ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第二十一話 鋼拳

沈黙がタチワキジムの場を支配していた。

 

バトルコート上に立つポケモンは一体のみ。同時にバトルコートへ姿を見せたもう一体のポケモンは、地面に体を横たえている。

 

立っているポケモンはオレのルカリオ、倒れて伏しているのはホミカさんのペンドラーだ。

 

バトルに費やした時間はたったの20秒。モンスターボールから飛び出したルカリオが。同じくモンスターボールから解放され、メガホーンを突き出して突進してくるペンドラーの懐に臆する事なく潜り混んでバレットパンチを打ち込み、反撃しようとするペンドラーの後ろを取って、再度バレットパンチを叩き込むと。ペンドラーはそのまま崩れ落ちた。

 

振り向いたルカリオは当惑したような表情を浮かべて此方を見ている。オレにはポケモンの言葉は分からないが、目が口ほどにものえお言っている。

 

「弱すぎる」と。

 

どうやら、ハチクさんとナツメさんのポケモンを相手に取ってバトルしている間に、自身がこれほどまでの実力を付けていた事を、自覚しきれていなかったようだ。

ルカリオはリオルの時より、己よりも強いポケモンとしかバトルの経験が無いので、呆気なさ過ぎて困惑したのだろう。

 

ホミカさんとクックさん、ギター担当の女性は愕然としているが。オレはこの結果に何も違和感を覚えていない。

 

フタチマル、ガントル、ランプラーの3体は、引退したとは言えホミカさんより格上のジムリーダーが育てたポケモン相手に1週間も経てば、互角以上の戦いを繰り広げていたのだ。

 

リオルも、最初の頃は押されていたものの。ルカリオに進化してからは寧ろ、手持ちの三体を凌ぐ勢いの成長を見せ。タイプ相性で不利なナツメさんのエスパーポケモン相手に、勝利を収めるほどに成長した。

 

 

 

「…ペンドラー戦闘不能!よって勝者は、チャレンジャーキョウヘイ!」

 

ペンドラーが倒れて13秒経った瞬間、我に帰ったクックさんがそう告げる。

それを聞いてホミカさんも己のポケモンがたったの二撃で倒されたという状況を完全に理解し、ペンドラーをモンスターボールに戻した。

 

オレも寄ってきたルカリオの頭を撫で「よくやった」と褒めると、釈然としない表情のルカリオをモンスターボールへと戻した。

おそらく。もっと熱いバトルを期待していたのにも関わらず一瞬で決着がついてしまった事で、肩透かしを喰らった気分なのだろう。

 

オレがタチワキジムに挑んだ理由は、同年代のジムリーダーが何れ程の実力であるのかを知りたかったからだ。

 

成る程、ホミカさんのペンドラーはよく育てられていた。それは、鋭く力強いメガホーンの完成度や突進の速度と姿勢を見れば十分に理解できた。今までオレが戦ってきた同年代のトレーナーの中ではトウコ先輩やチェレンさんのポケモンに次ぐ実力だっただろう。

 

しかし、足りない。

 

今のルカリオの相手には、全然足りない。

オレは正直言って後悔していた。

 

昼に見掛けたアブリボンのトレーナーに、バトルを仕掛けなかった事を後悔していた。

 

互いに一礼すると。

 

「ねぇ」

 

ホミカさんが近寄ってきて、何かを放り投げた。放物線を描いて飛んできたそれを手に受け、確認すると。紫色の円が連なった形のバッジだった。どうやらこれがタチワキジムに勝利した証のようだ。

 

「そのトキシックバッジはあんたにあげる」

 

オレはそれに感謝を告げようと口を開くが。

 

「でも、あと二体。あたしのポケモンと戦って欲しい」

 

そう言って頭を下げるホミカさんに驚いて、閉口してしまう。

 

「おいホミカ、次のチャレンジャーも居るんだぞ、止めておけって」

 

そう言って窘めるクックさんに、ホミカさんは。トレーナーレーンに戻りながら「3体ポケモン残しておけば大丈夫」と、引く気はないようだ。

 

「坊主も何とか言ってやってくれよ」

 

困り果てたクックさんが、此方に助けを求めて来るが。

 

「構いませんよ。寧ろ喜んでお受けします」

 

笑みを浮かべてそう告げた。

それを聞いたクックさんはガックリと肩を落とす。

 

「サンキュ、感謝するよ。ジムリーダーとしてじゃなく、一人のポケモントレーナーとしてあんたと戦いたい」

 

そう言ってモンスターボールを構えるホミカさんに、同じくボールを構える事で応える。

 

「ええい、どうなっても知らんぞ!!」

 

嘆きながらもバトルを承認してくれるクックさん、どうやら以外と苦労人気質なようだ。

 

 

 

 

 

タチワキシティの路地裏を、大小の二つの影が進む。

 

大きい影は足取り軽く。小さい影は憂鬱そうに路地裏を歩く。

 

「せんぱぁ~い。やっぱり私ぃ、地方トーナメントとか出なくて良いと思うんですけどー」

 

甘えた声で抗議を上げるのは、赤いブラウスの上に青い半ズボンタイプのオーバーオールを着た。赤いリボンの付いた大きな白い帽子を被った少女。

 

「何回言うんだよそれ。お前、ちょっと天狗になってるから外の連中にしばかれて来いよ」

 

金色のメタルフレームで縁取った、ブロータイプの黒いサングラスをかけた長身の男性が、縦に黄色いラインが入った草臥れた黒い帽子を右手の指先で回しながら吐き捨てる。

 

「あ、今ついに本音が出ましたね!?今までは『お前の将来を心配して言ってやっているんだ』とか言ってたくせに~!」

 

「曲解してんな」

 

「私はそう受け取っていたんです!」

 

泣き崩れるようなリアクションを取る少女に、そんなキメ顔になって言った記憶は無いと顔をしかめる男性。少女は息巻いて反論する。

 

「というか、天狗になんてなってませんー!寧ろ負けてばかりでプライドズタズタですぅー!!」

 

「腹の底ではこいつら以外なら余裕で倒せるとか思ってやがっただろ?」

 

いきり立っていた少女の勢いが萎え、視線が露骨に逸れる。図星だ。

 

「その上、最近じゃあ負けるのが当たり前みてぇに思って。勝つ意欲ってもんが見えねぇ」

 

冷や汗を掻く少女を横目に、男性は追い討ちを掛ける。すると。

 

「あーもー!!そうですよその通りです!でも本当の事じゃないですか!」

 

ついに逆ギレした少女の頭に大きな手を乗せて、笑みを浮かべる男性。

 

「ところがぎっちょん、世の中にゃ強いヤツがごまんと居る。お前は中途半端に強い上に、最近はそれ以上に強いヤツに頭から押さえられてるから負け犬根性がつき始めてんだ」

 

「こういう風にな」と言って、男性が帽子の上から少女の頭を左手で押さえ付けると。少女は面白くなさそうに頬を膨らませた。

男性は少女の仏頂面を見て更に笑うと、お返しの拳が腹に飛んで来ない内に押さえ込むのを止めて、頭をわしわしと撫でる。すると少女は、振り払う事なくそれを受け入れた。

 

「強い人って、お昼に見た女の子ですかぁ?」

 

撫でられて少し気分を良くしたのか、通常の調子に戻った少女が上目遣いで問う。

 

「アレもそうだが、もっとヤバそうなのが…おっと、此処じゃねぇか?」

 

男性が立ち止まり、点滅を繰り返すポケモンジムのエンブレムを見上げて言った。

 

 

 

 

 

 

バトルコートをルカリオが駆ける。

 

マタドガスの背後を取り、掌底を打ち込んで吹き飛ばし。次の瞬間には吹き飛んだマタドガスに追い付いて。

 

「バレットパンチ!」

 

容赦のない追撃を、連なった二つの顔面に容赦無く叩き込んだ。

 

地面に叩き付けられると、一度地を跳ねて転がり。そのままダウンするマタドガス。

 

「マタドガス、戦闘不能!」

 

クックさんの宣言と同時に、モンスターボールにマタドガスを戻すホミカさん。

マタドガスが既に起き上がれないほどのダメージを負っていた事は、トレーナーである自身がよく分かっていたといった様子だ。

そして新たなボールを取り出すと、空に放り投げる。

 

「クロバッ!」

 

 

現れたのはクロバット。コロモリのように暗い洞窟を好んで住処にする、ズバットというポケモンの最終進化形態で。小さな紫色の身体に生えた、大小二対の翼を用いての高速飛行が特徴だ。

 

ズバットは世界中に広く分布しており、特別珍しいポケモンでは無いのだが。イッシュ地方には生息して居ないので、目にする機会が少なく。クロバットともなると、知識はあっても直接目にしたのは初めてだった。

 

 

「思念の頭突き!」

 

クロバットは頭部にサイコパワーを纏うと、ルカリオ目掛けて飛び込んで来た。毒タイプの技はルカリオには効果が無い。クロバットがよく主力として用いるクロスポイズンは封じられていたが。

 

速い。

 

昼に見掛けたアブリボンと同等。否、それ以上か。

 

「神速!」

 

オレはルカリオに、ナツメさんのフーディンとの戦いの中で電光石火から昇華した神速を指示する。

 

体を屈めて一迅の風となり、水平に飛来するクロバットの腹を掬い上げる様に掌底を放たんとするルカリオ。

 

「急上昇!」

 

しかし直撃の寸前で上空へと逃げられる。速度は勿論だが、それに引き摺られず一瞬で角度を変更する飛行技術。指示を即時実行する反射と、それを躊躇しないホミカさんとの信頼関係。強敵だ。

 

思わず口の端が吊り上がる。攻撃を避けられたルカリオの背からも、回避された事による落胆ではなく、強者と相対した歓喜が感じられる。

どうやら此処一月で、トレーナーの悪い癖が移ったようだ。

 

 

「波導弾!」

 

空を飛べないルカリオに、飛び道具による追撃を指示する。

 

「ターン!思念の頭突き!」

 

しかしクロバットは縦にUの字の軌道を描き、速度を殺す事なく再度ルカリオに飛び掛かって来た。

 

「回避!バレットパンチ!」

 

波導弾での迎撃は間に合わないと踏んで、避けてからの一撃を指示するも。ルカリオの拳は虚しく空を切った。

 

「波導弾!」

 

すかさず追撃を撃ち込んだが、やはりヒラリと回避される。

飛行するクロバットを撃ち落とすのは、至難の業か。

 

主力であるバレットパンチが決まらないとなると、ルカリオには荷が重いか。残り1分40秒ある交代インターバルを待っての、フタチマルへの交代を視野に入れた瞬間。

 

「くわんぬっ!」

 

ルカリオが吠えた。

おそらくオレの思惑を察知して、それを拒絶したのだろう。

 

背中が語っている。

 

「もっと速く打ち込めば良いのだろう?」…と。

 

ルカリオがその気なら、オレは全力でそれを支持するまでだ、交代は念頭から外そう。

その瞬間。やはりオレの考えを読んだのだろうフタチマルのボールが、不満そうにベルトで揺れる。

それに苦笑しボールを撫でつつ、クロバットへの警戒の視線は外さない。

 

クロバットが空中で素早く転回し、再度ルカリオに迫るが。今度は神速を指示せず、ギリギリまで引き付ける。

 

「エアスラッシュ!」

 

すると今度は、接近しつつ風の刃による牽制を放ってくる。

 

「波導弾!」

 

ルカリオは右足を前にして前傾姿勢を取ると、左腰の辺りで波導を集束させ。両手を前に突き出すようにしてそれを放つ。

 

エアスラッシュと波導弾が空中でぶつかり合い、一瞬拮抗するも風の刃が波導の弾丸を貫く。

 

タイプ相性はポケモン同士だけでなく、技と技の間にも存在し。ポケモン自身と相性が合っていない技であったり、技を繰り出した両者の実力がよほどかけ離れていない限りは。飛行タイプの技であるエアスラッシュに、格闘タイプの波導弾が打ち勝つのは難しい。

 

しかし、それは承知の上で波導弾を撃たせた。流石にホミカさんのクロバットより、オレのルカリオが数段格上だなどと驕り高ぶってはいない。

クロバットの注意を、一瞬でもルカリオから逸らせればそれで良い。

 

エアスラッシュと波導弾が接触した瞬間、ルカリオは地を這うように駆け。クロバットの真下を取ろうと動く。その行動は、飛行するポケモンとのバトルの上では定石である。

 

しかし、だからこそ。トレーナーは真下を取られないようにポケモンに指示したり。逆に真下を敢えて取らせる事で、その状況を逆手に取るように動く。

前者はトウコ先輩とケンホロウ、後者がアデクさんとウルガモス。

ホミカさんは…。

 

「アクロバット!」

 

後者だった。

 

腰を落として波導弾の構えを取りつつ走るルカリオ目掛けて、空中でほぼ直角に軌道を修正して急降下してくるクロバット。しかし、それこそが此方の狙いだ。

攻撃が当たる前に離脱されるのなら、彼方から攻撃に当たりに来て貰えば良いだけの話。

 

「しまった!クロバット!!ターン!!」

 

ホミカさんは気付いた様子だが、もう遅い。ルカリオは波導弾を集束させている筈の両手を自由にして、迎撃の構えを取っている。

 

波導弾を構えるルカリオの虚を突こうと指示を出したのだろうが、ルカリオは初めから波導弾を放とうとはしていなかった。

 

ただ単純に波導を集束させる振りをしていただけである、ジムリーダーすらも騙すほどの気迫で。そう、迫真の演技で。

 

俳優としての英才教育を受けて育ったルカリオに取っては、そのような演技など朝飯前。

クロバットは、万全の体勢で迎え撃つ構えを取るルカリオに、自ら飛び込んで行く形となってしまったのだ。

 

「バレットパンチ!」

 

流石にターンする瞬間は、飛行する時より速度が遅い。その速さならば、ルカリオの拳が捉える事ができる。

 

急転回して上昇しようとするクロバットの背中に、鋼の拳が突き刺さる。

致命打ではないが、体勢を崩した今が畳み掛ける好機。

 

「神速!」

 

地を蹴ったルカリオが、錐揉みして上昇するクロバットの上を取り。両拳を組み合わせて頭上に振り上げ、振り下ろす。

直撃したクロバットは地面に叩き付けられた 。

 

「波導弾!」

 

自由落下しつつ、波導を胸の前で集束させるルカリオ。

 

「エアスラッシュ!!」

 

それを迎撃せんと指示を放つホミカさん。

 

 

「くわんぬ!!」

 

 

だが、体勢を立て直す前に放たれた波導弾がクロバットの体を打つ。

毒と飛行タイプを併せ持つクロバットに取って、それは大したダメージにならないが。波導弾を受けた事によって、ルカリオが再び足を地につける時間を与えてしまった。

 

「神速!…バレットパンチ!!」

 

再び地を這い肉薄したルカリオの掌底がクロバットを打ち、更に弾丸のような鋼の拳がクロバットの小さな身体に降り注ぐ。

 

吹き飛んだクロバットは、そのまま地面へと激突し。起き上がる事はなかった。


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