ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第七話 唖然

昨日は非常に濃い一日だった。

 

サンギタウンのポケモンセンターに着いてガントルを回収し、そのままヒュウと共にポケモンセンター内の宿泊施設で一夜を明かしたオレは。目が覚めて一番に、朦朧とした意識の中、ベッドの上で昨日の事を思い返していた。

 

朝一番からトウコ先輩に唖然とし、更にベルさんに過剰と言えるスキンシップをする先輩に再び唖然とし。

昼にはイッシュの頂点と名高いアデクさんのウルガモスとポケモンバトル。そして五年前の事件を聞いて貰った。

その後、ヒュウに合流したと思えば。ヨーテリー誘拐未遂の一件だ。

 

旅の開始一日目でこんなにも濃くて、オレはこの先やっていけるのか。

 

いや、弱気になってはいけない。昨晩ヒュウとも誓い合ったじゃないか。壁を越える、と。

 

ヒュウと言えば、思い出した事がある。

 

「そう言えば…タウンマップ渡すの忘れてた」

 

宿泊部屋は二段ベッドが四つの合計八人が泊まれるものなので、声を抑えてボソリと呟く。まぁ今日は、オレとヒュウ以外に同室利用者は居ないようだが。

 

目が冴えてきたので、天井にぶつからない程度に手を伸ばして背筋を伸ばし、その場で上半身だけストレッチをする。

 

そして下のベッドを覗き込んでみるが、ヒュウは未だ寝息を立てており、目覚める気配はない。

まぁ、ヒュウが遅いのではなくオレが早起き過ぎるだけだろうけど。

 

起きたらタウンマップを渡そうと心に決め。寝間着件のランニング用のジャージのまま、音を立ないよう梯子をおりて洗面所で軽く顔を洗い、歯を磨く。そしてそのまま外へと向かう。

 

外に出ると、まだ完全に登りきっていない太陽の光を浴びつつストレッチをする。

 

そしてボールからポケモンを解き放つ。

 

「ミジュ!」

「モッシ」

「トル」

 

「おはよう、みんな」

 

手持ちのポケモンたちと挨拶を交わすと、揃ってランニングに出掛けた。

 

 

 

ランニングを終えてポケモンセンターに戻ると、陽は先ほどより昇っており、静けさに包まれていたロビーにもそこそこ人が居る。

 

オレはポケモンたちをボールに戻すと、汗を流す為、着替えを取りに部屋へと戻る。

 

 

部屋に戻るとヒュウはまだ寝ていたが、着替えをバッグから出して再度部屋を後にしようとすると。むくりとベッドから上半身を起こした。

 

「おはようヒュウ。シャワー浴びたら朝食行くけどどうする?」

 

「おー。オレももうちっとしたら行くわ」

 

「オッケー」

 

眠そうに欠伸を噛み殺しながら返事をするヒュウに苦笑しつつ、シャワールームへと足を向ける。

 

 

シャワーで軽く汗を流し、朝食を摂る為に食堂へと移動するが。ヒュウの姿が見えないのでロビーに戻って見付かり易いように待ち合い用のソファーに腰を下ろしてテレビでも眺める事にした。

 

 

 

 

『ではここで人気のコーナー、ルッコのジムリーダー訪問!です。ルッコちゃーん』

 

『はーい!おはようございます、ルッコです!今日はソウリュウシティのジムリーダー、シャガさんにお話を聞かせてもらいまーす!』

 

テレビに映っている、ピンク色の明るい髪を左側でくるくる巻きにした可愛らしい少女は、芸能に疎いオレでも知っている。

 

確か、デビューして間を置かずに大ブレイクし、今や活動の範囲はイッシュに留まらず、カントーやホウエン、シンオウなど多くの地方に広げている大人気アイドル…だった気がする。

 

確か妹ちゃんが大ファンで、ヒュウも結構気にしているような素振りを見せていた筈だ。

 

そしてトウコ先輩は。この子、絶対に本性を隠してるわね。と何故かしたり顔で言っていた。それを聞いてヒュウが狼狽えていたのが印象的だ、アイドルには理想を抱くタイプらしい。

 

アイドルは兎に角。シャガさんへのインタビューには興味があるので、意識をテレビに向ける。

 

『あの、突然なんですけど。シャガさんはポケモンとスパーリングをするってお聞きしましたが、どうしてなんですか?』

 

そう小首を傾げながら、マイクをシャガさんに向けるルッコさん。

 

『うむう。私は肉体をぶつけ合う事で、我々人間もポケモンたちも共に生きているという事を確認しているのだ。それには命令を出す者、聞く者ではなく、互いに駆け引きなしでぶつかり合うのが一番だと思ってな』

 

頷くと、自分の言葉を確かめるように語るシャガさん。流石にイッシュ最強格のトレーナーは考えるように事が違う。とてもじゃないが真似できない。

 

『あはは…とっても難しいですね!』

 

案の定、アイドルの子には理解が追い付いていない様子。同じポケモントレーナーだって理解に苦しむだろう、当然と言ったところか。

 

『うむ。ならば実際に見てみると良い』

 

『え?』

 

『来い!オノノクス!!』

 

シャガさんは叫び。上着を脱いで無造作に放り投げると、特徴的な肩パットの付いたサスペンダーを外し腰を落として構える。

 

すると画面の端で見切れていたオノノクスが走り出し、シャガさんに突撃する。

 

そしてシャガさんとオノノクスはがっぷり四つに組み、押しも押されぬ力比べを始めたた。

 

この間、実に四秒ほど。

 

最初は拮抗するも、少しずつシャガさんが押され始める。だが、すぐに踏み止まる。

 

しかしこの方、そこそこ高齢であるにも関わらず。シャツ越しにも分かる鋼の肉体は正に筋肉の鎧。

 

組み合っている今。脱いだ直後よりも筋肉が膨張し、シャツが破けんばかりだ。

いや、今まさに破けた。弾けるボタン、解れる糸。

 

リポーターのアイドルは数秒、呆然とした表情でその光景を見詰めていたが。そこはプロ。ハッとした様子で、直ぐにカメラに笑顔を向けると。

 

『なんだか熱いって感じかな!はーい、ユッコでした!スタジオにお返ししまーす!』

 

締めくくった。

 

正直もう少しスパークリングを観ていたかったが。尺とリポーターの反応から察するに、あれは台本に無いシャガさんのアドリブなのだろう。

 

「しかし、一体どんな鍛え方をしたらオノノクスと張り合えるんだ…」

 

「いや。お前も昔、ホイーガ蹴り飛ばした事あっただろ」

 

思わず呟くと、背後から声を掛けられた。

 

振り向くと、呆れたような顔のヒュウが立っていた。

 

「そこだけ聞くと、オレが乱暴者に聞こえるんだけど」

 

「オレは事実を言ったまでだ」

 

昔、と言っても一年ほど前だったか。級友のフシデがホイーガに進化したのだが、全く言うことを聞かなくなってしまい。終いには暴走してスクールを転がり回るという事件が発生したのだ。

 

そして運悪く、オレは丁度その直線上に居り。突然して来るホイーガを必死にサイドステップで交わすと、止めようとして咄嗟に足が出てしまい。横っ面を捉えて蹴り飛ばしてしまったのだ。

 

そこで暴走が止まり、事件は幕を閉じた。

 

それ以降、ホイーガはトレーナーである級友の言うことを聞くようになり。めでたしめでたし。で終わると思ったのだが。

 

ホイーガからはそれからずっと避けられてしまい、おまけに、その一件で「サワムラーキョウヘイ」という妙なあだ名まで付けられてしまった。

 

「あのホイーガ。ペンドラーに進化しても、お前に怯えてたよな」

 

「せめてもうちょっと、オブラートに包んでよ」

 

距離取ってた、とかさ。あれは結構堪えたんだぞ。

 

因みに、トレーナーである級友からは感謝された。

 

 

「と言うか、ホイーガとオノノクスじゃ全然違うでしょ」

 

「俺から言わせれば、ポケモンと素手でやり合える時点で変わらないっつーの。ダンゴロ抱えて走り込みとかしてるから、そうなるんだよ」

 

良いじゃんダンゴロ。ウェイト役に最適だったんだよ。

そう言えば、進化しちゃったからもうできないな。そう考えると少し寂しい気もする。

 

それから何度か言い合いつつ、食堂に向かって朝食を摂った。

 

 

 

ポケモンたちにも朝食を与え、部屋に戻ったオレたちは次の町へ向かうために荷物を纏めていた。

纏めると言っても、洗面所に置いた歯磨きなどと、洗濯して乾燥機にかけた服を仕舞えば終わりなのだが。

 

「おっと。忘れない内に渡しておくよ」

 

「何だ?」

 

二人揃ってクリーニングルームで服の洗濯と乾燥を終え、部屋に戻ってバッグに荷物を詰めている最中。ヒュウに妹ちゃんから預かったタウンマップを渡す?

 

ヒュウはそれを受けとると仏頂面で、あいつ、妹のくせに。なんて悪態を吐いているが、頬が上がるのを抑えられてないぞシスコンめ。

まぁ、兄妹仲が悪くないのは良いことだ。

 

 

「お前はこの後どこに向かうんだ?」

 

ヒュウは咳払いをすると、気恥ずかしさを紛らわせる為か、そんな事を聞いてきた。

 

「オレは進化したガントルの調整をしつつ、タチワキに行く感じかな」

 

ポケモンは進化すると形状を大きく変えるものがいる。ガントルもその内の一体だ。

 

その為、体慣らしをさせて、実際のバトルでどのように動けるのかという見極めをする必要がある。

 

基本的な動作自体は、今朝ランニングをしがてら確認したので、後はバトルでの挙動だけだ。

ミジュマルやヒトモシとスパークリングして貰うか、他のトレーナーにバトルを申し込んで実戦の最中把握するような形になるだろう。

 

「ならオレが相手してやるよ」

 

すると、ヒュウはニヤリと笑ってそう提案した。

 

 

 

ヒュウの提案にありがたく乗り、ポケモンセンターを後にしたオレたちは。サンギタウンの公園に設置されたバトルコートに辿り着いた。

 

「んじゃ、始めるか」

 

「オッケー」

 

コートが混み合わないよう早めに出ただけあって、先客は居ないようだ。

 

設置されたベンチに荷物を置くと、早速バトルコートのトレーナーラインに着く。

そして揃って一礼すると、ボールを構え、放る。

 

オレが出場ラインに繰り出したのは勿論ガントル。

 

ヒュウのボールから現れたのは、なんとチャオブーだ。

 

「ポカブも進化してたのか!」

 

「おう、19番道路で野良試合してたらすぐにな!」

 

バトルコートの反対まで声を届けようとすると、自然と叫ぶような形になる。

あまりこの状態で声を掛け合うのは喉が疲れてしまう為。話は後にして、早速バトルを始める事にした。

 

 

「ガントル!相手を正面に捉えつつ回り込め!」

 

ガントルは体の向きを変えずに、前後左右に動くことが可能だ。その為、相手を眼前に捉えつつ、側面や背面に向かう事が出来る。

今朝のランニングでは体慣らしにあらゆる方向を向かせて走らせていた為、後ろ向きで走らせていた時にすれ違った人に凝視された。

正直見慣れてないと、端から見たら異様な光景だったと思う。

 

「チャオブー!ニトロチャージで横から叩け!」

 

「右足を軸に方向転換!ロックブラスト!」

 

指示を聞いて、回り込んでくるチャオブーに向き直りロックブラストを打ち出す。

やはり三本の脚の中で、後ろ脚の挙動が遅い。ダンゴロの時には無かったその存在をもて余しているのだろう。

 

迫り来る岩に怯む事無く、それを掻い潜って突き進むチャオブー。しかし、四発目を避けたところで体勢が崩れた。

 

やはり四足歩行から直立二足歩行になった事で、バランス感覚にまだ難があるようだ。

 

その期を逃さず再度ロックブラストを指示する。

 

その後、手持ちを交代させてガントルとチャオブーにインターバルを設けつつ、昼過ぎまで調整を続けた。

 

 

 

 

「大分今の体に馴染んできたみたいだね」

 

「お互いにな」

 

ずっとバトルコートを占領している訳にはいかないので、区切りの良いところで切り上げ。昼食を摂らせた手持ちのポケモンたちをポケモンセンターに預けて、自分たちも朝食を摂った食堂で昼食を平らげ。食休みに外のベンチで休憩しつつ、駄弁る事にした。

 

お互いに自販機で買ったサイコソーダのプルタブを開けると、炭酸が抜ける音が爽快に鳴る。

それで喉を潤すと、疲れた体に炭酸と仄かな甘味が染み渡るように感じた。

 

「しかし、いつの間にポカブを進化させてたのさ?」

 

「19番道路で野良試合してたらいきなりな。チャオブーのやつ、早く進化したくて堪らなかったみたいでよ」

 

「あー。委員長のジャローダに負けて悔しがってたしね」

 

初等部から中等部の二年目まではオレたちが主席と次席を独占していたのだが、三年目の夏に進化した委員長のジャローダに敗北し、結局卒業までその座を取り戻せなかったのだ。

 

オレたちはポケモンを進化させて居なかった訳だし、主席になった委員長はあまり喜んでいない様子だったが。

 

まぁそんな事があり、オレのミジュマルも悔しがって居たが、ポカブはタイプ相性が有利だった事もあってか。かなり悔しそうにしていた。

 

しかし、最後の一年間は二人揃って打倒委員長のジャローダを目標に。より一層鍛練に身が入っていたので、今となってはプラスであったと思う。

 

そのまま思い出話、と言ってもつい先月までの話だが。に花を咲かせていると、唐突にオレのライブキャスターから着信音が流れ出した。

 

取り出してみると画面には、"トウコ先輩"の文字が。

 

ヒュウにも画面を見せた後、二人揃って顔を見合わせる。トウコ先輩はあまり電話を掛けてくる人ではないのだが、何の用だろう。

 

ヒュウに出るよう促されたので、通話ボタンを押すと。画面にトウコ先輩が映る。

 

「お、出た出た。やっほーキョウヘイ、元気してる?」

 

「昨日ぶりです。トウコ先輩が電話して来るなんて珍しいですね」

 

「アタシだってたまには電話くらい掛けるわよ」

 

たまにしか掛けないから珍しいのだが。

 

「そうそう。ヒオウギシティに来年度からポケモンジムが出来るじゃない?」

 

挨拶もそこそこに、唐突にそんな事を言い出す先輩に、頷いて返す。

 

オレたちの旅に出る年にはギリギリ間に合わないので、ヒュウと二人で肩を落とした記憶がある。

 

「それ、今年度から開く事になったから」

 

「「…は?」」

 

思わず二人揃って聞き返してしまった。


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