ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第十九話 別離

「ハチクマン!お前の好きにはさせないぞ!」

「くあん!」

 

高所から飛び降り、ハチクマンの面前に躍り出るオレとリオル。

 

「ファファファ…リオルキッドよ、ならば止めて見せよ!このハチクマンをな!」

 

迎え打つはハチクマンとそのパートナー、キリキザン、ウォーグル。

 

「言われなくても!」

「くあー!」

 

数秒、睨み合いが続くが。先に動いたのは俺たち。

リオルがキリキザンに、オレことリオルキッドはハチクマンに向かって走る。

 

リオルとキリキザンがお互いバレットパンチと辻斬りをぶつけ合い。リオルキッドはハチクマンに殴りかかるも、手にしたステッキで捌かれ。ウォーグルの風起こしでリオル共々吹き飛ばされた。何とか右手を地に突け、それをバネにして後方に飛び。体制を立て直して着地するも、目の前からは既にハチクマンの影も形も無かった。

 

「くそっ!また逃げられた!」

「くあん!!」

 

オレは拳を握り、歯を食い縛ると。悔し気にそう呟く。リオルもどっかりと腰を下ろして、不貞腐れた様子だ。

 

「オッケー!」

 

監督の声が響き、それを聞いた途端緊張が途切れて全身が弛緩する。

 

 

 

ポケウッドに拉致されてから2週間、オレは結局映画に出演する事が決定し。撮影に励んでいる。

 

因みに、タチワキジムはキャンセルする事になった。

 

最初の頃はリテイクの連発で、撮影時間をだらだらと伸ばしてしまうばかりだったが。

「ポケモンバトルしてる気持ちでやってみてちょうだい!」と監督からアドバイスを貰ってからと言うもの、連続でGOサインを貰い。長回しのシーンでも噛まずにカンペ無しで乗り切る事が出来た。

途中で細かい部分がアドリブになってしまう事はあったが、監督や脚本さんは「むしろ自然で良い」との事。

 

 

「良かったよぉキョウヘイちゃん!ハチクくんも!!明日もこの調子でよろしくねー!」

 

「ありがとうございます!」

 

オレとハチクさんが監督に褒められていると。

 

「撤収!!」

 

助監督の声が現場に響いた。

それを聞いてハチクさんがオレの肩に手を置き。

 

「それじゃあ、今日もやろうか」

 

懐からモンスターボールを取り出して、渋い笑いを見せた。

 

 

 

 

 

 

「ツンベアー、凍える風!」

 

「リオル!一度距離を取れ!」

 

「くあん!」

 

オレはあの後結局、改めて映画出演を断ったのだが「撮影が進まない。このままだとお蔵入りだ」と、泣き付いて来る助監督やスタッフに押されて渋々出演を了承したのだが。トレーナーとしての修行が滞るので頭を抱えていた。

 

すると、ハチクさんが「ならば私が相手に成ろう」と申し出てくれて。撮影後や休憩中はポケウッドに設置されたバトルコートで、ハチクさんとのバトルに明け暮れるようになったのだ。

因みに、リオルも毎日一緒だ。撮影期間中はオレが預かることになっており、気分転換にバトルもさせてやって欲しいと頼まれている。

 

そしてもう一人。

 

「今日もやっているのね、私も混ざって良いかしら?」

 

リオルとツンベアーのバトルが一段落したのを見計らって、声が響く。

 

オレとハチクさんがバトルをしていると、やって来る女性。

なんとカントーの元ジムリーダーで、伝説のトレーナー「レッド」とも対戦した事があるエスパーポケモンのエキスパート。現在は人気女優のナツメさんだ。

 

ナツメさんは「ハチクマン」に出演する俳優では無いので、他の映画の撮影後に合流してくれる事がある。

 

「ならば私が交代しよう。ナツメくん、キョウヘイくんは一昨日より強くなっているぞ」

 

「あら、それは楽しみね」

 

ハチクさんは相棒のツンベアーをモンスターボールに戻すと、トレーナーレーンから離れ。入れ替わるようにナツメさんがレーンに着く。

オレもリオルに一度下がるように言うと、リオルはトレーナーレーンまで駆けて来た。オレの手持ちでは無いので、戻すモンスターボールが無いのだ。

リオルがバトルコート外に出た事を確認すると、お互い一礼。

 

「おいでなさい、フーディン」

 

「頼んだ!ランプラー!」

 

2つのボールが空中を舞った。毎日撮影とポケモンバトルに精を出し、忙しいながらも充実した日々を送っていた。

 

 

 

 

ポケウッド内のホテルに宿泊し。起きて日課のランニング、撮影、ハチクさんやナツメさん。時にはスタッフさんや監督たちも交えてのポケモンバトル。

 

撮影は終始和やかな雰囲気はの中行われ、スタッフさんたちとも昼食や夕食を共にしたり。朝早くに撮影が入った時にはオレが弁当を3つや4つ食べるのに驚かれたり。時には撮影後に皆で遊びに行ったりして、和気藹々と楽しく過ごしていた。

 

リオルとも、寝食を共にし。たまにフタチマルと喧嘩するようなアクシデントもあったけど、その度にオレとガントルが間に入って取り持ったり。ランプラーが2体纏めて炎を吹き付けたりと賑やかな生活を送った。

 

 

 

撮影を始めてから3週間、ついにオレの撮影は最終日を迎える。

 

 

工場の冷たい床に倒れるオレとリオル。リオルキッド、退場のシーンだ。

 

体を仰向けに横たえるオレの傍らには、ハチクマンが神妙な顔で立っていた。

 

「行ってくださいよ、ハチクマン。オレは…オレたちはもう駄目みたいです」

 

首を右に捻って、リオルに目を遣る。

うつ伏せに倒れるリオルは、ピクリとも動かない。

 

「何度も拳をぶつけ合って、何度も言葉を交わして。分かりました…あなたは本当は、心根の優しい人だと…ゴホッゴホッ」

 

荒い息を出しながら言葉を紡いでいると、不意に喉が詰まり。咳が出てしまったが、カットが入らないので継続なのだろう。

 

リオルキッドを見下ろすハチクマンは何も言わず、ただただ沈黙を保っている。リオルキッドの独白は続く。

 

「僕はね、思ったんですよ。そんな貴方になら、世界を征服されても…正しい方向に導いてくれるんじゃないかって、ね」

 

それを聴くと、ハチクマンは踵を返し。リオルキッドから離れて行く。

 

「ファ、ファーファファファ!ならばリオルキッドよ、其処で見ているが良い!!このハチクマンが世界を征服する、その光景をな!!」

 

そう言って高笑いを上げながら去っていくハチクマンの背を、苦笑しながら見送る。

 

これでリオルキッドの出番は終了だ。後はハチクマンが紆余曲折の果てに、巨悪の権化であるマルノーム大佐を倒し。その野望を止めた所でストーリーが終了する。

 

リオルキッドが出るのは、エンディングのスタッフロール中の後日談風静止画で。前日に病院のロケで撮影した包帯グルグル巻きの姿が、同じく包帯まみれのリオルと映るのみ。

 

 

火照った体に、床の冷たさが心地好い。

ハチクさんやナツメさんとバトルするのも、スタッフさんと笑い合うのも。リオルとの生活も、これで終わりだ。

達成感と共に、寂しさが胸に込み上げて来る。

 

リオルの方に顔を向けると、未だうつ伏せのまま倒れていたが。顔の角度を変えたのか、視線が合った。

初対面でいきなり襲い掛かってきた時の事を唐突に思い出し、苦笑する。

 

「お前と始めて出会った時はどうなる事かと思ったけど、今は感謝してるよ。オレを選んでくれて、ありがとう…リオル」

 

そう言ってゆっくり右手を差し出すと、リオルも右手を重ねてきた。暖かい温もりが手を伝う。

その瞬間。リオルの体が光って粒子となり、再構築を始めた。

 

それを見て、思わずオレは目を見開いて硬直する。あれ、これマズイんじゃないの。

リオルって俳優でしょ?今これルカリオに進化しようとしてるけどマズイんじゃない?

子役俳優的な仕事出来なくなるんじゃないの!?

 

しかしオレはリオルの正式なトレーナーでは無く、進化を止める事は叶わない。というかスタッフさんみんな黙ってるけど、これ大丈夫って事なの。

 

 

 

「くわんぬ!」

 

 

遂に粒子が結合し、現れたのは鋼と格闘タイプを併せ持った波導ポケモン。ルカリオ。

青い体毛を基調に、腹部から背中は黄色。顔の一部や腕、脚、肩と腰は黒い体毛に覆われ。腹部と手の甲からは鋭い角のようなものが生えている。

体長も2倍近くまで伸び、あどけなかった顔は凛々しく成長し。その眼は鋭く力強い輝きを放っている。

 

ルカリオは右手を差し出すと、掴まれ。とでも言うように軽く振るう。

その手に掴まると、力強く引き上げられた。

 

暫く沈黙して見詰め合っていたが、進化したポケモンにはこう言うべきだろう。

 

「進化おめでとう、ルカリオ」

 

「くわん!」

 

ルカリオはリオルの時の様な無邪気な笑顔を浮かべ、オレも釣られて吹き出し。暫しの間笑い合った。

 

すると唐突に!

 

「オォッケェェエエ!!」

 

監督の叫びが響き渡り、オレとルカリオは揃って数cm空中に浮いた。

 

「マァアアイク!!」

 

「ばっちりです!!」

 

監督の叫びに応えて、そばかすが特徴的な録音技師さんが鼻の下を擦る。

 

「キャメラァ!!」

 

「いい画、撮れてますよ!」

 

髭がダンディな撮影技師さんは、イイ顔でサムズアップをキめた。

 

ハチクさんは監督の側に寄ると。

 

「監督、これは」

 

難しい顔で告げる。監督も険しい表情で唸っている。

 

やっぱり、リオルがルカリオに進化したのがまずかったのだろうか。

リオルが進化する方法は、未だ定かでは無いが。一説に依ると、トレーナーとの絆が進化の切欠になると言われているので。トレーナーでは無いものの、一番深く交流があったオレがその要因となった事は、推して知るべし。

 

冷や汗が背中を伝う。やはり強引にでも止めておくべきだっただろうか。

しかし、誰も進化を止めようとせず。寧ろ皆さん揃って沈黙してたもんな。

 

「すまないねハチクくん。ラストシーンは、撮り直しだ」

 

それを聴くと、ハチクさんは頷き。

 

「そう言ってくれると思ってましたよ、監督」

 

そう口にして笑った。

 

脚本家さんや映像編集さんたちが慌ただしく動き回る中、助監督を伴って監督さんが此方に歩み寄り。

 

「サイコーだったよキョウヘイちゃん!!あとね、ちょっと相談が有るんだけど。イイかな?」

 

どうやら怒っている訳ではないらしい。

 

「あと1週間だけ、僕らに付き合って貰えないかい?」

 

そう言って両手を顔前で合わせる助監督。

 

「リオルキッドの出演は今のシーンで最後の筈では?」

 

「そうなんだけどネ!今のシーンでビビっと来ちゃったのよ!」

 

そう答えたのはウッドウ監督だ。

 

何だかよく分からないが。もう少しだけ、撮影は続くらしい。

 

「くわんぬ!」

 

ルカリオと顔を見合わせると、嬉しそうに吠えた。

 

 

 

 

「んっふっふっふ!憐れなりハチクマン!!街の人間などを守ろうとするから、そのような様になるのですぞ!!」

 

ハチクマンはマルノーム大佐の操るマルノームが放ったダストシュートを逃げ遅れた少年から庇い、大怪我を負ってしまっていた。

 

「黙れ!我輩が世界征服すれば、この街に生きる人間は全て我輩のしもべよ!貴様の好きにはさせぬわ!!」

 

「んっふっふ!残りはあの世で言ってなさい…マルノーム!ダストシュート!!」

 

「キザン!!」

 

「グルァー!!」

 

キリキザンもウォーグルも、ゴクリン軍団に行く手を阻まれてハチクマンを助けに行けない。絶体絶命のピンチを迎えたその時。

 

 

「バレットパンチ!」

 

何処からともなく現れた青いポケモンが、鋼の拳でダストシュートを打ち砕いた。

 

「あれだけ大口を叩いておいて、情けないですよ。ハチクマン!」

 

ハチクマンの前に降り立つ人影。

 

「お、お前は…リオルキッド!」

 

「リオルキッド?…違うな」

 

否定しつつ、不敵な笑みで振り返る少年。

 

「僕の名は…波導の番人、ルカリオキッドだ!!」

 

強化復活を遂げたリオルキッド…もといルカリオキッドは、ゴクリン軍団を制圧しハチクマンと共闘しマルノーム大佐を追い詰め。

遂にはその野望を阻止する事に成功。

 

人類とポケモン達の平和は守られたのだった。

 

 

 

 

撮影が完了し、打ち上げで笑い合った翌日。

 

「本当にスタッフロールに名前を入れる気は無いのかい?」

 

編集さんが困惑した顔で、再三確認を取ってくる。

 

「ええ、オレが目指しているのはポケモンマスターですから」

 

オレは、出演を承諾した際に一つだけ条件を出したのだ。

それは、エンディングのスタッフロールでオレの名を出さず。メディアの取材でもリオルキッドの正体を明かさない。というものだ。

リオルキッドは、カメラに映る際には仮面を被っているし。そうでないシーンは後ろ姿や、影で顔が映らないように配慮して貰った。

 

「うんうん。もし正体を明かそうものならオファーが殺到して、旅どころではなくなっちゃうからねぇ!」

 

「いや、そういうつもりではないんですけどね」

 

ウッドウ監督に苦笑しつつ、否定しておく。

 

そこまで自信過剰では無い。リオルキッドの演技は、自分でも驚く程に上手く出来たが。正直、役回りがオレ自信の素に近かったから。演技というよりは自分のままで楽しんだだけだった。

だから、他の役を演じてくれと言われても。多分、それは無理だろう。

 

「今回の経験は君がトレーナーとして生きる上でも。必ず糧となり、励みになるだろう。私も共演できた事を、そしてバトルできた事を嬉しく思う」

 

ハチクさんはそう言って、大きく頷いた。

 

「自分も、ハチクさんや監督さん、スタッフのみなさんに出会えて、本当に嬉しかったです。バトルや演技、指導してくださってありがとうございました」

 

挨拶をして回ると。音響さんが涙を浮かべてくれたり、カメラマンさんが頭をわしわし撫でてくれたり。本当に良い人たちと出会えたのだと、少し目頭が熱くなった。

 

ナツメさんにも、昨晩の内に挨拶済みで。なんと、ハチクさんと共に連絡先を教えてくれた。

 

助監督さんが車を回してくれて、それに乗り込むと。スタッフさんたちや共演者の方たちが手を振って送り出してくれた。

オレは窓から身を乗り出すように手を振り、別れの挨拶をした。

 

昨日の夜から別れの時まで、ルカリオは姿を現さなかった。

 

 

 

 

 

 

「ここで良いのかい?」

 

助監督さんにタチワキシティのポケモンセンター前まで送って貰うと、車を降りる。

 

「はい、色々とお世話になりました」

 

大きく頭を下げる。この人が強引に誘ってくれたからこそ、オレは素晴らしい体験をする事が出来たのだ。

 

「よしてくれよ!寧ろ助けられたのは僕らの方さ。あのままだと本当にお蔵入りしてただろうからね!」

 

おどけて言っては居るが。軽い調子に見えて職人気質な監督の性格を知ってしまうと、満更大袈裟では無い気がして。二人で声をあげて笑い合った。

 

「そうそう、これ。キョウヘイくんにプレゼントだよ」

 

暫く笑い交わすと、拳大の箱を手渡してくれる助監督さん。

 

流石に悪いと遠慮すると。「貰わないと絶対に後悔するから」と念を押され、有り難く受け取った。

 

助監督さんの車を見送り、その姿が見えなくなると。丁寧に包装された青いリボンを外して蓋を開ける。

すると、中にはモンスターボールが、一つだけ入っていた。

 

胸の高まりを抑えつつ、ボールを取り出し。軽く放ると。

 

 

「くわんぬ!!」

 

 

中からルカリオが飛び出して来た。

 

 

「一緒に、来てくれる?」

 

 

そう問い掛けると。腕を組みつつ、当然だと言う態度で鼻を鳴らすルカリオ。

 

 

丁度リオルと始めて出会った場所で。オレたちは、本当のパートナーとなった。




蛇足な捕捉
本話は、俗にいう修行パートだったのですが。全てを書き込むのは余りにも冗長に過ぎると判断して、ダイジェスト展開になっております。

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