なくならないもの   作:mn_ver2

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秋刀魚祭りが始まりましたね!
とりあえず適当にキラ付け&アルホォンシーノをまわしていたら結構集まりました。

あとゆーちゃんかわいい。


真相追及

「早く帰れ。お前たちを心配して待っている連中がいるからな」

 

 電は淡々と語ると同時に、黒い深海棲艦は体勢を立て直す。背後の怪物は不揃いな歯が異様に食い込んだ、『口らしきもの』をケタケタケタ、カタカタカタ、と開閉させる。

 

「援護は……援護はどうなんだ電⁉︎」

 

 電以外に誰もやって来なかったことに、長門は困惑しながら電にぶつけた。しかし電はやれやれと言わんばかりに手を振る。

 

「今言ったばかりだろう? 私がその援護だ」

 

「そんな……! あいつは危険だ! ふざけるのも大概にするんだ!」

 

 6対1で長門たちはこの様だったのに、電だけで戦うとなればもはや言うまでもなくなっしまう。

 絶対的に、圧倒的に、絶望的に、不可能だ。

 ガングートは無惨に破壊された艤装を見下ろし、素直に自分が戦力外であることを悟る。なんとか航行できるレベルだ。足を引く重い重い枷。

 しかしガングートには意地があり、プライドがある。それも、最も嫌っている駆逐艦に命を助けられ、挙げ句の果てにはぶっきらぼうに帰れと告げられたのだ。

 これを恥と言わずして何と言えよう。

 ヨロヨロと立ち上がると、ガングートはなお力強い声で電に迫った。

 

「助けてくれたことは素直に感謝するが、それとこれとは話が別だ。貴様が単騎で挑むだと? ふざけるな。提督にも呆れる。この程度の援護で本当に今の状況から脱することができるのか?」

 

「……」

 

 電は押し黙ったまま、ガングートを見向きもしない。

 敵も全く動かずにこちらの様子を伺っている。下手な動きをすれば一触即発は確実。

 一方的に無視を続ける電に頭に血が上ったガングートが、さらにつめ寄ろうとした、その時。

 

「ーー黙れ」

 

「ーー」

 

 音もなく、そして予備動作もなく電は腕だけを上げて砲をガングートも額へと向けた。

 

「お前、今、私の先生を、侮辱したな? ここが戦場でなければ、私は自分を抑えられずきっとお前を半殺しにしていたぞ」

 

 それとも駆逐艦とは思えないドスの効いた重い声で、電からは殺意すら感じられるほどだった。

 

「今はそんな話をーー」

 

「黙れ。理解力の乏しいお前のためにわかりやすく説明してやろう。先生がなぜ私だけを送り込んだのかが知りたいのだろう? そんなの簡単だ。考えればば容易に分かることだ」

 

 ようやく電が横を振り向く。

 ガングートを睨みつけるように電の眼光は鋭く、ガングートは小さく身じろぎした。

 ーー刹那。

 電は額に向けていた砲の角度を上に上げると、何のためらいもなく弾を放った。

 一同が目を見開……く間も無く島風の直上で爆発が起こる。敵の艦載機の破片がパラパラと飛び散り、そこでようやく島風が攻撃されそうだったことを知る。

 大破の彼女はよろよろと移動してなんとか摩耶と鳥海に寄り添う。今の電の一撃が無ければ、島風は確実に沈んでいた。

 撃った後も電は腕を下げず、再びガングートの額へと触れるほど近づける。

 発射により熱くなった砲口が大破状態のガングートの額の皮膚をお構いなしにじりじりと灼く。

 

「ーー私ひとりで充分だからだ。それとも私とともに戦うか? 仲間の危機すら救えない奴がついてこれるとは到底思えないが。悔しければ口を歪ませながら帰れ。帰って自分たちの力不足に枕でも濡らすんだな」

 

 ◆

 

 日は沈み、夜の盃は月光に輝き、そしてまた日は昇った。

 長門、武蔵、ガングート、摩耶、鳥海、島風の6名は入渠施設でしっかりと傷を癒した。

 だが、完治したというのに、長門と摩耶と鳥海はやるせ無い気持ちに苛まれていた。ガングートに関しては怒りだ。

 大淀から預かった今作戦の報告書を長門たちは閲覧したのだが、そこには驚愕を通り越したものが記されていた。

 

『援護に駆けつけた電、未知の深海棲艦と交戦、黒空母、怪物を撃沈。損害、無し』

 

 そんなバカな……! と長門は二度見三度見さらに四度見すらした。それでも報告書に印刷された文字は変化するわけでもなく、無慈悲に結果だけを伝えるのだった。

 あれだけ手こずった敵を、ひとりで! あろうことか無傷で倒したというのか!

 

「お、おい……これ、嘘なんじゃねぇのかよ?」

 

 摩耶が震え声で呟く。

 摩耶の震えはよくわかる。もしこれが本当に事実なら、電は異常だ。そして、自分たちに無能の烙印を押される可能性すら浮かび上がってくる。

 

「報告書の詐称は立派な軍規違反だが……提督が一度見たのだ。認めるしかないのだろうな……」

 

「そんな……あんたは悔しくないのかよ⁉︎」

 

「もちろん悔しいとも。しかし事実だ。ここで駄々をこねるのはさらにみっともないと、私は思う」

 

 頬を強張らせながらプルプルと一枚の報告書を震わせながら持つ長門は、明らかに動揺していた。

 よもやこれほどまでとは。

 初対面の時から異常だったが、その予測範囲を軽く二倍も三倍も上回った感じだ。

 

「そうそう! 私も、皆も電ちゃんに助けてもらったし、強いのはいいことだから、それでいいんじゃないの? まあでも、速さでは譲るつもりはないけどねっ!」

 

 にひひー、と無邪気に笑う島風を見て、長門は不安定な心に平衡が訪れる。

 そうだ、長門たちは電に助けてもらったのだ。まずはそのことを感謝しなくてはならない。それは艦娘として、それ以前に心のある者として当然のことだ。

 ああ、癒しだ、と長門は硬い表情の奥でニンマリと微笑む。

 

「待て」

 

 しかしここでガングートが横やりを入れる。

 不機嫌そうに腕を組みながらガングートは口を開いた。

 

「やはり私は気に食わん。あいつだけを送り込んだあの男の真意を聞かねば、私の腹の虫はおさまらん」

 

 ここまで強情なガングートに鳥海は歯痒さを覚える。

 実際、電が言った通り、ひとりで倒してみせたが、そもそも提督は電に関して出撃は滅多にしないと公言していたのだ。その昨日の今日でこれだ。

 非常事態だから出撃させた、と言われればそれまでなのだが、もしそうであるならば、電は非常事態の場合『のみ』出撃するということになるのではないだろうか。

 そもそもあの時点で、提督はその『滅多』はどのようなシチュエーションなのか、具体的に誰にも話していないのだ。

 

「ガングートさん、確かにあなたの言うことにも一理ありますが、まずは皆で電ちゃんにお礼をしに行きませんか?」

 

「……」

 

 黙りこくったガングートはきっと心の中で葛藤を繰り広げているのだろう。

 そしてやがて結論が出たガングートはスッ、と目を細めた。

 

「私はあの駆逐艦とは分かり合えぬ。だから私は援護についての疑問をぶつけたい」

 

「でも、電ちゃんがガングートさんを助けたのでしょう?」

 

「ああそうだ。だがそれとこれとは話が別だ」

 

「……そう、ですか」

 

 鳥海は残念そうに話を切り上げると、長門たちを促し、すんなりと電に会いに行くこととなった。

 電は自分だけの部屋を提督から頂いている。これだけでもだいぶ特別優遇なのだが、いかんせん、その広さが二十五畳ほどもあるのだ。それに第六駆逐隊の寮にも電のスペースが開けられていることから、電の持つ広さは鎮守府一だ。

 だが、電がなぜそのような部屋を手に入れ、また何をしているのかはまったくの謎である。少なくとも青葉が興味をそそられそうなネタであるのは間違いない。

 そして電は今日、その部屋にこもっているらしい。

 

「ならば私たちは電に会いに。ガングートは提督に……ということでいいのだな?」

 

 これまでだんまりを続けていた武蔵が初めて発言する。

 おそらく彼女たちの中で一番落ち込んでいるのは武蔵だ。あの時、結局彼女は何もできずに敵に一方的に攻撃されるだけの、ただの肉人形だった。

 仕方ないといえば仕方ない。なぜなら武蔵にとってはあれが初出撃だったから。恐怖に囚われず、戦闘に臨んだことはむしろ褒めるべきことだろう。

 武蔵より、ひとまわりもふた回りも身体の小さい島風がボロボロになるまで頑張っていたのだ。その勇姿以上に武蔵の勇気を奮い立たせたものはなかった。

 

「私は、電はとても強い艦娘だと思った。戦艦たちからだけではなく、あの子のような駆逐艦たちからも学べることは多くあると思うのだが、ガングートよ……そこはどう思うのだ?」

 

「愚問だな」

 

「……そうか」

 

 一歩たりとも譲ろうとしないガングートはこの会話に飽きたようで、行ってくる、と一言を投げつけて去ってしまった。

 その背中は、とても強固なプライドで補強され、見るからに刺々しいもののように武蔵には見えた。

 

 ◆

 

 ぶぅん……と低く唸る機械。その山に囲まれながら、江本は無言でキーボードに強く打ち込む。エンターキーを押す音が薄暗い部屋に反響し、いっそ心地よいほどのそれに、江本の身体が静かに震える。

 何かを見つけたようで、カーソルがとある場所で止まる。

 クリック。素早くUSBを差し込んでダウンロード。

『ダウンロード中……4%』と順調に始まり、江本はほっと一息つく。

 ようやくここまでたどり着いた。ほぼ確信に近いが、この情報は必ず核心に近づく手がかりになる。いくつもの水面下でのやりとりが実り、功を奏したのだ。

 

『ダウンロード中……28%』

 

 まったくもってめんどくさい仕事を頼みやがって。心の中で自分よりも若い、しかしはるかに重大な責任が伴う役職に就く男に愚痴を言う。

 江本があの男に信頼をおく理由は果たして何か。それはもう、とうに忘れてしまった。ただ曖昧に覚えているのは、いつの日かに偶然あの男に命を救われたことだ。そして利害も見事に一致している。

 

『ダウンロード中……54%』

 

 江本は早く完了してくれと願うが、機械はそんなことは御構い無しにゆっくりとしたスピードでバーの色を伸ばす。

 いったいどれだけのデータが取り込まれているのだろうか。そんなわくわくというか、興味というか、なんというか。江本はジッと画面に見入る。

 

『ダウンロード中……79%』

 

 そもそもここに侵入できたのが不思議なくらいだ。正直、侵入できるとは欠片も思っていなかったが、なんたる偶然か。神はどうやら江本に微笑んだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーな訳がないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダウンロード中……92%』

 

 93%になった瞬間、部屋の奥からカツン、と物音がした。

 刹那の動きで腰に携えたホルスターから音も無く拳銃を抜き出す。薄暗い部屋の唯一の光源はコンピューターに埋め込まれている小さな無数のランプのみ。こちらが物音を立てれば終わり。こちらが向こうの姿を視認したら終わり。

 いつものことだ。

 いつも渡ってきた命の吊り橋だ。

 ただ、今回はちょっぴり心配性な提督のお叱りを頂くことになるかもしれない。

 気配を探れ。勘を働かせろ!

 研ぎ澄まされる意識。目を見開き、極限まで集中力を高める。決着はコンマの世界で。できればこの場で発砲は避けたいが、やむ無しだ。

 固い足音は、部屋に確かな我を言い聞かせるみたい。しかし、その足音は部屋を大きくぐるりと周っただけだったようで、それきり聞こえなくなった。

 

「……」

 

 まさか本当に気づかなかったのか?

 江本は内心驚きを隠せず、なお警戒したままゆっくりと歩を進める。

 江本よりも高い機械に背中を預け、安全ロックが解除されていることを再確認し、躊躇いなく躍り出る……!

 

「ーーッ!」

 

 江本の視界には誰の姿も捉えなかった。どうやら本当にいなくなったようだ。江本の存在に気づかなかった。ただの警備員だろうか。だとすると問答無用でクビ。

 もしかすると遊ばれているかもしれない。餌をぶら下げられ、それを必死に口で咥え取ろうとする様を見て、ワインでも飲んでいることもありうる。いや、おそらくそうだ。

 ならばその卓上てせいぜい美しく踊ってみせよう。それに観測者が魅入る隙に提督はやってくれるはずだ。

 パソコンの画面が移り変わり、ダウンロード完了を告げるメッセージが現れる。

 江本はパソコンに歩み寄ると、ふとその容量を確認する。

 

「これは……」

 

 骨が折れるぞ、と後ろ頭をかく。

 しばらくは可愛い艦娘たちに癒されながら、デスクワークの日々を送ることになりそうだと、無意識に微笑んでいることに気づく。

 平和ボケするのも悪くないな、とぼんやり考えながらも、まだそれはいけないという相反する考えが対立し、色あせ、消える。

 この道に生きると決めたから自身にハッピーエンドなど訪れないことはわかっている。

 パソコンをカバンの中につめ、同時にダサい眼鏡をかける。すると、まあなんということでしょう。これで冴えない無精ヒゲ男の出来上がりだ。

 パスカードを手にし、何事もなかったかのように部屋を出る。

 さて、これで仕事は終わりだ。さっさと帰って一服したい気分だ。欲を言えば、少し値の張ったものを。

 

『大本営 極秘サーバー室』の銀プレートが、鋭く光った。




電の実力に艦娘たちはそれぞれの思いを胸に抱く。それは羨望か。嫉妬か。それとも憎悪か。

※ログを更新します。
江本が極秘情報の一部を入手。観察対象レベルを上げます。
ーー更新、完了しました。

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