ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第六話 衝動と誓い

アデクさんと分かれ、サンギタウンのポケモンセンターにガントルを預け、元気にして貰う間に、見学大歓迎と書かれた看板を見てサンギ牧場に寄ってみたのだが。

 

「ヨーテリー!何処だー!返事しろー!」

 

そこで叫びながら走り回っているヒュウを目撃した。

 

「なにやってんの?」

 

思わず唖然として走り去って行くヒュウを見送ると。ツナギを着た中年の男女が近付いて来る。

 

「やあ、サンギ牧場へようこそ。私はここのオーナー。そしてこっちが妻だ」

 

「こんにちは!」

 

「こんにちは、お邪魔しています」

 

どうやらここの経営者らしい夫婦は、朗らかに挨拶してくれた。

オレも挨拶を返し。ところで、と続ける。

 

「彼は何をやっているのでしょうか?」

 

ヒュウが駆けていった方向に視線を向けつつ尋ねてみる。

見たところ何かを探しているらしい事は分かるが、その理由と経緯が謎だ。

 

夫婦は顔を見合わせると困ったように笑いながら事情を説明してくれた。

 

どうやら、夫婦がこの牧場で飼っているメリープたちを纏める手伝いをしてくれているヨーテリーの姿が見えないので探していると、たまたま此処へ立ち寄ったヒュウが探す手伝いを申し出たらしい。

 

「たまにある事なんだ。きっと遊ぶのに夢中で、少し離れてしまっただけだと思うんだけどね」

 

オーナーの男性はそう言って笑う。ヒュウの必死さとは温度差がある。

ヨーテリーが姿を隠す事に慣れているオーナーさんと、チョロネコの件でポケモンが居なくなる事にトラウマを抱えているヒュウとでは、その差は当然の事に思える。

 

オレはある程度鎮まってはいるが。毎日妹ちゃんと顔を会わせ、チョロネコとも生活を送っていたヒュウは五年前からずっと怒りと後悔の炎を燃やし続けているのだ。

 

オレはオーナーさんにヒュウと友人同士であり、自分も手伝う旨を伝え、ヒュウの後を追った。

 

 

 

「おーい、ヒュウ」

 

「キョウヘイか。ヨーテリー見掛けなかったか?」

 

ヒュウは時折立ち止まっては辺りを見回していたのですぐに追い付いた。

 

「いや、見てないよ。オーナーさんから事情は聞いた。オレも手を貸すよ」

 

「おう。この辺には居なかったから。森の中に入っちまったのかもな」

 

そう言って森を睨むように見るヒュウ。多分当時の事を思い出しているのだろう。

 

オレはヒュウの肩に手を置き、落ち着くように諭すが。身を翻されその手を払われる。

 

「手分けして探すぞ、オレはこっちから。お前はそっちからだ」

 

そうしてオレたちは森の中へ入って行く。

 

まるであの時の光景の焼き増しだ。嫌な胸騒ぎを感じる。

 

だが、もうあの時とは違う。遊んでいるだけなら良いが。もし、万が一。ヨーテリーが拐かされているなら、取り戻してみせる。

 

 

 

それから数分程、ヒトモシとミジュマルにも手を借りてヨーテリーを探すも、姿が見えない。

 

「ミジュマ!」

 

努めて焦らないよう、ヨーテリーに呼び掛けながら進んでいると、ミジュマルが何か見付けたように声を上げた。

 

ヒトモシと共に駆け寄ると地面を指差すミジュマル。

 

其処は他の場所より窪んでおり、先日降った雨がまだ残っていたのか、ぬかるんでいた。

 

そして、そこにはまだ出来てからそれほど時間が経っていない、ヨーテリーと思われる足跡と、人の靴跡が残っている。靴跡は大きさから見て大人の男性か。

前方が深く抉れているその形から、どちらも急いでいるようにも見て取れる。

 

胸騒ぎが、大きくなった。

 

 

 

バッグをその場に置き。ミジュマルとヒトモシをボールに戻し、足跡が向く方向へ走る事更に数分。遂に木々の隙間から人影が見えた。

 

更に走る速度を上げ、接近すると。オレの足音が聞こえたのか、人影がこちらに振り向く。

 

黒いコートを羽織り、同じく黒い防止を被った見るからに怪しい男だ。靴には泥が付着しているところを見るに、先程の足跡の主で間違い無いだろう。

 

その向こうで、ヨーテリーが怯えたように震えながら威嚇しているのが見えた。その足下は、男同様泥で汚れている。

 

一瞬視界があの日のように真っ赤に染まる。

 

しかし、ヨーテリーはこの辺には生息していないが、野生のポケモンと勘違いして追い掛けているという可能性もある。

 

掌に爪を立て、痛みで頭を冷やす。

 

 

「そこで何をやっているんですか?」

 

男のもとまで辿り着くと。不快感を抱かせないよう、努めて冷静に、そして穏やかに問い掛ける。

 

野生のポケモンと見てゲットやバトル目的で追い掛けているなら良し。そうでなければ…。

 

 

男は言葉に詰まったように身動ぎする。

 

身なりと相まって、明らかに怪しいその挙動に。オレは右肩から先を相手から死角になるよう斜に構え、ボールに手を掛けて返事を待つ。

 

木々のざわめきだけがその場を支配する。

 

 

沈黙の時間は数秒か数十秒か。ついに男が口を開いく。

 

「俺はこのポケモンを解放しようと…」

 

 

 

 

黒だ。

 

 

 

 

オレは男が言葉を言い切る前に、右手に握っていたモンスターボールを投げ、ヨーテリーの前にヒトモシを解放。

 

続けてミジュマルを自身の目の前に解放し、男は丁度二体のポケモンに挟まれる形となった。

 

突然言葉もなくポケモンを出したオレを見て、目を白黒させる男。

 

「あんた、プラズマ団とか言う連中の仲間か?」

 

放った言葉は、自分でも驚くほどに温度を感じない冷たいものだった。

 

「このポケモンたちはなんだ!知っているなら邪魔するんじゃない!」

 

吐き捨てるプラズマ団。

 

「そのヨーテリーがトレーナーからの解放を望んだのか?」

 

「望んでいるかいないかは問題じゃない!解放さえすれば、それが幸せだと気付くさ!」

 

「話にならない。警察に突き出す、そこでじっくり語ってくれ」

 

この男がしようとした事は、犯罪以外の何でもない。ならば法の下で裁いて貰う。

 

「子供には理解できないさ!」

 

そう言って懐に手を伸ばし、取り出したのはモンスターボール。

そしてそれを空中に放れば、中から中からコロモリが飛び出した。

 

「言っている事とやっている事が違うみたいだけど?」

 

「五月蝿い!コロモリ、風起こし!」

 

「ヒトモシ、シャドーボール」

 

指示を受けて技を放つ前に、ヒトモシのシャドーボールが直撃して吹き飛ぶコロモリ。

 

「ミジュマル、ボールにシェルブレード」

 

そして男が握っているモンスターボールを器用に両断するミジュマル。

 

すると技を受けて空中できりもみしていたコロモリは、体勢を立て直すとダメージを負った体で何処かへ飛び去って行く。

 

「良かったじゃないですか、ポケモンが解放されましたよ?」

 

ポケモンがトレーナーに信頼を寄せていればモンスターボールが無くとも戻ってくる。

戻って来ないという事は、つまりそういう事だ。

 

男は呆然とした顔で切り裂かれたボールとコロモリが去って行った空を交互に見ていたが。

事態を把握するとわなわなと肩を震わせる。

 

ポケモンを出す様子がないところを見るに、もう手持ちが居ないのか、はたまたまた「解放」されるのが怖いのか。

 

ふいに男の口角が上がると、また懐に手を突っ込んだ。

次のポケモンを出すのか。そう考え、身構えていると。

 

狂気に歪んだ顔で男が取り出したのは、鈍い銀色に煌めく刃。

その切っ先は真っ直ぐオレに向かっている。

 

怯えていたヨーテリーの震えが止まる。

 

それを見た瞬間心臓が大きく跳び跳ねた。

 

オレは男から目を離さず。瞬時にミジュマルとヒトモシをボールに戻す。

 

そしておもむろに突っ込んできた男の腹に蹴りを喰らわせると、男は口から液体を吹きながら地面に倒れ込んだ。

 

 

間一髪だった。

 

 

もし数秒反応が遅れていたら、男の命は無かっただろう。

 

ポケモンは人間が人間に危害を加えるという行動に過剰に反応する。

それがスポーツや、じゃれあい程度なら問題ないが。明確な暴力や殺意を感じ取ると、その人間の命を奪おうと行動する。

 

理由は解明されていないが、全てのポケモンが同じ反応をするのだ。

例えそれが、自らのトレーナーであったとしても。

 

 

安堵の溜息を吐き出す。

 

男が傷付かなかったからではなく、ポケモンの手を汚さずに済んだからだ。

 

ヨーテリーが動くより先に男を昏倒させられたのは、正直運が良かった以外の何でも無い。

 

ナイフを蹴って男から遠ざけつつ。この手の相手を逆上させるような行動は止そうと、固く誓った。

 

 

 

 

「ミジュマ!」

 

「ありがとう、ミジュマル」

 

プラズマ団を放置はできないので、ヒトモシと監視している間に、ミジュマルに置き去りにしたバッグを取って来て貰った。

 

中に木の実が入っているので、野生のポケモンに持っていかれていないか、後になって心配したが杞憂だったようだ。

 

バッグの中からオレンの実を取り出してヨーテリーとミジュマル、ヒトモシに与え、トウコ先輩の助言で用意した丈夫な紐を引きずり出す。

 

何でも、深い穴に落ちた時や、降りる時に重宝するとかなんとか。

 

それを使って、未だに目を覚まさないプラズマ団の男を拘束してゆく。

 

まさかこんな事に使うとは夢にも思ってなかったが、確かに役に立った。

 

そうしている内に足音が聞こえてきた。

 

 

「待たせたな、キョウヘイ」

 

最初に辿り着いたのはヒュウ。バッグをミジュマルに回収して貰っている間に、ライブキャスターで連絡しておいたのだ。

 

後ろから牧場のオーナー夫妻や、警察と思わしき人も走ってくる。

 

それを見てヨーテリーが駆け寄り、夫妻に抱き止められた。夫妻は涙を流し、ヨーテリーに謝罪している。

どうやら、事態を軽く見ていた事を謝罪しているようだが。トレーナーのもとから頻繁に姿を隠していたヨーテリーにも非はあるし、一概に夫妻が悪いとは言い切れない。

 

色々あったが、無事に再会させる事が出来て良かった。素直にそう思う。

 

 

プラズマ団の男は、拘束された状態で警察官二人に荷物のように運ばれて行った。

因みに、紐は後で返してくれるらしい。

 

それを見送るヒュウの目は、憎悪の炎で燃え上がっていた。

 

遭遇したのがヒュウではなくオレであったのは、あの男にとって幸運だったんじゃないだろうか。

今にも男を消し炭にしそうな目をして睨む親友を見てそう思う。

 

その後、警察に事情聴取され、ヒュウと二人揃ってオーナー夫婦に感謝されて、解放された時には既に夜になっていた。

夫妻には、牧場の隣に建つ家に泊まっていくよう強く勧められたが、流石に悪いし、ポケモンセンターで待たせているポケモンが居るので丁重に断った。

 

夫妻は残念そうにしていたが、またいつか寄ると告げると、オレとヒュウの手を順に固く握りながら笑って送り出してくれた。

 

 

 

サンギタウンのポケモンセンターに向かって、肩を並べて歩くオレとヒュウ。

 

「…どうだったんだ?」

 

暫く互いに無言で歩いていたが、唐突にヒュウが口を開く。

伊達に長いこと付き合っては居ない。聞きたい事は主語がなくても分かる。プラズマ団の事だろう。

 

「拍子抜けするほど弱かった。チョロネコの件は警察に話しておいたから、あいつが何か知っていれば連絡してくれる事になってる」

 

ヒュウはそれを聞くと深く息を吐き、そうか。と呟いて空を見上げた。

 

話し掛けてきたという事は、漸く怒りの炎が収まってきたのだろう。勿論、鎮火した訳ではなく勢いが弱まっただけだが。

 

まぁ、プラズマ団はかなりの規模の集団だった訳だから、団員の強さもピンキリだろうし。何より、先程の男はプラズマ団を自称しているだけで、プラズマ団員である事は確定していないのだが。

 

そんな事をやんわりとヒュウに告げると、何かを考えるように俯き加減で歩いていたヒュウは顔を上げ、前を見据えた。

その眼には、やはり怒りの炎が静かに揺らめいているように見てとれる。

 

 

それからまた無言が続いたが。ふと、そう言えば。と再びヒュウが沈黙を破る。

 

「ポケモンセンターに預けてるのはダンゴロだろ?あいつが再生装置で瞬時に治せない怪我をするとか、そんな強い野生のポケモンかトレーナーがこの辺に居るのか?」

 

合流した時にミジュマルとヒトモシは見ているから、消去法でそう考えたのかヒュウは首を傾げる。

 

二年間共に研鑽を続けていただけあって、一番の古株であるダンゴロの強さはヒュウもよく知っていた。それ故の疑問だろう。

 

「怪我自体はバトルの後にガントルに進化して綺麗さっぱり消えたけど。相手が相手だったから、一応精密検査を受けさせたんだよ」

 

「マジか、進化したのか。つか、勿体ぶらずに何とやり合ったのか言えよ」

 

軽く小突いてくるヒュウ。こいつは昔からせっかちでいけない。

 

「アデクさんとそのパートナーのウルガモス」

 

繰り出されるヒュウの拳をいなしながら、さっさと白状する。

 

すると、ヒュウは足を止め驚愕したように目を見開いた。合わせてオレも立ち止まる。

 

「マジ?」

 

「マジ」

 

「イッシュチャンピオンの?」

 

「本人には"元"って否定されたよ」

 

それを聞くと、マジかー。と言って頭を抱えて蹲るヒュウ。

 

多分、同じ道を通って来たのに出会えなかった事を悔やんでいるんだろうな。オレが逆の立場でも落ち込む。

 

そう思い苦笑してその様子を見ていると、すぐにガバッと、ヒュウが勢いよく立ち上がった。

もう吹っ切れたらしい、流石に立ち直りが早い。オレならイッシュ最強のトレーナーとのバトルする機会を逃したら、もう少し引き摺るだろう。

 

「それで、どっちが勝ったんだよ?」

 

イッシュチャンピオン相手に戦ったと言っても、オレたちに勝ちの目があると見てくれている親友に、気恥ずかしさと嬉しさが込み上げる。

 

「オレの負け。でもダンゴロは最後の最後まで食らい付いてくれたし。アデクさんにも例のステルスロックも含めて誉められたよ」

 

それを聞くと、そっか。と呟いて空を見上げるヒュウ。その口元は、少し上がっていた。ダンゴロが奮闘する様子を思い浮かべているんだろう、こいつはそういう奴だ。

 

 

 

「高いか?」

 

「うん、高い」

 

 

イッシュの。いや、世界という壁は高い。

 

 

「でも越える」

 

「ああ、越える」

 

 

 

そう言ってどちらとも無く、拳をぶつけ合う。

 

乗り越える、数多いる世界の強豪たちを。そしていつの日にか辿り着いてみせる。最強のポケモントレーナーの座、ポケモンマスター。

 

 

 

オレたちは、かつて同じ事を誓い合った幼い頃のように。揃って、夜空に浮かぶ星を見上げた。


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