ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第十八話 演技

「俳優だよ、ドラマや映画で演技をする。興味ない?」

 

助監督さんが繰り返すが、聞き取れていなかった訳じゃない。リオルの時と同じだ、質問の意味する所が分からない。

だがまぁ、勿体振った話し方をする人なんだろうな。そう考え、取り敢えず質問に率直に答える。

 

「いえ、興味ないです」

 

すると、助監督さんは足を滑らせたように前に体を倒した。オーバーリアクションな人だ。そして、直ぐ様体を起こすと。咳払いして気を取り直した様に話し出した。

 

「えっと、質問の仕方が悪かったね。うちの監督が君の事を気に入ったみたいだ。っていう話はしたよね?」

 

「聞きました」

 

昨日のタチワキシティトーナメント大会を観戦していた時に、とか。それと、突然攻撃を繰り出してきたリオルも。オレの事を気に入った、とか何とか。

助監督さんは何度か頷くと、再び口を開く。

 

「それでね、僕は何と。君を俳優にスカウトする為に探していたのさ。つまりは、君は俳優に成れるんだ。しかも銀幕のスター、映画俳優に!」

 

「成る程、興味が無いかって。そういう事だったんですね」

 

「そうそう、分かってくれたなら良かった!」

 

「でも、すいません。やっぱり興味ないです」

 

素人のオレをスカウトするって事は、きっと低予算な映画なのだろうが。だとしても、演技とかやった事ないし。オレより適任の人が数多いるだろうから、そういう人が出るべきなんじゃないだろうか。

 

「ええ、嘘でしょ!?」

「くあ!」

 

まさに驚愕と言った表情で聞き返す助監督。リオルも思わずと言った様子でベンチを飛び降り、オレの正面に仁王立ちした。

こんなつまらない嘘は吐きません、リオルもそんなに睨まないで。

 

「分かった、分かったよ。きっと君は、その辺に転がる一山幾らのC級映画に駆り出されると思っているんだろう?」

 

まさしくその通りだけど、断る理由は其処では無い。半端な気持ちで踏み込んでも、単純に迷惑掛けるだけだと思うし。何より、オレにはポケモンマスターに成るという夢があるのだ。

 

「なんと監督を務めるのは、ポケウッド。いや、映画界の巨匠ウッドウ氏!」

 

知らない人だ。

 

「制作会社は超大手の20匹マフォクシー!」

 

聞いたことがあるような、ないような。

 

「撮影するのは大人気映画シリーズ、ハチクマン!その幻の続編!」

 

その題名は知っている。元ジムリーダーのハチクさん演じるダークヒーロー、ハチクマンが、世界を征服するなどと豪語しながらも。結局何やかんやあって他の悪党相手に斬った張ったの大暴れし、結局人類を救ったりする笑いあり感動ありの大人気アクション映画だ。

ハチクさん自身もそうだが、その相棒のキリキザンとウォーグルの迫真の演技に思わず引き込まれた覚えがある。

 

ハチクさんは、元ジムリーダーというよりは。元俳優でジムリーダーを勤め、そしてまた俳優に返り咲いた。元俳優元ジムリーダーの現俳優だ…ややこしいな。

 

そのハチクさんが、ジムリーダーになる以前の俳優時代に出演していた作品が「ハチクマン」である。

そしてオレは何を間違ったのか、俳優業に復帰したハチクさんが出演する大人気シリーズの俳優としてスカウトされたと言う訳だ。

 

助監督さんは制作費は!とか、共演者はなんと!脚本家は!なんて矢継ぎ早にアピールしており、リオルも訳知り顔で相槌を打っている。オレは、その言葉を手で制すると。

 

「お断りします」

 

きっぱりと言い切った。

 

「なんでぇ!?」

「くあん!?」

 

再度、信じられないという顔をする助監督さんとリオル。

 

「いや、助監督さんがすごい映画に携わっている方だと言うのは分かりましたし。そんな映画に自分なんかをスカウトしていただけたのは、とても光栄なんですけど。オレには他の夢がありますので、今は其処に集中したいんです」

 

だから、ごめんなさい。そう続けようとすると。助監督さんがベンチから勢いよく立ち上がると。

 

「お願いします!人助けだと思って!!!」

 

手とアフロを地面に付けて頭を下げた。所謂土下座というやつである。

 

「ええっ!?いやいや困ります!頭を上げて下さい!!」

 

オレは焦ってベンチを降り、助監督さんを起こそうとするも。

 

「君を連れて行かないと、僕はもっと困った事になるんです!どうか監督の話を聴くだけでも!」

 

朝の公園に響き渡る大声に招き寄せられ、人が集まってきてしまった。大の大人に土下座される子供という図は、あまりにもシュールだ。

 

「分かった!分かりました!!話を聞きますから!兎に角止めてください!」

 

オレは流石に困り果てて、つい了承すると。

 

「本当かい!?ありがとう!!」

「くあん!」

 

助監督は土下座を中止して、オレの右手を両手で握り締めた。リオルも嬉しそうに、両手を挙げて跳ねている。

 

オレはそんな二人を見て、苦笑するより他無かった。

 

 

 

 

 

タチワキシティは工業で発展した町だが、今では工業の他にも大きな目玉がある。それが「ポケウッド」だ。

ポケウッドはポケモンと人間が共演する映画を制作する為の映画村だが、何と言ってもその規模が半端じゃない。あらゆるニーズに合わせたセットが作成されており、最先端の撮影技術を持つ多くの映画制作企業が軒を連ねる。そこでは毎日のように映画が制作され、世間に送り出される。

正に映画の為だけに存在するような場所なのだ。

タチワキシティは、黎明期は工業で。ポケウッドが制作されてからは工業と映画産業の2本槍で発展してきた町なのである。

 

そんなポケウッドに居を置く大手映画会社「20匹マフォクシー」のオーナー兼監督の「ウッドウ氏」に気に入られたのだと。オレを助手席に乗せて、高級車のハンドルを動かしながら助監督さんは言う。

 

なんだか信じられないような、話だが事実であるらしい。これは、簡単には帰して貰えそうにないな。オレはガックリと肩を落とすと、何故かオレの膝の上に陣取ったリオルが、不思議そうに見上げてきた。

 

車に揺られて30分ほど。オレは20匹マフォクシー株式会社が所有するスタジオ「ドーベル・スタジオ」の地下駐車場で、車から降ろされた。

 

そのままリオルと助監督さんに背中を押されて建物の中を進んでいくと、無骨な扉の前で立ち止まった。

 

「今日はセットじゃなくてスタジオ内での撮影でね。もうすぐ休憩だから、もう少し待ってね」

 

そう言って両の手を眼前で合わせる助監督さん。

暫く待っていると、扉横の赤いランプが消え。それを見て助監督さんが扉を開け、中へと促される。何だか緊張してきた。

 

扉の中は広いコンクリート剥き出しの空間となっており、奥の壁と床だけが緑色のシートか何かで覆ってある。周囲は巨大なカメラや照明、マイクのようなものやよく分からない機材で賑わっており。手前には沢山のモニターが並べられ、その全てに人が着いてそれぞれの機材を弄っている。

 

オレを見ると、みんな怪訝そうな表情をする。自分でも分かっているが、場違い過ぎる。

オレは早くも帰りたい衝動に駆られたが、話を聴くと約束した手前、何とか踏ん張る。

 

そうこうしている内に助監督さんは堂々とした足取りで、周囲に挨拶しながら前へ進み。その先に居る台本のような物を持って、俳優さんと会話している鋭い雰囲気を放つ禿頭の男性へと声を掛けた。

というかあの俳優さん、ハチクさんだ。できればジムリーダーを引退する前に挑んでみたかったな。

 

そんな事をぼんやり考えていると、禿頭の男性とハチクさんが此方に向かって来た。

男性に表情はとてもにこやかで、先程ハチクさんと会話していた時に纏っていた雰囲気は霧散していた。

 

「Welcome to Pokewood!僕は監督のウッドウ、よろしくね!突然呼び出したりしてごめんねぇ~」

 

何だろう、今までオレの周囲には居なかったタイプの人だ。

 

「いえ、自分はキョウヘイです。はじめましてウッドウさん」

 

差し出してきた右手を握ると、大きく振ってきた。大分ユニークな方だ。

 

「はじめまして、私はハチク。君と共演する者だ、宜しく頼む」

 

なんだかもう、出演する事が確定しているらしい。

 

「はじめまして、キョウヘイです。俳優で氷ポケモンのスペシャリストであるハチクさんに会えて嬉しいです」

 

「うんうん!共演者同士の仲が良ければ、それだけ良い作品が生まれるよ!」

 

やはり出演する事が確定している。ここで断らなければ流れでキャスティングされ、失望される事が目に見えている。

 

「あ~、その。自分なんかがウッドウさんの作品に出演するなんて烏滸がましいと言いますか…」

 

テンションの高いウッドウさんに、やんわりと断りを切り出そうとするが。

 

「大丈夫、大丈夫!僕の目にはね、狂いは無いから!」

 

いや、そうではなくて。オレはポケモントレーナーとしての修行の旅の最中であって。申し訳ないが、俳優をしている時間は無いのだ。

 

「若い内に色々な事を経験するのは、良いことだ」

 

ハチクさんに肩を叩かれてそう言われると、喉元まで出掛かっていた言葉が引っ込む。

どうしたら、この場から逃れられるのだろうか。

冷や汗をかきながら、思案していると。

 

そんなオレの様子を見て、単に緊張していると取ったのか。

 

「ふむ。どうかね、私とポケモンバトルをしないか」

 

ハチクさんがそう提案してきた。

 

「お願いします!」

 

オレは一も二もなく、その提案に食いついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

そして10分後。何故かオレは、仮面とマントの付いたヒーローのような衣装に身を包まれ。同じくハチクマンの衣装のままのハチクさんと対峙していた。

 

「くあん!」

 

そしてオレの目の前にはリオル。

 

「キザン!」

 

氷タイプポケモンのスペシャリストである筈のハチクさんの目の前には、鋼タイプのキリキザン。

 

更に、周囲にはカメラやマイク…もしかしてこれ、映画の撮影なのでは。

 

「バトル、開始!」

 

そう宣言するのは、映画監督のウッドウさん。

ポケモントレーナーの性か、その言葉を聞くと嫌でも意識が集中する。

 

「リオル!電光石火で回り込め!」

 

リオルの使用できる技については、事前に説明を受けていた。思えば、あの時点で怪しむべきだったのだ。

 

「キリキザン!辻斬り!」

 

「バレットパンチで逸らせ!」

 

鋼で覆った拳がキリキザンの"辻斬り"を紙一重で弾く。

 

 

リオルの反応速度は凄まじいものがある、フタチマルと比較しても遜色ないほどだ。

と言うのも、何でもこのリオル。俳優としてもバトルの面でも英才教育を受けてきたらしく、その結果素晴らしいポテンシャルを得たものの 。自分の気に入った者からしか言うことを訊かなくなってしまい、ハチクさんと共演する役のオーディションを受けに来た俳優さんたちを片っ端から拒絶したのだと言う。それでは本末転倒だ。

 

普通ならば代役のリオルを用意するところだが、ウッドウさんがリオルのポテンシャルに惚れ込んでしまい代役を拒否。

終いには「リオルに相応しい相手が来ないならば、自分から見つけに行く」と豪語。撮影を半ば放り出して、リオルを連れて街のバトルコートの野試合や大会を観戦するように成ってまい。撮影自体が滞ってしまったという話だ。

 

その最中目に留まったのがオレであり、助監督さんはオレを見付けてくるよう言い付けられ。朝っぱらからリオルの波導感知を頼りに町をさまよっていた、というのが事の経緯らしい。

 

 

"辻斬り"と"バレットパンチ"を、幾度も無く打ち合うリオルとキリキザン。しかし、キリキザンが不意に姿勢を崩して、左に隙が出来た瞬間。

 

「くあん!」

 

リオルが勝手に"発勁"を繰り出した。

 

「駄目だ!リオル!」

 

その隙は明らかに誘い。

 

キリキザンは悪タイプと鋼タイプを併せ持つポケモンであり。格闘タイプのポケモンであるリオルが放つ格闘タイプの技"発勁"が極れば、大ダメージ。

しかしキリキザンはタフなポケモンだ、一撃で倒しきれる保証は無い。間違いなく相手には狙いがある。

 

リオルの一撃は確実にキリキザンの左脇腹を捉えたが。

 

「カウンター!」

 

やはり予想通り、リオルは釣られたのだ。

 

リオルが与えた衝撃が倍となり、キリキザンの右腕に集約され。その腕を振り回すようにリオルに裏拳の一撃を見舞う。懐深く入り込んでいたリオルは、それを避ける事は出来ず。弾き飛ばされた。

 

「リオル!」

 

吹き飛ばされたリオルに駆け寄り、身を投げ出して空中でキャッチすると。そのまま前転するように着地して衝撃を逃がす。

 

普段であれば、バトル中のポケモンを庇うような事はしないが。リオルはオレの手持ちのポケモンでは無く、その上俳優だ。極力傷付けたくはない。

 

「大丈夫か?リオル」

 

「くあ…」

 

バトルの英才教育を受けていたと言っても、どうやらそれはトレーニングだけだったようだ。あの局面で見え見えの誘いに乗るのが、実戦経験が浅い何よりの証拠。

 

リオルは派手に吹っ飛ばされて居たが、どうやらキリキザンは手加減してくれていた様で。大事には至っていない。

 

オレはリオルの体に触れてそれを確認すると、安堵の溜息を吐き。

 

「えいっ」

「くあっ!」

 

リオルの額を指で弾いた。

 

「くあん!」

 

抗議の目を向けてくるリオルに。

 

「今は即席とは言え、オレがお前のパートナーなんだから。指示には従うように!」

 

そう言った途端。

 

 

「オッケェェエ!!」

 

 

唐突に監督の声が響いた。思わず驚いて跳ね上がる。

 

「いやいや、素晴らしいね!やはり僕の目に狂いは無かったよ!!」

 

監督が拍手しながら近寄ってくる。

 

「さすが監督!」「迫真の演技だ!」「いやぁ、良い画が撮れたよ!」などと拍手と歓声が聞こえてくる。

 

「その調子で今後もよろしくね!」

 

にこやかに肩を叩いてくるウッドウさんに、オレは。

 

「はあ…」

 

今日三度目の、間の抜けた返事を返すのだった。

これから先、どうなってしまうのだろうか。漠然とした不安が背筋を撫でた。


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