ブラック&ホワイト2 英雄代行 作:あぞ
展望公園の階段を一番下まで駆け降りて、町まで戻ってきたオレとヒュウは、二人揃って溜息を吐く。
「旅に出る前に疲れた」
「同じく」
同意すると、視線を交わせて同時に項垂れる。
「よし!俺は先に行くぜ」
ヒュウは自身の頬を二度ほど張って気合いをいれると。疲労を吹き飛ばしたように顔を上げた。
とある一件を除けば、立ち直りと切り替えが早いのはヒュウの強みだ。
「こっから先は…こっから先もライバル同士だ」
「オッケー、トーナメントで会おう」
「その前にも、旅先で顔を見たら勝負吹っ掛けるからな」
「上等」
拳をぶつけ合うと、ヒュウは走り出して行った。
オレもヒュウに続くとしよう。
19番道路へと続くゲートに向かう道を歩く。
早朝にランニングをしていた時は静けさに包まれていたこの通りも、この時間になると人で賑わっている。
そんな中、見知った顔を見付けて手を振ると、相手もこちらに気付いた様で駆け寄ってきた。
「こんにちはキョウヘイさん!お兄ちゃんは一緒じゃないですか?」
「こんにちは妹ちゃん、ヒュウとはついさっき別れちゃったんだ。多分もうゲートを抜けて次の町に向かっていると思うよ」
「そうなんですか…」
そう言うとしょんぼりした様子を見せるヒュウの妹ちゃん。
兄と違って笑顔を絶やさない人懐っこい子だが、それだけにしょげた様子は似合わない。
「ヒュウに用があるなら、ライブキャスターで呼び戻してみようか?」
「あ、いえいえおかまいなく。ちょっとした忘れ物を届けようとしたんですけど。旅先でも用意できる物なので」
なるほど、ヒュウめ。オレには抜けてるだなんだと言っておきながら自分だってそそっかしいじゃないか。
「それならオレが渡しておくよ、同じ方向だからすぐに追い付くだろうし」
「良いんですか?」
「大丈夫、任せて!」
明るく言いつつ大袈裟に胸を叩くと、妹ちゃんは笑顔を見せてくれた。
やっぱりこの子は笑顔が似合う。
「では、これをお願いします」
渡されたのはタウンマップ。確かに旅先で用意出来るものだ。オレも次の町で買おうと思っていたし。
「あれ?タウンマップが二つあるけど」
「それはその…キョウヘイさんにも渡そうと思って」
俯きつつ恥ずかし気にそう言う妹ちゃん。なんて良い子なんだろうか。
「ありがとう!丁度買おうと思っていたところだったんだ。とっても助かるよ」
そう言って頭を撫でるとくすぐったそうにしつつも受け入れる。
因みにヒュウが居ると手を払われる。あいつは超が頭に付くほどのシスコンなのだ。
ふと、妹ちゃんの視線がベルトに付いているモンスターボールに行っていることに気付いた。
オレの手が止まった事に気付いた妹ちゃんは、ハッとした様に顔を上げ、笑顔を浮かべる。だが、その笑顔は先程と違い無理に作っているように見える。
「ポケモン、大事にしてあげてくださいね?」
「勿論だよ、ずっと大切にする」
そう言うと妹ちゃんは今度はまた自然な笑顔を浮かべ、こちらに手を振りながら家へと帰って行った。
その様子を小さく手を振って見送ったオレだが、姿が見えなくなると小さく息を吐き、腰のボールを一つずつ撫でて五年前の事件を思い出していた。
「私の可愛いポケモンと勝負しない?」
気持ちを切り替え、ゲートを抜けて野生のポケモンを退けつつ次の町を目指していると。
ミニスカートの少女にバトルを挑まれた。
「勿論。受けて立つよ」
目と目が合ったらポケモンバトル。トレーナーの常識だ。
「行けっ、ヒトモシ!」
「モシ!」
ボールから放たれたヒトモシは、やる気満々で頭の炎を揺らす。
「へぇー、あなたのポケモンもキュートね!でも私のポケモンも負けてないんだから!」
そう言ってボールを投げる少女。ボールから出て来たのは。
「ニャア」
「どう!?私のチョロネコちゃん、とっても可愛いでしょ?」
チョロネコ…普段は何とも無いが、妹ちゃんに会ったばかりだと五年前の事件を思い出してしまう。
「チョロネコちゃん、ひっかく!」
「ニャア!」
そんな事を考えていると、相手に先制を許してしまった。
いけない、今はバトルに集中しないと。
接近したチョロネコが鋭い爪でヒトモシを引っ掻く。しかしチョロネコの体はヒトモシをすり抜けてしまう。
「しまった、そのポケモンはゴーストタイプ!?」
「正解」
しかし勉強不足。
「ならこれ!シャドークロー!」
どうやらポケモンのタイプは把握しきれていなくても、タイプ相性は理解しているらしい。
「だけど遅い!ヒトモシ、弾ける炎!」
再び向かってくるチョロネコに、ヒトモシ頭の蝋燭から文字通り弾けた炎が直撃し、吹き飛ぶ。
「チョロネコちゃん!!」
ミニスカートの少女は自分のポケモンに駆け寄り、抱き起こす。
どうやら戦闘不能のようだ。
「ありがとうヒトモシ、悪かったね」
オレはヒトモシに感謝と、バトルに集中出来ていなかった謝罪の言葉を告げるとボールに戻して少女に近付く。
「はいこれ、少し苦いけど火傷に効くから」
そう言ってバッグから取り出したチーゴの実を渡す。
「ありがとう。あなたのポケモン、とっても強いのね。でも私のチョロネコちゃんは負けても可愛いんだから」
「そうだね、その通りだ」
負けても自分のポケモンへの愛を押し通す少女に思わず苦笑しつつ、同意する。
すると少女は得意気に笑い、愛しいチョロネコにチーゴの実を食べさせるのだった。
それから19番道路を歩き、野生のポケモンやトレーナーとバトルをする事数十分。
戦い続きで疲れているだろうオレのポケモンたちを休ませる為に、川の畔に聳える一際大きな木の陰で休憩を取ることにした。
いくらヒュウでも今日一日で大きく移動はしないだろう。
ポケモンたちに水やポケモンフーズを与えつつ、オレも自宅から持ってきた水筒を傾けて喉を潤す。
ポケモンフーズを食べ終えたミジュマルは川へと飛び込んではしゃぎ。
水が苦手なダンゴロとヒトモシは並んで水辺に腰を下ろし、川の流れを見つめている。
オレもそんな三体の様子を眺めながら、大木に背を預けて足を伸ばすが。
「そこの少年」
突然頭上から耳慣れない声が聞こえ、素早く身を起こして大木から距離を取った。
オレの動きに反応してヒトモシとミジュマル、少し遅れてダンゴロが目の前に飛び出し庇う様に警戒する。
「ハッハッハ、すまん。驚かせてしまったのう」
現れた人物を見て、思わず絶句した。
謝罪の言葉を述べつつ大木から飛び降りて来た男性。
燃えるような赤い髪に白い民族衣装のような出で立ち、モンスターボールを数珠のように繋いで首飾りとして掛けた特徴的な姿は見違えようがない。
「わしの名はアデク。ポケモンと共に生きる素晴らしさを伝え歩く、節介焼きの老人よ」
イッシュ地方のトレーナーで。いや、世界にその名を知らぬ者はいないだろうイッシュ地方の頂点。
「チャンピオン…アデク、さん」
思わず呆然と呟く。
「わしの事を知っておったか。とは言え、今は"元"チャンピオンだがの」
そう言ってカラカラと笑うアデクさん。
元チャンピオンを目前にして、混乱する頭を努めて冷やす。
「失礼しました。ヒトモシ、ミジュマル、ダンゴロありがとう。この人は怪しい人じゃない」
オレは謝罪するとポケモンたちに警戒を解かせる。
「よいよい。元はと言えば急に声を掛けたわしが悪いのだ。
して、お前さんの名は?」
言われて自分の身を明かしていない事に気付き、慌てて名乗る。
「ヒオウギシティのキョウヘイと言います。今年から旅に出ました」
キョウヘイと言うのか。そう言って目を瞑り、何度か頷くアデクさん。
そして目を開くと、オレの手持ちのポケモンを順に眺めて今度は一つ、大きく頷く。
「お前さんのポケモンたち、なかなかに鍛えられておるな。
お前さん自身もポケモンとの信頼関係をしっかり築き、バトルの指示も多少荒削りではあるが無駄は少ない。とても一年目のトレーナーとは思えん」
この木の上から観ておったぞ。とオレが背を預けていた大木を手の甲で叩くアデクさん。
「ありがとうございます。良い先生とポケモンに巡り会えたお蔭です」
「そうかそうか」
アデクさんは嬉しそうに、得心がいった。と笑うが。但し、と今度は真剣な面持ちで続ける。
「それだけに最初のトレーナーとの勝負が解せん。
あのバトルでお前さんから感じたのは。怒り、悲しみ、動揺、躊躇。全てポケモンバトルに必要のないものだ」
一瞬、脳内に五年前の事件がフラッシュバックした。
そして、ズバリと言い当てられて言葉に詰まる。本当に最初の最初から観られていたらしい。
イッシュ最高峰のトレーナーにポケモンたちと自分を褒められて舞い上がった心が、一瞬にして地に落ちた。
「キョウヘイよ、お前さん。何か悩みを抱えておるな?」
普段他人に、いや。親しい相手であっても、こんなにも土足で自身の心に踏み込まれたら不快感しか覚えないだろうが。
会ったばかりだと言うのに、アデクさんに問われてもまるで不愉快ではなかった。
それどころか、この人であれば話しても良いのではないか。そんな気持ちにさせてくれる。
オレの暗い表情を見てか、図星と見抜くと質問を続けるアデクさん。
「先生とやらには、抱え込んどるものを打ち明けたのか?」
オレは首を小さく横に振る。五年前の話はトウコ先輩にも言っていない。ヒュウもおそらく言っていないだろう。
「互いの距離が近いと、話し難い事もあるからのう」
そう呟くと川へと視線を向けるアデクさん。それに釣られて視線を川へと向ける。
絶え間無く流れる清流が、陽の光を反射してキラキラと輝く。
時折コイキングが跳ねて水飛沫を上げるその光景は平和そのもので。動揺していたオレの心も、自然と凪いでくる。
心地よい風が吹けば木々を揺らし、枝葉の擦れる音と、遠くから聞こえてくる鳥ポケモンとおぼしき声。川の流れる音が耳に入る。
19番道路はこれまで何度も通った道であり。この大きな木もヒュウとの幼い頃からの遊び場の一つだったが、こんなにも綺麗な光景だっただろうか。
アデクさんはオレの肩に一度手を置くと。大木の根本に腰を下ろし、胡座をかいた。
そして自分の隣の地面を軽く叩く。
どうやら隣に座れと言うことらしい。
アデクさんの隣に腰を下ろすと、ポケモンたちもオレに寄り添うように集まってきた。
そんな三体を順番に撫でてやると、心地よさそうな笑顔を浮かべてくれる。
そんな様子をアデクさんは微笑ましそうに見つつ、オレの言葉を待ってくれている様だ。
「五年前の話なんですけど」
「うむ」
オレがポツリと呟くように話始めると、アデクさんは頷いて、背を伸ばし居ずまいを正した。
真剣に聴こうとしてくれているその様子を見て、オレは話を続けた。
五年前の事件の事を。