ブラック&ホワイト2 英雄代行 作:あぞ
「なるほどのう」
静かにオレの話を聴いてくれていたアデクさんは、目を瞑って呟きつつ頷く。
「お前さんのちぐはぐな強さに納得がいったわい。悔いを背負いつつがむしゃらに強さを求めるも、その後優秀な師に出逢った、か。
それにしてもプラズマ団め…やつらは解散した筈じゃが、その後チョロネコは?」
視線で帰ってきたのか?と聞いてくるが、それに対してオレは首を横に振って答える。
オレが未だに事件を引き摺っている事から、予想はしていたのだろう。
そうか。と呟き悲しげに俯くアデクさん。
そして唐突に頭を下げてきた。
「すまぬのキョウヘイ。辛い過去を話させておいて、わしにしてやれる事は何もない」
本当に申し訳なさそうに謝罪するアデクさんを見て、思わず慌てふためく。
「そんな、止してください。話を聴いて頂いただけで少し楽になりました!」
今のイッシュチャンピオンはソウリュウシティはジムリーダーシャガの孫。アイリス。
しかしそれはアデクさんが引退を表明した事で、チャンピオンの座を不在にするのを嫌ったポケモン協会イッシュ支部が、四天王全員に辞退されたからと、去年の一般トーナメントに優勝し、その後の四天王との戦いを勝ち抜けないも善戦したアイリスを異例の抜擢という形で据え置いたものだ。
オレはその事に関して特に何も思うことはない。
しかし、未だにイッシュ最強はアデク。という声が多いのは確かで、オレもそれに関しては同意なのだ。
そんな人に頭を下げられては、恐縮以外の何でもない。
「だが、わしも件のチョロネコに関しては探してみよう。放浪する老骨の身だが耳の良さにはそれなりに自信がある」
オレの困惑を汲んで頭を上げてくれたアデクさんは、そんな心強い申し出をしてくれた。
暗に、伝を辿ってくれるという事だろう。
「ありがとうございます、助かります」
オレが頭を下げて感謝を告げると。手持ちの三体もそれに倣って頭を下げる。
ミジュマルとダンゴロは当時この件に関わっているし、ヒトモシも後からゲットしたとは言え。大まかな粗筋は話していたので、思うところがあるのだろう。
「よいよい。通り過がりの世話焼き爺に大事な話をしてくれた礼だ。これくらいはさせてくれ」
それを聞いてもう一度頭を下げようとするオレの肩に軽く手を置き、そんなに畏まるな。と笑うアデクさん。
そしておもむろにモンスターボールを取り出すと、言った。
「どうだ。気分転換に一戦やらんか」
チャンピオンからのバトルのお誘いだ。乗らない訳が無い。
「是非お願いします!」
二人揃って広い川原に移動するとボールを構える。
「さて、どのポケモンと戦いたい?」
アデクさんはモンスターボールを六つ掌に乗せ、ニヤリと笑った。
どうやらオレに対戦相手を指名させてくれる様だ。
バッフロンにアギルダー、ローブシン。どのポケモンも歴戦の勇士であるが。一体を選べと言われれば一択だ。
「ウルガモスでお願いします」
それを聞いて笑みを深くするアデクさん。
イッシュ地方では、アデクと言えばウルガモス。ウルガモスと言えばアデク。なんて言われるほどに、アデクさんのパートナーはウルガモスというのが常識だ。
今のウルガモスは二代目だが、その実力はアデクさんの最盛期を若かりし頃より支えた初代と比較しても何ら遜色無いように見える。
そんなウルガモスと、オレは戦ってみたい。
「よかろう。出でよ、ウルガモス」
アデクさんがモンスターボールを放れば、一体の虫ポケモンが姿を現す。
成人女性ほどもある体に白い毛を蓄え、背中から生える六枚の羽は燃えるような赤。
そしてその眼は、空のように青く澄んでいる。
ウルガモスが六枚の大きな羽で羽ばたく度に鱗粉が空中に飛散し、それらは羽を離れると瞬時に燃え上がり、火の粉となる。
古いお伽噺によると。火山が噴火し火山灰が空を多い尽くした時、空に昇って太陽の代わりに地上を照らした。なんて伝説がある。
美しく、そして実際に目にするとどこか恐ろしげな印象を与えるその姿に一瞬釘付けになるが、頭を振って思考を切り換える。
「ダンゴロ、やれるか?」
問われたダンゴロは。伝説的なトレーナーが育てた、伝説の一説にもなっているそのポケモン相手にも怯むことなくオレの前へと躍り出た。
そんな頼もしい姿を見て、思わず笑みが浮かぶ。
「ハッハッハ。わしのウルガモスを前にして物怖じ一つせんとはな!実に肝が据わっておる、やはりお主自身もそのポケモンたちも、旅に出たばかりとは思えんな!」
「こいつはうちの古株ですから」
ミジュマルとヒトモシの前で格好悪い姿は見せられないだろう。
「なるほどの。では、始めようか」
アデクさんは愉快げに笑うと試合開始の宣言をする。
遂に憧れたトレーナーの一人とのバトルが幕を開けた。
「ダンゴロ、ロックブラスト!」
先手必勝。ダンゴロが生み出した数個の拳大の岩が、悠然と空に佇む太陽の化身を撃ち落とさんと飛ぶ。
「ウルガモス、蝶の舞」
しかし、ダンゴロの打ち出した岩はひらひらと舞踊るウルガモスに苦もなく回避された。
蝶の舞は、文字通り蝶の様に舞うことでオーラを纏い。自身の身軽さ、技の威力を底上げし、更にはオーラ自体にも受ける技の威力を軽減させる効果を持つ、完成さえすれば正に攻防一体の強力な補助技だ。
但し、それだけに技としての難易度が高く。
中途半端に行使したところで大した効果は得られない上に、阻害されると効果を発揮しない。
戦闘中に使えば舞い終えるまで無防備な姿を晒す事になるので、距離をとったり技で相手を吹き飛ばすなどした際に、隙を見て使う技なのだが。
アデクさんのウルガモスは修得すらも難しいとされる蝶の舞を、相手の技を回避しながら使って見せたのだ。
かつてテレビ中継されていたチャンピオンシップなどで、画面越しにその離れ業を観た事はあったが、実際目にするとやはり衝撃的である。
正に次元が違う。
今戦っている相手は。師であるトウコ先輩すら超える実力の持ち主である事を再認識させられる。
だが。だからと言って、簡単にやられる訳にはいかない。
そうだろ?ダンゴロ。
ウルガモスの蝶の舞は知っていた。だからこそ、すぐに次の手を打つ心の余裕もある。
「ダンゴロ!ステルスロック!」
指示を受けたダンゴロは、空中で舞うウルガモスの周囲に次々と鋭く尖った大小の岩を出現させる。
その岩に行動を阻害され、動きを制限されたウルガモスは制止する事で蝶の舞を中断する。
「なんと器用な!」
アデクさんが感心したように声を上げる。
それもその筈。
そもそもステルスロックは空中に無造作に出現させ、新たに現れたポケモンに反応して襲い掛かる設置型の罠だ。
しかし、オレのダンゴロは訓練によってその岩を出現させる場所を、ある程度自在に操る事に成功したのだ。
トウコ先輩曰く、特訓の成果ではあるが。ダンゴロの並外れた集中力と、先天的な空間把握能力がそれを可能にしているのだろう、との事。
スクールの友人や教師、トウコ先輩すらも驚かせたその技は、どうやらアデクさんでも感嘆させるものだったらしい。
オレは自分のダンゴロを誇らしく思う。
そして今、自分の持つ才能を遺憾なく発揮したダンゴロは、追撃のチャンスを掴み取った。
「ロックブラスト!」
動きを止めた今こそが好機。
岩に囲まれたウルガモスにロックブラストが迫る。
「ウルガモス、蟲のさざめき」
しかしその攻撃は、六枚の羽を振動させ音波を放つウルガモスの技に周囲のステルスロックごと破壊された。
真正面から、力業で、最大のチャンスを握り潰されたのだ。
思わず唇を噛む。これまでまでか。
しかし、その圧倒的な実力差を見せ付けられても。オレを信じて闘志をみなぎらせているパートナーが居る限り、諦める事だけは絶対にしない。
「ダンゴロ!真下を取れ!」
空中を飛行するポケモンはそれだけで地を歩くポケモンに比べて行動領域が広がり、地震などの攻撃を受けないというメリットがある。
しかし、飛んでいるからこそ生まれるウィークポイント。それが真下だ。
そのセオリーに乗っ取って指示を出す。
死角に入り込めば、先程のように容易くロックブラストを避けられまいと踏んでの指示だ。
だが、アデクさんもそう易々とそれを許そうとはしない。
「ウルガモス、もう一度蟲のさざめき!」
ウルガモスは先程全周囲に向けて放った時と違い、羽をまるでパラボラアンテナの様に前方に広げると、一点集中させた事で威力を増した振動波を放つ。
「ダンゴロ!前転で回避!」
ダンゴロはすぐさま地面に飛び込むように跳ねると、自身の丸い身体を利用して転がり、ついにウルガモスの下付近に辿り着いた。
二度目の好機。
しかし。
ウルガモスは己の羽で身体に包み込むと、空気抵抗を極限まで減らして急降下し、大地へ堕ちる直前で羽を大きく広げ、地面すれすれで空中に留まった。
その場所は、ダンゴロの僅か1m手前。舞散る火の粉が届く距離。
「まずい!跳ねて距離を取れ!」
ダンゴロも直ぐ様回避しようとするが。
「大文字!」
間に合わず炎に飲まれた。
一瞬心臓が止まったような錯覚に陥る。
イッシュ最強のトレーナーが育成したパートナーポケモンの最大火力を、目と鼻の先で受けたのだ。そのダメージは計り知れない。
しかし、まだだ。まだダンゴロは倒れていない。そんな確信と共に、炎に包まれたパートナーにも声が届くように叫んだ。
「ロックブラスト!」
オレの叫びに応え、炎を纏う炎を切り裂いて拳大の岩が飛び出す。
ダンゴロは頑丈な身体と精神力で、イッシュの頂点が生み出した炎に耐えてみせたのだ。
「上昇して回避!」
だがアデクさんは予想していたのか、落ち着いた様子で指示を出した。
しかし逃すつもりは毛頭無い。
「頭上にステルスロック!」
大ダメージを受けているにも関わらず、正確にウルガモスの頭上に表れるステルスロック。
しかし、その隙間を縫うようにして回避しながら上昇するウルガモス。
「岩に向かってロックブラスト!」
ステルスロックを避けたのであれば、ステルスロックを当ててやれば良い。
ダンゴロはオレの突然の指示に一瞬の迷いもせず、浮遊する岩にロックブラストを撃ち込むと、砕けた破片が散弾となり、無数にウルガモスを襲う。
「ヒィィイブ!」
ここで始めてウルガモスが声を上げた。効果は抜群のようだ。
「追撃のロックブラスト!」
ウルガモスが上昇した事で、当初の予定通り真下に着くことができた。
ここがラストチャンスだ。
六発の岩がウルガモスを撃ち落とさんと迫る。が。その瞬間。
「暴風!」
ウルガモスは羽を荒く羽ばたくと。ステルスロックや、ロックブラストをすべて巻き込んで吹き飛ばす程の強大な風を一瞬で生み出す。
その余波は地表にも届き、川原の小石が吹き飛び、砂塵が舞って周囲を埋め尽くした。
オレは腕とサンバイザーで顔を庇いつつ、細目を開いて懸命に状況を把握しようとする。
すると、砂煙が晴れ。吹き飛ばされて仰向けに倒れるダンゴロが視界に入った。
今度こそ、戦闘不能の様だ。
オレは常に取り出せるようにセットしてあるキズ薬をバッグから引き抜き、ダンゴロに駆け寄る。
倒れたダンゴロを抱き起こし、傷ついた箇所に応急処置として薬を吹き掛ける。
「ありがとな、ダンゴロ。よく頑張ってくれた!」
相手が元チャンピオンであろうと、負ければ悔しい。
しかし、今は悔しさよりもダンゴロへの感謝と賞賛の念の方がもっとずっと勝っていた。
「良い戦いじゃった」
いつの間にか、アデクさんがウルガモスも引き連れて隣に立っていた。
そして、オレのキズ薬が切れたタイミングで新しいキズ薬を手渡してくれたので、礼を言いつつ、ありがたく使わせて受け取ると、ダンゴロの身体が光を帯びた。
オレは光るダンゴロを地面に下ろし、その様子を見守る。
するとダンゴロの丸い輪郭が変化し、より大きく角ばった形状へと変わる。
そして光が消えるとそこに居たのはダンゴロではなく。
「おめでとう、ガントルに進化したな。これからもよろしくな!」
「トル!」
ダンゴロだった頃の体積の二倍を優に超える、逞しい進化を遂げたガントルを撫でると、ガントルは嬉しそうに鳴いた。
進化してキズは消えたが、一応バッグからオボンの実を取り出し、食べさせる。
「うむうむ、素晴らしい。今まで進化していないのが不思議なくらいの戦いぶりだったからのう」
「先生の教えで、進化を見送っていたんですよ」
事情を説明すると、アデクさんは感心したように頷いた。
「ふむ。確かに進化すれば、それまでより強力な力を一瞬で手にする事が出来る。
だがおぬしの師の言う通り、その力を過信し、溺れてしまえば強者への道は逆に遠ざかるか。
キョウヘイとその友は、本当に優秀な師に恵まれたようじゃのう」
「ありがとうございます!アデクさんにそう言って頂けると、トウコ先輩もきっと喜びます!」
トウコ先輩の事が褒められるのは、自分の事のようにに嬉しい。
先輩自身は否定しているが、やはり先輩は資格など取らずとも、今の時点で優秀な先生なのだ。
「すまん。おぬしの師の名を、もう一度聞いて良いか?」
内心でガッツポーズをとっていると、アデクさんが真剣な顔でそう言った。
「えっと。トウコ・シラユリです、カノコタウン出身の」
「黒に近い茶色い髪を、後ろで結っておる十代の少女か?」
「お知り合いだったんですか!?」
思わず叫ぶと、頷き返して来るアデクさん。
まさかトウコ先輩とアデクさんが知り合いだったとは。世間は狭い。
先輩は自分の事をあまり話したがらないが、もしかすると凄い人なのではないか。そんな考えが頭を過る。
どのような経緯で出会い、どのような関係だったのか。
それを問おうとした瞬間。
「ヒィブ」
突然ウルガモスがガントルの前に出て来て、静かに鳴き声を上げた。
ガントルが頭を下げているのを見るにどうやら健闘を讃えてくれてる様だ。
「さっきはありがとうウルガモス。またバトルしてくれるかな?」
そうウルガモスに話し掛けるも。ウルガモスは身を翻して空に舞い上がってしまった。
機嫌を損ねてしまったのだろうか。
「すまんの、やつはひねくれものでな。愛想がなくて困る」
「いえいえ、オレが馴れ馴れしくしてしまったもんですから」
「そこは気にしておらんと思うがの。
しかしキョウヘイ、先程のバトル。誓って侮っていた訳ではないが、切り札の暴風まで使わされるとは思わなんだぞ」
そう言って笑うアデクさんは先程までと違い朗らかだ。
「ガントルが頑張ってくれたお蔭です。オレはもういっぱいいっぱいでした」
そう言って項垂れるオレの肩を叩くアデクさん。
「いやいや。おぬしがポケモンを信頼し、最後の最後まで諦めずにいたからこそ。ガントルはそんなお前さんを信じてあそこまでやれたのだ」
そうだろう。と問い掛けられると、しっかり頷くガントル。
「あのステルスロックはイッシュ大会で…いや、もっと突き詰めれば世界でも通用するだろう。研鑽を怠らんようにな」
そんな事を聴いてしまえば喜ばない訳がないが、舞い上がる心を抑えつつ頷く。
浮き足立てば足下が掬われる。日々精進あるのみだ。
「さてキョウヘイ。長く引き留めて悪かったのう、おぬしはもう行くと良い」
「はい。色々とお世話になりました」
そう言って頭を下げる。アデクさんともっと話していたいと思わなくもないが、ヒュウにタウンマップを届けなければならないし、ポケモンジムにも挑戦したい。
「よいよい。…おっと忘れるところであったわ。おぬしの連絡先を教えて貰えんか?例の件で何か分かれば連絡しよう」
「ありがとうございます!ではライブキャスターの番号を…アデクさんはライブキャスターを持っては?」
一応聞いてみるが、苦々しい表情で機械は分からん。と頭をかく元チャンピオン。
アデクさんの機械音痴は有名な話だったが、やはり事実だったか。
ライブキャスターの番号をメモに書いて手渡し、ガントルをボールに戻してバッグを背負えば準備万端だ。
「それでは、失礼します」
達者でな。と見送ってくれるアデクさん。
去ろうとすると背中から、最後に一つ。と声をかけられた。
「負の感情はポケモンバトルに於いては不要だが、人生に於いてはそうとも限らん。
全てがお前さんの糧となる。それを消化できるかは、結局のところお前さん次第だ」
そう言うと笑って手を振る。
オレは最後にもう一度深くお辞儀をすると、今度こそ次の町へと歩みだした。
ふと視線を感じ振り返ると、ウルガモスと目が合う。
が、一瞬で逸らされてしまった。本当に嫌われた訳では無いんだろうか。
「行ったか」
「ヒィブ」
キョウヘイが去った方向を見て呟き、溜息を吐くアデク。
「あの子の弟子と知った今。最後の言葉はまるで言い訳にしか聞こえんな」
独りごちるその姿は、先程よりも年老いて見える。
「奇妙な巡り合わせだの。
すまんがキョウヘイ。わしに褒められたなどと聞いても、あの娘は喜んではくれんだろう、寧ろ…」
それ以上先は口に出さず、己の内に呑み込んだ。
「さて、わしは川原を直してから行くとするかの。流石にこのままにはしておけん」
そう言って見渡すと、ウルガモスの暴風によって荒れた川原が目に入る。
侮っていた訳ではない。しかし使う事も無いだろうと思っていた切り札を引き出された。
この技は、プロのトレーナーが相手でもそうそう使うものでは無いというのにも関わらずだ。
旅を始めてバッジ一つ持たない少年に追い詰められたのだ。
自然とアデクの顔に笑みが浮かぶ。
三年前のあの子らやアイリス、キョウヘイが居ればイッシュの次世代は明るい。そう確信した。
ウルガモスはずっと、キョウヘイが進んだ方角を向いて羽ばたいていた。
この話より、原作キャラなどにこの作品独自のファミリーネームが付く場合があります。