なくならないもの   作:mn_ver2

21 / 31
秋イベまだ完遂できてません。
しかし、新艦娘は全員ゲッチュできました。
山城の邪魔どけボイスに震えた人はたくさんいるはず。



迫られる対応

 阿武隈は激怒した。

 この鎮守府にいる艦娘すべてに裁きの鉄槌を下さねばならないと固く決意した。これまで耐えに耐え抜いた我慢。それがついに臨界点を突き破り、噴火したのだ。

 その瞳はメラメラと怒りに燃え、戦闘中よりも凄まじい覇気を放っている。だがその背中はどこか虚しい。

 そしてグラウンドの中心で膝をついて叫ぶ。

 

「なんで誰も私の漢字が書けないのーーっ⁉︎」

 

 ◇

 

 阿武隈のコンプレックスはその名前にある。

 アブクマ。聞こえはいいものの、いざ書こうとなると、どうも手が止まるのが流れだ。そこから艦娘それぞれの奇想天外で、とても愉快な名前がたくさん誕生するのだ。

 興味本位で始めたこの独自調査、阿武隈はとても後悔している。どれほどかというと、これまでの中でぶっちぎりである。

 ある夜戦主義者は『危熊』と書いて可愛く舌をぺろりと出し、またある瑞雲友好者は1文字目はなんとか書けたものの、考えた果てに『阿部』と書いた。さらにまたあるフフ怖は『Terrible Bear』と、もはやその概形は失われた。

 阿武隈の精神的HPは1をさらに下回り、小数点の領域に突入している。

 しかし阿武隈は諦めない。戦場で諦めは死に直結する。ましてここは戦場ではない。だから死ぬことはない。生命的には。なので足掻けるだけ足掻き、最後は社会的に無残に散ってみせよう。

 阿武隈は涙目ながら最後の望みたる人物にゾンビのようによろよろと歩み寄る。

 

「な、なに⁉︎ 阿武隈? どうしたの?」

 

 当の人物は阿武隈の様子に驚き、小さく身体を跳ね上がらせた。

 可憐で優雅にして、そして慎ましい。今日はいつものような髪型ではなく、電探カチューシャを外してサイドテールにしている。なかなかお目にかからない髪型だ。

 

「金剛さん! 少し尋ねたいことがあるんです!」

 

「う、うん。そんなに鼻息荒くしなくても……」

 

 阿武隈は慣れた手つきで肩掛けカバンから手のひらサイズのメモ帳とボールペンを取り出して、金剛に手渡した。

 金剛は阿武隈が何を求めているのかわからなさそうに小首を傾げている。

 

「私の名前を漢字で書いてください! お願いです! もう金剛さんしかいないんですうぅ!!」

 

 涙目で今にもわんわんと泣き喚きそうな阿武隈に金剛は話が急展開すぎて頭がついていけていない。

 

「もう耐えられないんです! ほら、仲間の漢字が書けないってなんとなくヤバいじゃないですか⁉」

 

「うーん……そう、だねぇ」

 

「ですよね!」

 

 興奮して阿武隈は金剛に言い寄る。

 僅かに汗をかいている阿武隈。この流れは勢いで抱きつかれると静かに悟った金剛はそれとなく距離をとる。

 阿武隈と金剛には会話する機会があまりなかった。この鎮守府にはたくさんの艦娘がいるので、広く、そして浅くしか金剛は口を交わすことができなかった。今日はちょうど暇をしていたから、比叡たちを置いて来ている。部屋を出る時のあの荒れようには空笑いであった。

 金剛は流れるようにメモ帳を開いてボールペンの芯を出す。

 

「そういえば阿武隈。あとはもう私だけって言ってたけど、他の人はどうだったの?」

 

「……聞くことはオススメしません」

 

「……よくわかったよ」

 

 ハハハ、と乾いた笑い、金剛の頬がちょっと引き攣る。

 詮索はかわいそうだ。ここはおとなしく引き下がり、本題のアブクマの漢字を書くことに入る。

 ……今の金剛は記憶喪失である。

 ゆえに、みんなの記憶をもう一度イチから再構築している段階なのだ。

 金剛が考える人のように険しい顔をしているのを見て、アブクマはようやくそのことに気づいた。完全に自分のことしか考えていなかった。もう誰でも……と匙を投げようとしていたところ、偶然金剛が現れた。それだけだ。

 そして一瞬、以前の金剛が脳裏を掠め、本当に当たり前のようにこうして質問してしまっていた。

 

「あ、あの……やっぱり金剛さん……?」

 

「ちょっと待って。今思い出しそうなの」

 

 遮る金剛。

 目をギュッと瞑り、手を額に当ててウンウンと唸る。

 その必死な様子にアブクマはつい押し黙ってしまった。

 そして長い時間が過ぎ、ようやくゆっくりと金剛の手が動いた。しかし微かに震えていて、まだ鮮明には思い出せていないようだ。

 

「無理して……」

 

「大丈夫……大丈夫」

 

 変なところで頑固だ。

 ペン先をメモ帳に触れたまま固まってしまった金剛に声をかけても、頑として譲ろうとしない。

 そしてついにとうとう、『阿』の文字を書いた。

 

「おおぉ……」

 

 感嘆の息を漏らす。

 正直無理だと密かに思っていたが、阿ブクマはその考えをすぐに破棄した。

 阿ブクマは金剛のしてきたことを詳しく知らない。あの一週間の間に皆を理解しようと鎮守府を奔走したこと。さらにそれからのこと。耳にする程度で、その内容を知ることはなかった。

 ……努力したのだろう。それもたくさん。

 記憶喪失。知らない人たち。そして戦いを迫られる。恐怖以外になんと言えようか。恐らく自分ならば、あまりの非現実性に逃げ出したくなるかもしれない。いや、きっと逃げ出したくなる。だが金剛はそれに打ち勝ち、ここにいるのだ。

 阿武クマは我に帰り、メモ帳を横目で見る。『武』を書き終え、最後の一文字に入ろうとしている。

 ここで阿武クマの中で期待が膨らんだ。と、逆にみんなへの失望も膨らむ。金剛でもここまで書けるのだ。なぜだ。『阿部』って書いた人、前髪いじりの刑に処す。

 

「すごいです! 私、感激です!」

 

「ふふん!」

 

 そして、なんなくすべての文字を見事書いてみせた。

 小さく息をつくと、金剛はメモ帳とボールペンを阿武隈に返す。

 

「しゅごい……」

 

「ま、私にかかればこんな感じかな」

 

 意気揚々と胸を張る。

 阿武隈はそんな金剛に疑問に思ったことを口にした。

 

「どうして……どうして私の漢字が書けたのですか?」

 

「みんなのこと、覚えたからだよ」

 

 屈託無く言う。が、まだ完璧じゃないけどね、と息を吹きかけてしまえばあっけなく消えてしまいそうな声量で微かに付け足す。

 

「本当にすごいです……よく覚えられましたね」

 

「そうだね、寝る前とかは暇だから提督からもらった名簿を見て覚えたんだよ。今回、それが役に立ってよかったよ」

 

 そう言って、金剛はにこりと笑う。

 阿武隈はその純枠な笑顔につい魅了されてしまった。以前の金剛の笑顔は何と言うか、ストレートな笑顔だった。それはそれでいいのだが、これは違う。

 そう……まるで優しく身体を包んでくれるような、柔らかく、そして暖かいものだった。

 

「ーー」

 

「ん? どうしたの?」

 

「ああいえ、なんでもないです! 金剛さん、ありがとうございました!」

 

 一瞬だけ惚けた阿武隈はふるふると頭を振ると、にぱっ、と笑顔を返した。

 

「スッキリしたらお腹空いちゃいました! どうです金剛さん? お昼、食べに行きませんか?」

 

「うん、いいね。一緒に行こうか。今日の私はひと味違うよ〜。なんせ、半人前を食べれるほどになったからね! もしかしたら阿武隈の分まで食べちゃうぞ〜!」

 

「それは困ります!!」

 

 ◆

 

 大淀はとても迷っていた。

 教室のドアの前で、よくあるゲームで一定のルートのみを往復するNPCと化している。

 どちらかと言うと緊急ではないが、しかし緊急である。

 なので提督に手に持つ電文を渡そうとしているのだが、中から聞こえる質疑に大淀は入っていいかとても困惑していた。

 

 ーーそもそも高速修復材は何からできているのか、だったか?

 

 ーーはい。私たちはあれに浸かれば一瞬でほぼの傷を全治させることができます。確かにあれはとても素晴らしいです。私もあれに何度お世話になったことか。はっきり言って、あれなしでは鎮守府はスムーズに運用できないでしょう。そこで疑問なのです。艦娘も生物であるということは、もちろんヘイフリック限界に縛られるはず。例えば人の場合、PDLは50と言われています。しかし私たちはそれより遥かに高い数値であるのは間違い無いです。では、そうさせる物質とは何でしょうか?

 

 ーーヘイフリック限界か……。艦娘にはPDLはないと思うぞ。あれは文字通り高速で血肉を再生させているからな。お前はあれを何度浴びた? ……言うまでもないか。まあ正直に言うと俺にもどんな物質かはわからん。専門家ではないからな。とはいっても一時期本気で調べてみたけど、わかったことはひとつだけ。それはーー。

 

 大淀は聞き耳を立てたことをひどく後悔した。

 よくわからない高度な言葉に頭がクラクラリ。おそらく中にいるのは提督と電だろうが、まさか電がこんなに博識だとは思いもしなかった。強さだけでも常軌を逸しているというのに、これでは完璧ではないか。と考えながらうろうろする。

 そして9分ほど経っただろうか。急にドアが開けられ、大淀はビクリと身体を震わせた。

 

「あー疲れ……って大淀? どうした?」

 

 腕を後ろに突き出し、疲れたとばかりに大きな欠伸をした提督は大淀の姿を捉える。

 

「は、はい。大本営から電文が届いたので知らせようと思って……でも電ちゃんと勉強していたっぽいので邪魔するのも悪いと思いまして……」

 

「そうだったのか、悪かったな大淀。じゃあその電文とやらを見せてもらえるか?」

 

 提督は大淀から電文を受け取る。

 内容は簡単なものだが、提督はすぐに怪訝な表情になった。

 別に何も問題はないのでは? 大淀は提督の様子を不思議に思った。

 

「電」

 

「はい」

 

 いつの間にか提督の横で控えていた電が反応する。

 やはりこの電はどうも見慣れない。大淀の中の『電』像とは大きく異なっており、上書きすることは容易ではない。が、しかし彼女はこの鎮守府に籍を置いた仲間だ。提督曰く仲間は嫌うそうだが、こちらが一方的に思うのには大丈夫だろう。

 

「悪いけど、明日の勉強はなしだ」

 

「わかりました。何か手伝いましょうか?」

 

「暇があればお願いしたい」

 

「余裕です」

 

 淡々とした会話が終わり、電は重そうな手提げ鞄を軽々と持ってみせると、スタスタと去ってしまった。

 

「だるいなぁ。マズイなぁ」

 

「そんなにマズイのですか? 大本営からの使者……もちろん初めてではありますが……。たぶん金剛さんのことについて直接話を聞きにくるのではないでしょうか?」

 

 大淀の疑問に、提督はさらに怪訝に首を振る。

 

「違うんだ大淀。本当にそれだけならいいんだけどな。そういうわけにはいかないんだよ」

 

「えっと……よく、わかりません」

 

「ああ。わからなくていいんだ。これは俺のミスだ。……くそッ」

 

 髪をクシャクシャとかく。

 提督がミス……? 果たして何のことを言っているのか、大淀には皆目見当がつかない。

 大本営がわざわざこちらに足を運ぶほどのミス? いや、人間としては捻くれてはいるが、提督としての実力は申し分ないはずだ。それに最近のミスといえば……。

 嗚呼。

 長門たちの件か。

 

「提督、もしかして……」

 

「ーー大丈夫だ大淀。絶対に大ごとにはさせない。向こうもそう簡単に出来ない。だから、安心して全て任せてくれ」

 

「……はい。わかりました」

 

 その表情は凛としていて、有無を言わさぬ圧に、大淀はどこか安心を覚えてしまった。

 でも、やはり大淀は提督の力になりたかった。例え最後まで提督が何をしているのかを知ることができなかったとしても、だ。

 ありがとう。今日はお疲れ様、と提督は言い残すと、大淀に背中を向けて去っていく。

 

「……ぁ」

 

 ふと手を伸ばしても、届かない。

 別に、今日ここで別れて、部屋に戻り、適当に時間を過ごして明日を迎えればまた提督に会うことは容易だ。執務室のドアをノックすればいいだけだ。

 

 ーーそうじゃない……私は提督を助けたい!

 

 気づけば走り出していた。

 そして提督の背中にダイブする。

 

「んん⁉︎」

 

 提督は驚き、足を止める。

 

「……俺的には最高に最高なシチュエーショ……語彙力足りないな。まあ置いといて。どうしたんだよ。お前らしくない」

 

「あの!」

 

 顔を上げる。提督を離さないように腕を回し、そのまま身体に抱きつく。

 

「どうしても私、提督のことを手伝いたいです。なんでもいいんです……小さなことでも。だから……!」

 

 そしてギュッ、と腕を提督の身体に回そうとした瞬間、逆に大淀は腕を掴まれ、提督は大淀に向き直った。

 

「それはありがたい。本当にありがたい。でも、なんでそこまでして俺を手伝おうとするんだ?」

 

 ……そんなの、決まっている。

 が、いざ口にしようとすると、変に恥ずかしく、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせる。

 言葉が喉につっかえてしまい、どうしても吐き出せないもどかしさについに大淀は顔を真っ赤にしながら押し黙ってしまった。

 

「ははは、ごめんごめん。ちょっとからかってしまったかな? 別に無理していう必要はないさ。じゃあお前のお言葉に甘えて手伝ってもらおうか。明日、呼びに行くから電と一緒に頼むよ」

 

 そして優しく頭を撫でたあと、よほど提督も緊張していたのか、足早に行ってしまった。

 残ったのは、プシューッと湯気が見えそうなほど真っ赤な大淀だった。

 

 

 その様子は、カメラのシャッター音と共に確かに納められた。




ついに大本営は重い腰を上げる。
求めるものは何か。


評価してくださったみすてぃあさん、ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。