ブラック&ホワイト2 英雄代行 作:あぞ
季節は夏。
オレはヒュウとその妹ちゃんを連れて町外れの森へと遊びに来ていた。
子供だけで町の外へ出掛けるのは危険だが。
この森の中ならゲートの外と違い、野生のポケモンも人に慣れている個体が多く、突然襲い掛かってくる事はまず無い。
「ゆけっ、ミジュマル!」
「出てこい、ポカブ!」
「二人とも頑張れー!」
「ニャニャニャア!」
この春、スクールで優等生の証であるミジュマルとポカブを貰い、新たな手持ちとしたオレたち二人は、森の中の少し開けたこの場所で毎日のようにポケモンバトルに明け暮れていた。
妹ちゃんも、父親から貰ったというタマゴから孵ったばかりのチョロネコを連れて、いつも一緒に付いてきていた。
「ポカブ、体当たりだ!」
「ミジュマルよけろ!」
バトルは毎回接戦で、妹ちゃんもチョロネコもハラハラしながら見守っていた。
「へへん、今日は俺の勝ちだな。キョウヘイ」
「うっさいぞヒュウ。合計ではオレの勝ち越しだからな!」
暑い陽射しの中、ヒュウが額の汗を拭いながら得意気に胸を張る。
オレはそんなヒュウにムキになって言い返した。体が熱いのは、太陽の所為だけじゃないだろう。
ポケモンバトルは最高に熱くて楽しい。
だが負ければ、それは悔しい。
今のバトルはヒュウに軍配が上がったが、オレが勝った回数の方が僅かに多い。
「お兄ちゃんもキョウヘイくんも、ポカブもミジュマルも凄いなぁ。
あたしたちもあんな風にポケモンバトルできるようになるかなぁ」
感心したようにオレたちを見たあと、不安そうにチョロネコを抱き締める妹ちゃん。
「なれるさ。もしかしたらヒュウはすぐに追い越されちゃうかもね」
「馬鹿言うな、今俺が勝っただろうが!追い越されるのはお前だろ!」
妹ちゃんの頭を撫でつつ元気付けるオレの手を払いのけるヒュウ。相変わらずのシスコンっぷりである。
「だったらもう一度勝負するしかないな!」
「望むところだぜ!」
「二人とも、喧嘩は駄目だよ!」
慌てて止めに入ろうとする妹ちゃんを手で制しつつ、ダンゴロのモンスターボールを手に取る。
「大丈夫だって、ただのポケモンバトルだからさ」
「そうそう、お前は危ないから下がってな。チョロネコ、そいつの事頼んだぜ」
ヒュウもシビシラスのボールを手にした。
ダンゴロとシビシラスは遠足で行った電気石の洞穴で、スクールのポケモンを借りてゲットしたオレたちの初めてのパートナーだ。
お互い、ミジュマルとポカブよりも古株である。
「ニャア!」
そして任せろと言わんばかりに威勢良く鳴くチョロネコ。
何故か自信満々なその様子を見て、三人で笑い合った。
そんな毎日が楽しくて、遅くまで遊んでは母さんに怒られた。
ある日、オレは今にも降りだしてきそうな曇り空の下を息を切らして走っていた。
「悪い遅れた!委員長の話が長くてさ」
「おせーぞキョウヘイ!」
スクールで委員長に捕まったオレは、ヒュウとの約束の時間に遅れて謝罪する。
「そう言うんだったらヒュウも一緒に聴いてれば良かったじゃん」
「やだよ、アイツ話長いから」
そもそも遅れた理由を知ってるんだから大目に見てくれても良いじゃないか。
そんな事を考えていると、妹ちゃんの姿が見えない事に気付く。それをヒュウに尋ねてみると。
「あいつならチョロネコと鬼ごっこして、どっか行っちまったよ」
「え、連れ戻した方が良いんじゃない?」
この辺りは比較的安全とは言え、野生のポケモンが全く出てこないという訳ではなく。
チョロネコが着いてはいるが、バトルの経験が少ないので心許ない。
「大丈夫だろ。それより雨降ってきそうだからさっさと始めようぜ」
「…オッケー。終わったら探しに行こう」
そう言うと。お前、兄貴の俺より過保護だよな。なんて言って笑ってくるヒュウ。
気恥ずかしさから無言でボールを手に取り、ミジュマルを繰り出した。
「降ってきたな」
それからバトルする事数分。ついに雨粒がポツリポツリと落ち始め、服を濡らす。
お互いに水が苦手なポカブとダンゴロをボールに戻して今日のところはお開きだ。
「お前が遅れるから全然バトル出来なかったじゃねーか」
「それは謝ったじゃん。兎に角、妹ちゃん探してさっさと帰ろう。
この雨、すぐに強くなりそうだ」
渋々同意するヒュウと、二手に別れて森の奥へと向かった。
それほど大きくない森とは言え、幼い少女一人を探すとなると中々大変だが、ずっと遊んで来たオレにとっては此処は庭みたいなものだ。
緑の生い茂る木々の間を縫い、無造作に生える雑草を掻き分けながら進む。
時折見掛けるミネズミやマメハトはオレに気付いても襲ってくる様子はなく、降り始めた雨から身を隠そうと。倒木の下や、自分たちで掘った穴に移動している。
空を見上げると黒々とした雲は厚みを増しており、予想した通り雨が強まるのは早い。もし迷子になっているとしたらすぐに見付けてあげないと体を冷やして風邪をひいてしまうかもしれない。
そうなると外で遊べなくて退屈だ、自分だったら耐えきれない。
ぼんやりとそんな事を考えてながらも足は止めず。倒れた木々を跨ぎ、髪を濡らす雨を払いながら探す。
「おーい妹ちゃーん!」
いくら呼び続けても応えは返ってこない。
既にヒュウと手分けして探し始めてから三十分は経っているだろうか。
これ以上先に進むと人に慣れていないポケモンが出て来て危険だ。
オレもポケモンを持っているとは言え、ヒュウとのバトルの後だし、群れで襲われたら一溜まりもない。
群れでなくても、シキジカやペンドラーに出会せばそれも危険だ。
縄張りに無断で入り込む人間に容赦はしないだろう。
幼いとは言え妹ちゃんもそこは理解しているだろうし、もしかしたら先に家に帰ったんじゃないだろうか。
そんな事を考え始めた瞬間、雨に濡れない木の根本で座り込む妹ちゃんの姿を発見した。
それを見て一瞬安堵の息を吐くが、もしかしたら怪我をして動けないんじゃないかと。急いで駆け寄る。
「見付かって良かった。随分奥まで来たんだね、結構探したよ」
声を掛けると、妹ちゃんはビクリと肩を震わせると膝に埋めていた顔を上げ、呆然とした表情でオレを見詰める。
いつも元気な笑顔を浮かべている妹ちゃんに似つかわしくないその表情に驚いていると、目に涙を浮かべ、ボロボロと泣き始めてしまった。
オレは大いに焦って言葉を続ける。
「うおっ!どうしたの?どこか痛い?怪我でもした?」
妹ちゃんはブンブンと頭を振るうと濡れるのもお構いなしに雨で水浸しになったオレに抱き着いてきた。
迷子になって心細かったのだろうか、とにかく家に帰る為に妹ちゃんをあやす為に頭を撫でようと手を伸ばすと。
「チョロネコちゃんが!」
妹ちゃんが叫ぶように言った。
伸ばしかけた手を止め、周りを見ると。いつも一緒に居るチョロネコの姿が見えない事に今更気付く。
嫌な予感がオレの全身を駆け巡った。
「チョロネコちゃんが!…知らないおじさんに連れて行かれちゃったよお!」
言われた言葉を理解するのに数秒掛かった。
そして理解すると、全身の血が頭に登ったかのように視界が真っ赤に染まる感覚に陥る。
チョロネコが奪われたのだ。
その後、ヒュウと合流すると妹ちゃんに詳しい事情を聞いた。
涙を流しながらも説明してくれた内容を纏めると。
曰く、チョロネコと追いかけっこをしていたらいつの間にか森の奥へと来てしまった。
曰く、森の中で知らない男に会った。
曰く、その男はポケモンを救うだの解放するだのと宣い。チョロネコのモンスターボールとチョロネコを奪った。
曰く…そのクソ野郎はプラズマ団と名乗っていた。
話を聞いて、オレとヒュウは怒りにうち震えた。
怒りすぎてどうにかなってしまうんじゃないか、そう思うくらいに怒り狂った。
「キョウヘイ…俺は今からイカるぜ」
「俺はもうとっくにキレちまったよ、ヒュウ」
その日、オレたちは妹ちゃんを家まで送ると。深夜過ぎまでチョロネコを奪ったプラズマ団とか言う奴を探した。
次の日も、その次の日も。親や周囲の制止を振り払い。森の中を駆け回ってはチョロネコを探した。
冷静に考えれば、そんなに長いこと森の中に犯人が滞在する訳が無いのだが。
当時十歳の、頭に血が昇ったオレたちは、そんなことにも気付かずに森を探し回った。
いや、実際は母さんか誰かがそう言って聞かせていたかもしれない。だがオレたちは聞く耳持たずに毎日森へと入っていたのだったと思う。
そんな事を一週間ほど続けた時だったか。オレとヒュウは疲労で倒れた。
事情が事情だけに強く言って来なかった両親にも、流石に説教された。
それでもオレの怒りの炎はまるで衰えず。
早くチョロネコを探して妹ちゃんのもとへ返す事だけを考えていた。
そんな時、倒れてベッドで横になっているオレの部屋に妹ちゃんが訪ねてきた。
オレは、きっとチョロネコを見付けてみせる。待っていてくれ。そんな事を言った気がする。
しかし、妹ちゃんから返って来た言葉は期待でも喜びでも無かった。
チョロネコちゃんの事はもう忘れてください。
オレは耳を疑った。
あんなに大事にしていたチョロネコを。あんなに一緒に遊んでいたチョロネコを忘れてくれと言った妹ちゃんの事が信じられなかった。偽物じゃないか、これは夢じゃないか。そんな風に思った。
オレは頭の中がごちゃごちゃになって怒鳴った。忘れられる訳が無いだろう。そう言った気がする。
だが妹ちゃんは怯えながらも叫び返した。
チョロネコが居なくなってしまったのは寂しい、悲しい、つらい。
でも、それが原因でヒュウやオレが倒れたら。もしも、死んでしまったら。そっちの方がもっと苦しい。
そう、小さな体で力一杯叫び。涙を流しながらもう一度懇願した。
もうチョロネコの事は忘れて欲しい。大人のひとたちが一生懸命探してくれているから、帰ってきたら一緒にまた遊ぼう。
だから、それまで忘れていて欲しい、と。
オレはそれを聞いて身体中の力が抜け落ちるように感じた。
オレの全身の血管を通って駆け抜けていたナニかが空中に霧散した。
妹ちゃんがいつ部屋を出ていったのかも覚えていない。
その夜、オレは泣いた。
チョロネコを守れなかった事が悔しくて。
頼りにされなかった事が悲しくて。
力のない自分が情けなくて。
涙が枯れるまで泣いた。
翌日から、オレたち三人の中でチョロネコの話題はタブーになった。
事情を知っている周囲もその話題は避けた。
ヒュウはあの事件以来あまり笑わなくなり。
オレは体力をつける為のトレーニングを始め、強くなるために誰彼構わずポケモンバトルを仕掛けた。
三人で遊ぶことは、無くなった。
そんな毎日を過ごしていた十二歳の時、ある女性に出会った。
癖の掛かった茶髪をポニーテールに纏めて帽子を被り。
デニムのショートパンツに白いノースリーブのシャツ、その上に黒い上着を羽織ったその人は、通りがかりにオレのバトルを見てポケモンバトルを挑んできた。
当時、毎日のバトルの成果か。スクールでは負けなしだったし。大人相手でもある程度は食らい付けるようになっていた。
頭の中でぼんやりと。これならプラズマ団とか言う奴が相手でもチョロネコを取り返せるんじゃないか、そんな事を考えていた。
しかし、その女性相手にオレは手も足も出せずに敗北した。
古株のダンゴロも、スクールで貰ったミジュマルも、一年ほど前に新戦力として加えたヒトモシもまるで歯が立たなかった。
愕然とした。
強くなったつもりで、その実弱いままだったのだ。
オレは、笑みを浮かべて軽く手を振りながら去ろうとする女性に追いすがり。
正面に回って懇願した。
「お姉さん。いや、先生。オレを…オレを弟子にして下さい!!」
無力で居るのは、もう嫌だった。