男の浪漫です」

 

「言わなくてもわかってる。修理代とその他諸々の手回しだろう?」

 

「理解が早くて助かります」

 

わかっていたものだが、いざ取り組もうとすると少々、いや、なかなか厄介なことをしなければならない。車の修理代はどうとでもなる。しかし、一般市民への情報のもみ消しとなれば、大本営にその旨を伝えなればならないのだ。

いちいち関わるのは面倒だ、と提督は嘆息する。が、仕方ないことだからやるしかない。

 

「わかりますよ。なぜあの娘たちなのかが。特に難しいことではありません。あの四人はよくあなたの側にいる艦娘。殺されればそれは直接あなたへのダメージとして入る。回りくどいですが、そういうことなのでしょうね」

 

「深海棲艦と戦うためのこの鎮守府なのにな。自らそれを壊しているのにすら気づかない。……全く、呆れたものだ」

 

「海からは深海棲艦。陸からは人間。まさに板ばさみというところですか」

 

つらつらと話し終えた江本はついでにそうど、とあることを思い出した。

 

「彼女……長門くんが予想以上の屁っ放り腰で驚きましたよ。彼女のおかげで助かったシーンがあったのですが、最後は目を開けながら失神してましたよ」

 

「笑ってやるな、それでもあいつなりに頑張ったんだろう? むしろ褒めるべきことだ」

 

「ごもっともです」

 

今は長門は起きた陸奥と大淀に肩車をしてもらって部屋へと帰り、電は明日の講義のためと颯爽と部屋に篭ってしまった。

鎮守府内に電の講義のことは宣伝してはいるが、その量が少ない。たった3枚しかチラシを用意していないのだ。さらにそれらは鎮守府のどこかに適当に貼っているという始末。

ガングートは提督命令で参加するとして、おそらく電の姉たち、暁、響、雷はも参加するだろう。あとは全くの予想もつかない。

確か明日はちょっとした遠征と出撃を予定していたはずだから、電の思うような人数が集まらない可能性も十分ある。

 

「江本」

 

提督が名を呼ぶ。

 

「はい」

 

返事をし、渡していたUSBを見せつけられた。

 

「お前の忠告、よくわかった。これはさすがに電にすら容易に見せられない代物だ」

 

「……艦娘とは、元々狂った人間と妖精の生み出した生物兵器」

 

提督はああ、と首肯しながらさきの動画を脳内リプレイする。

常人が観ればそのおぞましさに胃液が喉までこみ上げてくるだろう。型に拘束され、文字通り血反吐を吐きながら助けを求める少女を、実験用モルモットのように、舐め回すように眺めるもはや狂気という表現がふさわしい。

動画内で男は317回目また失敗と言っていた。ならば、それまでの316……316人も同じように実験台にされて死んだのだ。男の言葉から察するに、あの少女のよりもはるかに酷い最期となったのは間違いないだろう。

そしてさらに実験は繰り返され、艦娘として魂を得たのだ。

 

「提督、あなたの目的を達成するには、もはや大本営との正面衝突は避けられないでしょう」

 

「そうだな。向こうが何を隠しているのかがもっと必要だな。有力な情報は入手できたが、まだ叩くには道具が足りない、か」

 

「とりあえず次の目標はソウル・テレポーターからの実験履歴の奪取かと」

 

もう9年も前の代物だ。

しかし艦娘の起源となる装置の警備は言うまでもなくとんでもなく厳重なはずだ。いくら江本といえど、そう易々とはいかない。

 

「そうだな。でもしばらくは息を潜めておいたほうがいい」

 

今日襲撃を受けたばかり。明日明後日に再び首を出しに行くのは、どうぞ殺してくださいと言わんばかりだ。双方のほとぼりが冷めてからが一番ベストといえよう。

ではそうさせてもらいます、と呼び出し用の電話番号の書かれた紙切れを置いて、江本は部屋を出た。

提督はそれを適当に折りたたみ、胸ポケットに突っ込む。

時間は夕陽が沈んで夜の帳が下りる頃だ。艦娘たちは各々の時間を過ごしていることだろう。さらに言えば、そろそろ食堂が混み合い始める頃合いでもある。

今のうちにさっさと飯を食って、江本の事後処理をしたら今日は終わりだ。

明日からはしばらくの間、比較的穏やかな日常が送れる。

 

……例え艦娘が造られたモノであったとしても。

 

提督の、艦娘たちへの眼が変わることは決してない。彼女たちだって生きているのだ。心臓は確かな生の脈動を刻むし、血だって赤いのだ。傷つけば痛いと泣くし、嬉しければ可愛らしくとびきりの笑顔をつくるのだ。

いったいこんなにも人間じみた彼女たちの、何が奇怪なのだ。何が。

 

食堂が騒がしい。今日は少しばかり遅かったか。

昨日はカレーを食べたから、今日は少し軽めに野菜炒めでももらおうか。

提督はドアを開けた。

ぶわぁっ、と様々な料理のいい香りが鼻腔を優しく刺激し、空腹を呼び起こす。

 

「あ、提督?」

 

姉妹全員で食事をしていた金剛が提督に気づく。

すると周りの艦娘たちも提督に気づき、多数の手がこっち来いこっち来いと手招きしてくる。

はは、と小さく笑みを零し、提督は艦娘たちの輪の中に入っていった。

 

 

「来てくれてありがとう」

 

時刻は午前9時。空に登る朝日が部屋を差し、目覚めにはもってこいの暖かさだ。

電は壇の上から講義を受ける生徒たちを見下ろした。

暁、響、雷。

金剛型四姉妹。

一航戦に五航戦。

そしてガングートに望月、武蔵の計14人だ。

 

「妹の講義に姉が参加するのは当然じゃない!」

 

と、残念ながら直らなかった寝癖をぴょこぴょこと跳ねながら、ふんすと暁がサムズアップする。

姉の威厳のなさに、逆に慣れてしまったふたりは何も言わずただ後ろの席で笑いを押し殺している。

 

「そうか。私もこうして教えるのはあまり経験がないからな。暇つぶしと思ってくれればいい」

 

「レディーは何事にも本気よ!」

 

またもう一度サムズアップを決める。

寝癖がこればかりに自己を主張する。

 

「さて、私が皆に話したいことは、戦闘の基本などではない。それくらいは知っているだろうから省かせてもらう」

 

そう言うと、電は皆を観察し、瑞鶴を指名した。

 

「瑞鶴」

 

瑞鶴は自分が当てられるとは思っていなかったのか、身体をビクリと震わせる。

 

「空母は航空甲板がやられると発着などができなくなり、カカシ状態になってしまう。そうだな?」

 

「そ、そうね。装甲したらもう少しはもつでしょうけど、その通りよ」

 

「では瑞鶴。そうなったら空母は何ができる?」

 

視線を泳がせ、数秒たってから瑞鶴は確かめるように答える。

 

「何も……できない、わ……?」

 

隣席の翔鶴に目で助けを求める。しかし、翔鶴も全くの同意見とひと蹴りにされる。

 

「ふむ。アウトだ」

 

「ええぇっ⁉︎」

 

電にも即答で否定され、つい瑞鶴はすっとんきょうな声を上げてしまう。そしてすぐさま目の上のたんこぶな加賀がいることを思い出してこほんと小さく咳払いする。

 

「次は響お姉ちゃん」

 

「ん。なんだい?」

 

「味方は駆逐艦ふたり。敵は戦艦複数を含む主力艦隊。どう勝つ?」

 

「勝つことはできないね。でも、天候、敵の慢心などを逆に利用することができれば可能かもしれない」

 

「……限りなく正解に近いアウトだ」

 

「なんと」

 

自信のあった解答だったのに、不正解となったことに響は静かに驚いた。

 

「このように、私が教えるのは不利な状況での活路を見出す方法、足掻き方などだ。戦いは美しいものなどではない。泥臭く挑んで、それで掴み取るのが勝利なのだから」

 

実に興味深い講義となりそうだ。

普段なら教えてくれないことを教えてくれるこの講義に、武蔵は胸の底で非常に楽しみにしていた。

あの黒い深海棲艦との戦いで、武蔵は何もできなかった。無様に汚れた外套を翻す電の小さな背中を、ただただ海上に伏せて力なく見上げていた。戦いぶりを見ることはできなかった。しかし、報告書は圧倒的な強さを明らかにしている。

大和型二番艦、武蔵。それが彼女だ。戦艦の中でもトップクラスを誇る火力。戦艦の中の戦艦。武蔵自身、皆から期待されているのは薄々気づいている。なんでも、とてつもなく強い敵を倒すための戦力として武蔵は建造され、電がやってきた。

もちろん期待の圧に押しつぶされるつもりは毛頭ない。着実に練度は上昇しているし、ある程度の自信もついている。

ちらりとガングートを見やると、彼女は不服を隠す気すらなく顔に出している。電の講義は必ず有意義なものになるから聞けと言いたいのだが、自分の考えを押し付けるのは間違っている。

金剛姉妹は……、ノーコメント。

 

「いきなり内容を伝えられて語り始められると呑み込みが悪いだろう。だから明日からということで、とりあえず今日はこれから外でドッジボールをしてもらう。私は皆の運動能力が見てみたい。……チーム分けは……そうだな、こうしよう」

 

お姉さま大好き`sの凍り付く間にさっさと電が手を伸ばして仕切りラインをつくり、呆気なくチーム決めは終わった。

 

暁、比叡、霧島、榛名、望月、赤城、瑞鶴。

響、雷、金剛、ガングート、加賀、翔鶴、武蔵。

 

結果、この二チームに分かれた。

 

「ひええええぇぇぇっ!!?」




「ああ? メンテかよ~。しょうがない、種火周回するか……」

ーーだからメンテって言ってるでしょ!
望月はスマホをベッドに投げ、部屋を出た。
不運なことに、昨晩からのメンテがまだ終わらない。APはだだ洩れ、朝だというのに気分は最悪。そして眠い。
しょぼしょぼと干からびそうな眼をこすり、眼鏡をかける。眼をほんのすこしだけ開けて、最低限の視界を確保する。お腹がすくが、すいているわけではない。今日は非番だし、朝食抜きで二度寝に突入しようと薄い胸にこぶしを当てて深く決心する。催した尿意のため、トイレにて一時休戦。手を洗い、再び最低限の視界で部屋へと戻っていった。
そして椅子に座り、だらしなく机に突っ伏す。
ーー我、二度寝に突入す!
何か違和感がある、だが望月にはどうでもよかった。

……。
…………。
………………。

「来てくれてありがとう」

「!!!??」

眠気が一気に冷めた。
なぜ私の部屋にこんなにも人がいるのだ!? とババッ! と擬態音が聞こえそうなほど勢いよく顔を上げる。だが、よく見るとここは明らかに自分の部屋ではなかった。
違和感の正体はこれか!! とベッドとの硬さの違いに気づいてももうどうしようもなかった。
だが、ただの講義らしい。適当に起きていればやり過ごせるだろう。そう慢心していた。

「今日はこれからドッチボールをしてもらう」

そんな電の言葉に。

▼望月は目の前が真っ暗になった!


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