なくならないもの   作:mn_ver2

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皆さん順調にイベント進んでますか? もうすでに終えて掘りに専念している人も多いでしょうか。
自分はE7のルート出現ギミックを解除したところです笑
ドロップ情報としては、長門、Aquila、Roma×2、天霧、大淀などなど。なかなかにしてウマウマ。



死神

 無から有は生まれない。

 同じように、原因なしの結果などないのだ。

 そう、ある日死神は言った。

 

 ◆

 

 夜の歓迎会は終わった。

 酒に酔った加賀が歌を歌ったりと大盛況で、誰もが戦いを忘れ、楽しいひと時を堪能した。

 提督は執務室で最後の資料にサインを書き、大きく、そして太く息を吐く。

 眠いし、少し酒も飲んでしまったから酔いがきている。しかし、提督たるもの、その程度では平常心は削がれない。

 

「くッ、ああぁぁ……」

 

 背中をそらし、背もたれ椅子が大きく後ろに曲がる。ポキポキッと背骨が鳴り、提督はその気持ち良さに強く目を閉じた。

 その時。ドアをノックする音。

 

「……先生」

 

 電だ。

 

「どうぞ」

 

 ドアを開け、入ってきた電を提督は過去を思い出しながら見つめる。

 電は……提督の『後悔』だ。

『後悔』の具現化。

 だが、電も自身を『後悔』の果てだと認識している。

 そしてこのふたつの『後悔』は地獄の苦しみを経てついに収束した。それがこの電だ。

 電は四歩ほど進み、止まり、後ろ手に組んだ。

 

「……久しぶりですね、先生」

 

「……そうだな、電」

 

「正直私は、もう一生会うことすら出来ないと思っていました」

 

「俺もだよ。でも、こうして会えた。俺はとても嬉しいぞ」

 

 それをきりに2人の会話は止まってしまった。

 ドタドタと廊下を誰かが走る音。きっと今日も夜戦がしたいだのなんだのと川内が走り回っているのだろう。しかも今日は酔っているときた。

 提督は電から視線を外し、軍服の第1ボタンを開けた。このボタンが首を締め付けるようで、いつまでたっても慣れることはなさそうだ。

 

「丸くなられましたね、先生」

 

「まあ、な。さすがに丸くならないと首が飛ぶからな。物理的に」

 

 電は無表情だ。

 何を思っているのか、だいたいわかるのは提督だけだ。そして、だいたい何が言いたいのかわかっているのも提督だけだ。

 

「この鎮守府がお前の一番嫌いなタイプなのはよくわかっている」

 

「はい」

 

「仲間とか絆とか友情とか、そんな精神論じみたことを軸にしてるからな」

 

「逆に私にはどうして先生がそんなことを考えるのかがわかりません」

 

「建前だ。でも、本音でもある」

 

 だいたいの鎮守府は平和に運営しようとする。

 ひとりも轟沈はさせたりしない。みんな幸せに。毎日を楽しもう……などなど。

 だが電にとっては、それら全てがクソくらえだ。

 電は提督に『育てられた』。

 電はその過程で考えを改めた。敵を全て殺す。そういう前提で艦娘は利用されているのだと。それは『全て』を考えた結果だ。どこにも間違いはない。

 

「俺は精神論はいいと思っている。でも、お前の考え方もいいと思っているんだ。言ってしまえば、両者の調停者って感じかな」

 

 調停者って言葉、使い方合ってるかな? と提督はぼそりと零す。

 電は無表情だ。

 

「先生、私はこれからどうすればいいのでしょうか」

 

 電は武蔵とは違い、左遷された艦娘だ。もちろんその報は大本営にも届くし、何しろ『疫病神』だ。監視の目も厳しいのは言うまでもない。

 かといって提督は電に活動させないつもりは微塵もない。むしろバンバン活動させたいほどだ。なんなら不休不眠で。もし提督がそう言うのなら、電はその通り食事や他諸々生理的な欲求を除いて不休不眠でやってのける。

 そう『育てた』のも提督だ。

 

「基本的にお前に出撃の許可は出せない。だから、お前には戦闘の講師として働いてもらうつもりだ」

 

「講師……ですか。さすがにそれは初めてですね。しかし、やってみせましょう。そうですね……準備のために一週間ほど頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「うん。許可する。お前の教えが艦娘たちの練度、そして意識の向上に貢献することを期待するぞ」

 

「ありがとうございます。あと、ふたつほどお願いしたいことがあるのですが」

 

「なんだ?」

 

「明日から私に授業をしてくれませんか? 私はまだ、完全に覚えきったわけではないので、復習を兼ねて教わりたいのです」

 

 提督が電に授業をしたのはつい2、3年前のことだ。そして、その勉強量は想像をはるかに超える膨大なもの。

 提督は電がまだ完全には至っていないことはわかっている。永久に覚えておくことなど難しく、どこからか記憶の穴から抜けていくのが常だ。

 これまで教えた教科の内容を脳の中で走らせて、提督は頷く。

 

「わかった。それで? あとひとつは?」

 

 ここで初めて電の表情が変わった。

 ……獣だ。

 飢え、血に飢え、肉に飢え、命に飢えた獣だ。

 

「ーー先生はこれからどうなされるのですか?」

 

 なんだ、そんなことかと提督は小さく口角を上げる。

 電のこんな表情を見たのは久しぶりだ。それはかつての自分の鏡写し。

 そして答える。

 

「復讐だ」

 

 ーー疫病神は歓喜する。

 

 ◆

 

 ガングートはイライラしていた。

 武蔵……大和型の評判は前々からよく耳にしていた。日本最強の戦艦だとか。関係ないが(どことは言わないが)とにかくデカイとか。そんなことをまな板軽空母は苦虫を噛み潰すような表情で語っていた。

 確かに武蔵にはそ風格はあったし、自信に満ち溢れていた。さすが、とも思った。

 だが。

 ……あの駆逐艦。

 ……あの駆逐艦がどうも気に食わない!

 食堂の壇上でガングートたちを見下ろした目。あれは完全に格下を見るような蔑みの目だった!

 よりにもよって、駆逐艦に、だ!!

 腹立たしい! 腹立たしいッッ!!

 かじろうとしていた梨を握りつぶす。果汁と果肉が飛び散り、整備されたアスファルトを汚す。

 そんなこと、知ったことか。

 落ちた欠けらをグリグリと踏みにじる。しかし、これくらいでは怒りが収まりそうになかった。

 戦闘において、力こそが全てだ。

 どれだけ準備を整えようとも、どれだけ戦略を立てようとも、圧倒的な力の前では非力なのだ。

 ましてや駆逐艦がどうやって戦艦と戦うものか。向こうがちまちま撃ってくる間にこちらが一発撃てばそれで終わりだ。

 軽巡も、重巡も、軽空母も、足りないのだ。火力が。

 ガングートは果汁に濡れた手をハンカチで拭き、後方のグラウンドを見る。

 そこでは夕雲型の艦娘が何人かバドミントンをしている。

 

「……ふん、雑魚が」

 

「ーー雑魚とはいけませんね」

 

 独り言のつもりで言った言葉を拾われて、ガングートは声のした方を振り返った。

 

「誰だ」

 

 腹が立っているからか、無意識に問う言葉が強くなる。

 

「翔鶴です」

 

「翔鶴……ああ、確か……二航戦だったか?」

 

「違います。五航戦ですよ。二航戦は飛龍さんや蒼龍さんです」

 

 翔鶴はガングートに歩み寄ると、近くの切り株に腰を下ろした。

 ガングートもそれにつられて隣の切り株に座る。

 

「で、何の用だ」

 

「散歩していたら偶然聞こえてしまって」

 

「そうか」

 

 無愛想に返し、ガングートは先ほど踏み躙った梨を見つめる。

 砕けてなお美味しそうな果肉に蟻たちがすでに集まり始めている。真っ黒になるのは時間の問題だろう。

 

「どうして、雑魚なんて言うんですか?」

 

 翔鶴は尋ねる。

 翔鶴はこの鎮守府で精神論を軸にして育てられた艦娘だ。そしてガングートの言葉はその琴線に引っかかった。声は落ち着いているが、心の中では不快だった。

 

「雑魚だからだ。それ以外に理由があるか? ましてや駆逐艦。息を吹ければ飛んでいくほどの脆さよ」

 

 ガングートは知らない。

 この鎮守府の『絆』やら『友情』やらをまだ知らない。

 着任し、それなりの日は経ったが、他の艦娘との溝は決定的となっている。そんな彼女には到底無理なことだった。

 ガングートは鼻で笑う。

 

「ガングートさん、あなたは間違っています。それはあまりにも失礼では?」

 

「悪いが、私は失礼とも間違っているとも微塵も思っていないぞ。第一、私は今イライラしている。あまり気安く話しかけないでもらいたい」

 

 もうガングートの足元では蟻の行列ができている。

 仕事の早いことだ。

 しかし、もし次の瞬間にガングートが足で蟻の行列を踏めば、何匹もの蟻たちが死ぬ。

 ……結局は、そういうことだ。

 

「察するに……昨日のことで、ですか?」

 

「さすがに分かるか。ああそうだ。私はあの駆逐艦に虫酸が走る」

 

「まあ、あの子が電ちゃんだとはねぇ……」

 

 翔鶴は他の鎮守府との演習で何人か電を見てきた。その特徴は統一して、引っ込み思案で平和主義者だということ。

 もうこれは意図的にと言ってしまってもいいほど、ずっと末っ子が偶然的に着任しないここの鎮守府の暁型の子たちには激しく同情したものだ。

 で、念願の着任かと思えばあれだ。

 全てを180°方向転換したような電に翔鶴……いや、『電』を知っている艦娘たちは狼狽した。

 

「ガングートさんは、電ちゃんも雑魚だと思いますか?」

 

「どうだろうな。雑魚とは簡単には言えないだろうな」

 

 意外な返答に翔鶴は驚く。

 

「そのことは置いて、あの目、その意味を思い出すだけでも無性に腹がたつ」

 

 眉にシワがより、ガングートの顔が歪む。

 ガングートには崇高なプライドがある。それはきっと、長門と同等くらいだろう。だから負けたくない。譲りたくないとガングートは頑固になっていく。

 その点が長門とガングートとの違いだろう。

 

「一度面と向かって話してみてはどうですか?」

 

「私がか?」

 

「はい」

 

 翔鶴が後ろの夕雲型の子達を眺める。

 秋雲が見事なスマッシュを決め、ペアの朝雲が喜んでいる。

 そんな微笑ましい様子を見て、翔鶴もつい嬉しくなり、頬が緩む。

 

「動かないと、その子がどんな子なのか、真にわかることは永遠にありませんよ」

 

 そう言われてガングートは考えを巡らせる。

 確かにあの電とかいう駆逐艦は他とは違う、らしい。もしかしたら分かりあえるかもしれない。もしかしたらあの時の視線はガングートの思い違いだったかもしれない。

 そんな淡い期待が徐々に膨らみ、翔鶴の言う通り、自分から行動してみる気概を起こした。

 

「……そうだな。貴様の言うことも一理ある」

 

「噂をすればほら……電ちゃんですよ」

 

 翔鶴が視線を本棟へ向ける。

 ちょうど電が正面玄関から出て来たところだ。

 やはり目立つ。あのボロ外套が異様な存在感を放っている。

 

「では行ってくるか。どれ、いま一度面を拝ませてもらおうか」

 

 そう言ってガングートはスッ、と立ち上がると、ゆっくりと電の方へ向かっていった。

 

「悪いことにならなければいいのですけど……」

 

 翔鶴はひとりぼそりと呟く。

 アスファルトにぶちまけられた梨は、既に蟻が全て回収していた。

 

 ◇

 

 正面玄関を出た電は広い鎮守府を見渡した。どちらかと言えばここの方が前の鎮守府より大きいだろう。

 最低限の荷物は電が自ら持ってきたが、他にも荷物はたくさんある。先生にそれらを置くためのスペースもちゃんと確保してもらっているから、先生には感謝の念が絶えない。

 というわけで、今からその場所の下見に行く。

 右前方ではバトミントンをしている艦娘達がいる。

 長い間やっていたのだろう、それなりに様になっているバトミントンだ。

 電は特にバトミントンに興味はない。かといってできないわけではない。とりあえずできる程度。あそこの艦娘たちには余裕を持って勝てるほどの練度だ。

 一瞥した電は体の向きを変える。

 ばさりと外套が波打つ。

 

「……」

 

 前の方から、ひとりの艦娘が近づいてきているのが見えた。

 白髪に長身。ともに着任した武蔵ではないが、見た感じだと海外艦か。

 そんな想像をしながら電はやって来るのをじっと待った。

 

「貴様は、電だな?」

 

 威圧的な声。身長差からくる必然の見下げ。

 この瞬間、電はこの艦娘はプライド高い系の艦娘だと確信した。

 

「そうだ。そういうお前は何者だ? あまり見ない顔だが」

 

「私はガングート。オクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤ、ガングートだ」

 

 少なくとも電の記憶にはそれに準ずる艦娘を知らない。ということは、新型の艦娘というわけだ。

 

「ほう。で、ガングートよ。何の用だ」

 

 そちらが威圧で来るならこちらも。

 ガングートは帽子を上げ、腕を組み、股を広げた。

 

「ーー貴様は強いか?」

 

 あまりのバカな質問に、思わず鼻で笑いそうになってしまった。

 しかし、ガングートの顔は真剣だ。同じ艦娘として蔑ろにするのはどうも失礼だ。

 

「愚問だな。この鎮守府……いや、全ての艦娘より私は強い」

 

「……ハッ」

 

 そしてまたこの瞬間、ガングートはこの駆逐艦とは馬が合わないと強く確信した。

 

 ◆

 

 ーー長門さん、ガングートさん、摩耶さん、鳥海さん、島風さん、そして武蔵さん。提督の召集がかかりましたので、執務室へ集合してください。

 

 その日の夕方、鎮守府内放送で大淀がそう言った。

 

「さてお前たち、晩飯は十分に食べたか」

 

 提督の第一声に執務室に揃った全員が頷く。

 

「大変よろしい。で、いつものパターンで言うと、お前たちには明日出撃してもらう」

 

 提督は机の上に並べられているたくさんの書類のうちひとつを取ると、それを長門に渡した。

 

「近頃、深海棲艦が多数目撃される海域に出撃、これを撃滅せよ……か」

 

「そうだ。それほど厳しい海域でもないことを考慮した上でお前らを選抜した」

 

「ですが提督……」

 

 若干引き気味に鳥海が手を挙げる。

 

「そうはいっても、戦艦3人はさすがに多いのではないでしょうか……?」

 

 鳥海の言うことはもっともであり、提督もそれを理解している。

 きっと鳥海は資材の問題のことを指摘したのだろう。事実、武蔵を建造したことで資材は大きく減少した。

 いくら遠征で貯蓄していたとはいえ、この消費は手痛いのは自明。そんな最中に戦艦3人の出撃だ。

 

「そうだろうな。でも大丈夫だよ鳥海。お前の考えていることに関しては問題ない。戦艦3人を出すのは念のための保険だ。蜘蛛の件もあるし、何が起こるかわからないからな」

 

 鳥海はなんとか納得したようで、ずっともじもじさせていた脚が止まった。

 

「戦艦がいようと、この摩耶様がいるんだ! 何も心配することねぇって!」

 

 そう言って摩耶が胸を張る。

 実に頼もしいが、話の芯がズレていて、鳥海が苦笑いで受け止める。

 

「さすが摩耶様! カッコいい!!」

 

「お、おう……サンキューな、提督……」

 

 自分のことを摩耶様摩耶様と連呼するくせに、人から言われるとこうも照れる。

 その矛盾が提督には愉快極まりなく、時々こうやってちょっかいをかける。

 提督は「まあ? 摩耶様だし?」などとぼそぼそ言ってポリポリ頭をかく摩耶様を放置し、武蔵の方を見る。

 

「ま、それは置いといて」

 

「置くのかよ!」

 

「うるさいぞ摩耶様。武蔵に誤解されたらどうするんだ摩耶様。摩耶様のせいで提督は調子に乗った野郎だと思われたらどうするんだ、摩耶様」

 

「アタシの名前を連呼すんな!」

 

「とまあ、それは置いといて」

 

「また置くのかよ!」

 

「いや、もう提督のイメージはだいぶ定着してしまったのだが……」

 

 武蔵が呆れた様子で提督と摩耶のやり取りを傍観している。

 昨日着任したばかりとだけあって、提督のテンションについていけないのだ。

 一息ついた提督は再び武蔵の方に向いた。

 これから彼女の司令官となる人物だ。

 目の前に立つ男はまだ見た目が若く、おそらく20代から30代の間。高身長の武蔵からすると、拳一つ分ほど小さい。日本人の特徴的な黒髪で、超絶普通の髪型だ。

 決して顔立ちがすごく整っているとは言わないが、どちらかと言えば平均以上だろう。

 艦娘と提督の間には信頼と信用が何よりも必要とされる。

 武蔵は提督とそれらを築き上げることを期待していたが、早速出端を折られた感じだ。

 

「マジか。人は外見が100%だというのは嘘だったんだな」

 

「外見と内面のふぃふてぃーふぃふてぃーじゃなーい?」

 

「俺は嬉しいよ島風。ちゃんと中身も見てくれる女性がいつか俺の前に現れることを待っているぞ」

 

「でも現れるとは言ってはなーい」

 

「ぐはっ」

 

「いや、私は提督の中身を見てそう言ったのだが……て、違う! 提督よ、なぜ私を出撃させるのだ? させるとしてもなぜ電も出撃させない?」

 

 だんだん話がぐにゃりと曲がっていきそうだったのを武蔵が食い止める。

 ブリーフィングだというのに、こんなにも緩い。武蔵は疎外感というか、これじゃない感を感じている。

 そもそもこういった場面ではもっと真面目になるべきではないのか? と疑問に思う。

 武蔵が正しい。圧倒的に正しい。

 ただ、この鎮守府はそういう特徴があるのだ。もはや慣れるしか道はない。

 

「なに、肩慣らしだ。それにお前には戦艦の先輩がふたりもついている。いきなりの実戦だから、お前が完璧にできるだなんて全く思っていない。ふたりにたくさん迷惑をかけろ。そして助けてもらえ。その中で成長しろ」

 

 まさかの突然の名言に武蔵はたじろぐ。

 横の先輩ふたり……長門とガングートを見る。

 確かに今の武蔵ではまだまだひよっ子だ。その自覚はしているし、また成長したいという向上心も持ち合わせている。

 そのためにはふたりから教えを請うことは必須事項だ。武蔵は素直に提督のアドバイスを受け止めることにした。

 

「その、なんだ。ふたりとも。迷惑をかけるが、どうかこの武蔵を導いてほしい」

 

 頭を深く下げる。

 まさかそこまでするとは予想していなかったのか、長門が感嘆する。ガングートは依然としている。

 数秒ほど経つと、ようやく武蔵は頭を上げた。

 

「……が、いつまでも足を引っ張るつもりはない。将来、お前たちを超えて見せるつもりだ」

 

 ニヤリと武蔵が笑ってみせる。

 これは新人からの挑戦状だ。長門とは新たな未来のライバルの出現に心踊る。競い合う相手は多ければ多いほど、そして強ければ強いほど良い。こちらに対してのプレッシャーを感じられるし、互いに実力を高めあえる。そんな期待だ。

 

「……それは楽しみだな。そうだよな、ガングート。お前も先を越されないようにしなければな」

 

 長門が嬉しそうにガングートに話しかける。

 しかし長門はこの時考えていなかった。戦艦が活動すれば活動するほど資材を著しく減少させることを。その言葉を聞いて、提督は内心で震え上がる。

 

「言われるまでもない。武蔵、貴様が『武蔵』だろうが、いち戦艦として貴様はここに着任したのだ。歓迎はするが、可愛がったりはしない。私もまだ着任してあまり日は経っていないが……なに、共に励もうではないか」

 

 ガングートはずっとしていた腕組みを下ろし、片手を武蔵に差し出した。

 

「そう言ってくれると私もありがたい。これからよろしく頼むぞ」

 

 そして、武蔵はその手を力強く握った。

 親愛と親睦と、ライバル心を込めて。

 

「提督ー、私そろそろ部屋に戻りたいんですけどー」

 

「悪いな、作戦概要だけ説明させてもらうぞ」

 

 暇そうに島風が頭の後ろに手を回してくるくる回転している。綺麗な脇が丸見えで、それを見る提督は島風の服装の露出度の高さに目を白黒させる。

 しかしそんなことを言い出せばキリがない。あの子だってこの子だってのオンパレードだ。男にとっては夢のような理想郷かもしれないが、そこにいる者にしかわからない苦悩というものがある。

 煩悩を振り払い、スイッチを切り替え。

 提督は海図を机いっぱいに広げた。ペン立てから赤いボールペンを取った。

 

「待て。さっき武蔵も言ったが、なぜあの駆逐艦はこの作戦に参加しない? 怖気付いたのか? 説明を求める」

 

「あの駆逐艦とは、電のことか?」

 

「新しい私の競争相手だね!」

 

 場違いに興奮した島風が「おうっ!」とうめく。

 

「そうだ。あの駆逐艦が参加できない理由などあるはずもなかろう。なぜだ」

 

「電については、あいつ自身も言っていたが、様々な事情が絡まっているんだ。簡単に出撃命令は出せないんだ。あとガングート。あの駆逐艦、なんて言うな。電だ」

 

 ガングートはふん、と鼻を鳴らす。

 提督への信頼度の低さと、電への不快感がガングートの今の態度を作り出す。

 戦艦同士での協調性は良いが、それが以外とはめっぽう悪い。まだガングートも欠点が目立つ。

 早々に改めないと、きっと痛い目にあうことになるだろう。それも本人に。アドバイスはしない。ガングートも一度、彼女の生物離れした力に圧倒され、プライドを完膚無きまでに叩き潰されるべきだ。提督として、できるだけ私闘はさせないでいるが、これは別だ。

 ふたりにすまなく思いながら、提督は第一ボタンを締めた。そして、提督は海図に向き直る。

 

「さて、ガイダンスは聞いているとは思うが、それを前提に話を進めるぞ……え? 摩耶様ガイダンス聞いてない? まあそれは置いといて」

 

「置くのかよ!」

 

「うそうそ。さすがに後で鳥海に教えてもらっとけよ」

 

「摩耶、あなた聞いてなかったの?」

 

「と、とにかく後で教えてくれよな!」

 

 暗い夜。執務室の明かりが、まだ提督が活動していることを意味する。寮でそれぞれの夜を過ごす艦娘たち。これまでの生活はこれからも続く。

 戦い、帰り、食べ、休み、そしてまた戦いに赴く生活。

 そんな中で『死神』と『疫病神』の邂逅を起点として、この鎮守府は……提督は『提督の戦い』を改めて自覚する。

 ずっとずっと止まっていた古い歯車が長い時を経て、重い音を響かせてようやく再稼動する。

 

 ーー全てはあの日の復讐のため。

 




次回、ようやく戦闘シーンをやっていくつもり。

ツイッター始めました。
@TK_321321
攻略の様子とかドロップとかちょこちょこツイートしてます。

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