現在直面している問題は艦娘保有数。いつもだいたい98を前後しています。
デイリー任務をこなすだけで精一杯な日々です。
「おお、金剛さん。終わったんだね」
金剛たちが外に出ると、すぐ側のベンチでおしゃべりをしていた北上たちがこちらに気づいた。
「うん、今終わったよ。ごめんね、待たせちゃって」
「全然だいじょぶだったよ。大井っちと話してたら時間がはやく過ぎるからね」
「え、もう来てしまいましたの……⁉︎」
聞こえないように大井が最後にチッ、と舌打ちをした。
せっかくのお話を邪魔したのは事実だし、少し引け目を感じてしまった。
「うーん、この人数だったら何したらいいんだろうねぇ」
金剛姉妹に加賀の5人だ。
7人でいったい何ができるのだろう。
「あなたたちがよく行く場所とかは?」
「いやですねぇ加賀さん。北上さんと一緒なら、どこでもいいんです♪」
ねー? と顔を見合わせる大井。
「詰んだわ」
「加賀諦めるのはやっ」
加賀のさじの投げように金剛がツッコミを入れる。
しかし、いざ考えてみると、金剛も何をすればこの7人で有意義な時間を過ごせるか思いつくことができなかった。
「そうです、今からもう一度出撃ドックに行きましょうよ!」
そう声をあげたのは比叡だった。
「ほら、人が多いほど色々勉強できますから」
「出撃ドック?」
大井が不思議そうに比叡に訊き返した。
それもそのはず。7人で出撃ドックなどに行っても特に楽しいことができるわけではないのだから。
「はい。お姉様に色々教えようと思いまして」
「……ああ。そういうことね」
金剛が記憶喪失だということは、もちろん……そういうこと。
比叡の言いたいことを察した大井はひとつ頷いた。
「え? でもせっかくだしもっと何か違うことを……」
「じゃあ逆にどこに行けばいいの?」
「それは……」
「決定ね。善は急げ、というわけで早く行きましょう。北上さん」
「うん。大井っち」
大井は北上と手を繋ぐと、そそくさと行ってしまった。
なんだか大井がとても行動力の高い子のように思えて来たが、きっとそれは思い違いではない。
「私たちも行きましょうか」
霧島に声をかけられ、ふと我にかえる。
「なんだかあのふたりに悪いね」
「そんなことはないですよ、お姉様。なんだかんだいって、ふたりともお姉様のことが好きなんですから」
「へ?」
「……まあ、私には及びませんが」
「聞こえてるよ?」
「空耳です」
そんな笑顔で言われてしまえば、今の霧島の言葉が本当に空耳かのように感じてしまいそうだ。
「あ、うん」
金剛は心の中で密かに楽しみにしていた。
艦娘がどのようにして戦うのか。
長門たちが装備していた艤装というもの。あれがいったいどのようなものなのか。
それを知ることができると思えば自然と気分が上がる。
比叡に車椅子を押され、すでに姿が見えなくなった大井と北上を追いかける。
海から香る潮の匂いも慣れたものだ。
金剛は大きく息を吸ってそれを堪能する。
ふと海に顔を向ける。
これが戦争を繰り広げている海だというのか。全くそうには見えない。
しかし、その向こうでは深海棲艦の手が広く伸びている。
「お姉様?」
榛名が心配そうに尋ねてくる。
「いや、なんでもないよ」
かぶりを振り、笑顔を向ける。
「変なお姉様」
「そうだ、私も艦娘なんだからその……艤装ってあるの? 私のが」
興味が湧いた。
長門は自分の艤装をとても大事に考えていた。
赤城なら飛行甲板。陸奥なら巨大な砲台。
ならば金剛の……金剛だけの艤装もあるはず。その姿を一目見たかったのだ。
「もちろんありますよ。でも……」
榛名が言い澱む。
あるにはあるらしいが、何か事情があるらしいようだ。
「その……今は修理中でして……」
「修理中……? ああ、もしかして前に蜘蛛と戦った時に傷ついて……みたいな?」
「はい、そうです。実はほぼ一から治しているような状態で」
あんなに強そうな蜘蛛と戦って生き残ったのだ。むしろそれだけの被害で済んだことに喜ぶべきなのだろうか……?
「じゃあその治してくれている人にお礼を言わないとね。どこにいるの?」
「出撃ドックにいますからついでに案内しますよ」
「そう? ならよかった」
「そろそろよ」
榛名との会話に夢中で、加賀に言われて気づいた。
出撃ドックが目前に広がる。
「お、やっと来たね」
入口の前で待っていたのは北上と大井だ。
相変わらずの気の抜ける声でこっちに声をかけてきた。
「遅いわよ! でも北上さんとお話できたからなしにしてあげるわ」
「あー…….ありがとう?」
「はやく入りましょう」
加賀に促され、中に入る。
「ほら、あっちが工房です」
金剛は榛名に指差された場所を見た。そこにはありきたりな『工房』と可愛らしく書かれた。
なんだか名前と意味が合わない。
榛名が先に入り、金剛はその後に続いた。
はじめに金剛が感じたのは熱気だった。しかし、それは少し熱いだけの熱気であって、真に感じたのは魂の熱気だった。
思わずごくりと生唾を飲む。
「確かこのあたりのはずでしたが……」
榛名の後ろをついていく。
その道中には大きかったり、小さかったりそれぞれだったが、どれも立派な艤装が並べられている。
傷ひとつ見当たらない。とても綺麗な艤装だ。
その下に名前が立てかけられていて、その者の所持物であることを示す。
だがやはり、『金剛』の場所には虚しくも何もなかった。
「ここですね。失礼します」
ようやく何かの部屋を見つけたみたいで、その中に迷うことなく入室した。
中では艤装を治して……いや、作りなおしている最中だった。そして、それをしているのは……。
「小人……?」
金剛よりもはるかに小さな子供? が黙々と作業を行っていた。
「妖精ですよ、お姉様」
「妖精? ははは……これはまたファンタスティックだね」
と、こちらに気づいたようで、その妖精たちのひとりがトタタと走り寄ってきた。
「#######!」
「⁉︎⁉︎」
金剛の知らない言語で流暢に話しかけられ、驚きのあまり目を白黒させた。
「##? #####」
「ごめんね、ちょっと何言ってるかわからない……」
妖精が可愛らしく首を傾げている。
何度も身振り手振り金剛と会話をしようと試みているが、それは叶わなかった。
妖精は残念そうに顔を伏せてしまった。
「お姉様、わからないのですか……?」
「……うん。そうっぽいね。以前の私ならわかってたの?」
「はい」
「そっか……」
何もわかってやれないのが悔しい、のではない。そもそも妖精だなんてファンタスティックとファンタジックを合わせてファンタスジスティックだ。
そのような存在を理解し、さらに会話もできていたなんてとても想像できなかった。
「でも……ありがとうっていう気持ちは伝えられる」
言葉が通じなくても、意思を通わせることはできる。
金剛は妖精の頭に手を伸ばすと、優しく撫でた。
突然のことで驚いたようだが、すぐに気持ちよさそうに目をつぶった。
「ありがとう。私のために」
最大限の感謝を込める。
「####〜」
「お姉様。行きましょうか」
「そうだね」
最後に手を振って金剛たちは工房を出た。
榛名に連れられ、金剛は『出撃』と地面に書かれたパネルが複数ある場所。
そしてその目の前はちょっとした浅瀬になっていて、そこに海水が低い波を立てている。
「ここが……」
「はい、私たちはここから出撃するんですよ」
改めて辺りを見回してみる。
その様子は初めて遊園地に連れてこられてはしゃぎ回る子供のようで、どこか榛名自身も嬉しかった。
「待っていました、お姉様」
北上たちと談笑をしていた霧島がこちらに気づいた。
「ごめん、待たせたね」
「そんなことありませんよ。ささ、前へ前へ」
車椅子の運転手が榛名から霧島へと交代し、会話の中心に押された。
他愛のない話だ。
金剛の好きなところや、金剛の可愛いところ。金剛の愛情を……。
語っているのは主に比叡である。
そのあまりの姉妹愛に金剛も頬を引きつらせてしまう。
「そう! これらのことから証明されることはただひとーつ!」
なぜか霧島っぽく理知的なキャラを演じてないメガネをくいっと上げるそぶりを見せた。
「お姉様は素晴らしい! 以上です!!」
「……比叡?」
金剛が後ろにいることに気づかず、愛を叫んだ比叡はゆっくりと後ろを振り返った。
大井の隣では加賀があちゃー、と言わんばかりに額に手を当てている。
「……あ、今の聞いてました?」
「うん、全部」
「で、でも! 私の気持ちは本物です!」
「そんなこと言われたら余計に恥ずかしいよ……」
「もじもじするお姉様も素敵です!」
「ええぇ……」
今日の比叡はまた一段と荒ぶっている。このままだと榛名と霧島にも伝染して悲惨なことになってしまうかもしれない。
「ああ、また北上さんを唆す人が1人増えた……」
大井の敵、ここに増えたり。
大井の金剛への危機感は尋常ではない。今はよくわからないが、以前のあのコミュ力の高さ。あれをもってすれば愛しの北上への最終防衛ラインーー大井結界ーーが容易く破られそうでいつも危惧していたのだ。
「私はそんなにチョロくないからね」
「そんなこと言って……前にもあったじゃないですかー」
「あれ? そうだっけ?」
「北上さん、あとでパフェ奢るわよ」
「え、ホント? 行く行くー」
「北上さん⁉︎」
口では言うが、実際にはこの有様。
大井を経由しない、北上へのダイレクトアタックにはめっぽう弱い。
大井の日々の苦労が少しだけ垣間見えたような気がした。
「そ、それではお姉様、とりあえず形だけですが出撃しますね」
これ以上話を盛り上げたらカオスになっていきそうな嫌な予感がして、榛名は強引に加賀たちの会話を断ち切った。
『今のところ』この中で最もしっかりしているのはこの榛名で、金剛は妹の助け舟にここぞと乗った。
「うん、しよう! 楽しみだね! あ、でも私の艤装は修理中だから……」
「大丈夫ですよお姉様。脚部艤装ならとうの昔に治していますよ」
なぜかウインクを決めた榛名だったが、深入りはしないようにした。
加賀たちも先ほどの余韻に浸りながらも出撃のパネルを踏んだ。
すると。
正面の大きい木製の看板が名前を表示し、パネルは形を変えると、地下から上ってきた脚部艤装が彼女たちの足に装着される。
そして、最後に、底から鉄の鎖に引き上げられて海面に勢いよく浮上した艤装を、ガチャリと重い音と共に装着すれば完成だった。
「金剛さんはやくー」
北上に促されて、恐る恐る足を差し出そうとしたが、触れそうなところでその動きが止まった。
「これ、踏んでも何もないんだよね? 落ちたりしないよね⁉︎」
「そんなわけないじゃん」
「ホントのホントに?」
「嘘ついてどうするのさー」
なかなか踏み出そうとしない金剛と北上の漫才に痺れを切らした大井がこめかみに太い青筋を浮かべている。
「お姉様、はやくしないと大井さんが……」
榛名がちらりと覇気めぐらせている大井を一瞥して、冷や汗をたらりと流す。
「あ……うん。そだね」
敵意むき出しの犬のような鋭い視線ををようやく感じ取り、金剛は苦笑いを浮かべながらとうとうパネルに足を乗せた。
直後、浮遊感が金剛の身体を包んだ。
「わふっ⁉︎」
あっという間にパネルがその姿を変化させ、下から脚部艤装が浮き上がってきた。
一瞬だけ逃げてしまいたくなったが、その衝動をどうにか抑えた。
左右のアームが伸び、金剛の足首を捉えた。
「ふわぁいッ⁉︎」
すべすべな肌に金属の冷たさが触れ、つい腑抜けた声を漏らしてしまった。
その冷気は一気に上昇し、身体がぶるりと震える。
これで脚部艤装だけの装備は完了した。
足に金属の確かな重みを感じ、ゆっくりと足を一歩踏み出す。
「こんなにうるさい装着シーン初めてだなー」
北上のツッコミに金剛は恥辱に頬を染める。
◇
誰にも気づかれることなく、出撃ドックの隅から彼女はシャッターを切る。
まさにその姿は職人。
「青葉、見ちゃいました! これはいいネタになりそうです……!」
スナイパー顔負けの正確さで、送られるデータ量は雪崩のごとく、勢いがとどまるところを知らない。
◇
「さて、出撃しましょうか」
金剛の恥ずかしがる姿を脳内に何枚も保存し終えた霧島は、鼻血が流れそうなところをぐっと堪えて、それを誤魔化すように声を張った。
皆すでに準備は完了で、浅瀬の上に浮いている。
「大丈夫よ、金剛さん。怖がらないで」
「う、うん……」
金剛の握る手が汗ばむ。
「ご、ごめんね」
「大丈夫よ。気にしないで」
加賀に手を引かれ、金剛はおろおろしながらもなんとか浮くことができた。
「わあ……! すごい! すごい浮けたよ!」
子供のようなはしゃぎようだ。
加賀は思わず口元が緩んでしまい、にへらと微笑んだ。その顔は決して誰にも見られてはならず、加賀のプライドに関わるものであった。
しかし幸いそれは誰にも見られていない。
「よかったわね。さあ、ゆっくり行きましょう」
金剛の嬉しそうな表情とは裏腹に、足元はバランスを取るので精一杯で、ガタガタと震えている。
その様子はまさに生まれたばかりの子鹿だ。
ふたりの前方では、比叡がぎりぎりと悔しそうに口を歪ませている。
比叡、榛名、霧島の総意は、『加賀、今すぐそこを代わりなさい!』だ。
必死に足をハの字に伸ばしてバランスを取る。
「大丈夫。怖くない。怖くないから」
まるで子供に諭すような口調だったから、金剛はムスッと顔をしかめた。
「そ、そこまで怖がってないんだから!」
「そう? なら行きます」
加賀がゆっくりと発進した。
手を繋がれた金剛はそれに引かれ、たどたどしくもなんとかついていく。だが、今にもコケてしまいそうだった。
「ちょ、待っ……!」
案の定、数メートル進んだところで金剛はバランスを崩し、盛大に水しぶきを上げて見事にコケた。
「お、お姉様ーー!!」
妹たちの声が出撃ドックに反響した。
未だ、出撃ドックからの出撃には至らず。
時雨が最近可愛いと思うんだけど、どうだろうか。