ブラック&ホワイト2 英雄代行 作:あぞ
スキンヘッドの大柄な男性が、涼やかな頭に汗を浮かべてローラーを引く。
此所はタチワキシティポケモンジム。ジムリーダーはソバカスがキュートなうら若き兼業バンドボーカリスト、ホミカであるが。その姿は確認出来ず。居るのは頭上から照らすライトの光を頭部で照り返し、バトルコートを整備する男性と。その相棒のベトベトンのみだ。
「俺は~人間~ハードローラーだぜ~」
「ベートベート」
歌を口ずさみつつ、ジムの主であるホミカのポケモンと、それに挑んだチャレンジャーのポケモンが踏み荒らして出来た凹凸を均す男性の姿は、端から見ると、とても怪しげで。近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「まだやってたの?クック」
そんな男性に、黒いタンクトップに赤いスカートを履き。黒髪をサイドテールに束ねた女性が出入口の扉を開け、話し掛けた。
「おっふ!…ルーか、脅かしやがって」
突然声を掛けられて、情けない声と共に数センチ空中に飛び上がった男性は。非難がましく、ルーと呼んだ女性を睨み付ける。いや、実際は睨んでなどおらず、ただ単に視線を向けただけなのだが。スキンヘッドの男性、アルジャーノン・クックの生来持つ厳めしい顔が、自然とそう感じさせるのだ。
「あれ、ホミカは?さっきリハの途中だったし、てっきり締めに合わせてくもんだと思ってたんだけど」
ルーは、男性とベトベトンのみが居る、バトルコートの設置された空間を見渡すと、そう尋ねた。
ルーとクック、ホミカの三人は、「DOGARS」というグループ名のロックバンドを組んでおり。ルーがギター兼サブボーカル、クックがドラム、そしてホミカがベース兼ボーカルを務めており。気心の知れた関係である。
そのため、クックの強面から放たれる鋭い視線を受けても、何処吹く風といった様子だ。
「ホミカなら、ついさっき帰ったぞ」
「え、マジ?」
「なんだ、お前。隣に居たなら帰ったところ見たろ?」
「あー、いや。ちょっとね」
バトルコートの隣の部屋は、ステージ兼スタジオ兼ジムの受付となっており、外への出入口はその部屋にしか存在しない。
であるのに、帰る姿を見ておらず。その上で言葉を濁すとなると、洗面所に行っていた以外の選択肢はないが。アルジャーノン・クックという男は、その巨躯と強面に反して繊細でデリカシーのある男なので。すぐさま察し、言及するような事はしない。
「まぁ、アレだ。割とショックだったんだろ」
「そうだね。ホミカが半端なリハ放り出して帰るなんて、よっぽどだ」
ホミカという少女は、ルーの知る限りではことバンドとポケモンバトルに関しては中途半端を良しとせず。やるのならば徹底的が信条というタイプだ。
そのホミカが、ジム戦で仕方なくとは言え。チャレンジャーの挑戦で中断されたリハーサルを最後まで演奏せずに帰るなど、余程今日のバトルが堪えたと見える。
「まぁ、ロックな坊主とのバトルは良かったんだろうがな。次の嬢ちゃんとのバトルが、如何せん酷かった」
本日午後の部、最初のチャレンジャーであるキョウヘイは。相手のポケモンが鋼タイプとあって、得意の毒タイプの攻撃が意味を為さなかった事や。ホミカ自身の慢心もあっての敗北で、寧ろ良い刺激になっただろうが。
「何て言ったっけ?あの帽子のコ。あれは凄まじかったもんね」
「ああ。まさかフェアリータイプで、しかもたったの一体でストレート勝ちするとはな」
次のチャレンジャーである少女は。なんと毒タイプにとっては相性の良いフェアリータイプのポケモン一体で、ホミカが育て上げたポケモン三体を軽々と下してしまったのだ。
エースであるマタドガスとクロバットがキョウヘイとの試合で戦闘不能に陥り、出せなかったにしても。この結果は毒タイプのスペシャリストであるホミカの胸に、相当響いた事だろう。
しかも相手がベテランのトレーナーであればいざ知らず。旅歴2年目のバッジ所持数0個という、ビギナーに毛が生えた程度のトレーナーだったのだからその衝撃は想像に容易い。
「今年度は開始早々とんでもないルーキーばっかり来やがるな」
クックは、明日からのバンドとジムの両方に弊害が出なければ良いが。と、溜息を吐きつつ。今日表れた、トレーナー二人の名を思い返していた。
ロックな坊主はヒオウギシティオのキョウヘイ。
白い帽子の嬢ちゃんは、ジョウト地方から来た…何と言ったか。
そうだ確か「コトネ」という名前だったか…。
フタチマルが戦闘不能となり。次に繰り出したガントルも、続けて倒れた伏した。
「ランプラー!シャドーボール!」
今はランプラーがガントルの残してくれたステルスロックに身を隠しながら、バクフーンとの距離を取りつつ、得意の早射ちを浴びせかけている。
「下を取れ!」
バクフーンがトレーナーの指示を受け、空中を浮くランプラーの下に位置取らんと。次々と射出されるシャドーボールを回避しつつも、バトルコートを駆ける。
その炎穴からは紅蓮の炎が立ち上っており、バクフーンが興奮状態にある事を示していた。
「相手を中心に円軌道を取れ!」
ランプラーはステルスロックで出来た空中の盾を、右へ左へと不規則な動きで渡り飛んでいたのを止め。距離を取りつつ、時計回りの一方向に移動を定め。バクフーンの衛星となったように飛び方を変える。
これによって、バクフーンは直進ではランプラーの下を取れず。ランプラーが来るのを軌道下で待ち受ける様なら、また左右の軌道に戻すのみだ。
一撃の威力で劣るのであれば、手数で攻めるのみ。俊敏に動くバクフーンも、ナツメさんとハチクさんのポケモンとの戦いで更に研きの掛かったランプラーの早射ちを完全に回避する事は出来ず。少しずつではあるが、しかし確実にダメージを与えている。
円軌道に切り替えた事により、射出のタイミングが安直となって。左右の軌道を取っていた時よりも命中率は落ちたが、それでも距離を詰められるよりは遥かにマシだ。
通常、このような泥沼な展開に陥れば。控えにいる手持ちのポケモンと交代して状況の打破を目論むものだが。男性は事前に使用するポケモンを一体と定め。バトルを介し見える、見掛けに反した真っ直ぐで真摯な性格から。これを破るくらいであれば、素直に敗北を認めるであろうと。本当に僅かな時間しか関わっていないオレにも分かる。
ならば、バクフーンでこの状況を突破してくる。そして、それをさせないのがオレの仕事だ。
回避しつつも動き回っていたバクフーンが、突然足を止める。その場所は、コート上にモンスターボールをモチーフとして描かれた箇所。乃ち、バトルコートの中央である。
嫌な予感と共に、冷や汗が背筋を伝う。
「吹っ飛ばせ、噴火!」
「バァクッ!」
男性の指示を受けた瞬間。バクフーンの背中から噴出する炎が、まるで爆発したかの如く膨れ上がった。
何か重いものが墜落したかのような轟音が、空気を震わせる。
「ランプラー!急降下!」
指示を聞いて、即時実行したランプラーは難を逃れたが。空中に浮遊していたステルスロックは悉く吹き飛ばされ、破片が周囲に飛び散った。
下を取ろうとする動きはブラフで、狙いは初めからコレであった様だ。
噴火によって発生した光から逃れる為に、サンバイザーを傾ける。
もし回避の指示が間に合っていなければ、ランプラーは砕けて散った無数の岩の弾丸を射ち据えられ、戦闘不能に陥っていた事だろう。
こちらの技を、巧く利用された形だ。
だが、急降下した事で遮蔽物が無くなり。ランプラーとバクフーンの間はコートの三分の一ほど、この距離ならばランプラーが有利だ。畳み掛けるならば今を措いて他に無い。
「シャドー、ボール!」
先程までの早射ちではなく、しっかりと溜めたシャドーボールが射出される。
「ワイルドボルト!」
電気を纏ったバクフーンがシャドーボールを避けつつ、まさに雷のように四足でコートを駆ける。
「上昇しつつ、連続でシャドーボール!」
今度は早射ちでシャドーボールを放ちつつ、空へと昇るランプラー。
下を取られるのはマズイが、意図的に上を取る分にはランプラーの優位性は揺るがない。
鳥タイプやドラゴンタイプなどの羽を用いて空を飛ぶポケモンにとっては死角に成りかねない真下も、ランプラーの様に浮遊する事で空中を飛ぶポケモンに取っては。不意を突かれない限りでは、寧ろ有利なポジションなのだ。
バクフーンには対空攻撃として噴火という切り札が在るのは先程確認したが、炎タイプの攻撃であれば。ランプラーはそれを己の体内に取り込み、自身の力を上乗せして放出する事が可能だ。
他にも空中のポケモンに対抗する為の手があるのなら別だが、一体のポケモンで戦うタイプのトレーナーでも無い限りその可能性は薄い。そして、その可能性を考慮して戦える程温い相手ではない。ステルスロックが消し去られた今、過ぎた安全策は捨て置き。ある程度腹を括って戦わねば勝利は無い。
上昇しながらシャドーボールを放つランプラー。
回避しつつ、なおも雷光と成って接近するバクフーン。
そして、遂に両者が上下直線に並んだ。
「最大威力でシャドーボール!」
それまで撃っていたシャドーボールが拳大であるならば。今、ランプラーが両方に黒い光を集束させて生み出したシャドーボールは、人の頭ほどの大きさがある。
炎タイプの攻撃に耐性があるバクフーンに対しての、ランプラーが誇る最大の攻撃だ。
肥大化したシャドーボールが、今まさにバクフーンを捉えんとした瞬間。
「
男性の声が響き、紅蓮の閃光が縦に一筋立ち昇った。
その閃光はシャドーボールを掻き消し、ランプラーを呑み込むと。空まで到達し、雲を貫いた。
直後に、空から墜落するランプラー。
オレは地面に打ち付けられない内に、モンスターボールを掲げ。ランプラーを回収した。
相手のポケモンの技を受けて10秒以内、若しくは。相手のポケモンが技を発動させている最中にボールに戻せば戦闘不能扱いと見做される。そうでなくても、ランプラーは既に戦える状態では無かった。
バクフーンの放った二度目の噴火は、ランプラーが吸収できる炎の限界値を超えていたのだ。
一度目の噴火が、広範囲を巻き込む面攻撃なら。二度目のそれは拡散させる筈の炎を一点に集中させ、灼熱の光線を天へと放出する点攻撃。
最早、「噴火」と呼んで良いかも怪しい。
そして今の噴火で、この男性の正体に心当たりを覚えた。
もし、オレの推測が正しければ。この男性の実力はトウコ先輩を凌ぎ、アデクさんと同等。いや、ともすればそれ以上。
オレは数年前、この男性とバクフーンを観た事がある。
かつて親に連れられ観戦に行った、遠く離れたジョウト地方トーナメント。その決勝戦で。
「そういや、お互い名乗るのを忘れてたな」
オレが最後のポケモン、ルカリオを解放しない事で。降参と見做したのか、バクフーンと共に近付いて来る男性。
ゆったりとした足取りで歩く男性からは、先程までの威圧感はまるで感じられない。
「オレの名前はヒビキ、ヒビキ・キンジョウだ。まぁ、宜しくな」
世界最強のトレーナーの一人とされる男性は、サングラスを外して不敵な笑みを浮かべた。