ブラック&ホワイト2 英雄代行 作:あぞ
カントー地方とジョウト地方の境に、シロガネ山と呼ばれる山が存在する。
その山は、古来より霊峰として崇められており。一説に拠ると、嘗ては神が宿る山「神代の山」と呼ばれていたものが。時代の移ろいの中で、現在の「
シロガネ山は、遠くから眺めている分には美しさ景観であり。その美しさは如何なる画家であっても描く事は叶わず。如何なる言葉を以ても表現出来ない程で。更には、湧き出る水は非常に美味であり。ポケモンを癒す不思議な成分が含まれており、全国各地で「おいしい水」として販売されている。
しかし、その美しさに誘われて、いざ麓に足を踏み入れてしまえば。其処に生息する強力な野生のポケモンの、手荒い歓迎を受ける事となる。
シロガネ山はその外観の麗しさに反して。ポケモン協会が認定した、数少ないSランク危険地帯に指定されており。その苛酷さは、同じくSランク危険地帯である、イッシュ地方の龍螺旋の塔や、シンオウの鋒神殿を凌ぐとすら言われている。その為、シロガネ山に近付く者など余程腕に自信があるトレーナーくらいで。地方第一リーグ所属のプロトレーナーやチャンピオンクラスでなければ、自殺しに行く様なものなのだが。
なんと、そのシロガネ山に居を構え、ポケモンバトルの修行を行う集団が存在する。
その集団は、普段は山で互いを高めあい。時折山を降りては、有名企業が主催するトーナメント大会に参加して。優勝賞金を掻っ攫って帰って行くという、変わり者が多いと言われるバトル専門とするポケモントレーナーの中でも、殊更異様な生き方をしている集団であり。数年前から、世間ではその集団を指してシロガネのトレーナーと呼んでいる。
そして、その集団のトップに位置すると言われているトレーナーは。単身で、当時猛威を奮っていたポケモンギャングを解散に追いやり。10歳という若さ。否、幼さでカントー地方に君臨する四天王とチャンピオンを打ち倒して新チャンピオンの座に就いた、伝説のトレーナー「レッド」。
そして今、目の前に居るサングラスを掛けた男性は。その
「やっぱり。あなたが"ゴールド"…」
「おー懐かしいな、その呼び方。まだ外ではそう呼ばれてんのか」
オレが思わず、世間で呼ばれている通称を口走ってしまうと。ヒビキさんは、特に気にした様子もなくケラケラと笑った。
「外」と言うのは、シロガネ山以外の場所を指しているのだろう。
「最近は鬼とか悪魔とか呼ばれる方が多くてな、参っちまうぜ。なぁ?」
「バク」
「…オイ、なんだその目は。俺が悪いってか?」
肩を竦めてバクフーンにそう問い掛けるも、自業自得だと言いたげなジト目で返され。それを見て顔を顰めるヒビキさん。
オレも自己紹介を返さなければ、アデクさんの時と同じ失敗しているなぁ。
「申し遅れました。オレはキョウヘイ・グレイフィールドといいます」
「キョウヘイか。何かしらやらかしたら、"グレー"とかいう渾名が付きそうだな」
"やらかす"と言うのは、「レッド」や「ゴールド」のように。ポケモンを悪事に利用する集団を潰したり、チャンピオンクラスの実力を見せ付ければ。という事だろうが、オレは流石に其処まで非現実的な事は出来ない。
いや、トーナメントで優勝する気ではいるのだが。それ位で世間は騒いだりしないだろうし、そもそも注目されたいなどとも思っていない。
冗談を言って再度ケラケラと笑っているヒビキさんに、残った最後のポケモンが入ったモンスターボルトを突き付ける様に取り出す。
「オレのポケモンはまだ残っています。最後まで
「構わないぜ。と、言いたい所だがな。悪いけどキョウヘイにはアレの相手をして貰いたいんだわ」
そう言って、右手の親指を路地裏の方向へ向けるヒビキさん。視線を向ければ、ジムでヒビキさんの事を「先輩」と呼んでいた少女が此方に向かい走っていた。
「おーコトネ、ご苦労。タチワキジムはどうだったよ?」
右手を上げて軽い調子で訊ねるヒビキさんに、帽子の少女は走って上がった呼吸を整えながら目を怒らせた。
「どうだったよ?じゃないですよ!電話にも出ないし、反対側の公園行っちゃったじゃないですか!もー!」
「まじで?あぁマジだわ。バトルに夢中で気付かなかった、スマンスマン。てか何だよ"もー!"って。ケンタロスの真似?」
「せめてミルタンクにしてくださいよ!!」
黒いポケギアをポケットから取り出して確認し、謝罪しつつも。寧ろ火に油を注いでいる様にしか見えない。
「キョウヘイ、コレがコトネ
「ナニカって何ですか…」
「わたしはコトネ。先輩の彼女…」
「よっしゃキョウヘイ。やっぱオレと続きやるか」
「被せないでくださいよ!」
「なら挨拶くらい正直にやれや」
ヒビキさんに呆れ顔で窘めながら、頭を帽子越しに軽く手の甲で小突かれたコトネさんは自己紹介をやり直す。
「わたしはコトネ・コガネですー。ヒビキさんのーただの後輩でーす」
しかし、その表情は先程とうって変わって実に不満気であり。厭々というか、渋々というか…兎に角、納得いってない様子である。
「キョウヘイ・グレイフィールドです、よろしくお願いします」
「はぁ、どうもよろしくでーす」
苦笑を堪えて名乗るも、興味無さ気に溜息混じりの生返事を返されてしまった。
「で、どうだったんだよタチワキジムは」
「そうだ!先輩ヒドイじゃないですか!!私の事置いていって、しかも"ちょっと"とか言っておきながら戻って来ないですしぃ~!」
ヒビキさんが再び問い掛けると、コトネさんは怒りが再燃したらしく。肩を怒らせてヒビキさんに詰め寄る。
大分浮き沈みが激しいヒトの様だ。
「悪かったよ、予想以上にキョウヘイが手強くてな」
そう言って、コトネさんの頭をわしわしと撫でるヒビキさん。
「えへへへ」
頭を撫でられてご満悦な様子を見るに、コトネさんの機嫌は治った様だ。
オレも全トレーナーの憧れの的である「ゴールド」に手強いなどと言われては悪い気はしない。が、やはり勝てないのは悔しい。ハチクさんやナツメさんに一ヶ月近くバトルに付き合って貰って、その上でホミカさんに勝利し、それなりに強くなった気でいたが。やはり世界は広い、更に鍛練を積まなければならないと再認識させて貰った。
「もっと撫でてくれて良いですよぉー?わたし、ちゃんとジムリーダーさんのポケモン三体相手に
今、とんでもない聞いてしまった。
コトネさんは、毒タイプのスペシャリストであるホミカさんを相手取って。あろうことか、相性の悪いフェアリータイプのグランブル一体で突破したと言うのだ。
オレもルカリオ一体でタチワキジムを攻略したが、こちらは毒タイプに有利な鋼タイプのポケモンであったというだけで。ホミカさんは決して弱いトレーナーでは無かった。
ヒビキさんの後輩だという事で予想はしていたが、コトネさんもかなりの実力を持っているようだ。
おそらく、彼女も「シロガネ山のトレーナー」なのだろう。是非、バトルしてみたい。
「んじゃあコトネ、次はキョウヘイとバトルして貰うわ」
オレの思考を読んだように、ヒビキさんがコトネさんに指示する。オレは意気込んで事を構えようとするが。
「えぇ~!?わたし、さっきまでジムリーダーとバトルしてて。しかもその後先輩探して走り回ったので、疲れたから嫌です!」
キッパリと拒否されてしまった、何と言う肩透かし。
「勝ったら買い物付き合ってやるぞ」
「さぁやりましょう、今すぐに!」
「現金なヤツめ」
ヒビキさんが報酬を提案した瞬間に、やる気を漲らせバトルコートへと向かうコトネさん。ヒビキさんは後輩のそんな様子を見て、呆れた様に右手で額を抑えている。
「キョウヘイくんも早く!!」
いつの間にかトレーナーラインに移動したコトネさんに、身振りを混じえて大声で急かされる。と言うか、生返事だった割には、オレの名前覚えててくれたんだな。
オレは「ルールも説明してねぇだろ」と溜息混じりに言うヒビキさんと共に、今度こそ抑えられなかった苦笑を漏らしてバトルコートに向かうのだった。
「じゃあルール説明だ。お互いに仕様ポケモンは一体、後は公式ルール準拠な。キョウヘイはルカリオだな。コトネは、ヘルガー以外なら好きに出せ」
「ルカリオってジムで戦ってましたよね?だったらわたしもグランブルで行きます」
コトネさんがそう切り出すと、ヒビキさんが意外そうな顔をする。
「珍しく良い心掛けじゃねぇか」
「当然です。フェアプレーの精神の持ち主ですから、わたし」
「大方、後でいちゃもん付けられない為の予防線だろうが」
「うっ…って、そう返して来るって事は図星じゃないんですか!?」
ヒビキさんに指摘されて露骨に目を泳がせるも、即座に切り返すコトネさん。
「んじゃあそろそろ始めるか」
ヒビキさんは、何事無かったかの如く審判位置へと移動して行くが。完全に逃げた体である。この師弟、話の流れが悪くなった時の反応がそっくりだな。
それをジト目で睨み付けるも、コトネさんが敢えて何も言わないのは。諦めているからなのか、反撃で遣り込められるのを恐れてなのか。
何にしろ、漸くポケモンバトルが始められそうな空気になったので。オレもそそくさと逆サイドのトレーナーラインに向かう事にした。
ヒビキは内心北叟笑んでいた。シロガネ山での修行に行き詰まる様子を見せていたコトネを、刺激を与える目的で「外」に連れ出したは良いが。正直に言うと、彼女の停滞に発破を掛けられるようなトレーナーが、そう都合良く現れるのだろうかという不安があった。
勿論、イッシュトーナメントで優勝し得るだけの実力を持つコトネが、それを成し遂げ。イッシュ地方の四天王と戦えば刺激にはなるのだろうが。
今彼女に必要なのは、シロガネ山のトレーナーや、四天王の様な実力が上の者では無く。より実力の近い。それも、辛うじて劣るくらいの相手が必要なのだと、ヒビキは感じていた。
何故なら、コトネの停滞の理由は"諦感"が主な理由だと推測していたからだ。
とある止むを得ない
しかし、其処でコトネを待っていたのは。ヒビキ本人も含めた、どうしようもない「壁」たちである。
シロガネ山の。否、おそらくは全トレーナーの頂点である「レッド」を筆頭に。四天王の座を降りてまでシロガネ山に身を置いた、老いて尚現役トレーナー。ポケモントレーナーとコーディネイターの二足の草鞋を履いているにも関わらず、腕が落ちる処か研ぎ澄まされ続けている超人に。英雄と呼ばれた少年。国際警察の若きエリート。プライベートな時間を利用して顔を出す、最強のドラゴン使いを筆頭とした各地方の現役チャンピオン等々。
コトネに取っては荷が勝ち過ぎる相手ばかりである。
最初こそ、こなくそと意気込んで食い付いていたコトネも。負けが込んでくる内に、段々とモチベーションが下がって行き。最終的には「此処の人たちには勝てないけど、自分は十分強い」という、自己保身の殻を拵えて閉じ籠ってしまったのだ。
コトネは元来持つ才能の上に、特殊な家庭環境も相まって。ヒビキが知る限りでも、トレーナーの中ではそこそこの腕前であり。はっきり言って、同年代相手ならば苦戦するべくも無いくらいの実力は持っていた。だが、それが原因でシロガネ山に来る以前に大きな壁にぶち当たった経験がなく。いきなり自身が井の中の蛙であるという現実を突き付けられたものだから、プライドに罅が入り。結果、前述した通りの逃避へと身を置いてしまったのだ。
で、あるならば。コトネの現状を打破するのに適任なのは、上から頭を押さえ付ける程の強者では無く。言い訳の効かない「外」に存在する、程好く拮抗した実力を持つ相手との、逼迫した状況からの勝利こそが。自信を取り戻す切欠になると踏んだのだ。
キョウヘイは、その条件を限り無く近い状態で満たしている。言い方は悪いが、津郷の良い相手。
昼にヒビキが観戦していた、アブリボンを操る少女も悪くは無かったが。あの幼さで既に「完成された」実力の彼女よりも、コトネと同じく発展途上であるキョウヘイの方が適任だとヒビキは考えた。
勿論、キョウヘイ自身にも良い経験になるだろうから、互いにWINWINと言うヤツだ。
決して、弟子可愛さに。他のトレーナーを踏み台にしようとしている訳ではない。
ただ一つ、不安があるとすれば。キョウヘイがバトルしている時に、不意に見せる"眼"だ。
只々冷静に状況を見極める、氷のような眼差し。しかし、その中に潜む鋭い感情。
或いは。と、ヒビキは考える。
もしかすると、コトネはキョウヘイに勝てないかもしれない。
何故なら、ポケモンバトルに絶対は存在しないから。
しかし、そう成ればそう成ったで。コトネに取っては良い経験になるだろう。
だが、キョウヘイに取ってはどうだろうか。
あの"眼"は深みに嵌まる者の目だ。下手をすると、バトルという麻薬に取り憑かれ、道を踏み外す可能性を秘めた者の目。
コトネから勝利した時、その目が狂気に傾く様なら、しっかりと道を正してやらねばならないが。
「ま、それはそれでレッドさんが悦ぶだろうがなぁ」
ヒビキは呟きつつ、一礼し合うキョウヘイとコトネを視界に入れながら。サングラスを掛け直すのだった。
蛇足な補足
本作品世界でのシロガネ山は、文中通りポケモントレーナーの梁山泊になっております。